ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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今回はシリアス無しのホンワカストーリーです。
今後書く時間が減ると思います(毎回言ってる)ので、今回は文字数多めので書ける話を描きました。
《ホロウ・フラグメント》でもお馴染みのストーリーです!
文字数はなんと、15332文字…(´・ω・`)

それでは、どうぞ!


Ep.38 みんなで

 

 

 

 「お帰りなさい!アキトさんっ」

 

 「……ただいま」

 

 

 エギルの店の扉の前でアキトを待っていたのは、キリトとアスナの娘であるユイだった。

 いつも通りの白いワンピースを翻し、アキトが見えた瞬間その顔を輝かせ、アキト目掛けて駆け寄って来たのだ。

 

 

 「他のみんなは?」

 

 「皆さん、クラインさんに呼ばれて集まってますよ」

 

 「俺もメッセージを貰ってさ。こっちは色々あるっていうのに……」

 

 

 あの後《ホロウ・エリア》にてフィリアと共に教会を抜けた先は、広々とした野原だった。

 だが、その隣りには空中に浮かぶ要塞のような、今までのエリアとはイメージが違うエリアと繋がっていたのを見つけたのだ。

 その境界線を隔てていたのは、フィリアが宝箱で手に入れたペンダントと同じ紋様が描かれた光の壁だった。開くには他にも条件があるらしく、探そうとしたタイミングでクラインから連絡が来たのだ。

『至急、エギルの店に集合』と。

 

 

 「色々って…フィリアさんと…ですか?」

 

 「そうだけど……ユイちゃん?」

 

 「な…なんでもないです!行きましょうっ」

 

 

 ユイは少し呆けた表情をした後、我に返ったような素振りを見せてからエギルの店へと向かって行く。

 アキトはそんな忙しないユイの背中を首を傾げながら追いかけた。やがて店に入ると、いつものメンバーが集まっており、それぞれが他愛の無い話をしているところだった。

 その中の一人、今日アキトを呼び出した人物であるクラインが、アキトを見つけて得意気に笑った。

 アキトはその表情を見て、来なければ良かったかもしれないと本気で感じてしまっていた。

 そんな事はお構い無しに、クラインは声を張り上げ、このメンバー全員に聞こえる声で話し始めた。

 

 

 「来たなアキト!よし……みんな聞いて驚け!オレは遂にやったぜぇ!」

 

 「……声が大きい」

 

 「これが騒がずにいられますかってんだ!」

 

 「いや知らないけど……」

 

 

 何より、クラインが何故こうもハイテンションなのかすら分からない。心当たりも無ければ、そもそも興味が無い。

 クラインのその高揚ぶりに、アスナを始めシリカとリーファは困惑し、リズベットとシノンは呆れたような表情で見つめていた。

 

 

 「オレは遂に念願のアイツを手に入れたんだ…!」

 

 「……何だよ。まさか彼女か?」

 

 「違ぇよ!いや、そうだったらオレもどれだけ良いか……、いや、今はそんな事言ってられねぇ!見て驚け?ええとストレージの……おお、あったあった!コイツだ!!」

 

 

 常時テンションが高いクラインが、ニヤニヤしながらウィンドウを操作していく。

 正直周りは引いていた。アキトはそんなクラインをボーッと見つめるも、やがて飽きたのか宿のある2階の階段に足を踏み入れた。

 が、クラインにその襟を捕まれ、みんなが集まる場所へと引き寄せられる。

 見るとクラインがこちらを見てしかめっ面をしていた。

 

 

 「待ってろって。今オブジェクト化するからよ」

 

 「何なんだ一体……」

 

 

 そう聞くと、クラインは待ってましたと言わん表情を作り出し、ウィンドウからそのアイテムを取り出した。

 オブジェクト化したそれは、光の塊となって、そのテーブルに置かれた。やがて、その光が消えていき、そのアイテムの実態が顕になっていく。

 光が晴れたその場所には、巨大な肉の塊が鎮座していた。

 皆がこの目の前の食材アイテムであろうものを不思議そうに見つめると、アイテム名を確認したエギルが驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 「…おいおい、マジかよ…!コイツは『フライングバッファローA5肉』!……S級食材じゃねぇか!」

 

 「……マジかよ」

 

 「おう!もっと褒めてくれ!」

 

 

 エギルのその発言に、アキトは目を丸くする。クラインはドヤ顔を決め込んでおり、割と腹が立つ顔だった。

 リズベットはそれを聞いて目を見開いて、まじまじとそのS級食材である肉アイテムを凝視した。

 

 

 「……S級食材?このお肉が……?」

 

 「間違いない……みたいね」

 

 

 リズベットの問いに答えたのはアスナ。その『フライングバッファロー A5肉』を見つめ、そう口を開く。

 それを聞いたリズベットは感嘆したように息を吐き、その肉を穴が開くほど見つめていた。

 

 

 「うそー!そう言われて見ると、なんだか美味しそうに見えてきた…」

 

 「凄く大きいね。何人分くらいあるんだろ?」

 

 

 リズベットにつられて、リーファもその隣りからひょっこり顔を出す。初めて見るS級食材が気になって仕方ないようだ。

 そんな中、ユイは目の前の肉を見て冷静に分析をしていた。

 

 

 「フライングバッファローがレアモンスターである上に『A5肉』のドロップ率は、レア中のレアです。もしかしたら、アインクラッド全体でのファーストドロップかもしれません」

 

 「マジかよ!? つーことは本邦初公開ってヤツかぁ?」

 

 「……マジかよ(2回目)」

 

 

 ユイの解説に驚きを隠せないクラインの隣りで、アキトはまたもや同じ台詞を繰り返す。

 クラインはすっかり上機嫌だった。そんなクラインを、アキトは溜め息を吐いて見据える。

 

 

 「へへっ、オレにもいよいよ運が向いてきたってところだな!なあアキト!」

 

 「……寧ろ、未来に取り置きしてた分使っちまったんじゃ……」

 

 「なんて事言うんだオメーはよ!」

 

 

 具体的には将来の出会いが無くなるとか。ここで運を使ってしまった事によって、将来的にクラインが自身と生涯共に寄り添ってくれる相手と出会える運を失ってしまった、みたいな感じだろうか。

 クラインの『運命の人』も現れる事は無いのかもしれない。『運』が『命』な訳だし。

 またもやよく分からない方向へとアキトの思考は上っていく。

 それを横目に、クラインは話を広げる。

 

 

 「でも運だけじゃねぇな!素早く逃げ回るコイツを倒した、このオレの実力も相当なもんって事だよな、いやー空を飛び回るコイツを倒す事がどれだけ難しかったか!まあコツを掴んだオレにとっては今やそんなに難しい事でも無いんだがな」

 

 「へー…」

 

 「……まず、コイツの出現ポイントを極めてだな、身を潜められる場所を探すんだ。そしてヤツに見つかんないように…」

 

 「……その話まだ続けんの」

 

 

 適当に流す事すらさせてくれない。クラインはどうも自分の功績を褒めて欲しいらしい。

 こちらの嫌そうな顔すら気にもとめず話し続ける。だが、その話を遮ったのは同じ嫌そうな顔をしていたシノンだった。

 

 

 「そんな事より、このお肉美味しいのかしら?」

 

 「そんな事って……そりゃあんまりだぜ、シノン。まぁいいか、んじゃ……」

 

 

 クラインはニヤリとそのA5肉を見下ろす。それに合わせて彼らも口元に笑みを作りつつ、その肉を見下ろした。

 この肉をどうしようか、その話に移る瞬間だった。

 リズベットが今にも涎を垂らさん表情で目を輝かせている。

 

 

 「噂じゃ絶品って話ね」

 

 「何処情報だそれ」

 

 

 アキトが呆れた顔でリズベットを見る。アインクラッドファーストドロップのアイテムの味が絶品だって噂は信憑性ゼロではなかろうか。

 といっても、S級食材にはハズレは無いと言っても過言では無い。S級食材ならどれも相応の美味しさがあるべきだし、ある筈である。

 リズベットは何かを強請るようにクラインを見上げた。

 

 

 「……という事でさ、クライン。このお肉、みんなにご馳走してくれるんだよね?」

 

 「ああ勿論だ。ただまあ、流石に全部って訳にはいかねぇ……」

 

 「売るつもりが無いなら、料理方法を考えた方が良いぞ」

 

 「そうですね。折角のS級食材なんですから、美味しく食べたいですよね」

 

 

 エギルとシリカがクラインに向かってそう口を開く。S級ともなれば、ただ焼くだけでも充分に美味しいが、それでは勿体無い気もするだろう。これだけの大きさがあるなら、色んな種類の料理を楽しむのも手だろう。

 

 

 「この店でみんなに振る舞うってんなら、場所は貸すぜ。……あとはそこのシェフ次第だ」

 

 

 そう言うとエギルはアスナの方を見る。彼らもつられてアスナに視線を動かした。

 アスナは一瞬だけ強ばった表情を作るが、すぐにフッと笑みを作り、その場で頷いた。

 

 

 「……みんなで食べるなら、勿論手伝うわよ」

 

 「アスナ……」

 

 

 アスナのその答えに、リズベットは嬉しいのか、それ相応の笑みを零していた。いつもの、今までのアスナに戻ろうと、彼女なりに頑張っているのが分かる。

 それがとても嬉しかった。

 そのアスナの反応を嬉しく思ったのは、リズベットだけではなかった。クラインも、そんなアスナを見てニヤリと表情を変えた後、声改めて張り上げた。

 

 

 「おーし、決めた!ケチくさい事言わないで、残さず全部食っちまおう!」

 

 「さっすがクライン!よっ、太っ腹!」

 

 「あったりめぇよ!」

 

 

 リズベットに煽てられ、クラインも満更では無さそうだ。シリカやリーファもそれに同調して、クラインに感謝の意を伝えていた。

 それを横目に、アスナは目の前の肉を見つめて口を開く。

 

 

 「じゃあ、準備に取り掛かりましょうか」

 

 「俺はパス」

 

 

 声のする方をみんなが向くと、そこには溜め息を吐いたアキトの姿が。アキトはみんなに背を向けて階段を上ろうと歩き出す。

 クラインは目を見開いて、アキトの襟首を鷲掴みにする。

 

 

 「何だよアキト、ノリが悪いぞ?オメーさんも食ってけって」

 

 「別に興味無い」

 

 「S級食材なんて、滅多に食べられるものじゃないのよ?ましてや『フライングバッファローA5肉』なんて」

 

 「興味無いって」

 

 

 クラインやリズベットの説得にも応じず、アキトは襟首を掴むクラインの手を払う。

 アキトはその後、再びその肉を中心に座る彼らを一瞥した。

 

 みんなで輪を作って、食事を楽しむ。それだけの事なのに、こうも拒みたくなる。

 いろんな事が、いろんな場所が、いろんな人が。アキトの記憶を呼び起こしていく。ほんの数秒でさえ、忘れさせてくれやしない。アキトは静かにその握り拳を強くした。

 

 

 「今日はもう寝るわ、じゃあな……って、……ユイ」

 

 

 再び彼らに背を向けると、その瞬間、誰かにその手を掴まれた。振り向いて見れば、その手に握られていたのはユイの手だった。

 ユイはこちらを見上げて問い掛ける。

 

 

 「アキトさん、もう、寝ちゃうんですか……?」

 

 

 ユイはその手を握ったまま離さない。振りほどいて行く事も出来るが、こんな小さな子にそれをするのは躊躇われる。

 アキトは顔を上げて周りを見る。アスナもシリカもリズベットも、リーファもシノンも、クラインもエギルもこちらを見て、皆が笑みを作って頷いた。

 アキトは再びユイを見下ろし、溜め息を吐いた。

 

 

 「……部屋に行こうと思ってただけ。ホントはまだ、そんなに眠くない」

 

 「っ……じゃあ、アキトさんも一緒に食べましょう!」

 

 

 ユイのその表情の変わりように思わず苦笑いを浮かべるアキト。彼女には敵わないと、アキトは悟った。

 彼女は本当に、人の心に寄り添う事に長けたAI、いや、『人間』だ。

 アキトは今日何度目か分からない溜め息を吐いた。

 

 そして、皆がそれぞれの準備を始めようと立ち上がる。アスナはA5肉に近付き、その手を伸ばす。

 すると、ピナが近くまで飛んできて、アスナの周りをバタバタと飛び回る。

 

 

 「きゅるる♪」

 

 「ピナ?まだ食べちゃダーメ!ちゃんと料理してからじゃなきゃ」

 

 「きゅるぅ…」

 

 

 興奮気味のピナを制するシリカ。その傍でアスナはフッと笑った後、A5肉を厨房で運び、そのまま調理器具を取り出していた。

 

 

 「…あ、あの、アスナさんっ。私も手伝います!」

 

 「…うんっ、それじゃあ手伝ってくれる?」

 

 「っ…、はいっ!」

 

 

 シリカは分かりやすく嬉しそうな表情をした。

 いつかアスナに、同じ事を言った記憶があった。料理するのを手伝う、と。あの時のアスナは色んなものを置いてきていて。シリカの言葉も、ちゃんと聞いてはいなかったのかもしれない。

 だけど、今こうして、あの時お願いした事の実現が出来ている。それがとても嬉しかった。

 アスナが、段々とこちらに手を伸ばしてくれてるようで。

 カウンターの向こうの厨房では、エギルが食器や別の料理の準備をしていた。

 

 

 「材料は、店にあるもので足りるだろう。肉が立派だからな、添え物程度で充分な筈だ。……って、あー…しまったな」

 

 「どうしたの?何か足りないものがあるなら買ってくるわよ」

 

 「すまない、リズベット。じゃあちょっと行ってきてもらえるか?肉料理に合う美味いドリンクがあるんだ。場所はだな……」

 

 「あっ、あたしも行きます!」

 

 

 エギルに近付いて注文を聞くリズベットとリーファ。エギルの背の向こうでは、アスナがA5肉に手を掛けていた。

 ユイはそれを見て嬉しくなったのか、笑顔でシノンに向かって口を開く。

 

 

 「でしたら、私とシノンさんはテーブルメイクをしましょう!」

 

 「そうね、ただ食べさせてもらうだけっていうのも良くないわね」

 

 

 そう言うと途端に近くのテーブルを運ぼうと手を掛けるユイとシノン。

 皆が各々のやるべき事を見つけて、手伝いをしている。皆でS級食材を食べる為に。早く準備すればする程、早く食べる事が出来る。

 そしてアキトと言えば。

 

 

 「それでアイツが出てきた時に素早く飛び出てバーン!いーや、今思い出しても会心だったな。その時はアキト、いや、キリの字にも負けてなかったと思うぜ」

 

 「……」

 

 

 興奮冷めやらぬクラインの自慢話を、アスナの料理が出来るまで延々と聞かされる役回りになってしまっていた。

 アキトは頬杖を付きながら、クラインから視線を外し、話を流し流し聞いていた。

 

 それを見ていた他のメンバーは、クラインのご機嫌振りに苦笑いだった。

 その中で、エギルだけが嬉しそうにアキトとクラインを見つめていた。

 

 

 「…何だか新鮮だな」

 

 「え…?」

 

 「今までアイツ、俺達と一緒に集まって食事をする事って無かっただろ」

 

 「確かにそうですね…」

 

 

 エギルの言葉に目を丸くするリーファ。隣りで聞いていたリズベットも、やがてアキトの方へと視線を動かした。

 ユイもシノンも、クラインの話を嫌そうに聞くアキトを不思議そうに見つめていた。

 だけどリズベットにはなんだかそれが変わった事のようには感じなかった。寧ろ、あれが本来のアキトなんじゃないか、確証も無いのにそんな事を思った。

 

 

 「……でもまあ、アキトも一人で食べるより、みんなで食べた方が美味しいって思うわよっ。さ、行きましょリーファ」

 

 「……はいっ」

 

 

 リズベットとリーファは店の外へと駆け出していく。それを見てエギルも作業に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「……そこでオレはすかさずヤツの背中に飛び乗った!そうして、手にした剣でヤツの首をガッ!とな」

 

 「……」

 

 「振り落とされる可能性もあったが、ここで逃げたら男じゃねぇって必死で掴まって……」

 

(この話、この短時間で3回くらい聞いたんだけど…何、ループしてる?これもバグ?)

 

 

 アキトは深い溜め息を吐きつつ、クラインの事を見る。クラインはそれはそれは鼻の下を伸ばして話をしていた。何がそんなに嬉しいのか、そのテンションは下がる事を知らない。

 アキトはそんなクラインから視線を外し、近くにいる他のメンバーに視線を移した。

 シノンやユイがテーブルメイクを行い、エギルとアスナが料理をして、シリカはそのアスナの手伝い。シリカとアスナが顔を見合わせて笑っているのを見て、アキトも心の中で笑みを作っていた。

 

 キリトの死。その事実は、今も彼らの心に強く根付いているだろう。だけど、皆が皆それぞれ前を向いて、それでもゲームクリアの為に必死で生きようとしている。

 彼らはみんな心から笑っているように見えるが、キリトの事を忘れた訳ではないだろう。

 きっと、いつまでも悲しんではいられないから。必ずそれらの過去に訣別する瞬間が訪れてしまうから。

 

 彼らも、アキトも。

 

 だからきっと、彼らは。

 

 

 

 「オイアキト、聞いてるのか?」

 

 「ああ、聞いてる聞いてる」

 

 「そうか?んでよ、ヤツが俺を本気で振り落とそうとその体を……」

 

 「たっだいまー!飲み物、買ってきたわよー!」

 

 

 クラインの話を遮るようにして、リズベットとリーファが帰ってきた。2人は買ってきたドリンクをオブジェクト化し、エギルに見せつける。

 エギルはそのドリンクを遠目で確認すると、口元を緩めて頷いた。

 

 

 「ああ、それでいい。……こっちも丁度、料理が一通り出来上がったところだ」

 

 「ちぇっ、ここからがまた盛り上がるところなのによぉ……」

 

(3回も聞いた上で盛り上がるも何も…)

 

 

 アキトは漸くクラインから解放された事に安堵した。その席から立ち上がり、カウンターへと移動すると、そこに腰掛け、カウンターテーブルにうつ伏せになる。

 

 

 「はぁ…疲れた」

 

 「お疲れ様、アキト君」

 

 「っ……」

 

 

 すぐ近くで声がして、思わず顔を上げる。その声の主は、カウンターの向こうにいるアスナだった。アスナはアキトに微笑み、労いの言葉を掛ける。

 

 

 「……料理は出来たのか」

 

 「…うん。今、そっちに持ってくね」

 

 

 アスナはそう言うと、厨房にある出来上がった料理の数々をテーブルへと運んでいく。シリカとエギルも、それに合わせて食器類をテーブルへと持っていった。

 クラインはテーブルに並ぶ料理を見つめて目を輝かせていた。

 

 

 「……おお、どいつもこいつも凄く美味そうだ、流石オレのA5肉!」

 

 

 クラインが飛び付くその背に、他のメンバーも料理を見て笑顔になっていく。

 アスナはそんな彼らを見てつられて笑みを零し、料理を紹介しようと口を開いた。

 

 

 「まずは何よりステーキでしょ。それと、シチューも用意してみたの」

 

 「あとは、ローストビーフにタタキだな。折角だから、肉の味を堪能出来るメニューを頼んだんだ」

 

 

 エギルが胸を張りそう呟いた。アキトはほんの少し離れた場所であるカウンターから、そのテーブルを除く。

 遠目で見てもかなりの肉の量だった。現実では絶対に食べられないだろう。

 

 

 「……凄い量だな」

 

 「元のお肉の量が凄かったもの。……でも人数も多いから、お腹いっぱいにはならないかも」

 

 「……なんでこっち来んだよ」

 

 「アキト君は食べないの?」

 

 

 アキトに近付いて来たのはアスナだった。アキトは嫌そうな表情を作りつつ、アスナから目を逸らし頬杖を付いた。

 

 

 「俺は別に……元々興味無かったし、お前らで食べれば良いんじゃねぇの」

 

 「……こんなにたくさんあるんだし、食べ切れないかもしれないよ?」

 

 「お前今さっきと言ってる事違うんだけど」

 

 

 たった今自分で『お腹いっぱいにはならないかも』と言ったばかりではないか。

 だがアスナは引かず、アキトと一つ離れた席に座り、体ごとこちらに向き直る。

 流石にアキトも狼狽え、その体が強ばった。

 

 

 「な……何だよ……」

 

 「……今までのお礼って事で、その……食べていって欲しいな」

 

 

 アスナは両の拳を膝にギュッと置き、アキトを真っ直ぐに見据える。アキトはその真剣さに一瞬瞳が揺れるも、すぐに顔を逸らす。

 彼女はきっと、今まで自身がしてきた事の罪悪感で、思うように笑えてない。どこかで遠慮して、一歩引いた姿勢を取っていた。だからこそ、この料理が意味するのはきっと、感謝だけじゃない。

 リズベット達への、今までのお詫びも兼ねての行為だっただろう。

 声音も、表情も、何処と無く固くて。アキトはそんなアスナを見て溜め息を吐く。

 周りは肉に釘付けでこちらは見ていない。だからこそ、アキトはアスナに素直な言葉を紡ぐ。

 

 

 「……感謝される事なんかしてない。言ったろ、選んだのはお前だ」

 

 「っ……で、でも……私は……」

 

 「うるせぇな、執拗いのは嫌いなんだ。もう言うんじゃねぇよ」

 

 

 何がアスナをそうさせたのか、何がアスナを生きようとさせたのか、それは分からない。

 けれと、アスナが今この場所にいるのは、彼女が選んで決めた道。苦しくても辛くても、きっと進まないといけない道。

 

 それだけで、自分がここに来た意味を見い出せた気がした。

 生きる道が分からなくても、俺に出来る事はきっとある筈。そう思ったから、ここに来た。

 時間はかかるかもしれない。一から何かを始めるのは、簡単ではないから。だけど、簡単じゃないからこそ、やらなければって、そう思ったから。

 だからきっと自分は、この道を選んだのだと、そう思っている。

 

 その道が、間違ってなかったって。進んだ先が、正しかったと信じたい。

 

 

 「……それに」

 

 「……?」

 

 

(本当に感謝してるのは、俺の方────)

 

 

 アキトは寂しそうな表情で、アスナを見つめた。目の前の、触れれば壊れてしまいそうな、そんな彼女を。

 アキトは伸ばしそうになった手を別の手で掴んで制し、その場から立ち上がった。

 

 

 「……何でもない。仕方無いから、食ってやるよ」

 

 「っ……うん」

 

 

 アキトにつられてアスナも立ち上がる。心做しか彼女の口元は、笑みを作っていた。

 クライン達のいるテーブルへ近付くと、まだ彼らは話を続けてはいたが、今にも食べる寸前だった。

 

 

 「もう二度と食べられないかもしれない高級食材だものね、ありがたくいただきます。あ、でも、クラインは相手を狩るコツを掴んだから、またいつでも手に入れられるんだっけ?」

 

 「なら、このお肉をまた食べる機会があるっていうの?羨ましい限りね」

 

 「ま、まぁな!でもオメェらは次いつ食えるか分からねぇだろ?今日の内に腹いっぱい食っとけよ!」

 

 

 リズベットとシノンにそう言われ、胸を張るクライン。エギルはそんなクラインを見て、顔を顰める。

 

 

 「……だがよ、コイツはお前の獲物だ、クライン。まずはお前さんが食べない事には……」

 

 「オレ様は、またいつでも食えるから、今日はお前らが腹いっぱい食えって」

 

 

 クラインのその一言で、周りにいた彼らは一瞬だけ固まった。

 アキトはそのクラインの言葉に、心の中で困惑しながらも、クラインに問いかけた。

 

 

 「……あんだけ自慢しといて、お前食わねぇの?」

 

 「いーや!お前らが腹いっぱいになって、もう食えねぇっていうなら、その時はオレも食わせてもらうがな!」

 

 

 その言葉を聞いて、周りからは歓声が聞こえるが、アキトは苦笑いだった。

 クラインのこういうところは、褒められるべきところなのかもしれないが、損な役回りとしか言えない気もする。

 そんな事を言えば、彼女達がどうするのかは目に見えている。特にリズベットとかは、その辺り本当に遠慮しない人間に見える。

 

 皆が何を食べようか眺める中、リーファが料理を一通り見て呟いた。

 

 

 「どの料理も美味しそうだなぁ…全部食べて見たいけど、一口ずつ食べるとか…ダメかな?」

 

 「その方がみんなが楽しめるかもしれないわね。…ねぇクライン、それでもいいかな?」

 

 「好きにしてもらって構わないぜ。どうせならバイキング形式にしちまえ」

 

 

 アスナの要望に、クラインは男前に答える。途端にリーファの表情が綻んだ。

 

 

 「やった!それじゃあ、いただきまーす!」

 

 

 そうして彼らは各々の料理に手を伸ばし、色んな味に舌づつみを打っていく。

 どれも絶品揃いで、皆が皆、その表情を柔らかいものにしていた。

 アキトはそれを眺めながら、カウンターにひっそりと座り、ドリンクを口に入れる。アスナには食べると言っておきながら、その料理達に箸を伸ばさないでいた。

 アキト自身、そこへ行くのを躊躇っていた。

 

 

 「……」

 

 

 どれだけ彼らに、何を言われても、中々心内は変わらない。彼らに近付こうとする反面、何処かでそれを拒み続けている。

 彼らは、『自分』の仲間じゃない。勘違いは、しない。

 いつだって求めるものは一つだけで。彼らじゃなくて。面倒な事は分かっているけど、だけど、そう簡単にこの思いは消えなくて。

 彼らは前に進もうとしているのに、自分は何も変わってなくて。アスナに言った言葉の一つ一つが、自分に帰って来るようで。

 

 アキトは、アスナの事をチラリと見た。リズベット達と笑いながら、シチューを口に含む様子を見て、アキトは儚げに笑う。

 キリトを失って、心を乱した彼女のこれまでは、過去の自分と何処か似ていた。だからこそ、自分を見ているようでイラついていたのも事実だった。

 だけど、今の彼女は違う。立ち直ってはいないものの、進むべき道を自分で見つけて、最後まで抗おうとしている。

 それを見て、やっぱり最初から、自分とアスナは違っていたのだと、当たり前の事を改めて自覚した。

 

 すると、アスナが視線を感じたのか、ふとアキトの方を向く。アキトは慌てて視線を逸らし、カウンターの向こう側を視界に収める。

 しかし、暫くすると隣りの方から音が聞こえた。恐る恐る振り返れば、そこには色んな肉料理を取り寄せた二枚の皿を持ったアスナが立っていた。

 その顔は心做しか不貞腐れているように見える。アキトは心底嫌そうな顔を見せて、アスナを牽制した。

 

 

 「……今度は何」

 

 「……食べてくれるって、言ったじゃない」

 

 「あー……お前らが腹いっぱいになって、もう食えねぇって言った後に食おうと思ってた」

 

 「クラインじゃないんだから……はい、これ」

 

 

 そうしてアスナは、持っていた料理をアキトの座るカウンターテーブルに乗せる。ステーキやタタキ、ローストビーフが乗った皿と、ビーフシチューが収まる皿と一枚ずつ。

 アキトはその皿を見下ろした後、再びアスナを見る。

 アスナは動かず、その場に立っており、アキトの事を見つめていた。恐らくアキトが食べるのを待っているのだろう。アキトは困惑しつつも、ゆっくりとスプーンをビーフシチューへと持っていく。

 その肉を口に含んだ瞬間、アキトは目を見開いた。今まで食べてきたどのシチューよりも美味であると、瞬時に認めてしまう程に。

 中に入った柔らかな野菜と合わせて食べる肉は最高で、口の中でシチューと一緒に溶けていく感覚。

 これまで食べたシチューは、きっとシチューじゃない。そんな感覚に浸ってしまう。

 

 

 「っ…」

 

 「……」

 

 

 アキトは途端に我に返り、隣りにいるアスナを見つめる。アスナはアキトの食べる様子を変わらずに見ていた。

 もしかしたら、今考えていた事も悟られてしまっていたかもしれない。アキトは悔しげな表情を浮かべながら、素直な感想を述べる事にした。

 

 

 「……いや、まあ…何?その……美味い、けど……」

 

 「っ……そ、そっか……ふふ、ありがとう」

 

 

 アスナはアキトの感想に満足したのか、その体を翻してみんなの元へと戻っていった。

 アキトはアスナのそんな背中を眺めていたが、やがてそのシチューに再びスプーンを伸ばした。

 

 

 「どれも美味しいです!特にこのビーフシチュー、私のお気に入りです!」

 

 「あたしはやっぱりステーキよね。如何にもお肉って味の感じがして堪らないわー!」

 

(……ゴクリ)

 

 

 ユイとリズベットのそんな感想を聞きつつ、みんなが美味しそうに食べる肉料理に釘付けのクライン。だがそんなのお構い無しに、皆が自分のお気に入りの料理を答えていく。

 

 

 「私はこの……肉のタタキが好みね。タレがまた良い味出してる」

 

 「おうシノン、そいつとローストビーフのタレには、この肉から出た肉汁を使ったみたいだぜ」

 

 「うーん…どれも美味しいですけど……あたしはシノンさんと同じで、お肉のタタキに一票です!あ、アスナさんはどうですか?」

 

 「どれも美味しいっていうのは私も同じかな。ただ、今回のメニューの中からなら…シチューかな。お野菜と合わせると美味しくて…」

 

 「あたしもシチューが一番美味しいと思う!」

 

 

 シノン、エギル、シリカ、アスナ、リーファの順に答え、それを聞くクラインがその眼力を強くする。

 みんなに食わせると言った矢先、引き返す事が出来なくて、食い入るように見るしかないクラインを、アキトは引き気味で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うーん…あたしお腹いっぱい…もう食べられそうにないよ〜…」

 

 「暫くお肉はいいわ……というか、この味を覚えている間は他のお肉なんて食べられそうにないわね」

 

 「…だそうだからクライン、残ってるもの、早く食べちゃった方が良いんじゃない?」

 

 

 「……残ってるものって……オメェらよぉ……あんだけあった料理を殆ど食べ尽くすとか……」

 

 

 クラインの目の前にあるのは、たった一切れのステーキ。予想通り、皆遠慮せずに食べた結果だった。

 クラインもこうなる事は想像していなかったらしく、かなり凹んでいるのが見て分かる。

 

 

 「アキト君、あんまり食べて無かったけど、お腹いっぱいになったの?」

 

 「ああ。元々少食だからな」

 

 

 アスナの言葉を蹴ってクラインを見つめるアキト。

 というのも、この食材を調達してきたクラインよりも多く食べるという行為に、アキトはそもそも気が引けていた。

 実際、アスナから貰った皿だけは食べたが、お代わりなどは一切していなかった。

 やがてエギルが皿に乗ったステーキ一切れを見下ろし、フッと笑った。

 

 

 「ステーキが一切れだけか……まぁ良かったじゃねぇか。この肉を味わうならそいつに限るぜ」

 

 「慰めにもなりゃしねぇよ!」

 

 「じゃあオレが食っても良いか?」

 

 「ダメに決まったんだろ!……ったく、しっかりと味わわないとな。……それじゃ、いただきま……」

 

 

 エギルとの会話の末に、ステーキにありつこうとフォークを伸ばすクライン。

 だが、その言葉を遮ったのは、意外な声だった。

 

 

 「きゅるぅ……」

 

 「あ……食べるのに夢中でピナの分忘れちゃってた……ゴメンね、ピナも食べたかったよね……」

 

 

 シリカの頭上のピナが、悲しげな表情を浮かべて飛んでいた。どうやら肉の一切れすら食べていないようで、お腹を空かせているのが丸分かりだった。

 ピナの鳴き声と表情を見ながら、クラインは困惑したような表情を浮かべる。

 

 

 「きゅるるぅ…」

 

 「……おい、やめろ……!そんな切なそうな顔でオレを見るな……!」

 

 「……」

 

 「……って、シリカまで!残ったのこの一切れだけなんだぞ!?オレが取ってきたS級食材なのに……」

 

 

 クラインの言い分は最もだ。確かにピナに食べさせなかったシリカにも非はあるだろう。元々クラインは残ったものは食べさせて貰うと公言していたのだし、食べるべきはクラインだろう。

 だが、そもそもクラインが格好など付けずに素直に食べていれば、こうなる事も未然に防げていたのだ。クラインの自業自得とも取れる。

 

 

 「でも、また取れるんでしょ?コツを掴んだとか言ってたじゃない」

 

 

 クラインに追い討ちをかけるようにリズベットがそう告げた。

 出現する頻度とドロップ率にそもそもコツも何も無いとは思うが、確かにクラインはそう言った。

 クラインはリズベットにそう突き付けられた事により、腹を決めた表情になる。

 

 

 「……ああ、取れるさ!取ってやろうじゃねぇか!だからこの肉はくれてやるよっ!」

 

 「きゅるるぅ!」

 

 「わぁ…!クラインさん、ありがとうございます!」

 

 

 ピナは嬉しそうにそのステーキに食いついた。たった一切れではあるが、ピナの体格からすれば恐らく大丈夫だろう。問題は、現在進行形で心の中で泣いているであろうクラインだった。

 周りからはお褒めの言葉を預かってはいるが、クラインは自分が言った事に後悔しているかもしれない。

 この2年間の中でのファーストドロップなのだ、もうクリアまで手に入らないかもしれない。

 今夜寝る時になったら、今日の自分の行いを悔い改めるだろう。

 

 

 だが、クラインが気の毒だと思ったのは本当だった。

 

 

 「……仕方無いな」

 

 「?……アキト、君?」

 

 

 カウンターの椅子から降り、アキトは立ち上がった。

 アスナの他、みんなアキトに視線が向かう。アキトはウィンドウを開き、アイテムストレージを確認すると、目線はウィンドウのまま、エギルに声を掛けた。

 

 

 「おっさん、厨房借りるぞ」

 

 「あ…ああ、それは別に構わないが……」

 

 

 エギルが了承した途端、アキトがストレージにあるアイテムをタップし、オブジェクト化する。

 そのテーブルに置かれたのは、またもや肉。フライングバッファローA5肉』よりも一回り小さい食材アイテムだった。

 

 

 「…なーに、また肉?今度は何……エギル?」

 

 「オイオイ、まさか一日で2回もS級食材を見る事になるとは思わなかったぞ…!」

 

 「え…!?何、これもS級食材なの!?」

 

 

 最初は肉を見てウンザリした様子のリズベットだったが、エギルの言葉を聞くや否や目を見開いて飛び付いた。

 周りが驚きの表情でそのアイテムを見つめる中、ユイがそのアイテムを見て口を開いた。

 

 

 「これ……『ロースト・カウ』です……お肉とミルクを同時にドロップするS級食材ですよ!」

 

 「うっそぉ…そんなものもあるの……!?」

 

 

 ユイの解説でリズベットは開いた口が塞がらない。

 ただでさえS級食材だというのに、肉とミルクの二種類もドロップするなど、聞いた事も無い。

 もしかしたら、これもアインクラッドでのファーストドロップなのではないかと、周りは静かに考えていた。

 リーファにクラインは目を丸くしてその肉を見ており、シリカとシノン、それにアスナはこちらを見ていた。

 

 

 「アンタ、これ…どうしたの?」

 

 「《ホロウ・エリア》で手に入れたんだよ」

 

 

 《カウ》と言うくらいだから、乳牛なのかと思っていたが、まさか肉もドロップするとは思わなかった。

 あの時、フィリアと教会に向かう際に戦ったモンスターの中に、そのS級食材は混じり込んでいた。

 その時は『イイもん』を見つけた、そんな程度の解釈だったのだが。

 

 アキトはその肉を持って厨房へと赴く。その背中に向かって、リーファが慌てて口を開いた。

 

 

 「ちょ、ちょっと待って!今から料理するの…?」

 

 「アキトさん、料理出来るんですか?」

 

 

 シリカの質問は、誰もが気になった事だろう。だがそのシリカの質問に答えたのは、アキトではなくリズベットだった。

 

 

 「……そう言えば、75層のバグで、料理スキルがおかしくなったって言ってたわね……」

 

 「……って事は……お前さん、料理するのか」

 

 「うるせぇな、どうだって良いだろ」

 

 

 エギルの言葉にアキトはそう吐き捨てると、クラインを見据える。クラインはアキトに見られている事を理解して、体が強ばる。

 だが、次にアキトが放つ言葉は、クラインにとっての救いの言葉だった。

 

 

 「仕方無いから食わせてやるよ」

 

 「あ……アキトォ!」

 

 

 クラインは今にも泣きそうな表情でアキトの名前を呼ぶ。

 そのアキトの言葉を、彼らは驚いて聞いていた。

 

 

 「…アンタ、本当にアキトなの…?」

 

 「お前その質問何回してんの」

 

 

 だがリズベットの問いは最もで、誰もがアキトの言葉に耳を疑った。普段のアキトからは考えられない振る舞い、それも、誰かの為に料理を作るなどと。

 攻略組に喧嘩を売り、ミスを犯したプレイヤーを嘲笑し、その口調は相手の神経を逆撫でする。

 

 

(いや…違う…)

 

 

 その考えは、改めるべき事だ。

 あの行為が、巡りに巡って攻略組を思っての行動だと言う事は、攻略組として最前線で戦うアスナ、リズベット、クライン、エギルには分かっている事だ。そしてユイも。

 なら、アキトが元々優しい少年だという事は、既に知っていた筈だ。顔も知らないプレイヤーをボス戦で庇い、攻略組を助けようと迷宮区を走って来てくれて、アスナの乱心を止めようとしてくれた。

 どんなに自分を偽ろうとも、その事実は変わらないし、それは客観視されるものだ。アスナ達は皆、アキトがそんな少年だと、心のどこかで理解していた。

 それは勿論攻略組に限らず、クエストを教えて貰ったシリカや、宿を紹介してもらったリーファ、スキル上げを見てもらっているシノンも分かっている。

 

 

 だからきっと、意外だと思っても、信じられないと思っても、心の何処かで納得していた。

 

 

 「アキト君…」

 

 

 アスナはそんなアキトの事をじっと見つめる。そんな彼に、キリトの面影を重ねながら。

 

 

 「アキト……オメェって奴は……」

 

 

 クラインが感動しつつアキトの背中を見つめる。

 そんなクラインの言葉に溜め息を吐き、やがて視線だけを彼に向けた。

 

 

 「言ったろ。貸し借りは作らない主義なんだ」

 

 

 

●○●○

 

 

 「……畜生、美味い!うめぇよ……」

 

 

 数分後、アキトの目の前には自身の作ったステーキを泣きながら頬張る野武士ヅラの男だった。

 そのとても美味しそうに食べる様を見て、シリカやリズベット、リーファはじっと見つめていた。

 やがて痺れを切らしたのか、リズベットがクラインに近寄った。

 

 

 「ね、ねぇクライン?あたしにも一口、さ?」

 

 「ダメに決まってんだろ!お前もう暫く肉はいいって言ってたじゃねぇか!」

 

 「ぐっ…」

 

 

 今度はリズベットがクラインに痛いところを突かれ、苦い表情を浮かべる。

 そのリズベットの横をパタパタとピナが飛んでいき、やがてクラインの近くで静止した。

 クラインはピナを視界に捉えると、その表情をさらに笑顔にし、ピナに向かってステーキを一切れ差し出した。

 

 

 「きゅるぅ!」

 

 「おうピナ!お前も食えよ!さっきの一切れじゃあ足りねぇだろ!」

 

 「きゅるるぅ♪」

 

 「あ…ピナ…」

 

 

 その肉を美味しそうに食べる自身のテイムモンスターを見て、シリカは切なそうな顔になる。

 そんな様子を、アスナとエギルとシノンは遠くで見据えていた。

 アキトはクラインから視線を外し、エギルに入れてもらったココアを啜っていた。

 

 

 「……しっかし、お前さん料理が出来たとはな。S級食材を調理出来るって事は、かなりの熟練度じゃないのか?」

 

 「…もしかして、コンプリートしてるの?」

 

 「してた。けどバグで飛んだ」

 

 

 といっても、既に前と遜色無い程に戻ってはいるが。

 アキトは彼らを見ずに、カップを見つめる。そして、今さっきまで自分がした事を思い返していた。

 普段なら、きっとやらなかった。みんなで食事をする前から、自分は彼らに近付くのを拒んでいた事を自覚していたのに、クラインに情が湧いて、料理まで振る舞うとは。

 とても暖かくて、とても眩しくて。彼らの仲間は素敵だと思った。

 

 

(やっぱり、キリトの仲間だな…)

 

 

 アキトはカウンターから離れ、その足取りで2階へ続く階段へと赴く。彼らは一同、そんなアキトの背中を目で追った。

 

 

 「もう寝るの?」

 

 「ああ。これ以上ここにいる理由も無いし、二階の方が静かだしな」

 

 

 シノンの問いかけにも皮肉で答え、階段を上っていく。

 その背中を、ただ眺める彼ら。

 

 

 誰も、そんなアキトを悪くは言わなかった。

 ただその背を見つめるだけで。

 そんな素直じゃないアキトを見た後、みんなで顔を合わせて笑い合う。

 

 

 今じゃなくて良い。知っていく時間は、これからも。

 

 

 時間は、まだきっとある。今度こそ、キリトの時みたいな間違いは起こさない。絶対に死なせない。

 だからきっといつか、アキトの色んな事を知っていける。

 今までの行いの理由を、自身の事を。彼の心内に秘めた思いも、きっと。

 

 

 時間をかけて、彼の人となりを知っていける。

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── そう、思っていた。

 






感想お待ちしております。
これまでの話の質問なども受け付けますので、よろしくお願いします!

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