ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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ホロウリアリゼーションをする毎日。
モンスターが強すぎて何度も死ぬ(´・ω・`)


Ep.7 彼女達の悩み

 

 

 

 

 午前6時半頃。

 

 

  アキトはふと、瞼を開いた。

 その目に映るのは、既に見知った天井。

 76層に来てから何度も使ってる、エギルの店の宿部屋だった。

 

 

  (…今日も早起きだな…)

 

 

  その足は自然と下の階へと向かう。

 案の定エギルは起きていて、昨日と同じように目があった。

 

 

  「おう、おはよう」

 

  「……おはよう」

 

 

  エギルの挨拶を、アキトは素直に返す。

 エギルも、そんなアキトを珍しいものを見たかのように瞬きしていた。

 しかし、特に何も言わず、カウンターの奥へと歩いていく。

 

 

  「コーヒーでいいか?」

 

  「……ああ」

 

 

  エギルから渡されるコーヒーを、アキトは昨日と同じように啜る。

 苦いのは小さい頃は苦手だったのに…今は懐かしく感じる。

 

 

  「どうだ、コーヒーの味は」

 

  「…美味い」

 

  「っ……そうかい、そりゃあよかった」

 

 

  エギルは、昨日と違ったアキトの素直な返答に少し驚いたが、嬉しかったのかその表情は明るかった。

 アキトは、店の作業に戻っていくエギルの背を見ながら、口を開いた。

 

 

  「…なぁおっさん。アンタ商人なんだよな?」

 

  「ああ…それがどうした?」

 

  「いや…何度か中層で見た事あると思ってな」

 

 

  この禿頭・髭面の上に筋骨逞しい外人なんて、あまり見間違えたりしない。

 中層で見たのは、確かにこの男だ。

  エギルは、儲け優先の言動はとっているが、 実は利益の殆どを中層プレイヤーの育成支援に注ぎ込んでおり、アキトも何度かその恩恵を受けた事があったのだ。

  久々に見たものだから確信はしていなかったが、改めてエギルに会うと、やはりこの男だと確信出来た。

 

  ここはデスゲームと言えどゲーム。

 人の醜い心が顕著に現れる。

 その心に負け、ゲームのマナーやモラルに反する行動をする輩もいれば、それこそ犯罪などを平気でするプレイヤーだっている。

 金銭面の話しなら尚更、人の心が現れる。

 だから、儲けの殆どを中層のプレイヤーに注ぎ込んだと聞いた時、上手く言葉に出来ない感情を抱いた。

 

 

  (キリトはこんな奴らに囲まれて生きてたんだな…)

 

 

 デスゲームでの慈善活動なんて、してる奴は少ない。

 優しいなんて言葉じゃ安い気はするが、エギルの行動は褒められるべきものだったと思う。

 

 

  「…おはよ〜ございます…」

 

  「おうシリカ、早いじゃねえか」

 

 

  階段から下りてきたのは、ビーストテイマーのシリカだった。

 エギルの言葉から察するに、シリカの早起きは珍しいのかもしれない。

 シリカはまだ眠そうだった。

 シリカは、アキトと目が会うと挨拶をする為に口を開いた。

 

 

  「…あっ…アキトさん。おはようございます」

 

  「…ああ」

 

 

  シリカはカウンターまで足を運ぶと、アキトと一つ席を開けて座る。

 そして、やはり眠いのか顔をテーブルに突っ伏した。

 頭に乗っていたピナは、そんなシリカに寄り添うように羽を下ろした。

 

 

  (…彼女も…何も言わないんだな…)

 

 

  先日、キリトの事で色々言った自分に対して、シリカはエギル同様に何も言ってこない。

 挨拶もしてくれたところを見ると、彼女はかなりの優しい心の持ち主だと窺える。

 

  あの時、リズの店で涙する彼女を見た時。

 キリトの事を思い出して泣いていたという事を理解した時。

 なんとも言えない気持ちになった事を思い出す。

  まだ年端もいかない女の子ですら、ずっと我慢して戦ってきたのだと思うと、胸が痛かった。

 

  アキトは、そんなシリカの装備を見て目を見開く。

 全体的に赤を基調とした彼女の装備は、どう見ても中層レベルのもの。

 この76層を攻略するにはあまりにも頼りない防御力だ。

 思い返して見れば、彼女はいつでもこの装備を身につけていた。

 ならば、寝間着というのと考えにくい。

 

 

  「なぁ、お前の装備ってそれが最高なのか?」

 

  「は、はい…私、その…何も知らないで76層に来ちゃって…。今のあたしのレベルじゃ迷宮区なんてとても行けなくて…」

 

  「っ…」

 

 

  シリカは困ったように笑った。

 きっと、75層のボス戦から帰ってこないキリトを心配して、なりふり構わず追いかけて来たのだろうと、アキトは感じた。

 

  安全マージンを取らずにキリトの為に駆けつけたのに手遅れで。

 アスナ達の手伝いをしたくてもレベルが全く足りていなくて。

  今のシリカは、頼る存在も、やれる事もない。

 何も出来ない状態だったのだ。

 シリカにとって、それは辛い事だろう。

 

  アキトの心は揺れる。

 この目の前の少女シリカに。

 キリトの仲間である彼女に。

 

  アキトは、フレンドリストからシリカの現レベルを確認する。

 76層で戦うには、割とギリギリなレベルである。

  けれど、キリトに追い付きたい一心でレベル上げをしたであろう事はアキトにも分かるものだった。

 

 

  「…なあシリカ。今日って時間あるか?」

 

  「…?はい、ありますけど…」

 

  「ちょっと付き合ってもらいたい場所がある」

 

  「はあ…えっと…何処に行くんですか?」

 

 

  シリカは、周りに食ってかかるような態度をとっていたアキトからの誘いに、若干、いやかなり困惑しているが、今日のアキトからはそのような雰囲気が感じられなかった。

 そんなアキトが、自分と行きたいところなど思いつくはずもなく、シリカは首を傾げる。

 

 

  「戦闘しなくてもレベル上げ出来る場所を教えてやる」

 

 

  そのアキトの答えに、シリカは目を見開く。

  それは、今まさにシリカが悩んでいた事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

  「この店のクエストなら、料理スキルがなくても料理出来るし、経験値も結構ウマい」

 

  「わぁ…」

 

 

  日も照り始める頃、アキトはシリカとピナを連れてアークソフィアの街中を歩いていた。

 目的はシリカのレベル上げ。それを成す為の生産クエストの紹介だった。

 現在紹介しているクエストは、料理によって経験値を得る類のクエストだった。

 ピクルスやチーズなど、発酵食品が多く、料理スキルを必要としないクエストで、料理スキルを持っていないプレイヤーでも難無く受ける事が可能だった。

 他にも、水車を借りて脱穀や製粉をしたりするものや、街の端から端までの配達クエストだったり。

 アキトはシリカのステータスに合わせて、色んなクエストを紹介していった。

 

 

 

  そして、早い事に時間は過ぎ、現在お昼過ぎ。

 ある程度紹介し終えたアキトは、シリカと共に転移門付近を歩いていた。

 シリカと歩きながら、自分は何をやっているのだろうと思った。何故自分はシリカにクエストを紹介しているのだろう、と、

 けれど、その理由なんてとっくに知っていた。

 

 

  「…とまあ、こんな感じか…階層的に要求パラメータが高いクエストも多いけど、今のシリカに出来るヤツも少なくない。まずは身の丈にあったクエストである程度レベルを上げたら、そういうクエストに挑戦するのもいいかもな」

 

  「は、はい!頑張ります!わざわざ教えてくれて…ありがとうございました!」

 

 

  シリカは、アキトの前で頭を下げる。

 その真っ直ぐな感謝に、アキトは思わず目を逸らす。

 シリカは頭を上げ、そんなアキトに口を開いた。

 

 

  「あの…どうしてあたしの為にこんなにしてくれるんですか?」

 

 

  それは、アキトに誘われてからずっと疑問に感じていた事だった。

 何時だって高飛車で、偉そうで。

 そんなアキトから、レベルが低くても経験値を稼ぐ方法を教えてくれて。

 

 

  アキトは、頭を掻いた。

 

 

  「…別に…ただの暇潰し。ただの気まぐれだよ」

 

 

  そう言うと、シリカから背を向けて商店通りへ歩き出した。

 後ろから視線を感じたが、それに応えること無く進んでいく。

 

 

  そして、シリカにされた質問を思い返していた。

 

 

  (…ホントは…キリトだったら、こうするかなって思ったから…)

 

 

  それに、かつての自分の様に思えたから。

  あまりにも無力だったかつての自分と重ねて見えたのかもしれない。

 エギルの店で見た彼女の表情に、見覚えがあったからかもしれない。

 

 

  あの無理してるのが丸分かりな、悲しげな笑みに。

 

 

 

 

 

  「……サチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  アキトは、その足で鍛冶屋に向かう。

 明日のボス戦に備えて、装備品のメンテやアイテムの補充を行わなければならない。

 しかし、この前の事でリズとは顔を合わせづらいようなそうでも無いような。

 

 

  「……はぁ」

 

 

  アキトは、やがて観念したようにリズベットの店に入る。

 視界に捉えたリズは、武器の整理をしていたようで、扉の開閉音と共に、その頭をこちらに動かした。

 

 

  「あ…」

 

 

 アキトを見たリズの顔は、少し悲しげのような、焦りのような。

 アキトは、そんなリズを気にしないように、リズの元へと歩き出す。

 

 

  「…い、いらっしゃいアキト」

 

  「……武器のメンテ、頼みたいんだけど」

 

 

  この店に来た時にも放ったそのセリフに、リズはほんの少しだけ笑った。

 

 

  「分かったわ。少し待ってて」

 

  「…武器の片付けでもしてたのか?」

 

  「お店が散らかってたらお客さんへの印象も悪いでしょ」

 

 

  リズはそう言うと作業に戻る。

 アキトはリズの整理する武器の山に手を伸ばす。

 それを横目で確認したリズな、アキトを見上げてフッと笑った。

 

 

  「折角だから、アンタにも掃除手伝って貰おうかな」

 

  「…別にいいけど」

 

  「…意外。アンタなら嫌だって言うと思ったのに」

 

  「…言いだろ別に。で、何すりゃいいわけ?」

 

  「そうね!取り敢えず武器の中であんまり質が良くないものを集めてくれる?全部練習用に鋳直そうと思うの」

 

 「練習用?」

 

 

  アキトはリズのその返答に引っ掛かりを覚える。

 詳しくは知らないが、リズは鍛冶の腕はいい筈だ。

 女性の鍛冶屋と有名で、マスタースミスだった筈。

 

 

  アキトのその疑念に気付いたのか、リズは苦笑いを浮かべた。

 

 

  「あ〜…実はね…75層攻略後に自身のスキルが幾つか消えるバグがあったじゃない?アスナ達にもあったみたいで」

 

  「ああ…俺にもあった……ってまさか、鍛冶スキルが…?」

 

  「うん…鍛冶の熟練度が下がってて…それで…前のクオリティに戻そうと思って、今練習中なの」

 

 

  リズの顔は、段々と暗くなっていった。

 自分が2年間で積み上げてきたスキルがロストした理由が、バグと言う一言で片付けられてしまっては、納得もいかないだろう。

 アキトも76層に来た時にそれに気付いた時は苛立ちでモンスターを狩りまくっていた。

 

 

  (料理スキル…カンストだったのに…)

 

 

  だからこそ、リズのこの落ち込む様は仕方ないと思った。

 けれど、その表情を見て。

 また、シリカと、かつての仲間と重なって見てしまう。

 

 

  「…これ、仕分けすればいいんだよな」

 

  「え…あ、うん」

 

  「分かった…手伝うよ」

 

  「…アンタホントにアキト?」

 

  「あ?当たり前だろバカか」

 

  「…ああ良かった…あたしの知ってるアキトだったわ…」

 

 

  リズはアキトの態度にイラッとしたがそれを抑え、自分の作業に視線を戻す。

 アキトも、それを確認して、質の良くない武器の厳選を始めた。

  二人で行っていた為、作業効率は良かったが、互いに沈黙は気不味かった様で、会話は途切れない。

 

 

  「…ねぇ…アンタは何のスキルがバグでやられたわけ?」

 

  「…料理と…」

 

  「は!? アンタ、料理スキル持ってるの!?」

 

  「カンストだった」

 

  「アンタ…アスナみたいね…それで?後は何かあるの?」

 

 

  グイグイ聞いてくるリズに、アキトは若干引き気味である。

 リズから目を離し、作業を続けつつ口を開いた。

 

 

  「……刀」

 

  「刀?」

 

 

  その予想外のスキル名に、リズは目を丸くした。

 

 

 「…アンタ刀スキルも持ってるの?」

 

  「…まあな…やれる事はやる主義なんだよ」

 

  「へぇ…アンタ刀も使えるのね……因みに武器は?刀は持ってるの?」

 

  「持ってる」

 

 

  その言葉を聞いた瞬間、リズは瞳を輝かせる。

 恐らく、片手剣同様、魔剣クラスの刀を持っているのではないかと期待しているのだろう。

 アキトは、そんなリズをチラッと見てから溜め息を吐く。

 そして、ウィンドウからとある刀カテゴリの武器を取り出した。

 

  それは、持ち手も刀身も真っ黒な、少し不気味な刀だった。

 全体的に禍々しく、何かの呪いを纏ってそうな…そんなイメージを抱く。

  リズはアキトから恐る恐る受け取り、そのステータス画面を開く。

 

  刀カテゴリ: 厄ノ刀【宵闇】

 

  リズのイメージは、あながち間違ってなかったようで、名前からもその不吉さを漂わせている。

 しかし、この剣はティルファングのようなステータスはなく、魔剣とは言い難い。

 強化はしているようだが、この層で使えるようなものではなかった。

 それどころか、中層でも使えないステータスだ。

 

 だがこの刀を、鍛冶屋であるリズは見た事がなかった。

 

 

  「…この刀、前線どころか中層でも使えるかどうか怪しいんだけど…30層後半辺りが山場の武器でしょ」

 

  「…別に、今は刀スキル使ってないんだし」

 

  「やれる事はやる主義なんじゃないの?」

 

  「やれる事ならな。けどもう76層だ。欠如したスキルを再び上げてる余裕はない」

 

 

  リズから刀を取るとウィンドウを開き、刀を仕舞った。

 その後、リズの武器の山を再び漁り出す。

 少し不可思議に感じたリズではあったが、何も聞かずに作業に戻った。

 

 

 

 

  そして、一通り片付くと、二人は分けた武器の山を見つめていた。

 

 

  「こんなに武器あったんだ…改めて見ると壮観ね」

 

 

  「これ全部ここに来てから作った武器なのか?」

 

 

  「うん…少しでも早く鍛冶スキルを元に戻したくて…」

 

 

  「……」

 

 

  そんなリズを横目に、アキトは武器の山を見る。

 76層に来てまだそれほど日が経ったわけではない。

 だからこそ、この武器の山が、リズがここへ来てから作ったものだと聞いて驚いた。

 リズがどれほど鍛冶スキルを戻したいのか、その意志を感じられる。

  この様子なら、鍛冶スキルが戻るのも時間の問題だろう。

 

 

  「……ねぇ、なんか…何も出せなくてゴメンね」

 

 

 

 少し弱々しい声を発する方へと、アキトは再び視線を向ける。

 その声の主は、言うまでもなくリズだった。

 

 

  「お茶くらい出さなきゃいけないのに、あたしってば気が利かないね…」

 

 

  「…ここは鍛冶屋だ、喫茶店じゃない。茶菓子作るより武器作れば、それでいいだろ」

 

 

  「…あと…この前の事も。あたし…言いたい事ばっか言っちゃって…その…」

 

 

  リズの言っているのは、一昨日の夜の事。

 アキトのキリトに対する言動に苛立ち、アキトに食ってかかった事だった。

 アキトとしては、自分ではキリトとは比べものにならないという意味で発したものだった為、特に気にしていたわけではない。

 だが、訂正しなかったからこそ、みんな何かしら言ってきたり、態度で示したりするものだと思っていた。

 だから、謝られたのは予想外だった。

 

 

  頭を下げるリズに、アキトは目を見開いた。

 

 

  「あ、いや……リズ、お前は別に何も悪くない。仲間を馬鹿にされたと思っての言動だったんだろ。確かに、俺はキリトの事を何も知らない」

 

 

  そう、俺はキリトの事を何も知らない。

 いつか交わした約束通り。

 現実で会えるものだと思っていたから。

 

 

 まだ、時間はあるのだと思っていたから。

 

 

  リズは、アキトのその表情を見て、思わず口にしてしまう。

 その、キリトと重なる少年の顔。

 言葉を紡ぎながら変わる、彼の表情。

 キリトと赤の他人だとは、とても思えない。

 

 

  「…アンタ…やっぱり…キリトと何かあるんでしょ…?」

 

 

  「……ねぇよ。何も」

 

 

  アキトは、リズの正面に立ち、ウィンドウから自分の武器を取り出した。

 

 

  「…メンテ頼む」

 

 

  「…アキト…」

 

 

 リズは、アキトからティルファングを受け取る。

 その剣は、この前よりも重く感じて。

 重くなった分は、アキトの抱えてるものなのではと、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 






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