とある未完の侵入禁止   作:ダブルマジック

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エピローグ

 第7学区にある病院。

 そこに医者として勤めるカエル顔の初老の男は、先日運ばれてきたここの常連であるツンツン頭の少年のカルテを見て、やれやれといった雰囲気でそれを机に置く。

 何をどうしたら毎回あれほどの怪我をして運ばれることになるのか。

 少年の日々の生活が気にならないと言えば嘘になるが、自分の仕事はここに運ばれてきた命をどんな手を使っても助けること。

 少し前にその少年の身に起きた不幸を助けられなかったカエル顔の医者は、一層の決意と共に今日も仕事に努める。

 そこに自分にとかかった電話に受話器を取って応答すると、その相手に少し顔をしかめる。

 

『調子はどうだい』

 

「君こそ、何か異常はないだろうね」

 

 相手はかつての自分の患者。正確には今もそうではあるのだが、もう自分の手の届く場所にいない彼、統括理事会の理事長であるアレイスター・クロウリーは、学園都市のほぼ全てを掌握する絶対権力者。

 その彼がコンタクトしてくるとは何事か。カエル顔の医者は穏やかな調子で「大事ない」と返したアレイスターとは裏腹に少し緊張の色を含む調子でそうかと返す。

 

「それで何の用なのかな。まさか僕の様子をうかがうだけじゃないだろう」

 

『先日そこに運んだ少年、鳴海最都の回復は良好かな』

 

 アレイスターの口から出た人物は、ツンツン頭の少年が運ばれてくるより前に彼よりももっと酷い状態で運ばれてきた少年だ。

 運ばれてきた段階ですでに呼吸は停止し、人工呼吸器なしでの生存は不可能。内臓も骨も酷い有り様で普通の医者ならもう匙を投げてしまうレベルで、逆に何故まだ生存しているのかが不思議なほどではあった。

 だがかつて冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)と呼ばれていたカエル顔の医者は、信じられない医療技術でこれを治し、峠を越えさせることに成功。

 今は隔離病室に絶対安静の状態で寝かせているのだが、彼が生き延びたことはまだ外部に知る者はいないはず。

 だがカエル顔の医者はすぐにアレイスターが生きた状態で運んだなら、自分は必ず助けてくれると踏んでいたのだろうと気付く。

 彼がかつて死に体であった自分を助けてもらったことがあるからこそ、そこに信頼を寄せていた。

 

「……アレイスター、君が何を考えているかはわからないが、この病院にいる限りは彼も僕の患者だ。その間に勝手なことはやめてもらおうか」

 

『わかっているよ。しかしそちらの考えと彼の考えとでは噛み合わない部分が生じるのは仕方がない』

 

 釘を刺すように、何かあるのだろう少年に手出ししないよう言ったカエル顔の医者だったのだが、返ってきたのは予想だにしない言葉で思考を巡らせる。

 

『助けてくれたことに感謝する。彼にはまだ、やってもらわねばならないことがあるのでね。今回の動きはこちらとしても想定外で対応が後手に回ってしまった。原石というのは例に漏れず扱いが難しい』

 

 疑問の浮上したカエル顔の医者の思考は無視してつらつらと言いたいことを述べるアレイスター。

 愚痴にも取れるそれを聞きながら、何故か確認のようなことをしてきたアレイスターの物言いに気付いたカエル顔の医者が何を言いたいのかに辿り着いた時には、もうアレイスター側から通話は切られてしまい、静かに受話器を戻してから席を立ち、彼のいる病室へと足を伸ばしてみる。

 面会謝絶で定時での看護師の見回りでしかここには人が入らないため、最後にここに来たはずの看護師が30分ほど前だったことも考慮すると、極めて近い時間に彼はここを勝手に出ていったことになる。

 しかし院内には監視カメラが設置されてるし、扉から出たならわかろうものだが、残念なことに彼は正体不明の能力者。

 たとえここが6階に相当する高さにあろうと、風になびくカーテンがそこから出ていったことを知らせてきた。

 

「中身はまだボロボロの状態だから、無茶なことをしなければいいけどね……」

 

 

 

 

 昼下がりの時間。学生のほとんどが勉学に勤しんでいる頃にフラフラとした足取りで自分の住むアパートまで戻ってきた少年は、もしかしたらの可能性を考えて持っていかずに隠していた部屋の鍵を取り出して開け中に入ると、出てきた時と同じな光景に少し寂しさを覚えるが、ほんの少しだけ自分だけでは絶対に発生し得ないわずかな匂いの残留に気付く。

 よくよく見ればダイニングテーブルには彼女のために買ったプレゼントと置き手紙の他に数日分の埃があったのだが、それもいくらかはけられている。

 

「来てくれたのかな……」

 

 自分以外にこの部屋に入れるのは1人だけということもあり、今日がある記念日だということも考慮してそうした考えに行き着いた少年は、置き手紙を読んではくれたはずでそのままのプレゼントが何を物語っているかをなんとなく察して、また紙を取り出してそこに新たな文字を書き彼女にメッセージを残す。

 それから病院を抜け出してきたことで服装があれだったため、1度着替えた少年は名残惜しそうに置かれたプレゼントに触れてから部屋をあとにする。

 アパートを出て当てもなく歩き始めた矢先、その通路を塞ぐように黒塗りの車が目の前に停まると、それがわかっていたように立ち止まり自分に用があることを察して黙っていると、窓を開けてそこからノートパソコンを出してきた男は、『SOUND ONLY』とだけ表示された画面を向けてくる。

 

『君がそうして回復できたのは誰のおかげかわかっているね?』

 

「…………」

 

『今までは無茶なことはしないだろうと野放しにしていたが、もうそうはいかない。生き永らえたことを感謝しているならついてきなさい。いや、君にもう勝手をする権利はないと言った方がいいかな』

 

 初めて聞く声ではあったが、それがどれほどの権限を持った人物であるかを本能的に悟った少年は、死ぬしかなかった自分がこうしていられることには本当に感謝しかないと思うが、有無を言わさぬ向こうには素直に首を縦に振りたくはない。

 だが少年は数日前の惨劇の時に、元の日常に戻ることを許されないことをしてしまった。

 たとえ一時の事であろうと、自分はあの時あの瞬間に世界中の『全てを拒絶』してしまったのだ。そんな自分が平気な顔して彼女達に会うことはもうできない。

 

「…………何をさせるつもりだ」

 

『なに、簡単なことだよ。君にとっても悪い話ではない』

 

 だからこそ自分には新しい居場所は必要。そこを突いてきた向こうのイヤらしさに腹が立つが、1人ではどうしようもない状況なのは変えられない現実として受け止めて何をさせるつもりかを問いかけると、それは少年が思いもしなかった仕事だったため少々驚く。

 

「…………わかった。だがあれこれと細かい指示は聞く気はない。俺は俺のやり方でやらせてもらう」

 

『それで構わない。ではいこうか、侵入禁止』

 

 向こうの言いなりには決してならない。それは今も昔も一緒だ。

 いつだって自分は自分のやりたいようにやってきたし、それはこれからも変えるつもりはない。

 自由という意味ではずいぶんと縛られてしまったが、それでもまだ大丈夫。

 いつか自分を許せる日が来たら、その時は彼女達に会ってまずは謝ろう。それから果たしていない約束を果たして、また他愛ない話で笑い合えたらそれが少年、鳴海最都の幸せだ。

 そんな日が来ることを夢見ながら車に乗り込んだ鳴海は、また学園都市の暗い暗い闇の世界へと足を踏み入れる。

 その先が絶望の闇に繋がっていたとしても、さらにその先で光が差すと信じて。

 

 

END


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