ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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今回は戦闘回です。
戦闘描写は得意ではありませんが、今後も精進致します。

では、どうぞ!


Ep.40 影に潜む獣

 

 

セルベンディスの神殿前広場《供物の神殿》

 

 

《ホロウ・エリア管理区》から転移して、すぐ目の前にある古びた神殿。その中の最深部。

その闇のように黒く、固く閉じられた扉は、アキトの持つ《虚光の燈る首飾り》に反応し、簡単に開いた。

この先はきっと、今までとは違うと、そう思った。

 

 

 

 

─── そこは、光が差し込んでいた。

 

神殿の中にいるとはとても思えない。上にあるべき筈の天井は崩壊しており、差し込んでいるのは陽の光である事は明らかだった。

室内であるとは言えない程に、巨大な木の根がその広場の至る所に侵食している。

地面にも緑が生えており、部屋を支えていた筈の柱は、天井の崩壊により、意味も無く何本も等間隔で並んで直立していた。

そんな自然は、天井の光に照らされてキラキラと光り輝き、とても神秘的に思えた。

その部屋には、何も無い。ボスも、モンスターも、宝箱も。

ただ破壊された部屋に、自然が溢れるだけだった。

 

その場所を、奥へ奥へと進む、クラインとフィリア、そしてアキト。

この広々とした部屋に意を決して入るも、その静かな空気に困惑を隠し切れない。

ボス部屋だと予想して入った分、拍子抜けなクライン。だがそれでも、長い間攻略組として最前線で戦ってきたのだ。決して油断したりしない。

フィリアとアキトも未だ警戒は怠らなかった。だがフィリアも、何もいないこのフィールドを見て、次第に警戒を緩めていた。

 

暫く時間が経ったが、全く変化が見られない。体勢を低くしていたクラインは、胸元に引き寄せていた刀を持つ右腕を力無く落とし、その体を起こした。

それを見たフィリアも、気が緩んだのか膝に手を付いた。

 

 

「…何にも、いねぇぞ…」

 

「…ボス部屋じゃなかったって事…?」

 

「……」

 

 

二人がその場に立ち止まる中、アキトだけはこの広大なフィールドを見渡していた。

この場所は明らかにおかしいと感じていた。

これだけの広さがありながら、モンスターは愚か、宝箱も一つも無い。破壊された神殿、まるで、食い千切られたこのような柱。

このボス戦をするには丁度良い広さも。

 

 

『っ…下だ!』

 

「っ…!」

 

 

アキトは咄嗟に下を見る。瞬間、フィリアとクラインの襟を掴み、その場から飛び出した。

 

 

「ぐえぇっ!」

 

「きゃああぁ!」

 

 

クラインとフィリアはいきなりの事で思わず声を上げた。

先程の場所より離れた場所まで引っ張られ、漸くアキトから解放されると、クラインは勢い良く立ち上がった。

 

 

「っ〜、いきなり何しやがんだ!」

 

「…何かいる」

 

「え…?」

 

 

アキトの見据える先を、二人は視線で追い掛ける。

視線の先は、先程まで居た場所。その地面には、巨大な黒い影が敷かれていた。

ついさっきまでそこにいた、アキトとフィリア、クラインをまとめて飲み込んでしまえる程に。

 

 

「…何だ、コイツは…」

 

「っ…」

 

 

クラインは即座に刀を構える。フィリアも短剣を逆手に持ち、体勢を低くした。

アキトはエリュシデータを目の前に出し、斜めに構え、少し離れた場所に広がる影を睨み付ける。

 

 

その地面の影は徐々に広がり、次第に濃くなり、闇を孕んでいく。

黒い瘴気がその影から漂い、まるで何かが潜んでいるようで。

 

 

 

 

─── そして、『それ』は現れた。

 

 

地に張る影から、さらに巨大な影が飛び上がる。『それ』は上空へ静止して、やがて重力に逆らう事無く落下してきた。

何もかもを黒く塗り潰した、その獣のようなモンスターが。

 

 

「っ!」

 

「!?」

 

「…コイツは…!」

 

 

三人は驚愕を顕にした。

 

その獣は体全てが闇に覆われたかのように黒く、未だ瘴気を放っていた。

犬にも似た四本足で、ワニのような巨大な顎。血のように赤く染まった瞳がこちらを見下ろす。

その体と足には、まるで封印でもされているかのように楔が打たれ、銀色の鎖が巻かれていた。

 

そして何より、それは巨大だった。

 

 

BOSS <The Shadow Phantasm>

 

 

その異形は、獣と称した、そのイメージにそぐわぬ咆哮を上げた。

空間を振動させ、その雄叫びだけでプレイヤーを吹き飛ばせそうな、そんな勢いだった。

フィリアは思わず耳を塞ぐ。クラインは片目を瞑り、しかしボスから目を離さない。

 

瞬間、叫び終わったその異形から、3本のHPバーが表示される。

アキトはそれを見て、何もかもを確信した。

 

 

(このエリア一帯のボスか…!)

 

 

目の前の巨大な獣は、そんなアキト達を、縄張りを荒らす侵入者だと認め、危険視したのか彼らから目を離さず、警戒してか、その喉を鳴らす。

クラインは横目で他の二人を見て、慌てて問う。

 

 

「どうする、撤退するか!?」

 

「っ…!?二人とも、あれ!」

 

 

フィリアは左手を上げ、指を差す。その先はボスの向こう、三人が入ってきた入口だった。

アキトとクラインはその方向を見て、絶望の色を見せる。

入口は、システム的に閉じられていたのだ。アキトの掌に現れた紋様と酷似したものが、入口の前に張られていた。

 

 

「っ…マジかよ…!」

 

「そんなっ…!」

 

(これじゃあ……!)

 

 

これでは離脱どころの話では無い。場合によっては全滅も有り得る。

 

 

 

 

(全滅────)

 

 

 

 

その単語が頭を過ぎる瞬間、一緒に色々なものが脳裏を駆け巡った。

いつか見た景色、見覚えの無い光景も共に。

だけど、一つだけ理解した事がある。

 

 

それは、二度と口にしたくは無い、耳に入れたくない言葉。

 

決して、もう誰かをそんな目に合わせたくないと、決めた事。

 

 

 

 

 

「『もう、二度と────』」

 

 

その言葉と同時に、地面を強く蹴った。

フィリアとクラインの間を抜け、ボスに向かって一直線に走る。

そのスピードは、まさに刹那。

何かが自分を突き動かすような感覚。自分では無い何かに背中を押されたような感触。

だけど、何もかもを切り捨て、目の前の異物を倒す事だけに脳を使う。

 

全ては、繰り返さない為に。

 

時間差で風を感じたフィリアは、いつの間に自身より前へと進む黒の剣士を視界に捉えた瞬間、慌ててその名を呼んだ。

 

 

「…っ!? アキト!」

 

「あの馬鹿っ…!」

 

 

クラインはアキトの後を追いかけ始める。フィリアもそれに合わせて彼の背を追う。

だがアキトは、気が付けば既にボスの懐に飛び込んでいた。

その瞳はボスを捉え、ボスもまたアキトを見下ろす。

そして、ボスは楔が打たれたその巨大な右前足を地面から離し、高く上げた。アキトはその前足の影に覆われ、その黒いコートの色が、更に濃いものへと変わっていく。

だがアキトは迷う事無くその剣を白く光らせる。ボスの動きの一瞬一瞬を目で追い掛ける。

 

次の瞬間、ボスはその前足をアキト目掛けて振り下ろした。まるで、蟻を踏み潰すかの如く、何の躊躇いも感じない。

アキトはその場で走るのを止めると、直前まで迫る足にエリュシデータを当てがった。

 

 

「っ!」

 

 

ボスの前足を受け流すようにいなし、それを起点に旋回、発動中のソードスキルを、地に付いた右前足目掛けて振り抜いた。

 

片手剣単発技<ホリゾンタル>

 

血のように赤いエフェクトが切断面から飛び出す。

ボスの頭上のHPバーに、決して少なくないダメージの結果が表れた。

そのダメージ量は、階層ボスのそれよりも大きい。やはり、アキトの考えた通り。

このボスは、この三人で倒せる。

 

ボスは自身にダメージを与えたアキトを煩わしく感じたのか、その斬り付けられた足でアキトを払う。

アキトはエリュシデータを引き寄せ、その攻撃を受け止めた。

その隙にクラインが迫る。

刀を炎のように煌めかせ、ボスの下顎にそれを放つ。

 

刀単発技<旋車>

 

体を捻らせ、ダメージを上乗せしていく。単発だからこその威力に、ボスの上半身が跳ね上がる。

フィリアはクラインの後ろから飛び出て、もう片方の前足に向かって、ソードスキルを放った。

 

短剣高命中四連撃<ファッド・エッジ>

 

エメラルドグリーンに輝く、強化されたその短剣は、ボス相手にも通用した。

HPバーは急激と言っても過言では無い程の勢いで減っていく。

スカルリーパーの時と同じ、階層ボスよりもステータスはかなり下に設定されている。

即ち、攻略組と攻略組クラスの実力を持つこの三人なら、時間をかけて倒せる相手だという事。

撤退出来なくても、この場で倒せれば────

 

 

次の瞬間、ボスが地面に体を近付けた。

怯んだのかと考えたのも束の間、ボスはバネのような脚力で、彼らの頭上を飛び越えた。

 

 

「えっ…!?」

 

「なっ…!?」

 

 

初めての動きに、彼らは一瞬だけ動きが止まった。だが、命懸けのこのゲームで、その一瞬、刹那とも呼べるような隙でも、敵に見せるのは命取りとなる。

ボスが着地したかと思った瞬間、再びこちらに向かって迫ってきた。

その速度、彼らの隙を突くには充分間に合う速度だ。目の前まで接近し切ったその獣に、フィリアは対応が遅れる。

ボスはその前足の楔の部分で、フィリアを殴り付けた。

 

 

「きゃああぁあ!!」

 

「っ───」

 

 

アキトはボスに向かって走っていたその足を咄嗟に捻らせ、殴られたフィリアの元へ走る。

何故かは分からない。だが、一瞬でボスからフィリアに意識を切り替えてしまっていた。

くの字になって飛ばされるフィリアの行き着くであろうその先へ、先回りするかのように、その足を全力で動かす。

 

 

(っ───)

 

 

アキトはフィリアの体を受け止める。しかし、その威力に耐えられず、そのまま共に柱に向かって飛んでいく。

アキトはその柱に背を向け、フィリアを庇うように包み込む。

激突したその柱は、元々脆かった事もあってかアキトとフィリアの直撃で亀裂を作り、やがて崩壊した。

その破片、瓦礫達がアキトとフィリアを下敷きにしていく。

 

 

「ぐっ…!」

 

「っ…アキト…!」

 

 

フィリアはその瓦礫から顔を出し、アキトに視線を移す。

いくら弱体化してるからといっても、やはりボス。そのダメージ量は言わずがもがなだった。

自分を庇ってくれたのだと理解したフィリアは、咄嗟にポーションを取り出す。

だが、段々とこちらに近付いてくる音、それに合わせて地面が振動するのを感じた。

 

 

「くっ…また…!」

 

 

その闇纏う獣は狩りをする猛獣の如く、獲物を見付けた肉食動物の如く、涎を垂らして二人に向かって来る。

その四足歩行によるスピードは、巨体に合わないもので、ドンドンと増していく。

フィリアはアキトを背に立ち上がり、咄嗟に短剣を構える。

 

 

「させるかよ!」

 

 

クラインはその刀を輝かせ、ボスに沿うように迫る。

その巨体に合わせてこちらにクラインが走り込み、その左側面にソードスキルをお見舞いした。

 

刀単発技<浮舟>

 

脇腹へと刺さるその攻撃にボスはよろめき、その軌道をずらす。

フィリア達のすぐ横を通り過ぎ、隣りの柱にぶつかっていった。

辺りが砂煙で覆われ、周りが曇って見えない。クラインはそれを好機にフィリアとアキトの元へと駆け寄った。

 

 

「大丈夫か…!?」

 

「私は大丈夫…でも、アキトが…」

 

「何ともねぇよ。距離取るぞ」

 

 

アキトはすぐ立ち上がり、クラインとフィリアと共にその場から離れる。

土煙が舞う、ボスのいる場所を目で見れる距離まで離れ、その様子を剣を構えて待つ。

やがてボスの鼻息で煙が霧散し、その辺りが顕になっていく。

ボスはアキト達が近くにいないのを悟り、首を左右に動かしていた。

そんなボスのHPバーを見れば、3本の内の1本、その半分程が削れており、残りは2本と半分だった。

それを見たアキト以外の二人も、このボスがフロアボスよりも強くはないという事を理解した。

 

 

これなら、きっと勝てる。

その瞬間、ただならぬ殺気を感じ、アキトはエリュシデータを構える。

 

 

「来るぞ!」

 

「っ…!」

 

「くっ…!」

 

 

周りの瓦礫を盛大に吹き飛ばし、その獣は立っていた。

体から漂うその瘴気はより深く、より濃いものへと変わっていく。

ただ目の前の獲物を屠るだけを考え、視線を逸らさない。

まさに闇の化身と呼べるものだった。

 

ボスは、再びこのエリアを揺るがすような咆哮を放ち、その場から離れ、こちらに走ってきた。

アキト達はそれぞれ違う方角へ散開する。

ボスはその小動物のように散らばる小さなプレイヤーを見て頭を動かすが、やがて一人に決めたかのように、そのプレイヤーただ一人の背中を追いかけ始めた。

その背中の持ち主は────

 

 

「っ、来やがったな!」

 

 

クラインはボスのいる後ろを見て叫ぶ。ボスのその赤い瞳は、間違いなくクラインを捉えていた。

アキトはそれを確認すると、走る方向を転換し、ボスに向かって駆け出した。

クラインがヘイトを稼いでいる今がチャンス、再び側面から攻撃をしようと、アキトは筋力値に言わせたジャンプを繰り出した。

飛び上がったその先には、ボスの上部が見える。下で見上げてばかりで、見下ろす事の無かった上顎の部分。

その場所に目掛けて攻撃すべく、エリュシデータを上段に構える。

 

片手剣単発技<ヴァーチカル>

 

黄金に光る英雄の剣を、一気に振り下ろした。

 

 

「っ!?」

 

 

しかし、ボスはアキトを視界に入れたかと思うと、急に立ち止まり、その体を傾ける。

すると、システムアシストによって繰り出されたアキトのソードスキルは、運悪くボスの楔、それを縛る鎖にぶつかった。

ガキィン、と金属の鈍い音が聞こえ、その反動で火花が散る。アキトは剣に振動を感じながら落下していく。

恐らく今の一撃は、ダメージにはなっていない。

 

先程の攻撃、アキトを視界に捉え、そのソードスキルを確認した瞬間にボスが反応したように見えた。

つまり、ボスがあの咄嗟にアキトの攻撃を読んで、防御まで行ったのだ。

自分に付けられている、楔と鎖を使って。

 

 

(コイツ、自分を縛ってる鎖の位置を把握してる……!)

 

 

アキトは静かに舌打ちをする。ボスは既にアキトを通り過ぎ、元々の標的であるクライン目掛けて一直線だった。

 

 

「チィ…仕方ねぇ…!」

 

 

クラインはその場で立ち止まり、ボスを迎え撃つ姿勢を作った。刀を横に寝かせるように構え、いつでもソードスキルを放てる準備を完了させる。

ボスはそれに気付かず、いや、分かっていたとしても尚クライン目掛けて走るスピードを緩めない。

クラインはただボスを待つのみ。額から汗が流れ、心臓の音が聞こえる。

 

そして、ボスの鉤爪がクラインを襲おうとした瞬間、クラインはその刀を動かした。

 

 

「おらぁ!」

 

 

刀単発技<辻風>

 

ボスの爪をギリギリで躱し、そのすれ違いざまにボスの腹を抉るように斬り込む。

クラインはその持ち手にかかる重量に負けんとその顔に気合いを入れ、自身の持つ筋力値をフルに使ってその腹に食い込む刀を思いっ切り振り抜いた。

 

 

「っ、らあぁっ!」

 

 

周りにエフェクトが迸る。

ボスはその一撃で体勢を崩し、クラインの後ろで倒れ込んだ。

敵を高確率でスタンさせる効果を持つそのソードスキルは、ボスを怯ませる事に成功したようだ。

その機を逃さぬよう、立て直したアキトと、ボスを追い掛けていたフィリアが左右から挟み込む。

クラインもその身を翻し、ボスが立ち上がろうとする前にその巨体の傍まで駆け寄る。

アキトはその黒い剣を、フィリアはその長めの短剣を、クラインは武士の象徴たるその刀を、一斉に輝かせる。

連撃数の多いソードスキルは、確かに強力ではあるが、モンスターの隙が無い限りは発動を控えるべきものだ。

連携数が多ければ多い程に、自身の攻撃時間が長いという事。ソードスキルが長いと、それだけでモンスターへ隙を与えてしまう事と同義。

だからこそ、連撃数の多い上位スキルは、ボスの隙が大きい時に使うのが有効とされる。

 

今まさに、この瞬間。

 

 

「っ…!」

 

「───っ!」

 

「しっ───!」

 

 

刀奥義技五連撃<散華>

 

短剣奥義技六連撃<エターナル・サイクロン>

 

片手剣奥義技六連撃<ファントム・レイブ>

 

 

それぞれの持つ武器の最終奥義を、寝そべるボスに向かって叩きつけていく。クラインは後ろ足を、フィリアは前足を、アキトは背中を。

彼らは言葉で指示をしていない。それを音にする事は無い。

長年の、このSAOに囚われた2年間による経験が、彼らをシンクロさせていた。

斬る、斬る、斬る、斬る。ただそれだけの作業。けどそれでも、その体を休めたりはしない。

生きるか死ぬか、そんな瀬戸際。だけど、この隙は好機、全力でその剣を振るう。

 

これだけの連撃、威力。ボスの残りのHPバーは2本目に到達し、それも半分になりつつあった。

しかし、いつまでもやられる側ではない。ボスの目が見開き、体をくねらせて周りのプレイヤー達を弾き飛ばす。

アキト達は地面との摩擦でどうにか踏みとどまり、慌ててボスを見つめた。

 

すると、ボスに異変が起きている事に気付き、アキトはその眉を顰める。

その体を、小さく、しかし確実に震わせている。何かに怯えるように。

いや違う、我慢していた何かを、解き放つかのように。

 

 

「何……?」

 

 

フィリアが固唾を飲んで見つめる。クラインも困惑を顕にしており、黙ってボスを見続けていた。

 

次の瞬間、ボスが三度目の咆哮を繰り出す。

そして、その咆哮に合わせて、体に打ち付けられていた楔と鎖がガラスの割れたような音で破壊される。

ビリビリと空間を振動させるその咆哮の持ち主は、楔と鎖という名の封印を解かれ、その体を自由にさせた。

楔と鎖はガラスの破壊音にも似た音で割れ、光の破片となって消えていった。

そして、体の半分が顎で出来ているかのように、その上顎は大きく割裂け、反り返る程に開かれた。

口内は血よりも真っ赤に染まっており、黒い糸をひいており、本当に獣のようだ。

 

第二形態。

恐らくここから攻撃パターンも変わる。

だが、フロアボスよりも早くHPを減らしてしまったので、あまり多くの攻撃パターンを見ていない。

どんな攻撃が来るのかも予測出来ない状態だった。

 

 

「おい、また来るぞ!」

 

 

クラインの声を合図に、再び距離を取る。

だがボスはそのその裂けた口を閉じたかと思うと、地に映る影に溶け込み、沈んでいく。

 

 

(何っ!?)

 

 

アキトはその全く違う動きに目を見開く。

影に溶け込む能力があったなんて。ボス部屋に入ってきた時のボスの登場の仕方を思い出し、すぐに納得させる。

しかしこれでは、いつ出てくるか分からない。このまま同じ場所に留まるのは危険だ。

アキトは咄嗟にクラインとフィリアを見ると、二人も同じ考えに至ったようだ。

 

三人はそれぞれ散開し、ボスに自身の位置を悟らせないよう走り続ける。

各自その影を目で追いつつ、一定の距離を保つ。

だがその影は、一番近くにいたアキトに目星を付けると、一瞬でアキトの元まで接近してきた。

その速さに、アキトは思わず声が出た。

 

 

「っ、マジかよ…!」

 

 

アキトは咄嗟にエリュシデータを構える。

次の瞬間、ボスが地面の影から飛び出して、その牙を振るった。

アキトは紙一重で躱し、その隙にボスの顎に向かって剣をぶつける。それを頭を振ることで弾き、ボスは右前足をアキト目掛けて叩き落とす。

アキトは目を見開き、その場でバク転し、その鉤爪を掠る程度にまで回避した。

しかし、ボスは畳み掛けるかの如く、アキトを追い回し続ける。足で踏み潰し、牙で噛み砕き、体をぶつけようと接近を繰り返す。

その度にアキトは剣でいなし、躱し、殴り付ける。

だが着実にその体にはダメージが蓄積していた。

 

 

「アキト、スイッチ!」

 

「っ!」

 

 

見兼ねたフィリアはアキトの元へと近付き、その短剣は光を放つ。

アキトは彼女の掛け声に反応すると、その拳を開き、ボスの懐に飛び込んだ。

その右手は青いエフェクトを纏う。引き絞ったその腕を、ボスの下顎に向かって打ち出した。

 

体術スキル<掌破>

 

ボスの顎をかち上げ、その上体を吹き飛ばした。フィリアもクラインも驚いてそれを見ていた。

なんと高い筋力値だろうか、と。

フィリアはそのチャンスを逃す事無くボスに近付き、アキトと位置を入れ替わる。

 

短剣高命中技三連撃<シャドウ・ステッチ>

 

連撃中に蹴り技が入るこのスキルは、確率で相手を麻痺させる事が出来る。

その目論見は成功し、ボスはその体を怯ませた。

クラインとアキトはその瞬間に一気に迫り、その体にソードスキルを叩き込む。

 

刀五連撃技<鷲羽>

 

片手剣六連撃技<カーネージ・アライアンス>

コネクト・体術スキル<閃打>

 

 

その目を大きく見開いて、そのボスに向けて剣戟を放つ。

闇纏うその獣を祓うかのように、斬り裂き、突き刺し、殴り飛ばす。

目の前の敵を倒す事が全て。強さを実感する、その快感を求めるように。

誰も死なせたりしない為に、目の前のデータの塊を絶命させる。

クラインと正反対にいるアキトは、未だ動けないボスの脇腹を、ただ素早い剣技で斬り付けているだけだった。

 

やがてボスが体を左右に揺らし、麻痺から立ち上がる。

それを確認したアキトとクラインは即座に離脱し、フィリアの近くまで退避した。

その影の獣は地面にしっかりと足を着け、赤く煌めく瞳でアキトを捉えていた。

恐らく、今の攻撃でアキトが与えたダメージの方が大きかったのだろう。連撃数を考えれば、当たり前ではある。

ヘイトは完全にアキトに向かっており、ボスは威嚇するかのように再び咆哮を重ねた。

 

 

「……」

 

 

その黒の剣士は、何も言わずにただその剣を寝かせて構えた。

そんなアキトを、フィリアは見つめるだけだった。

目の前のアキトは、普段とは何も変わらない、冷静なものに見えた。

特に異変を感じた訳じゃない。恐怖を覚えた訳でも無い。

 

 

ただ、それでも何かを感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恨みを晴らすかのように、ただ敵を屠るその瞳に。

 

 






アキト、今回は特別秀でた活躍無し!
読んでみれば何の面白味もない話だった…(白目)
まあクラインもフィリアも堅実なので、アキトが霞む部分はありますね(´・ω・`)

これを読んでSAOへの好意が再燃したと言ってくれた方々が沢山いました!
原作主人公不在という、明らかに喧嘩を売っている作品を好んで読んで下さっている方々には、感謝しかありません!

改めて、今後もよろしくお願いします!

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