ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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知り合いの方に「アキトの名前の由来は?」と聞かれたのですが、名前はふと思い付いて適当に考えた所はありますね…(´・ω・`)
まあ、意味もちゃんとありますが…それは後程(意味深)
遅れましたがお待たせです!どうぞ!


Ep.39 フィリアのこれまで

 

 

 

 

 

 

 いつもの時間。いつもの部屋。いつもの階段。いつもの店。プレイヤー達が攻略に出向くであろうこの時間帯は、人の出入りは少ない。

 アキトはその階段を下りると、カウンターの方へと視線を向ける。そこには、店のオーナーであるエギルの他に、珍しくシリカとシノンが座っていた。

 アキトに一番最初に気付いたのはエギルだった。彼の視線につられ、シリカとシノンもこちらに視線を向けて来た。

 

「おうアキト、おはようさん」

 

「アキトさん、おはようございます」

 

「おはよう」

 

「……おう」

 

 アキトはそれだけ言うと、背中に背負うエリュシデータの重みを実感しながら階段を下りる。

 普段ならエギルにコーヒーかココアを貰うのだが、シリカとシノンがいる事によって、その選択肢に躊躇いが生じていた。アキトはカウンターに足を向ける事無く、そのまま店の扉の方に体を向けていた。

 エギルは、普段とは違うアキトの行動が気になったのか、思わず声をかけた。

 

「……今日は飲んでいかないのか?」

 

「……別に。何だって良いだろ」

 

「今日も《ホロウ・エリア》の攻略に行くんですか?」

 

「……別に。何だって良いだろ」

 

「……フィリアと、行くのかしら」

 

「……何なんだよお前ら」

 

 やけに多い質問攻めにアキトは溜め息を吐く。足を止め、彼らにその顔を向ける。

 その中で一人、シノンが、シリカとエギルの思っているであろう事を代弁した。

 

「随分とあっちにご執心なのね」

 

「一度やると決めた事だからな。投げ出すのは性に合わない」

 

「……そう」

 

 アキトのその一言だけで、シノンは何かを察してくれたのかもしれない。それ以上は何も言わなかった。

 彼女には前に、似たような事を言った記憶がある。やらなきゃいけない事がある、と。だからこそシノンはそれ以上言葉を音にする事は無かった。

 シノンがそれきり黙ってカップを啜るを見て、シリカは困惑していたが、エギルもそんなシノンとアキトのやり取りで満足したのか、アキトに向かって呆れたような表情を見せた。

 

「また一人で行くのか?クライン辺りがまた騒ぎそうだ」

 

「知らん。そんなのは俺の管轄外だ」

 

 アキトはそう吐き捨てて背を向ける。黒いコートを翻し、店の扉に手を掛けた。

 高難易度エリアである《ホロウ・エリア》。どんなスキルや武器があるのか、どんな強敵が潜んでいるのかすら未知数。そんな中を、キリトの仲間達に進ませる訳にはいかなかった。

 もう失敗は出来ない。もう二度と。

 

 

 ─── そう、思っていたのに。

 

 

「おうアキト!待ってたぜぇ!」

 

「……」

 

 目の前の転移門に、クラインが仁王立ちしていた。時間も時間、しかも人が行き交うこの場所でのクラインは明らかに浮いていた。周りが彼を遠目で見つめてはヒソヒソと何かを話しているのが聞こえる。

 アキトはその他大勢に溶け込み、クラインをやり過ごそうとする。しかしクラインはそれを見つけるとアキトの襟首を引っ掴み、転移門まで連れて来た。アキトはいい加減煩わしくなったのか、クラインのその腕を振り払った。

 

「……何か用か」

 

「分かってるだろ?《ホロウ・エリア》だよ!そろそろ俺もそっちに連れてってくれよ」

 

「……」

 

 アキトはクラインから目を逸らした。そのクラインの活き活きとした表情を見てられない。

 アキトがここにいるメンバーを連れて行きたくない理由はもう一つある。それは、フィリアと出会った場合の反応である。フィリアは、そうは見えなくとも、そのカーソルはオレンジなのだ。どれだけ優しい少女でも、どれだけ善良な人間でも、そのシステムには抗えない。

 それに彼女自身、人を殺したと口にしている。

 

 クライン達を連れて行く事になった場合はフィリアを呼びつけなければ良い話ではあるが、《ホロウ・エリア》での圏内は今のところ管理区しか見つかってないのだ。フィリアとかち合うのは時間の問題だった。

 彼女自身、オレンジカーソルを気にしている筈だ。だから、少しでも他人の目を避けたいだろう。だからこちらに転移しないであちらで生活しているのだ。

 それを分かっている上でクラインを《ホロウ・エリア》に連れて行くのは…。

 

「……」

 

「ん?どうした?」

 

 黙って自分を見つめるアキトに気になったのか、クラインは首を傾げていた。

 いっそ正直に話せば、クラインは分かってくれるだろうか。フィリアの事を警戒せず、仲間だと認めてくれるだろうか。

 そんな事を考える自分にすら驚きを隠せない。仲間、なんて単語をこんなに聞く事など珍しい。

 もはや自分には無いものなのに。

 

「何を見ても驚いたり、疑問持ったりすんなよ」

 

「そりゃ無理だろ!?」

 

「じゃあ連れてってやるから、文句言うんじゃねぇぞ」

 

「よっしゃあ!分かってるって!」

 

 クラインは再びアキトの肩に腕を回そうとして、アキトはそれを躱す。そんな事をしながら、アキトはフィリアの事を思い出していた。

 彼女はアキトがいない間も一人で活動しているらしい。この時間なら、もしかしたら管理区にはいないかもしれない。今日はフィリアに連絡はせず、クラインにある程度満足してもらえれば大丈夫だろう。

 アキトはクラインと共に、転移門へと足を向けた。

 

 

 

 ●○●○

 

 

《ホロウ・エリア管理区》

 

 

「おお……」

 

 転移した先の世界観の違いに、クラインは驚きを隠せない。忙しなく辺りを見渡し、見た事も無いものばかりの景色に視線は釘付けだった。

 数字の羅列の波、空中に表示されるウィンドウの数々、見た事の無い単語や、変わった形の転移門。何から何までアインクラッドとは違う。

 アキトも個人で辺りを見渡した。フィリアがいない事を確認すると、心に安堵が生まれた気がした。

 

(フィリアはいない……か。まぁ、クラインに色々聞かれるのもアレだし、助かったかな)

 

 考えていた事が杞憂に終わって良かったと、そう思ったのも束の間だった。

 突如、その場所に光の球が現れた。アキトはその音に反応し、その場から距離を取る。クラインも気付いたようだが、何が起こっているのか理解が追い付かないようで、そこから動けずただその光を見つめ続ける。

 ここは《圏内》、ダメージや死に繋がる事は起きない。二人は黙ってその光が消えゆくのを待つ。

 だが、その光が消えた瞬間、そこに立っていた人物を見て、アキトは失敗を実感した。

 

「……あれ、アキト?……と、誰……?」

 

「っ……フィリア」

 

 目の前に立つフィリアを見て、アキトは声が震えているのに気付く。フィリアのカーソルは変わらずオレンジ。それを見たアキトは、すぐさまクラインの方に視線が動く。

 クラインとフィリアは見つめ合い、お互いに目の前の人物が誰なのか思考を凝らしていた。だがクラインは、フィリアのカーソルの色に気付き、その顔が強ばった。

 オレンジに気付いたのだとアキトは理解し、こちらを見てくるクラインから視線を逸らさずにはいられない。

 

 オレンジカーソル。犯罪を犯したプレイヤーに表示されるそれは、ペナルティが課せられるだけじゃない、周りの反応とも付き合っていかなくてはならない。

 だけどそれはとても難しい話だ。特に攻略組において、それは顕著に現れる。

 彼らは一度大々的に、オレンジ、いや、レッドギルドの討伐隊を結成してまでオレンジカーソルのプレイヤー達に挑んだ事がある。

 それを理解していたから、クラインとフィリアを会わせたくなかったのだ。

 事情を話せばなんとかなるなど、確証も無い事を考えた自分が馬鹿だった。

 アキトは次にクラインから発せられる言葉を静かに待った。

 

 だがクラインは何も言わず、そのままフィリアへと近付いた。フィリアは困惑しながらもその場からは動かない。

 アキトはクラインの動きに警戒しつつも、その瞳が左右する。

 次の瞬間、クラインはフィリアの目の前で膝を付き、顔を伏せて手を伸ばした。

 

「お初にお目にかかります、お嬢さん。私の名はクライン。24歳独身、現在彼女募集中です」

 

「は、はぁ……」

 

「……」

 

 そのクラインの意味不明の言動に、アキトは絶句した。フィリアは益々困惑の色を隠せずに、今も尚目の前で膝を立てるクラインを見下ろすばかり。

 クラインの表情は、いつもとは打って変わってキラキラと輝いており、言うなれば紳士の顔だった。

 だがアキトは、そんなクラインの変わりようよりも、フィリアに対する反応に驚いていた。

 焦るようにクラインの襟を引っ張り上げ、フィリアから離れる。クラインは煩わしそうな顔をするも、アキトはそれを無視して彼を見上げた。

 

「……おい、会ったばかりでナンパすんな。条例に引っかかるぞ」

 

「甘ぇなアキト。SAOには法律なんて無いんだぜ?」

 

「……そのセリフ、お前の顔と合わせると犯罪的なんだけど」

 

「ちょっとした冗談で言い過ぎだろ!」

 

「い、いや……そうじゃない、そうじゃなくて……何とも思わないのかよ」

 

「あん?」

 

 クラインは何を言ってるんだというような表情でアキトを見下ろす。改めて言うのも憚るが、アキトは意を決してクラインに向き直る。

 

「その……フィリアがオレンジである事に、何も言わないんだなって……」

 

「ああ、やっぱりあの子がフィリアちゃんか……いや、オレも最初は驚いたけどよ、見た感じ、悪い子には見えねぇしな。それに……」

 

 クラインはフィリアのいる方向へと視線を運ぶ。こちらが何を話しているのか聞こえない彼女にとって、クラインの反応は気になるものなのだろう。こちらに向かって背を伸ばしていた。

 クラインはそんな彼女を見て笑みを作ったかと思うと、再びアキトを見つめ直した。

 

「お前さんと今まで一緒に居たんだろ?だったら別に大丈夫じゃねぇか」

 

「っ……お前……」

 

 その言葉を聞いて、アキトは何とも言えない思いだった。クラインは、オレンジだというだけで人を判別するような人間じゃなかったのだという事を理解した。

 そしてその判断基準を、アキト自身に委ね、それでいて信じてくれていたのだ。

 今までアキトと共に攻略してきたのなら、悪いプレイヤーではないのだ、と。

 アキトが何かを言う前にそう完結して、そう告げて。クラインは割り切ったのだ。

 説得しようとしていた訳では無いが、説明しなければならないと思っていた為、肩透かしを食らった気分だが、それ以上に、クラインというプレイヤーの印象を改めなければならないと知った。

 

「……そうだよな……()は、そういう奴だったよな……」

 

「何だよ?」

 

 良く知っている訳でも無いのに、そんな言葉が自然と口から出る。

 アキトの小声はクラインには聞こえてなかったようで、怪訝な顔でこちらを覗いていた。

 

「……いや、何でもない」

 

 何故か焦りを覚えた声音で、そんな事しか言えなかった。

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

《セルベンディスの神殿前広場》

 

 

「おお……!」

 

 名前の通り、巨大な神殿の前に転移した3人、そのうちクラインは、初めて見るであろうこの広大な木々と景色を見て、その目を見開いていた。

 階層エリアでも中々見られない程の巨木が連なり、クラインはその木々のてっぺんを見上げる。そして、その後は丘の向こう、先程まで3人がいた《ホロウ・エリア管理区》があった場所、空中に浮かぶ青い球体を中心とした景色を眺めて、その瞳を光らせていた。

 目を奪われるのも無理は無いが、こちらには予定があった。

 

「おい、ボサッとすんな。早く行くぞ」

 

「お…おう」

 

 クラインはそう返事を返し、アキトの背を追いかける。だがその視線は彼方此方へと動き、その景色を堪能していた。

 アキトとフィリアとの歩く感覚が、少しずつ離れていて、アキトはそれを見て溜め息を吐く。

 しかしそれとは逆に、フィリアはそんなクラインを見てクスクスと笑っていた。

 

「……何笑ってんだよ」

 

「私も初めてこの場所に来た時、あんな感じだったかなーって思ったら、何だかね」

 

「……確か一ヶ月くらい前に飛ばされたとか言ってたな」

 

 アキトのその言葉に、フィリアは頷いて答える。

 アキトは続けて気になっていた事を質問しようと口を開くが、一通り見て満足したのか、クラインがアキトとフィリアの間に割って現れた。

 

「いやースゲーな!これだけのフィールドを見ちまったら、まだ見ぬお宝ちゃんに胸が高鳴るってもんだぜ!」

 

「お宝ちゃん(復唱)」

 

 お前もかクライン。アキトはクラインを見上げて苦笑した。

 半ばフィリアと同じ思考回路で笑えてしまう。クラインなら宝箱に恋してしまうなんて事も……無いな。

 フィリアもそんなクラインを見て笑みを零す。クラインは二人の反応を見てつられて笑みを浮かべ、アキトに視線を動かした。

 

「……そういや、俺達は何処に向かってんだよ?」

 

「もう着いてる。この神殿の中」

 

 アキトは目の前にある巨大な神殿を見上げた。フィリアとクラインも同じように顔を上に向けてそれを眺めていた。

 クラインはそれを見て何かに気付いたのか、再びアキトへと顔を下ろした。

 

「転移して目の前にある神殿だってのに、攻略してねぇのか?」

 

「入ったは入ったけど、全部じゃない」

 

 クラインが首を傾げるのと同時に、アキトはクラインにマップを可視状態にして見せる。

 アキトはクラインに近付いて、そのマップに向かって指を指す。

 そこは先日、フィリアと共に見付けた、新たなエリアと、この森林エリアを隔てる境界線だった。

 

「昨日、フィリアとこの辺りまで行ったんだが、そこから先はシステム的に行けないようになってたんだよ。何か条件があると考えるのが妥当だろ」

 

「……確かにそうだな」

 

「今俺らが動けるのはこの森のエリアだけだ。だから、この中に条件を満たせるものがあるんだよ。それを探す」

 

「……」

 

「…?何だよ」

 

「あ…ああ、いや…成程な」

 

 クラインは慌てたような素振りでそう返事を返す。アキトは首を捻るが、クラインは慌てて顔を上げた。

 こんなに丁寧に教えてくれるとは思ってなかったクラインは、何だかよく分からない気持ちが込み上げてきていた。言葉にはしにくいが、アキトがこうして人に分かってもらおうとしている光景が新しいというか、変わっているのだろうかと、そう考えてしまう。

 少しだけ、気分が良かった。

 

「おっしゃあ!任せとけって」

 

 クラインは盛大に胸を張り、そこを拳で殴り付ける。その意気込みを見たアキトは、何だかクラインが頼もしい存在に見えてきた。

 決して、本人には言わないけど。

 

 

 神殿の中は暗闇に包まれていたが、何とか先が見える明るさでもあった。

 アキトは慎重にその道を進んでいき、フィリアとクラインは後へと続く。

 この神殿の中は、一度だけ入った事があった。左右それぞれに道があり、探索したのは記憶に新しい。だが、中央に続く道の先に足を踏み入れた事は一度も無かったのだ。

 めぼしい場所は粗方探索したのだ。次に進むべくは目の前に広がる真っ直ぐな道。

 

「さっきチラッとモンスター見たんだけどよ、やっぱ高難易度ってだけあってレベルも高ぇなぁ」

 

「レベルだけだ。強さは大した事は無い」

 

 実際、レベルが高いだけで動きや隙はアインクラッドのモンスターの何ら変わらない。見た事も無いモンスターもいるにはいるが、時間をかけて観察すれば簡単の極みだった。

 クラインの声にそう返すアキト。だがクラインはそれに構わず言葉を続ける。

 

「つってもよ、フィリアさんはこんな所に一ヶ月近く居たんだろ?それを考えるとレベルが高いってのは意外とくるもんだぜ?」

 

「フィリアでいいよ。私も生きる事に精一杯だったから、戦闘はなるべく避けてたし……」

 

「……拠点は」

 

「え?」

 

「拠点はどうしてたんだよ」

 

 2人の会話で、アキトは先程フィリアに質問しようとしていた事を思い出す。

 アキトは、この《ホロウ・エリア》において、拠点となるであろう街を目にした事が無かった。ここにもプレイヤーはいると、フィリアは言っていた。だが補給も無しにこの場所で探索を続けられる程レベルが低いエリアでも無い。

 今のところ管理区以外の《圏内》を見た事が無いアキトにとって、プレイヤーがこのエリアで活動する拠点については気になるところでもあったのだ。

 それを音にして伝えると、フィリアは途切れ途切れに説明してくれた。

 

「えっと……ダンジョンの、安全地帯だけど……でもオススメはしないかな」

 

「そりゃ、どうしてだ?」

 

 フィリアの言葉にクラインが食いつく。フィリアは躊躇いながらも、アキトを見てその根拠を説明し始めた。

 

「…初めて会った時、プレイヤーにおかしなところがあるって言ったの覚えてる?まあ、それとは少し違う話かもなんだけど……」

 

「…ああ」

 

「…ある時、私が安全地帯で休憩しようとしていたら、近くから話し声が聞こえたの。で、声のする方に近付いてみたら、一人のプレイヤーを大勢のプレイヤーが囲んで……その……PKをしていたんだ……あれは相当慣れている感じだった」

 

「っ…」

 

 それに反応したのはアキトではなくクライン。その瞳を大きくして、驚きを隠せない様子だった。

 アキトも別に驚いていない訳では無かった。アインクラッドでも、《ホロウ・エリア》でも、人間やる事は同じなのだと改めて理解していた。

 アキトはそれを横目で見つめるも、フィリアに続きを促した。

 

「…それで、安全地帯はモンスターの襲撃は防げるけど、悪質なプレイヤーの襲撃は防げないって事に気付いたの。それからはロクに睡眠も取らず、他のプレイヤーとも接触しないようにして過ごしてたって訳。そんな時、アキトに出会ったの」

 

「おいおい……そりゃハードだな」

 

 話しながら暗い顔になっていくフィリアにクラインは同情する。だがフィリアはクラインのその言葉に首を振り、少しばかりの笑顔を見せた。

 

「…でもアキトが来てくれたおかげで管理区っていう《圏内》で休みが取れるようになったし」

 

「ここに飛ばされた理由は知らないけどな」

 

「…それに、武器の強化もしてもらったし…その…」

 

「メンテナンスのついでだったからな」

 

「…でも、素材集めも手伝ってくれたじゃない」

 

「マッピングとレベリングを兼ねてたからな」

 

「もうっ、素直に感謝してるんだから受け取ってよ!はい、もうこれで私の話は終わり!」

 

 フィリアは声を荒らげてそう言い放つ。その清々しさにアキトもクラインもたじろいだ。

 けれど、二人、特にクラインはそんなフィリアを心の中では笑っていた。

 オレンジといえども、こうして普通に人と話せている。カーソルの色だけでは人となりは分からない。色々な事情、色々な角度から、物事を捉えれば、勘違いなど起こり得ない。

 アキトもきっと、フィリアが悪いプレイヤーではないと、心の何処かで感じているのだろう。そう思うと、この三人での探索も悪くないように思えていた。

 

 だが次の瞬間、クラインは我に返った。

 気が付けば、かなりの道を進んで来ていた様だ。辺りは先程よりも暗く、それでいて冷たい。

 アキトもフィリアもそれを肌で感じ取っていた。

 武器を鞘から引き抜き、辺りを警戒しながら進む。

 すると、クラインが目の前のものに気付き、その声に真剣味を混ぜながら告げる。

 

「っ…おい、二人共…!」

 

「あ?っ…」

 

「これって……」

 

 目の前には、ダンジョンで見られるどの形とも異なる扉が設置されていた。

 中央には、赤い球体が嵌め込まれており、その扉の奥は、今までとは違うであろう事を、肌で感じる事が出来た。

 

「これ…もしかして…」

 

「おいアキト…これって、ボス部屋なんじゃねぇのか」

 

「かもな……?」

 

 アキトはその扉の赤い球体に注目する。宝玉にも似たその球体の中には、何かのマークが描かれていた。アキトはそのマークに見覚えがあった。アイテムストレージを開き、その中から、その根拠を取り出した。

 それを見たクラインは珍しそうにするが、フィリアはそれを見て気が付いた。

 

「…それって…」

 

 フィリアが見覚えがあるのも当然だ。前回の探索でフィリアがアキトに譲った、《虚光の燈る首飾り》。

 不思議な形をしているが、その中央にある蒼い宝石の中にも、この扉の球体と同じマークがあったのだ。

 すると、その首飾りと扉が共鳴するかのように光り出す。アキト達はその扉から少しだけ距離を取る。

 やがてその扉はゆっくりと左右に開き、その先の道を現した。赤いカーペットが敷かれ、目の前の暗闇へと続いている。

 

 アキトとフィリアは《虚光の燈る首飾り》を見て少なからず驚いていた。このアイテムが目の前の扉を開けるものだとはとても思わなかっただけに、その驚愕もかなりのものだった。

 フィリアとクラインは固唾を飲んでその先を見据える。その間を、アキトはゆっくりと抜け、その先を歩いていく。

 

「…おいアキト、もしここがボス部屋なら、人集めた方がいいんじゃねぇか?」

 

「生憎、ここに来てからフィリア以外のプレイヤーを俺は見た事が無い」

 

(けど…もしかしたら…)

 

 アキトはここに初めて来た時に戦ったスカルリーパーを思い出す。HPバーの本数からして、あれはボスの類だった事は間違いない。だが、アキトとフィリアの二人だけで倒せる程の強さだった。

 それを踏まえると、ひとまとめにエリアボスといっても、その強さのランクは階層ボスよりも低いのではないだろうか。

 アキトは、そんな確証の無い推理を頭に巡らせていた。その考え全てを振り払い、アキトはその先に足を踏み入れた。

 

「…取り敢えず下見だな。中の様子見て、危ねぇと思えば下がればいいだろ」

 

「…それもそうだな。んじゃまぁ、行くか!」

 

「…うんっ」

 

 三人は、その暗闇の中へと消えていく。その扉は、彼らが入るのと同時に閉じられた。

 中は今までとは正反対に、段々と明るくなっていく。一度ボス部屋と考えてしまうと、緊張で視界が狭まった。

 

「……なんか、いかにもって感じだね。緊張してきた」

 

「ま、いざとなったらオレ様がなんとかしてやっからよ!」

 

 クラインはフィリアにいい顔をしようとしてか、はたまた自分に言い聞かせているのかは不明だが、声高々にそう言い放つ。

 アキトはフッと嘲笑にも似た笑みを零し、クラインを見上げた。

 

「……随分な自信だな。ここに来てすぐにボス戦かもしれねぇってのに」

 

「へっ、言ってろ!可愛い子の為ならば、例え四肢がもげても漢を貫く自信があるぜ!」

 

「何その放送事故」

 

 四肢が無く、五体不満足になりながらも刀を咥えてボスに向かって這うクラインを想像してしまう。色々な意味で背筋が凍る気持ちだった。

 だけど、そんな窮地に二人を立たせるつもりは無い。アキトは確かにそう思った。

 

 

 そんな状況になりたくないし、そんな状況にさせたくない。

 

 

 アキトのその瞳の色が、変わったような気がした。

 

 

 

 










次回 「虚ろに潜む幻影」

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