とある未完の侵入禁止   作:ダブルマジック

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絹旗最愛

「今月は期待度のある作品が超ありませんね」

 

 ある種の拠点となっているファミレスのボックス席で靴を脱ぎ体育座りに近い姿勢で座りながら、今月の公開映画カタログを見て愚痴る絹旗最愛(きぬはたさいあい)は、栗色のショートカットにTシャツと太もも丸出しのショートパンツの見た目12歳くらいの少女。

 彼女には映画鑑賞という趣味があるのだが、そのジャンルは『全米が泣いた!』とか『今話題の!』とかそういった大多数が観るであろう作品ではなく、それらメジャータイトルよりランクの落ちる俗に言うB級C級といった作品が好みであり、さらに細分化すると最初からB級C級にしかならなかったものではなく、本気でA級を目指して作られたが結果としてB級C級に成り下がった天然物の映画が最高の好物。

 なので絹旗が見るカタログの紹介ページも雑多に紹介された小さな枠の数々になるが、どうやら今月は彼女の興味を駆り立てる作品が見当たらなかったようだった。

 

「でも結局、そう言って後であの映画が拘りあってーとかで旬を逃して悔しがる絹旗を何度か見てる訳だけど」

 

「実際のところこんなカタログ1つでは超判断が難しいところはありますからね。これだと思って観てもクッソ詰まんなくて開始10分くらいで超飽きたこともありますよ。でもそういった当たり外れも一期一会で超楽しんでます」

 

 詰まらなそうにしていた絹旗に反応したのは、向かいの席に座る長い金髪に碧眼の少女、フレンダ・セイヴェルン。彼女のダルそうなツッコミに対して懲りない様子で淡々と返す絹旗にはフレンダも呆れるのみ。

 

「…………きぬはた、これがなんとなく気になる」

 

 その会話に絹旗の横で背もたれに身を預けて天井を仰いでいたピンクのジャージ姿の生気の抜けかけた少女、滝壺理后(たきつぼりこう)がカクンッ、と頭を下げて映画カタログを見ると、ある1つの映画を指差してみせるので絹旗もそれを見ると『ゴキブリVSカメムシ』とかいう如何にもなタイトルがあり顔を歪める。

 

「……火星に住み着いた突然変異のゴキブリを超駆逐するために同じように突然変異したカメムシを超投入……」

 

 別にその様を気持ち悪いとか想像して嫌な顔をしたわけではない絹旗だが、その説明を口にすればメロンソーダを飲んでいたフレンダは途端に青ざめて何それと絹旗を見て、さらにその隣にいたメイク中だった茶髪ロングのお嬢様の雰囲気を持つ女性、麦野沈利(むぎのしずり)も仕上げに入っていた手を止めて音読してくれた絹旗を見る。

 

「何それ。明らかにカメムシが自分の出す臭いで死ぬってやつ利用して相討ち狙ってんじゃないの」

 

「はい。私もその予測に超行き着きましたし、タイトルからしてコアな層を超狙ってるのが丸見えなんですが、滝壺さんのこれはあながち超無視できない何かがあるような……」

 

 どこか不思議ちゃんオーラのある滝壺の助言みたいなお告げを無視するのはどうかと興味なさげな麦野とグロテスクな想像でメロンソーダの味が変わってしまったのかそれを遠ざけてテーブルに伏せたフレンダを見て、どちらも一緒に観に行くという選択肢はないなと思いつつ改めてカタログに目を通せば、どのみちR指定が20だったので幼い容姿の絹旗ではR15までは年齢詐称した身分証でごり押しできるが、さすがに20歳以上は無理があるのでそっとカタログを閉じるのだった。

 彼女達は見た目普通の女子4人組で、仲良くファミレスでお茶中。みたいに見えるが実際のところそんなことはなく、学園都市に現実に存在する暗部組織の1つ。通称『アイテム』のメンバーである。

 彼女達の仕事は主に学園都市内の不穏分子の削除や抹消。業界用語で言えば掃除屋のようなもので、今日も学園都市の平和を影から守っている。と言うと聞こえは良いが……

 もうすぐ昼になるというタイミングでメイクを終えた麦野が化粧品をポーチにしまったところ。見計らったように携帯に電話がかかってきて怠そうに応答すると、絹旗達もその麦野に少し意識を向けて黙り、通話を終えた麦野はリーダーとして3人に仕事の通達をする。

 

「喜びなさい。今日もドブネズミの駆逐よ」

 

 詳しい内容などこのあとでもいいといった感じで、とりあえずファミレスを出ることを告げた麦野にそれなりの付き合いにはなってきた絹旗達も何を尋ねることもなく席を立った麦野に続いて席を立ち華麗に会計を済ませてファミレスを出ると、待ってましたとばかりに目の前で停車したキャンピングカーに乗り込んで、電子機器やソファーなどで彩られた内装のそれぞれの定位置に座って移動を開始。

 移動しながらのブリーフィングには音声のみの一応は上役である誰とも知らない女が通信器越しに絹旗達へと話をする。

 

『今回はなーんか外部の組織が今月公開される最新のAI搭載車の設計データを盗んだみたいで、データの奪還と組織の始末が目的ね』

 

「データの奪還は超了解ですが、組織の始末というとまた超曖昧な部分があります」

 

「組織自体をプチっとやるにしてもそっちで拠点を割り出してもらわなきゃだし、単にデータを持ち出した奴等をぶち殺すだけってならそっちの方が楽だけど」

 

『うーん、どうも組織の本体は外部にあるから、アンタらは行った先の奴等をやっちゃえばいいと思うわ。あとのことは上の方で対策するとかしないとか』

 

「結局いつも通りにやればいいって訳ね。だったら撃破ボーナスを今回も狙ってこーかなぁ」

 

 どこか適当さがいつもある女の指示に若干のストレスを感じつつも、やることはわかったのでそれぞれが意識を切り替える中、一番多く敵を倒した時にもらえるボーナスにウキウキするフレンダに絹旗と麦野は呆れ顔を見せ、それに気付き空笑いしたフレンダに滝壺がいつもの言葉をかける。

 

「大丈夫だよフレンダ。そんなフレンダを私は応援してる」

 

 

 

 

 結果としてデータを盗み出したとかいう組織の構成員達は暗部組織の追い込みによって袋小路に追い込まれて、そこに投入された絹旗達アイテムによってものの1分で制圧される。

 今回は乗り気じゃなかった麦野は、絹旗が弱らせた相手の急所を踏み潰してある意味でとどめを刺していたが、その力はアイテム内で最強。

 電子を波でも粒子でもない状態で固定し自在に操る能力『原子崩し(メルトダウナー)』は強力無比の威力を誇り、学園都市の超能力者の1人。その序列は『第4位』である。

 その麦野にアシストパスをする絹旗も空気中の窒素を操る『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を有する大能力者。

 操れる窒素は手の平から数センチ程度になるが窒素越しに物を持ち上げたり殴ったりすれば怪力のようにパワフルになり、今も構成員の1人を壁際に追い詰めて後ろの壁を粉砕しその心をへし折って気絶させる。

 能力に基本的に頼らずに先端科学によるツールを用いて戦うフレンダは、直前の絹旗と麦野の冷ややかな視線で意気消沈したのか今回は構成員の退路を塞ぐ役割に徹していたのだが、絹旗が1人で十分すぎる働きをしたので逃走する構成員もいなく活躍なし。

 能力者が無意識で発生させている力のフィールド『AIM拡散力場』を識別・記憶しその居場所を検索し捕捉できる『能力追跡(AIMストーカー)』を有する大能力者の滝壺は、戦闘能力が皆無なため今回も安全圏で事の成り行きを見守り、鎮圧が完了したタイミングで絹旗達に近寄ってデータの入ったアタッシュケースを回収。

 棚からぼた餅的な動きだが、役割分担がはっきりしてるアイテムでそれを咎めるような人物は誰もいない。

 

「これで終わりですか。拍子抜けするくらい超楽な仕事でしたね」

 

「そりゃ外部の人間からしたら私らみたいな能力者は『化け物』みたいなもんだし、虎の子の拳銃も通用しないんだから仕方ないんじゃない?」

 

 完全に沈黙して転がる構成員達を横目にやれやれといった態度の絹旗と上司に連絡を入れる麦野は仕事としてこれで報酬がもらえるのかを疑うように会話する。

 正直な話、こんな程度なら公式の治安維持組織である『警備員(アンチスキル)』でも事足りそうなものだが、暗部に話が来るということはそれなりの事情があるので深くは詮索しない。余計なことに首を突っ込んで藪から蛇が出ては面倒臭いことこの上ないわけだから。

 とにかく今回の依頼に関してはこれで完遂となったので、日もまだ高くはあるがこれからほぼ1日オフとなる絹旗は自分の携帯を取り出してとある人物にメールを1通送ると、ものの数十秒で返ってきたメールに相変わらずだとか思いつつ少しだけ笑って携帯をしまうと、自分を見てニヤニヤする麦野とフレンダの姿が視界に入ってギクリとしてしまう。

 

「絹旗ぁ。今日は例のだーい好きなお兄ちゃんのところにお泊まりですかぁ?」

 

「絹旗がメールのやり取りでニヤける相手は結局そいつしかいない訳よね」

 

「……何度も言ってますが、あの人は超寂しがり屋なので定期的に顔を見せないと超萎れていくんです。だから私が超面倒を見てるわけで……」

 

 ニヤニヤしながら冷やかしてくる2人につい反射的にいつもの言い訳を口にしてしまった絹旗に、ますますニヤける2人はハイハイわかってますよといった雰囲気で乗ってきた車に乗り込んでしまい、「絶対にわかッてねェだろてめェら!」と言いたくなるものの揉めても勝てないので大きなため息を吐いた絹旗。

 そんな絹旗に後ろからポンと肩に手を置いた滝壺は、先ほどのフレンダの時のように言葉をかける。

 

「大丈夫だよきぬはた。そんなきぬはたを私は応援してる」

 

 

 

 

 車の中でずっとニヤニヤする麦野とフレンダの冷やかしの視線に耐えて依頼完遂の報酬を受け取って分かれた絹旗は、先ほどメールした相手の住むアパートにまっすぐ行こうとも考えたが、よくよく考えればあれとは会話が微妙に長続きしないことを思い出しピタリとその足を止めると、日もまだあることだしと最寄りの映画館へと足を伸ばしてそこで1本適当に観て時間を潰そうとする。

 

「今日の私の運気は下降傾向に超あるようですね……」

 

 しかしグッタリといった感じで日も沈んだ頃に映画館を出てきた絹旗。

 本当によく考えれば昼頃にファミレスのカタログで目ぼしい作品がなくて落胆したばかりで、そこに飛び込んだ結果が惨敗である。

 期待値を低くして観始めたので多少なりとも楽しめる要素を見いだせるかと思ったが、開始から寒いギャグを飛ばされ、ミステリー・サスペンス系なのに誰も死なず、小学生が思い付いたのかという稚拙なトリックにはある意味度肝を抜かれたが、ギャグより寒いので払った料金を返せと中盤辺りからすでに思っていたわけで。

 今日ほど外れを掴まされた日はないとトボトボ歩きつつ第7学区の北西部の団地っぽい雰囲気の場所まで来た絹旗は、自然とここまで来てしまった自分の行動にちょっと苦笑しつつ、自分を待っているであろう人物の住むアパートへと向かい、渡されていた鍵を使ってドアを開け中へと入ると、生活するのに最低限に押さえられた物の少ないその部屋のダイニングテーブルに座っていた人物、鳴海最都が視界に入りとりあえず無表情で通しておく。

 

「ずっとそこで超待っていたんですか?」

 

「ほんの30分くらいだよ。おかえり最愛。ご飯にする? お風呂にする? 疲れてるならもう寝ちゃってもいいけど」

 

「……待っていてくれたんでしょうし、ご飯で超構いません」

 

 もはや主夫のような物言いの鳴海のニコニコ笑顔を見ながら、何やら手の込んだ料理も見えていたし実際お腹も減っていたので素直にそう言えば、何が嬉しいのか笑顔でテキパキ動き始めた鳴海はパパッと料理を振る舞い、席についた絹旗はその様子をただ見るしかなかった。

 

 

 

 

 絹旗が鳴海と初めて会ったのは、自らが関わる能力実験『暗闇の五月計画』が実行に移される半年ほど前になる。

 置き去りであった絹旗は実験の被験者として研究所に送られた哀れな少女ということになるのだが、鳴海という少年は少々違った理由ですでに研究所にいた。

 今でこそ計画の根幹に使われた、絹旗に植え付けられた他者の演算パターンは学園都市の第1位のものであるが、元々は『超能力者になり得る鳴海最都の演算パターンを植え付ける予定』だったのが暗闇の五月計画だ。

 しかし現実に鳴海は能力の発現以降、一切の身体検査を受け付けないように能力を常時展開し続けていて、必要最低限の能力設定をしている今とは比較にならないレベルで設定を強力にし世界を拒絶していたのだ。

 音、振動の一切。外気。太陽光の紫外線といったものすら拒絶していたため、研究者の声すら届かない状態の鳴海に会った時、絹旗はある種の共感をした。

 きっとこの人は何も信じられなくなったのだろう。同じ置き去りとしてこの街に捨てられ、実験動物のように研究者に見られて絶望したのだと。

 自分もそうだ。誰も信じていないし、自分の生き方に何を見出だすこともなく、ただ生きている状態。

 死んだ魚のような目をした絹旗と鳴海は、言葉を交わすこともなく顔を合わせたわけだが、それだけで同じような匂いを感じ取ったのか、絹旗が近寄ると鳴海は自然とその能力を解除し絹旗だけを受け入れた。

 

「(これはある意味で『償い』に、超なるんでしょうね……)」

 

 ルンルンと楽しそうに料理をよそう鳴海を見ながらに絹旗は過去の自分の行いを思い出しつつ内心でそんなことを考えてしまう。

 絹旗にのみ心を開いた鳴海は、絹旗と一緒にいる間だけは絶対に絹旗に対しては能力を使用しなくなり、そこに活路を見出だした研究者は絹旗といる間に身体検査をして定期的にデータの更新を始め、それを聞かされたわけではなかった絹旗だが、頻繁に鳴海のところへと連れていかれることからそのこと自体には気付いていた。

 その後に第1位の登場で未だ大能力者止まりだった鳴海よりも第1位が優先されて計画が実行に移されてしまい、絹旗も被験者として参加。

 その中で優等生にはなれた絹旗だったが、計画から外された鳴海が変わらずに研究所に居座って、定期的に会わされていたことが今でも気がかりではあった。

 

「どうかな最愛。今日のはちょっと自信作なんだけど」

 

 とかなんとか考えながら目の前に出されたそれなりに頑張ったと思われる料理にあらかた手をつけたところで、珍しく鳴海が味の感想を求めてきて、基本的に自分から話しかけなきゃ何を聞いてくることもない鳴海の予想外の言葉にちょっと驚きつつも絹旗は求められるまま答える。

 

「まぁ、元々が素人に毛が生えた程度だった鳴海さんにしては超頑張ってます。普通に美味しいですよ」

 

「そっか。それは良かった」

 

 いまいち質問の意図がわからないながら正直な感想を述べた絹旗に鳴海はたったそれだけ言ってから自分の分の料理をよそって食べ始めてしまうので、何だったんだ今のはと思いつつも深く考えることもなく食事を再開。

 本当の本当に正直に言えば、麦野達といる時に鳴海の料理よりも美味しい物は普通に食べられるし、好きな物だけを好きなだけ食べたりと贅沢もできる。腹を満たすという意味では鳴海の料理は少し物足りないくらいだ。

 

「お風呂は先に入るよね。最愛の好きなフカフカのバスタオル出しておいたから。あとシャンプーも」

 

「ありがとう、ございます」

 

 食事が終われば後片付けをしながらそう言ってお風呂を勧める鳴海に、絹旗も流れとして自然なので乗っかって、この部屋に置いている寝間着と下着を持って洗面室へと行くと、確かにフッカフカのバスタオルが置いてあってついつい顔を埋めてしまう。

 それからパパッと浴室へと入り込んで、自分しか使わないシャンプーも出されてるのを確認しつつ使用。あっという間に体を洗い終えた絹旗は自分の好みの温度に調整された湯船に浸かってしばらく物思いに更ける。

 鳴海最都という少年は絹旗にとって有り体に言えば『都合の良い男』なのだ。別にやましい意味とかそういうのではなく、純粋に。

 暗闇の五月計画が頓挫して研究所を逃げ出した際に、自分の手を取って能力の加護内に入れ助け出してくれたのが鳴海であり、その後はこの住居で1週間ほど一緒に暮らしはしたが、すぐに暗部に目をつけられた絹旗は以降、アイテムとして過ごす時間が多くなり、1、2週間に1度泊まりに来るような感じになっていた。

 それでも鳴海は基本、絹旗が何を言っても笑いながら反論しないし首を縦に振るばかり。外で何をしていようとそれを自分から話さない限り聞こうとしないし、咎めたりもしない。メールや電話だって鳴海から自発的にしてきたことが1度としてないくらいだ。

 

「ベッドはカバーもシーツも取り替えておいたから、安心して寝ていいよ」

 

「ありがとうございます……」

 

 風呂から上がれば普段自分が使ってるベッドを絹旗に譲り自分はリビングのソファーに毛布を置いてそこで寝る気満々。

 ちょうど思春期に突入気味の絹旗としては男からそういう待遇を受けるのは有りがたいのだが、ちゃんと洗濯されたシーツとカバーがされたベッドや枕を確認しながらちょっとだけ。本当にちょっとだけ、生活臭のしない寝具にモヤッとしながら横になる。

 

「(別に鳴海さんの匂いがしても超構わないのですが……)」

 

 そんな洗濯しましたな新鮮な匂いを嗅いでついつい本音が頭に浮かぶものの、そんなことを言うのは恥ずかしすぎるのでお風呂へと向かった鳴海を見送りつつ先に就寝するのだった。

 朝。カーテンから射し込む日の光で自然と目が覚めた絹旗は、自分が思ってる以上にリフレッシュしている身体を起こして顔を洗いに行くがてら、リビングのソファーで丸まって寝る鳴海を視界に捉えて一旦スルー。

 顔を洗ってから時間を確認すると朝の8時を少し過ぎたくらいだったが、リビングで寝る鳴海は全く起きる気配がない。

 どうにも鳴海は朝だけは弱いらしく、彼が9時より前に起きてきたところを見たことがなかった絹旗は、そっと寝ている鳴海の横まで移動すると確認するようにその頬をツンツンとつついてみる。

 

「この温もりを超知ってるのは、私だけなんでしょうね」

 

 つついた時に伝わってきた鳴海の温かい体温を感じてボソッと小言した絹旗は、自分だけが許された特権に微笑してから、パパッと着替えてダイニングテーブルに移動。

 朝に弱いことを自覚してる鳴海はちゃんと昨夜のうちに絹旗のための朝食を作り置きしていて、それを食べて洗い物すら出さない気遣いでゴミ箱に捨てるだけの器を処理。

 別に鳴海の部屋は贅沢ができるわけでも、特別なことをしてくれているわけでもない。

 世界には幸福度指数というものがあるが、これは国民1人辺りの幸福度を平均した値で割り出される。それに当てはめるならば、絹旗が鳴海の部屋で過ごす時間はその幸福度が高い水準にあるのだ。

 つまり絹旗は鳴海の部屋にいる間、限りなくリラックスした状態で前日までの色々なものをリフレッシュし翌日から非常に良い状態で始まる。

 その理由については絹旗自身もよくわかってないが、自分を家族のように接してくれる鳴海には少なからず感謝している絹旗は、いつもはあまりしないが適当な紙を取ってそこに鳴海に宛てたメッセージを残して静かに部屋を出る。

 きっとまた麦野達と合流すれば、学園都市の嫌な部分に触れることになるし、その度に心も疲弊するだろうが、その時はまた帰ってくればいいのだ。自分の帰りをただ笑顔で待ってくれている鳴海の元へ。

 そして鳴海に宛てたメッセージにはこう書いていた。

 

『お身体にだけは超気を付けてください』

 

 そして今日も絹旗は、学園都市の闇の中へと足を踏み入れる。


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