さらに処女作。
けど、ストーリーの流れは大体決めてるんだよ…?(震え声)
宿へ帰る、アキトその足取りはやや重い。
街灯に照らされる《アークソフィア》の道を、アキトは独りで歩く。
アスナがいなくなった後も、アキトはたった独りでレベル上げを続けていた。
レベルが90代に乗ったことで、精神的余裕が生まれ、一段落と思い帰路に経った。
その時刻はもう夜中の十二時を過ぎており、並ぶ建物の窓から漏れる光はとても少なかった。
あの後、アスナが向かった先を確認しに行くと、運良くボス部屋を確認することができた。
アスナがその場にいなかった事を考えると、転移結晶で街に戻ったのだろう。
ボス部屋の場所をすぐにでも報告すれば、明日には出回るだろう。そこから、ボスの情報収集に時間をかけ、三日後には攻略に行けるだろう。
「……」
アキトはその一本道を、未だにフラフラと進んでいた。
その顔は、暗い影を落としている。
不意に、アスナに言われた事を思い出す。
「……独り」
── 一人で戦える事が強さだと思っているなら…───
アスナのあの一言に、心の内を見透かされているような気がした。
独りで戦える事が強さではない。アスナは確かにそう言っていた。アスナが何故急にそんな事を言い出したのか、アキトには分からないが、その言葉はアキトの心を強く打った。
「……けどアイツは…独りでも強かったじゃないか…」
そう言って脳裏を過ぎるのは。思い出すは、かつての英雄────黒の剣士。
彼は孤独の中、それでも強かった。自分の比にならない程、圧巻だった。
── あの時から。
「……っ」
アキトは、頭を抑える。
その苛立ちをもどうにか抑えようとして。 しかし、この苛立ちは間違いだと気付いた。何せ、キリトは結局独りではなかったのだと、この場所に来て気付いたのだから。
「……アスナの言う通り、か」
────たった独りでも、生きていけるようになりたかった。
孤独でも平気な強さが欲しかった。誰かに頼らずとも、世界を変えていけるような、そんな力が。
寂しさなんて感じない、揺らがない強い心を持ちたかった。
そうすればきっと、今みたいにならずに済んだのに。
そんな事出来るわけないと、無理な事だと分かっている。人間は誰しも、他人の温もりを必要とする生き物だから。
それでも、自分はこの行き方を変えられなくて。その在り方しか知らなくて。
「……最近、こんな事考えてばっかだな……」
彼らに出会ってから、こんな事を考える事が多くなってきた。自分でもくどいと分かっている。幾度となく振り払っても、またこの劣等感にも似た負の連鎖が止められない。
「……アキト?」
不意に声をかけられ、その声のする方へと自然と顔が向けられる。
「……シノン」
そこには、つい最近知り合った、別のゲームから転移してきたとされる少女が、街灯に照らされるベンチに座っていた。
「……こんな時間まで攻略……?」
「……」
アキトは、シノンの問いを返さず、その目の前を通り過ぎる。
正直、今は誰かと話す気分ではなかった。しかし、その歩みはシノンに袖を摘まれたことによって止められた。
アキトは観念したかのように項垂れ、シノンの方へと視線だけを向けた。
「その……少し、話さない?」
ベンチに座るシノンの隣りに、アキトは腰掛けた。
誰とも話す気分ではなかったはずだ。
けれど、シノンのその表情を、瞳を見ていたら。
何故かそんな事も忘れてしまっていた。
「……何か用があるんじゃねぇの」
「急かさないで、友達減るわよ」
「そもそもいねぇ………そんな事を言いたかったのか」
「そんなわけないでしょ。……少し、ね」
そう言って、シノンはどこか遠くの景色を眺めていた。
その横顔につられ、アキトもシノンが見ているだろう風景を見る。
街灯に照らされ、噴水が太陽の出ている時とはまるで違った輝きを見せる。
僅かに吹く風が、髪を揺らす。
同じ街並みでも、昼と夜でこれほど違うとは。
ふと、シノンが口を開いた。
「…いつも…こんな時間までレベル上げしてるの?」
「…ここに来てからは、今日が初めてだ。こんな遅い時間に街に戻ってきたのは。……お前はこんな時間まで何してんだよ」
「…少し…眠れなくて」
「……あっそ」
シノンのそんな言葉一つ一つを、アキトは適当に返す。彼女はそんなアキトのあからさまな態度に、顔を顰めた。
「……それと。その『お前』とか、『アンタ』って呼ぶの、やめて。私はシノンよ」
「……シノン」
「……うん、よろしい。貴方は、アキト…よね?」
アキトがシノンの名を呼ぶと、彼女の口元が緩んだ。
そして、今度は彼女はアキトの名を呼んだ。
アキトは、そんなシノンの微笑から目を逸らす。
何故か、シノンに逆らえないと感じた。
その瞳は、この場にいるアキトをしっかり見てくれていて。
アキトは、自身の瞳が揺れるのを感じた。
「……別にキリトに見えねぇだろ」
「またそんな事……そもそも私はそのキリトを見た事ないし」
アキトのそんな返し方に、シノンは溜め息を吐く。
確かに、シノンはキリトの事を知らない。
この世界に来たのはつい最近の為、それは当然だった。
「…お前、」
「……」
「し、シノンは…その、ここに来る前は何してたんだよ」
アキトは、『お前』と言った瞬間睨んできたシノンから目を逸らしながら、そんな質問をした。
そして、自分でも驚いた。何故、自分はこんな質問をしているんだろうと。
しかし、シノンはその顔を俯かせた。
「…分からない」
「……え?」
「私、ここに来る前後の事…全然思い出せなくて…だから、ここがSAOだって聞かされた時、すぐには信じられなかった」
「……」
アキトは、そのシノンの話を聞いて目を見開いた。
そんな話は聞いてなかったし、そんな事がありえるのかと少し驚いたからだ。
シノンの表情は、どんどん悲痛なものに変わっていく。
「…一人でいると…今も怖くなる時もある…何も覚えてないって…結構怖いのね」
シノンは、そういうとアキトに向かって力無く笑ってみせる。
大丈夫だよ、とそう言ってるみたいで。
無理しているのが丸分かりで。
アキトは、そんなシノンの顔を見て、体が動かなくなった。
目を見開いて、笑うシノンを見つめた。
── 二人がいるもの。怖くなんてないよ…フフッ、ホントだよっ──
「っ…サチ…」
「…え?…何?」
「っ!あ、いや…何でもない…」
シノンの顔から、慌てて顔を逸らす。その顔は、少し赤く染まっていた。
しかし、すぐにその表情を暗くする。
シノンは、そんなアキトを不思議そうに見るが、そのアキトの表情はよく見えなかった。
かつての、想い人の面影を見た気がした。
けどその想いは届かない事を知っていた。
その想いを伝える事すら出来なかった事を。
守りたかった、守れなかった人の面影を。
アキトは、消えていく仲間達を思い出し、その体を震わせる。
自身の腕を抱き、蹲る。
「…アンタ…大丈夫?辛そうだけど…」
「…ああ…うん…大丈夫」
「…っ…アキト…」
そのいつもと違うアキトの反応に、シノンの心は揺れ動いた。
普段の、高圧的な態度ではなく、こんな、孤独に苛まれ恐怖し、怯えるようなアキトを、シノンは初めて見た。
シノンは…そんなアキトの背中を摩った。
こうする事しか出来ないが、せめて楽にしてあげられたらと。
自分と重なるアキトを、見たくなかったから。
シノンの顔が、かつての見知った顔に見える。
それだけで、心がこれほど乱れるとは思わなかった。
「落ち着いた?」
「……ゴメン…シノン……」
震えを止めるのに、20分はかかっただろうか。
シノンはずっとアキトの傍で、背中に手を置いてくれた。
アキトはそんなシノンにお礼を言う。
その口調は、いつものものとは違う、柔らかいものだった。
シノンは、アキトを見て口を開いた。
「…アンタ、やっぱり無理してたのね…」
「……」
「…何があったの…?」
「…いや…何もないよ」
「…アキト」
「……もう行く。…さっきは…悪かった………ゴメン」
アキトは半ば話を打ち切るように立ち上がり、シノンを視界から外す。
彼女から背を向けて歩く道の先には、エギルの店があった。
後ろからシノンの声が聞こえたが、アキトの歩みは止まらなかった。
シノンの伸ばしたその右手は、アキトには届かなかった。
そのまま、アキトの後ろ姿をただ見る事しか出来なかった。
やがて、アキトを引き止めるのを諦めたかのように、小さく息を吐いた。
何故引き止めようと思ったのか。
引き止めてどうするつもりだったのか。
シノンは、伸ばした右手を自身の元に戻す。
その手のひらをシノンは見つめる。
(アイツ…震えて…)
アキトの背中を摩った時、その体は震えていた。
何かに怯えたように。何かを思い出したかのように。
その姿を見て、シノンは気が付いたら手を伸ばしていた。
どうしてあんな事が出来たんだろう。
出会って間もない相手に、こんな事はしない。
──けれど。
── 私は、ただ。
(…アイツが…アキトが、私と重なって見えたから…)
震えるアキトが、何故か自分のように見えて。
決して他人事とは思えなくて。
「……」
── あの日。
リズが涙したあの日。
アキトの元へと向かう足を自分では止められなかった。
階段を上りきった先に、自室の前で泣き崩れるアキトを見た時、シノンは動く事が出来なかった。
キリトと自分は違うと。あれほど言っていたから。
キリトの為に泣いているとは思わなかったのだ。
「……なんで」
初めて会った時から、他人ではないような気がしたのは何故だろう。
何故、アキトと自分は似てると思ったのだろう。
自身の事なんて、何も覚えていないのに。
●○●○
自室に戻ったアキトは、そのままベッドに倒れ込んだ。
最近、色々と無茶が過ぎていた気がする。
レベル上げやスキルの強化。アイテムの確保。
今日のように迷宮区に篭ったのも久しぶりだった。
寝転んだベッドがとても心地よく感じる。
アキトは、その気持ち良さにウトウトしていた。
しかし、その感情もすぐに消し飛んだ。
また、彼らの光景が目に飛び込んでくる。
「っ。……またか。どうして俺はこんなにも醜いんだろう…」
76層に来てから何度も考えるキリトと自身の差のようなものに。
アキトは、いい加減嫌になってきた。
くどいと分かっている。
面倒くさいヤツだと自覚している。
それでも、考えてしまうのだ。
彼らは、キリトが紡いだ絆の証。
キリトの存在を肯定し、今も尚キリトを想い、突き進んでいく人達。
アキトにはないものを持っていたキリト。
キリトが手に入れたものは、どんな人達なのか知りたかった。
けど、知って後悔した。
彼らのキリトを想う気持ちが、想像以上で。
どうしても自分と比べてしまう。
別に、憧れてたからって、キリトになりたかったわけじゃない。
だけど、ついそう思ってしまう。
俺には、ただの一瞬だって、ただの一人だって、あんな存在がいただろうかと。
「……」
アキトはベッドに仰向けになり、自然とその手が天井に伸びる。
おもむろに開いたのは、アキトのフレンドリスト。
そこに登録されているフレンドは、あまりにも少なかった。
フレンドリストは、登録した順番に上から表示されていた。
そのリストの一番下には、つい最近フレンド登録したシリカとリズベットの名前が。
二人の名前を見た後、アキトはそのリストの上に視線を移した。
そこには、とある6人のプレイヤーの名前が。
しかし、その表記はいずれも<DEAD>。
── 死亡を示す表示だった。
「っ……」
彼らはきっと、俺のせいで死んでしまった人達。
俺と関わってしまったから。
俺と出会ってしまったから。
── 俺が、望みさえしなければ。
「怖い…怖いよ…!」
そう言葉を吐いたアキトの姿は、かつてのものへと戻っていた。
あの頃の、間違っていた自分に。
手が震える。声が震える。
心臓が鳴る。意志が揺らぐ。
ここに来た当初の目的は、今も変わらない。
あの日、あの場所でそれを成し遂げるとキリトに誓ったはずだ。
けれど考えずにはいられない。
自分が彼らに近づく事で、また失ってしまうのではと。
考えないようにしていた。
彼らの前でも、強がっていた。
けれど。
どれだけ取り繕っても、この恐怖を消しきれなくて。
自分が関わる事で、また…。
「…不吉を告げる黒猫みたいだな……」
アキトは、自虐的な笑みを浮かべた。
── Link 5% ──
アキトの成し遂げるべき目的。
望む力。
欲しかったもの。
憧れた人。
……流石にそれは決めてるからねっ…!(震え声)