ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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完全に見切り発車である今作品。

さらに処女作。

けど、ストーリーの流れは大体決めてるんだよ…?(震え声)




Ep.6 不幸を告げる黒い猫

 

 

宿へ帰る、アキトその足取りはやや重い。

 

街灯に照らされる《アークソフィア》の道を、アキトは独りで歩く。

アスナがいなくなった後も、アキトはたった独りでレベル上げを続けていた。

レベルが90代に乗ったことで、精神的余裕が生まれ、一段落と思い帰路に経った。

その時刻はもう夜中の十二時を過ぎており、並ぶ建物の窓から漏れる光はとても少なかった。

 

あの後、アスナが向かった先を確認しに行くと、運良くボス部屋を確認することができた。

アスナがその場にいなかった事を考えると、転移結晶で街に戻ったのだろう。

ボス部屋の場所をすぐにでも報告すれば、明日には出回るだろう。そこから、ボスの情報収集に時間をかけ、三日後には攻略に行けるだろう。

 

 

「……」

 

 

アキトはその一本道を、未だにフラフラと進んでいた。

その顔は、暗い影を落としている。

不意に、アスナに言われた事を思い出す。

 

 

「……独り」

 

 

── 一人で戦える事が強さだと思っているなら…───

 

 

アスナのあの一言に、心の内を見透かされているような気がした。

独りで戦える事が強さではない。アスナは確かにそう言っていた。アスナが何故急にそんな事を言い出したのか、アキトには分からないが、その言葉はアキトの心を強く打った。

 

 

「……けどアイツは…独りでも強かったじゃないか…」

 

 

そう言って脳裏を過ぎるのは。思い出すは、かつての英雄────黒の剣士。

彼は孤独の中、それでも強かった。自分の比にならない程、圧巻だった。

 

 

── あの時から。

 

「……っ」

 

アキトは、頭を抑える。

その苛立ちをもどうにか抑えようとして。 しかし、この苛立ちは間違いだと気付いた。何せ、キリトは結局独りではなかったのだと、この場所に来て気付いたのだから。

 

 

「……アスナの言う通り、か」

 

 

────たった独りでも、生きていけるようになりたかった。

 

孤独でも平気な強さが欲しかった。誰かに頼らずとも、世界を変えていけるような、そんな力が。

寂しさなんて感じない、揺らがない強い心を持ちたかった。

そうすればきっと、今みたいにならずに済んだのに。

そんな事出来るわけないと、無理な事だと分かっている。人間は誰しも、他人の温もりを必要とする生き物だから。

 

それでも、自分はこの行き方を変えられなくて。その在り方しか知らなくて。

 

 

「……最近、こんな事考えてばっかだな……」

 

彼らに出会ってから、こんな事を考える事が多くなってきた。自分でもくどいと分かっている。幾度となく振り払っても、またこの劣等感にも似た負の連鎖が止められない。

 

 

「……アキト?」

 

不意に声をかけられ、その声のする方へと自然と顔が向けられる。

 

 

「……シノン」

 

 

そこには、つい最近知り合った、別のゲームから転移してきたとされる少女が、街灯に照らされるベンチに座っていた。

 

 

「……こんな時間まで攻略……?」

 

「……」

 

 

アキトは、シノンの問いを返さず、その目の前を通り過ぎる。

正直、今は誰かと話す気分ではなかった。しかし、その歩みはシノンに袖を摘まれたことによって止められた。

アキトは観念したかのように項垂れ、シノンの方へと視線だけを向けた。

 

「その……少し、話さない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンチに座るシノンの隣りに、アキトは腰掛けた。

誰とも話す気分ではなかったはずだ。

けれど、シノンのその表情を、瞳を見ていたら。

何故かそんな事も忘れてしまっていた。

 

 

「……何か用があるんじゃねぇの」

 

「急かさないで、友達減るわよ」

 

「そもそもいねぇ………そんな事を言いたかったのか」

 

「そんなわけないでしょ。……少し、ね」

 

 

そう言って、シノンはどこか遠くの景色を眺めていた。

その横顔につられ、アキトもシノンが見ているだろう風景を見る。

街灯に照らされ、噴水が太陽の出ている時とはまるで違った輝きを見せる。

僅かに吹く風が、髪を揺らす。

同じ街並みでも、昼と夜でこれほど違うとは。

 

ふと、シノンが口を開いた。

 

 

「…いつも…こんな時間までレベル上げしてるの?」

 

「…ここに来てからは、今日が初めてだ。こんな遅い時間に街に戻ってきたのは。……お前はこんな時間まで何してんだよ」

 

「…少し…眠れなくて」

 

「……あっそ」

 

 

シノンのそんな言葉一つ一つを、アキトは適当に返す。彼女はそんなアキトのあからさまな態度に、顔を顰めた。

 

 

「……それと。その『お前』とか、『アンタ』って呼ぶの、やめて。私はシノンよ」

 

「……シノン」

 

「……うん、よろしい。貴方は、アキト…よね?」

 

 

アキトがシノンの名を呼ぶと、彼女の口元が緩んだ。

そして、今度は彼女はアキトの名を呼んだ。

アキトは、そんなシノンの微笑から目を逸らす。

何故か、シノンに逆らえないと感じた。

 

 

その瞳は、この場にいるアキトをしっかり見てくれていて。

アキトは、自身の瞳が揺れるのを感じた。

 

「……別にキリトに見えねぇだろ」

 

「またそんな事……そもそも私はそのキリトを見た事ないし」

 

 

アキトのそんな返し方に、シノンは溜め息を吐く。

確かに、シノンはキリトの事を知らない。

この世界に来たのはつい最近の為、それは当然だった。

 

 

「…お前、」

 

「……」

 

「し、シノンは…その、ここに来る前は何してたんだよ」

 

 

アキトは、『お前』と言った瞬間睨んできたシノンから目を逸らしながら、そんな質問をした。

そして、自分でも驚いた。何故、自分はこんな質問をしているんだろうと。

しかし、シノンはその顔を俯かせた。

 

 

「…分からない」

 

「……え?」

 

「私、ここに来る前後の事…全然思い出せなくて…だから、ここがSAOだって聞かされた時、すぐには信じられなかった」

 

「……」

 

 

アキトは、そのシノンの話を聞いて目を見開いた。

そんな話は聞いてなかったし、そんな事がありえるのかと少し驚いたからだ。

シノンの表情は、どんどん悲痛なものに変わっていく。

 

 

「…一人でいると…今も怖くなる時もある…何も覚えてないって…結構怖いのね」

 

 

シノンは、そういうとアキトに向かって力無く笑ってみせる。

大丈夫だよ、とそう言ってるみたいで。

無理しているのが丸分かりで。

 

アキトは、そんなシノンの顔を見て、体が動かなくなった。

目を見開いて、笑うシノンを見つめた。

 

 

 

 

── 二人がいるもの。怖くなんてないよ…フフッ、ホントだよっ──

 

 

 

 

「っ…サチ…」

 

「…え?…何?」

 

「っ!あ、いや…何でもない…」

 

 

シノンの顔から、慌てて顔を逸らす。その顔は、少し赤く染まっていた。

しかし、すぐにその表情を暗くする。

シノンは、そんなアキトを不思議そうに見るが、そのアキトの表情はよく見えなかった。

 

かつての、想い人の面影を見た気がした。

けどその想いは届かない事を知っていた。

 

その想いを伝える事すら出来なかった事を。

守りたかった、守れなかった人の面影を。

 

アキトは、消えていく仲間達を思い出し、その体を震わせる。

自身の腕を抱き、蹲る。

 

 

「…アンタ…大丈夫?辛そうだけど…」

 

「…ああ…うん…大丈夫」

 

「…っ…アキト…」

 

 

そのいつもと違うアキトの反応に、シノンの心は揺れ動いた。

普段の、高圧的な態度ではなく、こんな、孤独に苛まれ恐怖し、怯えるようなアキトを、シノンは初めて見た。

 

シノンは…そんなアキトの背中を摩った。

こうする事しか出来ないが、せめて楽にしてあげられたらと。

自分と重なるアキトを、見たくなかったから。

 

シノンの顔が、かつての見知った顔に見える。

それだけで、心がこれほど乱れるとは思わなかった。

 

 

「落ち着いた?」

 

「……ゴメン…シノン……」

 

 

震えを止めるのに、20分はかかっただろうか。

シノンはずっとアキトの傍で、背中に手を置いてくれた。

アキトはそんなシノンにお礼を言う。

その口調は、いつものものとは違う、柔らかいものだった。

 

シノンは、アキトを見て口を開いた。

 

 

 

「…アンタ、やっぱり無理してたのね…」

 

「……」

 

「…何があったの…?」

 

「…いや…何もないよ」

 

「…アキト」

「……もう行く。…さっきは…悪かった………ゴメン」

 

 

アキトは半ば話を打ち切るように立ち上がり、シノンを視界から外す。

彼女から背を向けて歩く道の先には、エギルの店があった。

後ろからシノンの声が聞こえたが、アキトの歩みは止まらなかった。

 

 

シノンの伸ばしたその右手は、アキトには届かなかった。

そのまま、アキトの後ろ姿をただ見る事しか出来なかった。

やがて、アキトを引き止めるのを諦めたかのように、小さく息を吐いた。

 

何故引き止めようと思ったのか。

引き止めてどうするつもりだったのか。

 

シノンは、伸ばした右手を自身の元に戻す。

その手のひらをシノンは見つめる。

 

 

(アイツ…震えて…)

 

 

 

アキトの背中を摩った時、その体は震えていた。

何かに怯えたように。何かを思い出したかのように。

その姿を見て、シノンは気が付いたら手を伸ばしていた。

 

 

どうしてあんな事が出来たんだろう。

出会って間もない相手に、こんな事はしない。

 

 

 

 

 

──けれど。

 

 

── 私は、ただ。

 

 

 

 

 

(…アイツが…アキトが、私と重なって見えたから…)

 

 

 

 

震えるアキトが、何故か自分のように見えて。

決して他人事とは思えなくて。

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

── あの日。

 

 

リズが涙したあの日。

アキトの元へと向かう足を自分では止められなかった。

 

 

階段を上りきった先に、自室の前で泣き崩れるアキトを見た時、シノンは動く事が出来なかった。

キリトと自分は違うと。あれほど言っていたから。

 

 

キリトの為に泣いているとは思わなかったのだ。

 

 

 

「……なんで」

 

 

 

初めて会った時から、他人ではないような気がしたのは何故だろう。

何故、アキトと自分は似てると思ったのだろう。

 

 

 

自身の事なんて、何も覚えていないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

自室に戻ったアキトは、そのままベッドに倒れ込んだ。

最近、色々と無茶が過ぎていた気がする。

レベル上げやスキルの強化。アイテムの確保。

今日のように迷宮区に篭ったのも久しぶりだった。

 

 

寝転んだベッドがとても心地よく感じる。

アキトは、その気持ち良さにウトウトしていた。

 

 

しかし、その感情もすぐに消し飛んだ。

また、彼らの光景が目に飛び込んでくる。

 

 

 

「っ。……またか。どうして俺はこんなにも醜いんだろう…」

 

 

 

76層に来てから何度も考えるキリトと自身の差のようなものに。

アキトは、いい加減嫌になってきた。

 

 

 

くどいと分かっている。

面倒くさいヤツだと自覚している。

 

 

それでも、考えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、キリトが紡いだ絆の証。

 

 

キリトの存在を肯定し、今も尚キリトを想い、突き進んでいく人達。

アキトにはないものを持っていたキリト。

キリトが手に入れたものは、どんな人達なのか知りたかった。

 

 

けど、知って後悔した。

彼らのキリトを想う気持ちが、想像以上で。

どうしても自分と比べてしまう。

 

 

別に、憧れてたからって、キリトになりたかったわけじゃない。

だけど、ついそう思ってしまう。

 

 

俺には、ただの一瞬だって、ただの一人だって、あんな存在がいただろうかと。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

アキトはベッドに仰向けになり、自然とその手が天井に伸びる。

おもむろに開いたのは、アキトのフレンドリスト。

そこに登録されているフレンドは、あまりにも少なかった。

 

 

フレンドリストは、登録した順番に上から表示されていた。

そのリストの一番下には、つい最近フレンド登録したシリカとリズベットの名前が。

二人の名前を見た後、アキトはそのリストの上に視線を移した。

 

 

 

 

そこには、とある6人のプレイヤーの名前が。

しかし、その表記はいずれも<DEAD>。

 

 

── 死亡を示す表示だった。

 

 

 

 

「っ……」

 

 

 

 

彼らはきっと、俺のせいで死んでしまった人達。

俺と関わってしまったから。

俺と出会ってしまったから。

 

 

 

 

── 俺が、望みさえしなければ。

 

 

 

 

 

「怖い…怖いよ…!」

 

 

 

 

そう言葉を吐いたアキトの姿は、かつてのものへと戻っていた。

あの頃の、間違っていた自分に。

 

 

手が震える。声が震える。

心臓が鳴る。意志が揺らぐ。

 

 

ここに来た当初の目的は、今も変わらない。

あの日、あの場所でそれを成し遂げるとキリトに誓ったはずだ。

 

 

 

 

けれど考えずにはいられない。

自分が彼らに近づく事で、また失ってしまうのではと。

 

 

 

考えないようにしていた。

彼らの前でも、強がっていた。

 

 

 

 

けれど。

どれだけ取り繕っても、この恐怖を消しきれなくて。

 

 

 

 

自分が関わる事で、また…。

 

 

 

「…不吉を告げる黒猫みたいだな……」

 

 

アキトは、自虐的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── Link 5% ──

 




アキトの成し遂げるべき目的。
望む力。
欲しかったもの。
憧れた人。


……流石にそれは決めてるからねっ…!(震え声)

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