ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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書いてて、コイツって、こんなキャラだっけか…って考える事が多くなった。
文才無いなあ…(´・ω・`)


Ep.3 妖精少女と落下少女

 

 

 

 シリカとリズベットは、現在困惑していた。

  原因は、自分の店にいる目の前の二人。

 一人は、今回の攻略会議で乱入してきた、黒い剣士アキト。

  一人は、キリトの死により攻略の鬼と化した、ギルド《血盟騎士団》の現団長アスナ。

 

  アキトは不敵な笑みを浮かべながらアスナを見ており、アスナはそんなアキトに睨みをきかせる。

 一触即発の雰囲気が漂っており、シリカもリズも焦っていたが、先にこの沈黙を破るのはアスナの方だった。

 

 

  「……何故ここにいるの」

 

  「鍛冶屋にいる理由なんて聞かなくても大体分かんだろ。何、俺は来ちゃマズかった?」

 

 

  アスナの問いに、鼻で笑って答えるアキト。一々癪に障るその態度が、シリカとリズと会話していた時のそれとまるで違う為に、シリカとリズの困惑はさらに増していく。

  何故アスナにはそのような態度なのか。というか、今の彼女を見てどうしてそんな度胸でいられるのか。そんな疑問も虚しく、アキトは眉を顰めて問い掛けた。

 

 

  「…ってかアンタこそなんでここにいんだよ。この時間帯ならフィールドボスと交戦してるはずだろ」

 

  「……仕切り直しにしたの。攻略は明日。それまでは各自レベリングするようにって…」

 

  「へぇ……少しは他の奴らの事も考えるんだな。それとも、考えてるフリか?」

 

  「……」

 

 

  アキトはそう言うと、アスナを上から下にかけて見た後、徴発的な笑みをアスナに見せつける。値踏みするような視線はきっと、今のアスナにとっては怒りを助長するものでしかないのに。

 

 

  「そっか……今は、アンタが血盟騎士団の団長なんだ」

 

  「……何か言いたい事があるの?」

 

  「いや、まあ別に」

 

 

  その含みのあるように言うアキトに、アスナは若干の苛立ちを覚えているのは傍から見ても明白。その視線が段々と鋭くなるのは当然だった。

  アスナはアキトを睨み付けながら、口を開いた。

 

 

  「……先程の攻略会議の作戦を貴方にも伝えておきます」

 

  「……ああ、あの人の形をしたオブジェクトをボスに殺させるって奴?なんか変わったの?」

 

  「っ……」

 

 

  彼の言い方は辛辣だが、実質その通りの作戦だ。

 アスナがやろうとしていた作戦は、傍から見ればアキトが言ったように映るだろう。アスナは唇を噛み締めた。

 

  それからアキトは、アスナに作戦の変更を聞いた。それは、先程のように、NPCを囮に使うような非人道的なものではなかった。

  作戦内容を一通り聞いたアキトは、フッと息を吐く。

 

 

  「まあ、妥当だな。最初からそれでいけよ」

 

  「貴方にはアタッカーに当たって貰います」

 

  「加入テストとかはしなくていいの?」

 

  「あれだけ大口叩けるんですから実力はあるんでしょう?」

 

  「それなりにはね。今のアンタよりかは役に立つことを約束するよ」

 

  「……」

 

 

  二人の雰囲気は、先程よりも険悪なものへと変貌していく。

 シリカはアキトとアスナの顔を交互に見て、アワアワとしている。見兼ねたリズは溜め息を吐きながら、アキトとアスナの間に割って入った。

 

 

  「はいはい、店の中でケンカしない!」

 

  「っ、リズ……」

 

  「アキト、アンタ攻略に出るんでしょ。早くしないと時間無くなるわよ」

 

  「んな事言われなくても分かってる」

 

 

  アキトは、リズに対してもアスナと同じ態度で言葉を返した。アスナを一瞥した後、店の扉に手を掛け、外へと出て行く。

  そうして漸く、店に平穏が戻ったのだと実感する。シリカもリズも、アスナになんて言おうか迷っているようだった。

 

 

  「えっと…アスナ? 今日はどうしたの?」

 

  「……メンテナンス……してもらおうと思って」

 

  「分かったわ」

 

 

  アスナは、アキトの出ていった扉を見つめながら、リズにそう答えた。

 しかしすぐに扉から目を離し、シリカとリズに向き直る。

 

 

  「……あの人は何しに来てたの……?」

 

  「普通に武器の整備を頼まれただけ。フィールドに出るから早めにって」

 

  「……そう」

 

 

  アスナはそう言ってウィンドウを開き始めた。メンテナンスをして欲しい武器を取り出すつもりなのだろう。

 この沈黙をどうにかしようと、シリカは口を開いた。

 

 

  「あ、アキトさん……凄いんですよ!魔剣クラスの武器を持ってて!ね、リズさん!」

 

  「え?…あ、ああそうね!見た事ないような武器で!キリトのエリュシデータ並に強くて…っ」

 

  「……」

 

 

  リズはしまったとばかりに口を抑えるが、アスナは少し苦しげな表情を一瞬見せただけで、すぐに無表情に戻ってしまった。

  仲間内では、アスナの前でキリトの話は半ば禁句のようなものになっていた。だというのに、アスナはなんでもないように取り繕うとする。

 シリカもリズも、そんなアスナを見ていられない。リズベットは、失言したと思いつつも、苦い顔で笑った。

 

 

  「……アイツ、キリトに…似てる……よね」

 

  「……」

 

  「…アイツとはさっき初めて…それも少ししか話さなかったけど……なんだかキリトを思い出した」

 

  「リズ、さん…」

 

 

  シリカは、力なく笑うリズの傍に寄る。

  アスナは、ウィンドウを動かす指を止め、顔を下に伏せる。

 やはり、アスナも同じように感じていたのだ。

 

 

  「…あの人は、キリト君とは違うわ」

 

  「……アスナ?」

 

  「…あんな人と…キリト君は全然違う」

 

 

  アスナは武器をウィンドウで取り出す武器を選択し終える。その武器がオブジェクト化し、シリカとリズの前に現れた。

 

  その武器を見て、リズは目を見開く。

 忘れるわけもない、その魔剣クラスの黒い刀身を持つ剣を。

 

 

  「…エリュシデータ……!?」

 

 

  そう、アスナが取り出したのは、キリトの愛刀の一振りだった。

 シリカはどういう話なのか分からず、リズの驚愕の表情を見るばかり。

 リズは、どういう事だと言わんばかりにアスナに視線を向ける。しかし、アスナはその冷たい表情を変えてはいなかった。

 

 

  「…あの人はキリト君じゃない」

 

  「…アスナ…」

 

  「キリト君は…ここにいるもの」

 

 

  アスナは、エリュシデータの刀身にそっと触れた。

 その瞳には、何が映っていただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「…失敗したな…はあ…」

 

 

  森のフィールドにて一人で歩いているのは、黒い剣士アキトだった。

 明日のボス戦に備えてレベルを少しでも上げようとフィールドに出たはいいが、ここら辺のモンスターは粗方倒してしまった。

 リポップするまで待ちつつ、アキトは先程のリズの店での出来事を思い出していた。

 何を失敗したのか…それはその一言だけでは分からなかった。

 

 

  「あれが…<閃光>…」

 

 

  キリトの…愛した人。

  最前線の様子を見に行った時に、キリトと一緒にいるのを何度か見た事があった。

 キリトの隣りで笑う彼女は、本当に綺麗で。その時はアキトも、キリトが心底羨ましいと感じた。

 今の彼女からは想像もつかない。

  笑顔が消え、攻略のみを続ける機械のような彼女。

  キリトの死によって変わってしまったであろう彼女は、一体、今どんな気持ちで前線に赴いているのだろうか。

 みんながいない所では、どんな思いを抱いているのだろう。

 

  アキトは、溜め息を吐き、帰路に立った。今日はもう攻略の気分ではなかった。

 モンスターもリポップしないし、丁度いいだろう。

 

  アキトは、そうして辺りを見回したが、その瞬間、ある事に気付く。

 

 

  (…そーいや、ここら辺って最近 <妖精> が出るとかなんかで噂になってた森だった気が…)

 

 

  最近76層で噂されている情報の一つで、アキトの今いるこの森は、<妖精>が現れる、というのがあった。

 アキトがその情報を耳にしたのは偶然だが、気になっていたのは確かだった。

 

 

  「……」

 

 

  帰る気分ではあったが、少し散策する気になったのか、アキトは帰路から外れてまた森を徘徊し始めた。

  その森はとても静かで、モンスターが出なければ昼寝には持ってこいだろうと考えていたアキト。

 木々の間から指すように照らされる光が神秘的であり、とても心が安らぐ。

 どこまでも続いているような、そんな気にさせる幻想的な雰囲気。

 

 

 

 

  ── その先に、《妖精》 はいた。

 

 

 

 

  「っ……」

 

 

  アキトは目を凝らし、自身の目の前に立っている《妖精》 に目を向ける。

  その少女は、こちらに背を向けて立っていた。

 その装備品は全体的に緑色で、このフィールドに合っていた。

 金に輝く長髪を、上でまとめて垂らしている。俗に言うポニーテールだ。

 耳は、エルフのように長く尖っており、背中には、小さいが羽のようなものが付いている。

  なるほど、妖精と呼ばれるのも頷ける。

 

  アキトは一歩、妖精の方へと踏み込んだ。しかしその妖精は、アキトの存在に気付いたのか、急に後ろを振り向いた。

 その少女とアキトの視線が交錯する。

 

  少女はこちらに体を向けた。

  アキトは背中の剣に手を伸ばす。いつでも戦闘に移行出来る。目の前の少女が、NPCなのか、人の形をしたモンスターなのかは分からないが、まずは先手必勝だ。

  アキトは、ゆっくりと剣を抜く。ティルファングは、木の間から差し込む光で切っ先を照らす。

 しかし、目の前の少女は全く動かない。それどころか、こちらを見て驚愕のような視線を向けていた。一瞬クエストでも始まるのかと身構えていたが、次の瞬間、その少女は予想外のセリフを口にした。

 

 

  「……お兄、ちゃん……?」

 

  「……いや、違いますけど」

 

 

  アキトは文字通り、固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

  「……」

 

  「……」

 

  「……」

 

 

  76層の街 《アークソフィア》。

  明日の攻略に向けて、ポーションの買い貯めに赴くアスナに付いてきたシリカとリズだが、何を言えばいいのか分からない。

  アスナはそんな二人など気にせずに次々と買い物を済ませていく。淡々と。冷静に。無表情で。

  しかし、アスナが次に来たのは食材や調味料などが売られている店だった。

 シリカもリズも、顔を見合わせる。

 もしかしなくても、料理を作るのだろうか。

 シリカは途端に口を開く。

 

 

  「…何か作るんですか?」

 

  「…ユイちゃんに…ご飯作らないといけないから」

 

  「…アスナ…」

 

 

  アスナの口から出た人物の名前を聞き、シリカとリズは悲痛な表情を浮かべた。

 アスナと同じくらいにキリトの死にショックを受けているであろうユイ。彼女もまた、無理して周りに笑顔を振り撒く存在の一人だった。キリトとアスナの娘であるユイは、見た目から判断しても幼過ぎる。これから思い出を作ろう時に、父親の死は早すぎた。

  彼女は今、エギルの店で留守番を務めているが、周りに気を遣って笑っているのは明白だった。

 あんなに小さい子も泣かないで、無理して。リズは心が締め付けられる思いだった。それなのに、どうしたらいいのか、解決策はまるで分からない。

 

 

  「…あ、あの!アスナさんっ!あたしも料理手伝います!」

 

  「……ありがとう、シリカちゃん。今度、お願いするね」

 

  「あ……はい」

 

 

  シリカは、そのアスナの笑う顔を見て、力なく下を向く。もうどうしたらいいのか分からない。どうしたら、アスナを救えるのか。

 キリト。こんな時、キリトだったら。

 

 

  (アンタならどうする…?キリト……)

 

 

  すると、リズは目の前のアスナが立ち止まるのに気付いた。

 どうしたのだろうとアスナを見ると、彼女は転移門の上空を見ている。リズも釣られて上を見ると、その不可思議な現象に目を見開いた。

 

 

  「なっ…!?」

 

 

  空から、裂け目の様なものが広がる。その中から、人の形をした何かが現れる。

 

 

  「女の子…!?」

 

 

  その少女は、そのまま裂け目から飛び出し、落下してくる。

 このままだと、地面に激突してしまう。

 

 

  「…っ! ヤバッ…!」

 

 

  リズが走るより先に、アスナが走り出した。その光景に、シリカもリズ目を見開く。

  アスナの走る速度はかなりのもので、少女が落ちるより先に落下地点に到達する。

 落下する少女を両手で受け止め、その勢いで地面に伏した。

 

 

  「っ…アスナ!」

 

  「アスナさんっ!!」

 

 

  シリカとリズは慌ててアスナの元へと駆け寄る。

 アスナは、冷や汗をかきながら、腕の中にいる少女を見た。

 短めの黒い髪を持ったその少女は、眠るように気を失っていた。

 女性の少ないSAOのであるが、彼女は見た事がなかった。

 

 

  「アスナっ、大丈夫!?」

 

  「っ…ええ、大丈夫」

 

  「っ…う…ん…?」

 

 

  すると、その少女は目を僅かに開く。アスナもリズもシリカも、少女の顔を見つめる。

 目を完全に開いたその少女は、どこか冷たく、儚い感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

 

  「…あの〜アキト、君?」

 

  「…なんだよ」

 

  「アタシ、すっごい見られてない…?」

 

 

  アークソフィアに戻って来たアキトは、先程森で出会った少女、リーファと行動を共にしていた。

 取り敢えず話をまとめようと、街に戻ってきたはいいが、その後どうしようか考えておらず、街を徘徊するだけだった。

 リーファのその姿は、SAOの中でも特に変わったものだった。噂も相まって、彼女が例の森の妖精だと周りが判断するのに、そんなに時間はかからなかった。

  今周りには、攻略組にケンカを売ったキリトもどきが、妖精を連れ回しているというように見えてるだろう。

  リーファは周りにジロジロ見られている事で、若干顔を赤くしていた。

 

 

  「まあ、アンタみたいな格好の奴は珍しいからな。アンタ噂になってたんだぞ」

 

  「そ、そういう事は早く言って欲しいなぁ……」

 

 

  アキトの態度にげんなりするリーファ。距離が離れてきた事に気付き、リーファは慌ててアキトに追いついた。

 

 

  「何処に行くの?」

 

  「お前の話が本当なら、この街のことも知らないだろ。宿くらいなら紹介してやる」

 

  「……ありがと」

 

 

  リーファのお礼を聞きつつ、アキトは歩を進める。

 すると、左手に宿らしき建物を見つけた。

 

 

  「……ここだ、入るぞ」

 

  「あ、うんっ」

 

 

  アキトはその建物の中に入る。リーファも慌てて付いていった。

 入口を過ぎると、中に入るテーブルや椅子が並べられており、どうやら食事をする場所のようだ。

 リーファは辺りをキョロキョロしており、アキトはそんなリーファを置いて、奥にあるカウンターに向かって歩き出す。

 

  が、すぐにその足を止めた。

 そして、その顔を歪ませる。

 

  カウンターには、何人かが座っている。

  そこには、数時間前に剣をメンテしてもらった少女に、フェザーリドラを頭に乗せた少女、そして、会う度に睨んでくるキリトの嫁。

 見知った奴でも三人はいた。

 そして彼女らも、アキトの存在に気付いた。

 特にアスナは、アキトに鋭い視線を向けていた。

 

 

  アキトは、アスナを視界に捉えた途端、その顔を顰めた。

 

 

  「今日はよく会うな」

 

  「……何か用なの」

 

  「たまたまだ。そう会う度にアンタに言う事なんて無いしな」

 

 

  またもやケンカの予感。

 シリカとリズは慌てて対応する。

 

 

  「あ、あら!アキトじゃない!さっきぶりね!」

 

  「その後ろの方はどなたですか?」

 

  「森で会ったんだ。お前らも噂くらい知ってんだろ?妖精だよ妖精」

 

 

  話題を逸らすつもりで話しかけた二人だったが、その少女の予想外の情報に目を見開いた。

 アスナも心做しか、少し驚いているようだ。

 その後ろにいる野武士面の男も、リーファをマジマジと見ていた。

 リズはアキトの後ろにいるリーファに近づき、ジロジロと見る。

 

 

  「た、確かに妖精ね…あ、羽もあるわ…」

 

  「み、耳が長いですね…」

 

  「…え、え〜と…」

 

 

  リズに、いつの間にかシリカも加わって、そのリーファを上から下まで見る。

 リーファ、見られてる事で落ち着かない様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

 

  「他のゲームから来た…!?」

 

  「ああ…現実の話を聞くに、信憑性がない話でもないしな」

 

  「…でも、そんな事って有り得るんでしょうか…?」

 

  「まあ、そこら辺は調べてみないと分かんねぇな…俺は専門じゃねぇし」

 

 

  アキトは壁にもたれかかる。クラインは、そんなアキトに視線を送る。

 

 

  「けどよぉ、それってこの子と一緒って事だろ?」

 

  「…あ?…誰の事だよ」

 

 

  アキトはクラインを見る。クラインは、アキトから視線を外し、一人の少女に顔を向けた。

 その少女は、短めの黒髪で、全体的に華奢な子だった。

 

 

  「…アンタが?」

 

  「…シノンよ。よろしく」

 

 

  冷たく言い放つシノンは、アキトから視線を外した。

 アキトは、気にせず、口を開く。

 

 

 

  「…どういう事だよ」

 

 

  「調べた結果、シノンさんは先程ログインされたばかりのようです。ですが、IDの作成記録が無くて…」

 

 

 アキトの問いに答えたのは、小柄な少女ユイだった。

 アキトはユイに疑問も抱かず、話を聞く。

 

 

  「それってつまりどういう…?」

 

 

  「状況から考えるに…別のゲームからログインしてきたとしか…」

 

 

  ユイに分かる事にも限界があるようだ。

 アキトは、カウンターに目を移す。

 リズは、アキトの方を見て、口を開いた。

 

 

 

  「結局アンタ、何しに来たのよ」

 

  「リーファの宿をどうにかしようと思ってきたんだよ。ついでに俺の宿も」

 

  「それなら、ここの部屋が空いてるぜ」

 

 

  野太い声が響く。その声の方を向くと、カウンターの向こうには、色黒の巨大な男が。

 攻略会議の時に、見た事のある顔だった。

 

 

  「…ここの店主なのか、アンタ。俺もいいのか?」

 

  「おう、二人分くらいなら大丈夫だぜ。リーファって子はSAOの事はよく分からねぇだろうし…それに、お前さんも」

 

  「あ?…俺?」

 

 

  アキトはエギルを見上げる。エギルは顔こそ笑っているが、どこか悲しげな雰囲気を帯びていた。

 

 

  「お前さん見てると、なんだかな…放っておけなくてよ」

 

 

  その気持ちは、なんとなく分かっていた。

 シリカもリズも、クラインも。

 この少年アキトは、どこか放っておけない部分がある。

 出会って間もないのにそう感じてしまうのは、やはり、キリトによく似ているからだろうか。

 

  彼らの暗い雰囲気の中、アスナだけが、変わらずアキトを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

 

 

  「アキト君…ちょっといい?」

 

  「…リーファ…」

 

 

  深夜ともいえる時間帯。アキトの部屋に、リーファが訪れた。その服装は、恐らく寝巻きであろう。

 リーファは、アキトの近くまでくると、近くのソファーに座る。

 その表情は暗い。だが、アキトには理由がなんとなく分かっていた。

 

 

  お互いに何も口に出さない。

 リーファは膝に置いた手をキュッと握り締め、顔は俯いている。

 アキトは、ベッドに座り、ただリーファを見つめる。

 

 

  「あの…さ、…あたし…」

 

  「嘘なんだろ?」

 

  「っ…!」

 

 

  リーファの言葉を遮って、アキトは言葉を発する。その一言に、リーファは目を見開いた。

 何が嘘なのか、それは言っていない。だけど、お互いの考えは一致していたのだ。

『リーファがこの世界に来たのは、故意である』と。

 

 

  「な、なんで…」

 

  「…なんとなくだ。嘘ついてる感じがしたってだけだ。SAOに来た理由が分からないって言った時から」

 

  「…初めて会った時から、分かってたんだ…」

 

 

  リーファは力なく笑う。その顔は、今にも泣きそうだった。

 

 

  「私のお兄ちゃん…SAOにログインしてたんです。けど、五日前に死んじゃって…」

 

  「……」

 

  「ゲームなんて、最初は私からお兄ちゃんを奪った憎い存在だって思ってた。けど、お兄ちゃんが夢中になった世界がどんなものなのか、だんだん知りたくなったの」

 

 

  リーファは、ぽつりぽつりと語り出した。

 アキトは、なにも言わず、リーファの話を聞くだけだった。

 

 

  「…私とお兄ちゃん、ホントは血が繋がってなくて。お兄ちゃんは、そのせいで私から距離を置くようになって…。それが寂しくて…」

 

  「……」

 

  「もう一度会いたかった。待ってるだけなんて嫌だった。…だから、会いに行こうって…SAOに行こうって…そう思ったの」

 

 「……そうか」

 

 「けど…友達からナーヴギアを借りた時に、病院から……お母さんから、電話が来たの…」

 

 

 リーファは、病院から震える声で連絡してきた母との事を思い出す。内容は、よく覚えてない。けど。

 感覚的に察したのだ。もう、遅かったのだと。

 

 

 

 

 

  ── 直葉っ…! 和人がっ…和人が…!──

 

 

 

  ── やめてっ! 聞きたくないっ…! 聞きたくないよ…っ!──

 

 

 

 

 

 

 

 リーファのその表情は、俯いている為、見る事が出来ないでいた。

 アキトはそんなリーファにかける言葉が見つからない。

 しかしリーファは、顔を上げ、自分の気持ちを打ち明ける。その表情は、真剣そのものだった。

 

 

  「…この世界に、お兄ちゃんを知ってる人がいるなら、話を聞きたいんです。お兄ちゃんのアバターネームも…どんな姿なのかも分からないけど、それでも頑張って探して、お兄ちゃんがこの世界でどんな風に生きたか…知りたいんです」

 

  「…それが…お前がここに来た理由か」

 

  「…うん」

 

 

  リーファは、そこまで言うと、また、表情を暗くする。

 それでも、キリトを失った悲しみは拭えない。

 彼女も、キリトを思うプレイヤーの一人。

 キリトの存在は、この世界だけじゃない。現実の世界にも大切に思われていたのだ。

 ソロプレイヤーが聞いて呆れる。

 

 アキトは、窓の外の景色を見る。

 辺りは暗く、街道の灯りが小さく光る。

 

 

  「…自分の知らないところで、大切な人が死ぬのって…辛いよな」

 

  「…え?」

 

  「自分の関わりのないところで、自分が何も知らない内に死んでしまう。あの時こうしていれば良かったって…後悔だけが残って…」

 

  「……はい」

 

  「失って初めて、その存在の大きさに気付かされて…涙が止まらなくて…さらに後悔が募って…」

 

  「…アキト君も…後悔してる事があるの…?」

 

 

  目に涙を溜めたリーファが、アキトに尋ねる。

 窓の外を見ていたアキトは、リーファの方へと振り向いた。

 

 

  アキトは、自虐的に、自嘲的に笑って見せた。

 

 

 

  「…ああ、あるよ」

 

 

 

 

 

 

  ── 二度と忘れる事のない後悔が。

 


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