「やっぱりシーズンを逃すと色々吹っ切れたやつが残ってるわね」
「結局みんな自分を可愛く見せて男の目を引く無難な策を講じるって訳よ」
大学生やそれ以上の年齢向けの施設やらが軒並み揃う、第7学区よりもランクの高い第5学区にあるデパート。そこの水着コーナーへとやって来ていた『アイテム』の4人。
夏本番となったこの時期に水着を買うとなると、やはり流行りに乗り遅れた感はありショーウィンドウに並ぶような人気商品はソウルド・アウト。
それはある程度予想されるべきことであったため、麦野やフレンダもやっぱりといった雰囲気で愚痴っぽいことを漏らしそちらへは目もくれなかった。
その一方で絹旗は滝壺と一緒に水着選び。
その真意は滝壺に好みとかがないので速攻で選び終わるだろうから、せめて試着くらいはさせて買わせる世話係的なあれである。
どうせこのあとは麦野とフレンダの長い試着に付き合わされるから、処理できるうちにしてしまおうという考えだが、そうなると自分の水着はどのタイミングで選ぼうかと悩むものの、自分も特に拘りがあるわけでもないしフィーリングで何着か選んで厳選すればいいやと結構投げやりな思考に辿り着く。
「滝壺さんは超立派なものをお持ちなのに、色々と残念ですね」
「プールは浮いて漂えるだけでいいから」
予想通り、滝壺の水着はものの数分でこれでいいや的な感じで持ってきた色気も何もない黒系のスポーツ水着で、とりあえず試着だけはさせてお披露目といったのだが、感想は残念の一言。
自分より歳上でメリハリもある身体なのに、どうしてこの人は。
とかなんとか思いつつも絹旗はもう選ぶ気のない滝壺の意思を感じて着替えるように言ってから自分の水着を見える範囲で選ぶ。
「ちょっと絹旗ぁ、あんたの意見も聞きたいんだけど」
そうしていたら少し離れた別の試着室近くの麦野にお呼ばれされてしまい、もう滝壺も購入が決まったのでやれやれといった感じで重い腰を上げて麦野の元へと馳せ参じる絹旗。リーダーの呼び出しに応じないと文字通り首が消し飛ぶかもしれないので。
それで近寄ればさすがスタイル抜群のお嬢様。右手に布面積の少ない三角ビキニ。左手にパレオ付きの高級感あるビキニと、両方装備しても破壊力は十分な2択――あくまで現段階では――で迷っているらしく、とりあえず服の上から身体に当ててイメージを絹旗に見せてくる。
「どちらも超お似合いですが、具体的な感想は実際に超着てもらわないと難し……」
しかしやはりイメージはイメージ。ここで下手にどっちでも良い的なことを言っても仕方ないことはわかってる絹旗は、どうせ試着はするんだろと決めつけて遠回しに早く試着しろと促すのだが、言い終えるより早く麦野が使用予定の試着室の隣の試着室のカーテンがシャー、と開け放たれてそこからフレンダが試着を終えてババーンと登場したわけで、その水着に絹旗は絶句。呆れを通り越して口を開けたまま固まってしまう。
「どうよどうよ! これって結局、私以外には着こなせないって訳よ!」
絹旗も絶句のフレンダの水着は、なんと現代の公共施設で着ようものなら即指導を受けてしまいそうなスリングショット。
グラビアや写真集などでしか見ないだろう、ちょっと横にズラせば見えちゃいけないものが丸見えになるそれを目の前で、しかも自慢気に着る人物にマジで言葉が出ない絹旗は、そんなものがここに置いてあったのかと思考するよりもそれを手に取って試着にまでいくフレンダの思考の方が意味不明で頭から大量の?マークが出現する。
麦野のように出るところが出てないので身体に張り付く感じのフレンダのスリングショットだが、誰が見ても泳ぐための水着ではないのでどこ需要か問おうとも思った。
しかしそれより先に麦野の冷ややかな視線と共に発せられた「ポロリ担当ね」の一言で冷静になったのか、静かにカーテンを閉めて視界から消えていった。
それから1時間ほど、麦野とフレンダの水着ショーは続き、着替える度に絹旗はあーだこーだと適当には聞こえないくらいの意見を述べてやり過ごして、すでに購入を完了させた滝壺など買い物袋を胸に抱えて試着室の側のベンチでお昼寝を決め込む自由ぶり。
いっそのこと滝壺さんと一緒に夢の世界へレッツゴーと思い始めた絹旗ではあったが、それでカーテンが開いて文句を言われるのは自分だけになるのが目に見えてて、同じことをしてても何も言われない滝壺のポジションをこの時ちょっと羨ましく思ってしまった。
「まっ、こんなところよね」
「結局水着って誰に見てもらうかに寄るって訳よ」
さらに30分。ようやく試着も終わった2人が着替えに戻ったところで聞こえないようにため息を漏らした絹旗は、もういいかと席を離れて中断していた自分の分の水着を何着か手に取って、とりあえず姿見でイメージを湧かせてみる。
が、もはや自分の水着に対してのモチベーションが限りなく低くなっていた絹旗は最初に手に取った水着を見てもうこれでいいやと即決。どうせ誰に見せるわけでもないし可愛く着飾っても無駄な労力……
「おいおい絹旗ぁ。そんなんじゃ大好きなお兄ちゃんはドギマギもしないっての」
「結局見せる相手が明確な女が手を抜いちゃダメって訳よ」
そう思って1着だけを残して試着もせずにレジに向かおうとしたら、何をどうやったのか明らかに早いタイミングで着替え終えた麦野とフレンダが忍者顔負けのスニーキングで背後に迫ってきて、持っていた水着を失敬され意味不明なことを言われてしまう。
「お二人とも何を言ってるんですか。私はあの人に水着を披露することなんて超ありませんから」
「まーたまたー。じゃあ何でそんなどうでも良さそうな水着をいくつか選んで持っちゃったのかなぁ?」
「それって結局、絹旗の中で見てもらいたい対象がいるってことな訳。行動と言動が矛盾してる人間は本心を隠してるもんよね」
「……女としての最低限のオシャレを超忘れてなかっただけですが」
「んじゃそのオシャレってやつ、絹旗がやる気ないなら私らが手伝ってあげる。どうせなに着ても良いなら、私らが選んだやつでも一緒でしょ?」
「絹旗をコーディネートとか燃えるってな訳よ!」
「いや……あの……」
「「レッツゴー!」」
絹旗の言うことを聞いてるのか聞いてないのかよくわからない2人は、戸惑う絹旗を気にも止めずにその腕を左右で引っ張り強制連行。
試着などしたくもないのにその前には第4位が笑顔で立ち塞がってしまえばもう無理。最後の望みの滝壺はこの騒ぎでも微動だにせず寝ているのだった。
試着の間に次々と運ばれる水着の数々に心底呆れながら順番に着てはみる絹旗であったが、麦野とフレンダがこうも乗り気なのとは裏腹に、鳴海という少年をよく知る故にこの時間が本当に無駄であろうことをなんとなくわかってはいた。
鳴海最都はおそらく、絹旗がどんな色気のある水着を着ようと、どんなに可愛い水着を着ようと、どんなに際モノの水着を着ようと、全て同様の笑顔でこう言うのだろう。
『とてもよく似合ってる』
それは鳴海という少年が何事においても絹旗という少女を否定しない性格だから予測できることで、絹旗のすることなすことの全てを笑顔で受け入れてしまう。
そこにどんな感情や思惑があろうと、絹旗が選んだことならばそれでいいと、鳴海は優しさとは違う何かを以て絹旗を大事に思っている。
だから絹旗は鳴海に対して特別な感情を引き出そうとは思わないのだ。どこか歪んだ愛情を向ける鳴海に、絹旗もまだどうすればいいのかわからないところがある。
「(それでもまぁ、今度一緒に映画くらいは超観に行ってもいいかもしれませんね)」
とはいえ、そんな鳴海に甘えて一切合切自分のやってることを話さずにいることには少なからず罪悪感はあるし、心の休息をさせてもらってるのは事実なので、せめて一緒にいる時間くらいは有意義に使わせてあげたいと、絹旗もまた不器用ながらの愛情を鳴海に抱く。
「おーい絹旗ぁ。早くしないとどんどん際どいやつになってくけどぉ」
「うわっ! これとかヤバすぎない?」
「ちょ、ちょっと待ってください! フレンダと同じポロリ担当は超勘弁です!」
退屈というのが食蜂操祈は嫌いだ。
そんなの誰だってそうだろうが、食蜂がそれを感じてしまうと事態は少し面倒臭いことになる。
超能力者となる者はその高度な演算能力や学園都市の諸々の事情やらのおかげで性格的に尖る傾向にある。
食蜂とて例外ではなくその性格は自覚があるほどのわがまま気質。駄々をこねるタイプではなく、物事を自分の都合の良いように曲げてしまうくらいには強引なやり方も普通にやってしまう程度。他の超能力者と比べればまだ可愛いもの、かもしれない。
能力的にそういった現実を曲げることが容易い食蜂は時々派閥のメンバーに何かしらの命令をして遊んだりといった若干の迷惑行為をするわけだが、そんなことしなくても基本的に自分に従順な派閥のメンバーは普通に指示すれば何でもやっちゃうので、赤の他人を操って別のどこかを観察したりなどもしちゃうのだ。
それでも食蜂にも能力を使用する際のルールを設けている関係上、無闇やたらにそうしたことを日頃から行なっていることもないし、そう毎日暇をもて余していることもない。
しかし暇な日というのはあるので、自分が変な暇潰しをしようとする前にやることを作り出してしまおうと今日、放課後にやって来たのは自らが所属する研究所『才人工房』。
かつて鳴海の能力を解析し、レベルアップする自分の能力の干渉を防ぐ装置まで作って超能力者にまで育てた研究所ではあるが、今やその装置も機能を失い所属する研究員の全員が食蜂の支配下にあり、研究所そのものが食蜂の所有物となっていた。
超能力者となった食蜂としてはもうこの研究所そのものが特に必要はないのだが、ただ1つ放置できない問題が残されているために、時々自ら出向いてセキュリティーのチェックをしているというわけだ。
しかしそれも研究所に行くまでに尾行やら何やらを警戒してだいぶ迂回した上で来たり、抱える問題の管理もそれなりに労力がいるものなので、最近はいらないかもしれないなぁとか思いつつ、かといって簡単に破棄できるようなものでもないので、昔の自分の行動の従順さを恨みつつ盛大にため息を吐いてセキュリティーの確認を終えた。
これといった問題もなかったのでさっさと撤収しようかなと研究員達にあれこれと命令をしていると、携帯の方に電話がかかってきて面倒臭そうに取り出して相手を見れば、つい昨日に会ったばかりの鳴海からで、再会したらしたで結構頻繁に顔を合わせてる気がする変な友人。
今度は何の用かとすでに思考が面倒臭くなっていた食蜂だが、向こうは出ない限りコールしまくるバカなので手頃な椅子に腰を下ろしてから素直に通話へと応じる。
「何かしらぁ? 妹さんへのプレゼントでまだ悩んでるとかぁ?」
『それはもう大丈夫。今日はちょっと聞きたいことがあって。ほら、操祈の学校に超電磁砲って呼ばれてる子がいるだろ? その子の……』
どうせつまらないことでも言われるだろうと気を抜いていた食蜂が先に聞かれそうなことを予想して問いかけたら、鳴海の口から出ようはずもない人物の通り名が出てきて、聞いた途端に反射的に通話を切ってしまった。
今のは何かの間違い。あの鳴海さんから御坂さんの名前が出てくるなんてあり得なーい。
面識も何もあるわけがないのできっと幻聴だろう。今の電話も気のせいだ。ほら、着信履歴にも残ってなーい。
とかなんとかポチポチやって現実逃避をしたのも一瞬。すぐにまた現実に戻される鳴海のコールに嫌な顔をしながら応じるのだった。
『何で切る』
「あなたの口から御坂さんの話題が出てくるからよぉ。接点なんてあるわけでもないでしょお?」
『そりゃまぁないけど、だから操祈に聞こうとしてるんだし聞く前に切るなよ』
「ハイハイわかったわよぉ。それで御坂さんの何が聞きたいわけぇ?」
『ん、そんな大したことじゃないんだけど、超電磁砲ってのはその……どんな性格の子なんだろうなって』
ポチッ。
もう諦めて大抵の事は右から左へ聞き流そうと聞きに徹した食蜂だったが、何故か口ごもりながらにどんな子なのかと尋ねられたのでまたも反射的に通話を切ってしまう。
あの鳴海さんが御坂さんに好意力を持ってる。そう思わざるを得ない質問だったから。
とかではなく、鳴海が自分以外……妹さんを除いて別の女性に興味を持ってることに少なからず受け入れがたいものを感じた。
とかでもなく、自分が毛嫌いする御坂美琴に興味を持ってるのが気に食わないだけである。
なんだか今日は情緒不安定だなぁとかなんとか思いながらまた着信履歴を消していたら、3度目の鳴海からのコールでついに悟りを開いた食蜂は、もう何があっても聞き流そうと決意して無感情で通話へと応じる。
『ひょっとしてやきもち?』
「違うわよぉ!!」
ダメだ。もうこの人に対して能力を使ってしまう。この場にいなかったことを感謝しなさい。
拳をワナワナとさせて携帯越しの鳴海に怒りさえ覚えながらも、いいように弄ばれてしまった自分の未熟さを反省し落ち着くと、向こうも向こうでさっさと話を再開したい雰囲気を醸し出していたので仕方なく話の続きに耳を傾ける。
『性格って言ってもなんてゆーか……明るいとかそういうのじゃなくて……もうちょっと具体的なものってゆーか……』
「尋ねるならちゃんとした質問力を発揮してほしいんだけどぉ、鳴海さんが知りたい御坂さんの性格はモノの例えで表現できないのかしらぁ?」
『例えか。例えばそうだな……自分の知らないところで自分の関係する非道な実験があって、それを知った彼女ならどういうことをする性格なのかなってところ?』
聞いてきた割にフワッとした質問をしてくる鳴海に呆れてしまう食蜂だが、例え話が物凄いピンポイントで察するに現在、御坂美琴がそういった局面に出くわしてしまったのではないかと勘づくわけだ。
「(御坂さんも大変ねぇ。まっ、超能力者なんて嫌が応にも学園都市の闇に触れちゃうわけだし、今まで平和力を満喫してた方が奇跡みたいなものよねぇ)」
だからといって食蜂にとっては全くの他人事であり、それに気づいたところで何かをしてあげるつもりも調べるつもりも毛頭ない。
研究所には時々、学園都市の暗部に触れる情報も流れ込んできたりするが、聞いてると胸糞悪くなる内容ばかりで本当に興味ある件以外は聞かなかったことにしている。それが最も賢い選択と信じているから。
「そうねぇ。御坂さんならきっと、お人好し力と正義感全開でその実験を止めようとするかもねぇ」
『…………超電磁砲は無茶しそうな性格か……』
「鳴海さん、御坂さんのことはどうでもいいんだけどぉ、昨日のアドバイスの見返りは忘れてないわよねぇ?」
『ん? ああ大丈夫。忘れてないよ。でもそれ待ってくれな。今はちょっとやることができたから、それが終わったら出来る限りの要求には応じるつもりだからさ』
「忘れてないならいいんだけどぉ、鳴海さんにやることなんて珍しいこともあるのねぇ。面倒臭いことだったりぃ?」
『んー、面倒臭い、のかもなぁ。でもやればすぐに終わるし、そんなに待たせることもないと思うよ』
本当にどうでもいい御坂美琴の話は自分の知る限りで彼女の性格からどうするかを適当に答えておき、今度は自分の案件へと繋げてみれば若干上の空だった鳴海のちょっとした違和感に気づいてしまう食蜂。
――鳴海は嘘をつかない。
それは信頼関係を築いた上で信じると決めたことだし、彼を疑うことは人を信じる心を失うに等しいと理解してるので、その違和感を口にすることはできない。
それに本当に彼は嘘は言っていない。それだけは確信できるのだ。
「ねぇ鳴海さん。約束を守れない人って最低だと思わない?」
『…………そうだな。特に女の子との約束を守らない男なんていたら、許せないよな』
「ちゃんと私への見返りは貰うわよぉ。これも『約束』ってことになるわよねぇ?」
『ははっ。そりゃそうだ。んじゃさっさと片付けて無茶な要求される前に約束を果たしちゃわないとな』
ならば自分は鳴海を信じよう。信じて果たすべき約束を残しておくのだ。
そうすれば鳴海は必ずそれに応えてくれる。
なんだか純情な乙女みたいな自分に笑ってしまうが、人として多少逸脱してしまった自分と対等な関係でいてくれる鳴海がいないと色々と困ってしまうだろうことをわかってはいるし、愚痴を聞いてくれる相手は時々欲しいのも事実。
「本当に、約束だからねぇ」
待つのはもう慣れている。それはかつて自分を救ってくれた大切な人に起きる奇跡を待ち続ける自分にとっては、大したことはない些細な時間だ。
それに比べればどうということはない。どうせすぐに片付けてケロッとした態度で現れて約束を果たそうとするのだ。
その時に自分は彼が叶えられないような要求をしたり顔で突きつけて困らせればいい。
――そう。それだけのことなのだ。