とある未完の侵入禁止   作:ダブルマジック

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鳴海最都

 

 自分の人生に必要なものが何かを真剣に考えたことがあるだろうか。

 水、食料、衣服、住居、金。思いつく限りで、人がおよそ生存するのに必要なものはこのくらいのものか。

 しかしそれは生きるために必要なものであり、生きていく上で『原動力』となり得るものとなればものが変わってくる。

 それは人であったり物であったり欲求であったり、人間が10人いればその答えは10通りにもなるであろう。

 そうした生きるための原動力が鳴海最都(なるみさいと)という15歳の少年にも当然、存在している。

 彼がその人生を捧げているのは、ある2人……可能性としては3人になるかもしれない少女達がおよそ幸せだと思える人生にするために助力することだ。

 そのために自分が何をすべきかなど彼には正直わからない。大して学もなく学校にさえ通わない特殊な環境で育ったゆえに欠落した部分が大きいため、その考えに幅すらない。

 だから彼は彼なりに精一杯のコミュニケーションを以て彼女達と接するのだ。そうして彼女達の心に触れて何をしてあげられるのかを真剣に考える。そうやって彼は今日まで生きてきた。

 

 

 

 

 東京の3分の1ほどの高い塀に囲まれた広大な敷地面積を誇る、人口約230万人のうち約8割が学生という巨大都市『学園都市』。

 ここではその学生達が『能力』と呼ばれる異能の力を研究し能力の向上を目指して日々研鑽し励んでいる。

 発火能力(パイロキネシス)念動能力(サイコキネシス)発電能力(エレクトロマスター)空間移動能力(テレポート)

 多岐にわたる能力がある中で人1人に発現する能力は原則として1種類であり、その力の強さによって6段階のランクに区分されるが、どんなに小さな力の能力でも学園都市のカリキュラムを受けた学生は最低評価である『無能力者(レベル0)』となり能力の発現はしているとみなされる。

 その能力者達の頂点がわずか7人しか存在しない『超能力者(レベル5)』。その中でも序列は存在するが、誰もが国益に影響を与える存在とまで言われる巨大な力を有しているため、遥か高みにいる彼らを『人間兵器』と呼ぶ学生もいなくはない。

 そんな雲の上の存在を夢見て能力開発をする、などという情熱を一切合切持ち合わせていない少年、鳴海最都は7月20日となる今日も目の前の食料品コーナーで値札と壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

「やはり閉店間際に再度アタックして値切りを待つべきか。いやしかしここで買わずに売り切れになられていても困る……」

 

 生鮮コーナーのちょっとだけリッチな肉を見つめながらブツブツと独り言する鳴海は、他の買い物客に敬遠されていることもお構いなしにムムムと唸りながら数分間その場を占拠。

 他に買うべき、値切りの余地なしの物はすでに買い物カゴに入れ終えて、あとはここ生鮮コーナーを残すのみとなったわけだが、決して贅沢な生活ができているわけではない鳴海は本気で頭を悩ませる。

 とはいえだ。いくら鳴海と言えど毎度ここで足止めを食らっているなんてことはない。ただ今日、今夜の夕食に限ってはちょっと贅沢をしておきたい理由が存在する。

 

「…………メインがなくて『超がっかりです』とか言われる方がダメージ大きいし、ここは男らしくレジを通してやりましょうかね」

 

 悩むこと数分。実際に肉ありの食卓となしの食卓とで相手の反応がどう違うかを考えてみた鳴海は、家計へのダメージより精神的ダメージが大きいことを悟り決断すると、勢いよく目の前の肉へと手を伸ばしてそれをカゴへと豪快に……そっと丁寧に入れてレジへと直行。今日の戦いの第1ラウンドはこれにて終了である。

 数日分の食料や日用品などが入った買い物袋片手に帰路へとついた鳴海は、学園都市のほぼ中心に位置する第7学区。主に中高生が多く住み学校なども集中しているこの学区を歩いて北上。北西部にある自宅アパートは第7学区でも指折りで安い物件だが、生活するには全く問題はない。

 いや、鳴海の場合は少々特殊な条件でそのアパートを半年ほど前から住み始めた段階で大家さんによって無料で提供されている住居なのだ。

 光熱費やら水道費やらが大家さん持ちでかなり申し訳ないとは思いつつも、それに見合うだけの働きを求められてはいるので、向こう側としてはそれさえやってくれればトントンということで鳴海も納得はしているが、それでも月々にかかる生活費はかなり押さえている。

 そうした特殊な事情で住まわせてもらってるアパートが見えてきたところで、その働きを求められる事態が起きてることを発見した鳴海はすぐにそこ目指して近付いていく。

 この辺の物件は他と比べてもいくぶん安い物件が多く、金のやりくりに余裕の少ない高校、或いは大学生といった学生がほぼほぼ生活しているわけだが、そうして物件が安いことには鳴海がここにいることに関係している。

 物件が安いということはその土地に何らかの原因というか、他と比べて見劣りする部分があるというのは想像するに容易いが、ここら辺が安い理由は主に『治安の悪さ』だ。

 能力開発とは聞こえは良く、実際に毎年のように学園都市には外から子供達が夢や希望を持って入ってくるが、現実は非情なものでたとえ同じカリキュラムの能力開発を受けたとしても、そういった『夢の力』を実感できるようなレベルにまで高められる学生、強能力者(レベル3)以上に至れるのは約2割程度。現実には約6割もの無能力者が学園都市には存在し、その強度が上がるだけ人数は反比例するわけだ。

 能力のレベルがステータスともなる学園都市では、そうやって努力が報われない現実を突きつけられて能力開発に情熱を失う学生などが少なくなく、俗に言う不良や諦めちゃった人は目に見えるほどにいて、能力者間でのトラブルも現実問題としてあるのだ。

 

「良いじゃんかよ姉ちゃん達。別にホテルとか行こうって言ってるわけじゃないんだし」

 

「ちょおっとお茶しながらお姉さん達と楽しみたいだけなんだって」

 

 近付くに連れて話の内容が聞こえてきたが、見た目には2人の女子大生に4人の不良がナンパしてるだけだが、鳴海は彼女達が無能力者であることを知っているし、不良の方は話す態度が明らかに高圧的。この傾向は男女間でよくあるが、問題がどこにあろうと鳴海のやることは別に変わらない。ただこの辺の住人であるお姉さん達が困り顔で不良に捕まっているからそれを助ける。学生間のトラブルを解決するのが鳴海のここでの存在意義だから。

 

「お帰りなさい、今日もお疲れ様です」

 

 鳴海の接近から声をかけられたことで、ナンパされていた2人は困り顔からパアッと花が咲いたように笑顔になるとパタパタと小走りで不良の囲いを抜けて鳴海の背後へと移動する。

 

「ナルちゃん助かったぁ」

 

「ナルちゃんマジグッドタイミングだよぉ」

 

 背後から親しみのある呼び方で頼られた鳴海は年上の女性が何となく苦手なので言葉を返せなくなってしまうが、一斉に自分に向いた不良達の視線にすぐに意識を向けると、何だこのガキはみたいな雰囲気の不良に無感情で接する。

 

「あの、お姉さん達が嫌がってるので素直に諦めてお引き取りください。ついでにもうこの辺で強引なナンパとかやめてください」

 

 極めて事務的にそう告げた鳴海の言葉に、1度はバカ言ってらこいつと笑った不良達だが、一変してふざけんな的な言葉を各々が発して鳴海を威嚇。

 鳴海としても最初から不良達が素直に帰ってくれるなんて思ってなかったので、こういう時は『向こうから仕掛けて返り討ち』にした方がダメージも大きいので敢えて挑発するようにやったのだが、沸点の低さは相当なようでひと安心。

 持っていた買い物袋を後ろの2人に一旦預けて下がらせた鳴海は、これから起きるわかりきった結果に盛大なため息を漏らすが、それをバカにされたと思ったのか威勢の良い1人が勢いよく鳴海に殴りかかる。

 

 

 

 

 昔、と言ってもそこまで過去のことでもないが、学園都市ではある実験計画が通常のカリキュラムの裏で執り行われていた。

 本当の親を知らない、または親に捨てられて学園都市に入れられた子供。そうした身寄りのない通称『置き去り(チャイルド・エラー)』と呼ばれる子供達は、表向きでは保護施設などに預けられて生活補助を受け生活してはいるが、極端な話『どうなってもいい』ため、最先端科学の裏で非人道的な実験に使われる『実験動物』レベルの扱いを受ける、者も少なくない。

 鳴海も物心ついた頃に親に学園都市へ放り込まれて遺棄された子供の1人であり、その非人道的な実験にいくらか関係がある。

 『暗闇の五月計画』と呼ばれる、とある能力者の演算能力を他者に植えつけて最適化し、能力の向上を図る意図のこの実験は、いくつもの失敗を繰り返しわずかな可能性で生き残った子供達によっていくらかの成果は上がっていたが、被験者である子供の暴走によって研究所ごと破壊され頓挫した。

 その実験施設育ちの鳴海が、不良などという輩に遅れを取ることなどあり得なく、殴りかかってきた不良は鳴海の顔面に拳を叩き込んだ途端に壁にでも打ち付けたかのように痛がって本能的に後退。

 当の鳴海は殴られたにも関わらず顔には傷1つなく、本当にやるのかといった雰囲気で不良達をただ見る。

 

「ちっ、能力者かよ」

 

「つってもこの数だ。異能力者(レベル2)になった俺達全員でなら余裕だろ!」

 

 さすがに不可解な現象によって鳴海がそれなりに高いレベルの能力者なのは理解が及んだようだが、数の暴力と自身の能力に自信があるのか怯む様子のない不良達は揃って見せつけるようにその手に電気を走らせたり、手の平をかざしてきたりと能力使いますよ宣言。

 だが鳴海にとって能力というのは等しくその効力が『自分に及ばない』無用の長物であることを疑っていないので、その様を見ても態度など変わることはなくイラついた不良達は一斉にレベルアップしたという能力を鳴海に対して行使してきた。

 

「異能力者……グレたにしては頑張ってると思うんだけど、異能力者になった、か……」

 

 数分後。完全に沈黙した不良達にはまだ意識があるので、ケロッとした態度で傷1つない鳴海が口を開くことに戦慄する。

 鳴海の能力は『設定したあらゆるモノを対象から遠ざける能力』であり、能力内にある対象はその優先度がかなり高めに設定されることとなるため、先ほどのように鳴海に対して殴りかかってもエネルギーは能力の壁に阻まれてその威力が鳴海から遠ざけられて跳ね返る。これに鳴海は衝撃すら伝わらない。

 続けて打ち込まれたスタンガンのような拳も丸ごと跳ね返され、鳴海を浮かせようとしたのか不良の使った念動能力も遮断。不良の攻撃の一切を寄せ付けなかった。

 そこから鳴海は自分の優先度を使って不良達に適当なパンチやら蹴りやらを打ち込むのだが、これが凶悪で遠ざける力が自分から向かってくるということは、その力が相手に侵食していくことに他ならない。

 わかりやすく説明するならば、鳴海がただ壁に向かってパンチをしても、優先度の高いパンチは能力で壁を遠ざけて負荷をかけ破壊するということ。つまりはガードを無視した攻撃が一方的にできてしまう。

 その力が数分前に不良達に襲いかかったわけで、もちろん鳴海は加減をしてはいたが、それでも抗えない力の差を感じた不良達は尻尾を巻いて逃走。

 あれだけ走れれば大丈夫だろうとか思いながらそれを追うこともなく見送った鳴海は、下がらせていた女子大生2人にムギュッと抱きつかれるものの、これも厳密には彼女達も鳴海には触れていない。

 

「ナルちゃんサンキューっ」

 

「ナルちゃんいるからここでも安心して暮らせるよねぇ」

 

 無害な彼女達に対してなら能力を解除することもしていいはずだが、鳴海は色々な事情から自分に直接触れていい相手をかなり限定していて、生活するのに不自由な時以外はほとんど能力を展開し続けている。

 そうしてある意味で周りを拒絶し続ける鳴海に彼女達は嫌な顔1つせずに感謝の言葉を述べると、買い物袋を返しつつ自らの財布を取り出して決まりごとのように1000円札を鳴海へと渡すと、自分達の住む近くのアパートへと帰っていき、お金を受け取った鳴海も他にトラブルがないかをパトロールしてからアパートへと帰っていった。

 それにしても、と。アパートに帰ってきて夕食の準備を始めた鳴海は、先ほどの不良達のことを思い出しながら、さらに最近の気になることも思い出して関連付ける。

 気になったのはここ最近のこうしたトラブルの際に元々そこまでの能力を持ってなさそうだったのに、何人かが予想よりも高いレベルにいたこと。

 もちろん全員返り討ちにはできていたが、能力というのはそんな短期間でほいほいレベルが上がるものではないため、そういった人達が何人も出てくるのは少々異常を感じる。

 

「…………そういえば何だっけな。みんなが言ってたあれ……使うと能力が向上するとかっていう……」

 

 そこでさらに関連した話題を住人との会話で耳にしたような気がして記憶を辿った鳴海は、作業する手も少し止めて集中して引っ張り出す。

 

「……幻想御手(レベルアッパー)、だったか。噂話と思って聞き流してたけど、無視はできないのかもな」

 

 そうして出てきた夢のようなアイテムの存在だが、よくよく考えるとそれがあろうがなかろうが自分のやることは変わらないし、自分を脅かす存在となると同等レベル以上の穴を突いてくる能力者か、或いは自分の能力を丸ごと喰っていった『第1位』かくらいのもの。

 ならば今ここでした思考は全く意味がないと結論した鳴海は、元々そこまで頭も良くないのでブンブンと頭を振って余計な思考を吹き飛ばすと、止まっていた手を動かしてもうすぐ帰ってくる妹のように思ってる少女のためにあらゆる準備を完了させていった。

 『侵入禁止(ノーエントリー)』。それが鳴海の能力の名称であり、能力を展開できる範囲は体表面全部を1センチほどの厚さで覆うくらいが精々だが、そのレベルは現状で大能力者(レベル4)に位置付けられている。

 学園都市には世界最高の演算能力を持つ超高度並列演算処理器(アブソリュートシミュレーター)。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が人工衛星『おりひめⅠ号』に密かに搭載されている。

 樹形図の設計者は学園都市で行われるありとあらゆる実験やらのシミュレートを予測演算し結果を割り出すため、ほとんどの実験などは事前に樹形図の設計者に予測演算をしてもらった上で実行に移されるが、使用には学園都市の最高機関、統括理事会の許可が必要。

 その樹形図の設計者でかつて、身体検査(システムスキャン)を受けた鳴海は能力のレベルの決定と同時にデータの上である結果を割り出されていた。

 『鳴海最都は同系統のより強度の高い能力者との戦闘によって死の直前で超能力者と同等の能力へと昇華する』

 これは鳴海本人も知らされたことであるが、それを告げた実験施設の人間は等しくもうこの世にはいないため、この事実を知るのは他に統括理事会の人間だけになる。

 おそらくは超能力者に至る可能性がある能力者を統括理事会が把握していないわけはないので、鳴海の所在は学園都市にある限り統括理事会に把握はされている。

 それがわかっている上で鳴海は今の生活に不満はない。だがいつか、統括理事会の方から接触してきたならば、全力を以て抵抗することを決めている。どのようなことであろうと、超能力者が関わる案件は学園都市の闇に繋がってしまう。それを鳴海はその目で見て知っているのだ。

 だから鳴海は干渉しない。この学園都市で日々行われている実験の数々に。そうしたものに嫌悪感を覚える過程はとうに過ぎてしまったし、その実験によって失われているであろう命にも特別な感情は湧かない。ましてやそれを助けようなどという正義感も鳴海の中にはない。

 そんな鳴海でも今、干渉すべきかもしれない実験があった。そのために必要な材料はもう揃いつつあり、樹形図の設計者からも残酷なシミュレートの結果が弾き出されている。あとは鳴海にそれを実行する覚悟があるかどうか。それだけである。


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