とある未完の侵入禁止   作:ダブルマジック

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8月15日

 何故に俺は今、この超絶お嬢様からプンスカと怒られなければならないのか。

 第7学区の南。学舎の園がすぐ近くにあるお洒落なカフェテリア。そこのテラスに呼び出された鳴海最都は、場違いの感じ漂うその空間で待っていた奇妙な友人、食蜂操祈の座る席に同席しブラックコーヒーを注文。

 世間では夏休み真っ只中にありながら、外出時は制服着用が義務だとかの常盤台中学の規則を守っている食蜂は、鳴海の到着にイライラ。

 先に連絡をしたのは鳴海なのだが、場所を指定してきた時からちょっと不機嫌っぽかった食蜂が何故そんなにイライラしてるのかさっぱりな鳴海が恐る恐る口を開けば、腕を組んでいた食蜂はそのままの状態でその心中を吐露する。

 

「鳴海さんの妹さん、ですかぁ? その人にサプライズ力でプレゼントって話ですけどぉ、それをどうして私にアドバイスを求めるのかしらぁ?」

 

「いやだって、操祈だって一応は年頃の女の子なんだし、どういったものが喜ぶかってのも参考程度にはできるかなって」

 

「一応……参考程度……鳴海さんって無神経な言葉を時々使うけどぉ、頼られた方からすると心外っていうかぁ、協力する気が失せるっていうかぁ、究極的に私関係ないしぃ!」

 

 イラ、イラ、イラァ!

 言葉を発するごとに怒りのバロメータが上がる食蜂の声色の変化にひぃ! と悲鳴が出そうになる鳴海だったが、それでもいまいち食蜂の怒りの原因がわからないので、とりあえず琴線に触れたっぽい言葉の訂正からして怒りのバロメータを下げてみたものの、いつまた上がるかわからない恐怖との戦いに戦慄しつつ話を再開する。

 

「そ、それでですね。俺の知る限りで最強に可愛い操祈のアドバイスなら俺も自信が持てるっていうかそんな理由なんですけど、どうかご慈悲を」

 

「最近、鳴海さんの褒め言葉にも取って付けたような感じがわかるようになってきたわけだけどぉ、まぁ庶民力の塊みたいな鳴海さんじゃあ私の求める物は努力なしに買えないんじゃないかしらぁ?」

 

「いやいや、操祈に買うプレゼントなんてないし、そんな高い物買うつもりは毛頭ないし、意地悪言うならもう帰るし」

 

 それで今回、食蜂にコンタクトを取った理由である妹のような存在、絹旗最愛へのサプライズプレゼントの案を同じ女の意見から参考にしようと思ったのだが、遠回しに何か言おうとしてる食蜂が酷く面倒臭くなってきたので席を立とうとしたら、余裕な態度を途端に崩した食蜂は「ま、待ちなさいよぉ!」と鳴海を呼び止めるので、鈍感すぎる相手に頭を悩ませた食蜂は座り直した鳴海を見ながら大きなため息を1つ吐いてストレートに本音を話す。

 

「別にプレゼントを考えてあげるのは構わないけどぉ、わざわざ鳴海さんのために貴重な時間を割いた私への見返り力はないのかしらぁ」

 

「んー、じゃあ俺からの愛のキスとか?」

 

 どげしっ!

 バカな自分にわかりやすく見返りを求めてきた食蜂に対して、完全に冗談のつもりでそう言ってみたら、テーブルの下で唸りを上げて振り上げられた食蜂の足が鳴海のスネを強襲。

 こういうことに反射的に能力を使って防御してしまう鳴海だが、食蜂との約束はそれすら抑え込む力を有していて、強襲した蹴りは鳴海に確実なダメージを与えて椅子から数センチ飛び上がってしまった。

 

「そういう冗談力は本気で嫌いだから、発言力には気をつけてねぇ」

 

「お、おっす……マジすんませんでした……」

 

 顔は笑ってるのに心が笑ってない状態の食蜂にこれはマジだと直感した鳴海は、今後こういう冗談は言わないように気をつけて痛めたスネを擦る。

 しかし見返りさえあればアドバイスはしてくれると言ってくれてるので、とりあえずアドバイスを先にしてもらって見返りの方は追々、ということで話を進めると、注文していたブラックコーヒーが来てそれに一口つけてから、すっかりお嬢様モードの優雅さを纏った食蜂が上から目線で口を開いた。

 

「まず第1前提として、鳴海さんの妹さんは鳴海さんのことを好きなのかしら?」

 

「それはどうだろうね。あの子はそういうのを言葉にするタイプじゃないし。一方的にだったら俺は大好きだけど」

 

「それは言わなくてもわかってるわよぉ。じゃあ仕方ないから好きな前提力とそうでもない前提力で意見するけどぉ、前者ならまぁ日常で割と使う物でいいと思うわぁ。これが彼女とかなら今後別れる可能性とか考えるとあれなんだけど、そうじゃないみたいだし。後者なら形に残らない、消耗品とか食べ物なんて物でいい気がするわぁ。こっちは形に残るものをプレゼントされても正直後々の処理に困ったりすると思うしぃ」

 

 上から目線なだけあって、アドバイスすると決めた食蜂の意見はそのひねくれた性格からは想像できないほどまともで、正直参考程度と考えていた鳴海は素直に感心してふむふむといま言われたことを頭にインプット。

 昔から頭は空っぽなので入れれば何でも入るスポンジみたいな頭はこういう時に便利である。

 

「そうなると……操祈は俺に服とか靴とかプレゼントされるのと、アクセサリー類をプレゼントされるの、どっちが嬉しい?」

 

「えっ、どっちも拒否力が発揮するほど嫌よぉ。鳴海さんからのプレゼントなんて、どこかのお店で奢ってもらうとかそういう気遣い力で十分だわぁ」

 

「にゃに!? てことは操祈って俺のこと好きでも何でもないってことなのか……」

 

「私って鳴海さんに好意力を見せていたことが1度でもあったかしら……」

 

 そんな食蜂の意見を参考にしてとりあえず目の前の食蜂がどっちを喜んでくれるかを、もちろん本気で好かれてる前提で尋ねたのだが、当の食蜂は意外な選択肢に真顔で即答。

 どうして自分が好意を寄せてると思ったのか本気で疑問を抱いている様子に鳴海もガクリと肩を落とすと、それを見た食蜂は何がおかしいのかクスクスと屈託のない笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 すっかり日も暮れた夜と呼べる時間帯。食蜂のアドバイスを真摯に受け止めて、絹旗へのサプライズプレゼントを無事に購入した鳴海は、包装してもらったそれを手に帰路についていた。

 我ながら悩みまくりの優柔不断ぶりを発揮して店という店を転々とし、最終的には自称カリスマ店員さんのありがたいアドバイスを貰った上で買ったわけだが、これでも絹旗が喜ぶものを買えた自信は全くない。

 それでもまぁ、たとえ絹旗が気に入らなくて自分の知らないところで捨てたりしてもいいのだ。これは勝手に買ってプレゼントしたもの。それをどうしようと絹旗の自由なことに違いはないのだから。

 そうは言ってもやはりプレゼントしたからには使ってほしいのは本心であり、そうした不安やら楽しみやらで悶々としながら歩いていたら、その先に昼に会った食蜂と同じ制服を着た女子。つまりは常盤台中学の生徒が2人、道端で会話してるのが見える。

 あそこは全寮制で規則が厳しい、と食蜂から愚痴を聞いていた鳴海はもうすぐ9時になろうかという時間をちらりと確認して大丈夫なのかと他人事ながらに思いつつ、そこで分かれてこちらに走ってきた1人とすれ違う。

 

「……『超電磁砲(レールガン)』か、今の……」

 

 何の偶然か、その少女はちょっとした事情で顔やらを一方的に知っていて、見間違うということもなかったその子は学園都市の超能力者の1人。その序列第3位である御坂美琴(みさかみこと)だったのだ。

 彼女がどういった人間かなど鳴海には全く以てわからないし、会話もしたことはなかったが、何の気もなく分かれて立ち止まっていたもう1人を見た時に思わず目を見開いて驚いた。

 御坂美琴がもう1人いるのだ。

 厳密には頭にゴーグルのような機器を付けて、その纏う雰囲気も違うのだが、端から見れば双子と思われても仕方ないレベルで似ている少女がそこにはいた。

 

「(こっちが超電磁砲? いや、なんとなくわかる。走っていった方が『オリジナル』。そしてこっちが……)」

 

 思わぬ遭遇に足を止めてしまった鳴海だったが、頭は冷静にこの光景を分析をしてくれて、走っていった方の美琴を見送ったもう1人は立ち止まった鳴海に少し首を傾げるものの、話しかけてくることもなく逆の方向へと歩いていってしまい、どうするかを少し迷った鳴海は、以降巡ってこないと思われる機会を逃すまいとその子のあとをこっそりと追い始めた。

 美琴に瓜二つの少女は坦々とした歩調で近くの駅まで来ると、備えてあるコインロッカーからギターケースを取り出して、それを肩に担いでまた移動。

 鳴海には彼女がどういったことをしようとしてるのか。その漠然とした目的は分かっているのだが、これまでその先に至るまでの手がかりがなかった。

 だがそれも彼女を追うことで触れられるかもしれない。ずっとのらりくらりと見逃してきた、実際に存在する学園都市の闇の一端に。

 どんどん人のいない路地の奥へと入っていく彼女に気付かれずについていくというのが難しくなっていき、仕方ないかと近くの建物の階段を駆け上がって屋上まで昇り、そこから彼女の移動ルートをある程度推測して階下を覗いていく。

 

「『量産型能力者(レディオノイズ)』計画の産物である『妹達(シスターズ)』。1度は凍結したこれを流用して行われているはずの計画……」

 

 かつて自分の元へと転がり込んできた計画の1つ。それを復唱しながら彼女を探す鳴海の顔には、珍しく緊張の色があった。

 それはかつて自身が『関わるはずだった』計画であり、そうならなかったシワ寄せが彼女『達』に行ってしまったことと、それを発見してしまって可能性が確信へと変わることへの緊張。

 鳴海にとっては可能性で終わらせておくことが最も楽な選択ではあるが、御坂美琴に瓜二つの存在を見つけてしまってはもう可能性で処理することも難しい。だったら……

 その現実を正面から受け止めるために覚悟を決めた鳴海は、視界の先で見つけた彼女にバレないように上から様子をうかがう。

 が、その彼女の近くにはもう1人、脱色したような白髪の少年が相対するように立っていて、彼女も担いでいたギターケースを置き、中からゴツい実弾銃を取り出して装備。

 頭に掛けていただけのゴツいゴーグルもちゃんと掛け直して白髪の少年と再び相対する。

 

「これより第9982次実験を開始します」

 

 時刻は夜の9時ジャスト。正確な体内時計でもあるのか、そのタイミングで彼女が事務的に口を開き、その瞬間から2人のいる空間にピリッとした緊張感が張り詰めたが、それは彼女からのみ発せられる最大限の警戒といったところで、少年からは彼女に対しての敵意というかそういうものを一切感じない。

 

「(9982……ってことはもう、半分くらいの過程は終了してるってことか……)」

 

 そんな2人の作り出す変な雰囲気よりも、彼女が口にした実験の回数に意識を向けた鳴海は、自分が思ってるよりも早いペースで計画が進行していることに少々驚く。

 鳴海がこの計画を聞いたのはまだ研究所にいた頃。

 時期的には去年の今頃だったと思うのだが、その頃はまだ企画段階で実行するにも準備が必要で、実際に計画が開始されたかもしれないのは今年に入ってからのはずだ。

 当時はそういう計画があるという話だけが鳴海の耳に入って、それから研究所が破壊され今に至るので詳しいことは分からずじまいだった。

 そうやって少し意識を過去へと向けていると、下では実験の名の下に2人の殺し合いが始まっていて、圧倒的な能力を誇る白髪の少年が少女を翻弄し弄んでいたが、急に周りの照明類が光を失って視界がほぼ失われる。

 月明かりさえほとんど届かない裏路地の暗闇に目を凝らす鳴海だが、2人の姿は見えなくなりうーんと唸るとおそらくは少女が持っていたゴツい実弾銃が発砲されいくらかの連射音が響くが、少年の悲鳴などはせずにすぐ銃を捨てたような音がしてから、わずかに差し込む月明かりに逃げる少女の姿を発見。

 その少女は攻撃をしたはずなのに怪我をしていて、ゴーグルも外れて無防備な状態に見えた。

 対して撃たれたはずの少年の方は全くの無傷で逃げた少女のあとを追っていき、鳴海も2人の移動に合わせて追跡をしていく。

 

「(俺の完全上位互換であるアレに銃弾なんて効くわけないよな)」

 

 移動しながら先ほどは見えなかった2人の攻防の結果について独自で補完し納得する鳴海。直接の面識があったわけではないが、少女をあざ笑いながら追う少年を鳴海は知っている。

 学園都市230万人の頂点。7人の超能力者の序列第1位。触れたもののあらゆるベクトルを操作する正真正銘の強者。その通り名は、一方通行(アクセラレータ)

 かつていた研究所で行われていた暗闇の五月計画。超能力者になれなかった鳴海に代わってその演算パターンを抽出され、絹旗達に植え付けられたのが一方通行のモノというわけだ。

 橋架下の鉄道整備場まで逃げていった少女だったが、悠々と追いついた一方通行にベクトル操作で凶悪な飛び道具となった地面の砂利を散弾のようにぶつけられてどんどん弱らされていく。

 その様を橋の上から隠れるように見ていたが、人の命の価値観が常人のそれとはかけ離れてしまっている鳴海は特に何を思うこともなくただ見届ける。

 

「超電磁砲の劣化クローン、妹達。これだけの力の差があって本当に到達できるのか……」

 

 まだかすり傷1つないであろう一方通行と、もう瀕死のダメージで逃げるしかできない少女の光景は、あまりに残酷で一方的。

 ――カッ!

 そう思った瞬間、2人のいた地点で轟音を響かせて何かが大爆発。壮絶な爆発の余波が鳴海のところまで届くが、あれがおそらく少女の最後の手段だったのだとすぐに考え至る。

 しかし『あの程度』の爆発では一方通行は倒せない。何故ならアレを自分が受けたとしても、自分もまた傷1つ負わないと確信できるから。

 上手い具合に一方通行だけを爆発範囲に誘導していたらしい少女は爆発の煙の向こうで辛うじて立っていたが、その煙の中から悠然と飛び出してきた一方通行についに捕まってベクトル操作された腕で左足を引きちぎられてしまい、異能力者程度の電撃を放つもベクトル操作でそのまま跳ね返されてしまえば、もう打つ手なし。

 それでも少女は地を這って一方通行から遠ざかるが、もういいかといった雰囲気になった一方通行は近くに停まっていた車両の1つを蹴り上げて、地を這う少女の真上から落っことす……

 

「うそ、うそっ、そんな……やめっ……」

 

 その直前に、鳴海の近くに誰かが走ってくるのと、叫ぼうとした少女の声が聞こえて反射的に見えない位置に隠れたが、車両は無情にも回避も出来ない少女を叩き潰してしまう。

 それを見て橋の上にいた少女、御坂美琴はそこから飛び降りてしまい、帰ろうとしていた一方通行へと激昂と壮絶な電撃と共に突っ込んでいってしまう。

 

「あの感じは……計画を知らなかったみたいだな。可哀想に」

 

 そんな美琴の特攻には別段興味なかった鳴海は、今回で可能性が確信に変わった現実を受け止めて、その足を自宅アパートの方向へと向けて歩き始める。

 いま行われていた一方通行と少女の戦闘は、ただ1つの目的のために行われている過程。

 現在で7人いる超能力者でただ1人、超能力者のさらに上。絶対能力者(レベル6)到達の可能性を見出だされた一方通行を絶対能力者へと進化(シフト)させる計画。

 本来であれば超電磁砲を128回殺害して到達できるその領域にいくために、代用された2万体の劣化クローン、妹達との戦闘シナリオで殺害することで達成する。

 

「『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画、か」

 

 別に一方通行が絶対能力者になろうと自分には関係のない話だ。そのために2万体のクローンが殺されようと知ったことではない。

 だがこの計画をそうと割り切ることを鳴海はできない。

 何故ならかつて、この計画で彼女達の側にいたのは、紛れもなく『鳴海最都』という少年だったからだ。

 別に彼女達を可哀想とかそういった感情で見ているわけではないが、自分が今こちらにいるせいで日々失われている命を無視できるほど、鳴海という人間が腐っているわけではないというだけ。

 正義感など持っていない。ましてや英雄(ヒーロー)などになろうとも思わない鳴海ではあるが、自分が関わってしまっている命の消失の現実は寝付きが良くない。

 ただそれだけ。それだけのために鳴海はこの日、覚悟を決めた。


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