ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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久しぶりに彼女登場!


Ep.33 ストレアとの邂逅

 

 

 

 その日、《ホロウ・エリア》攻略をフィリアと約束した後の夕暮れ時、クラインを撒いた後、アキトは無意識にあの場所へと足を踏み入れていた。

 76層に来てから最初に印象に残った場所。どこまでも広がる湖に、島のように浮かぶ街が見える、河川敷のような場所。

 前にユイを連れて来た事があった。その時は太陽はまだ真上に登っていて。

 けれど、今にも沈みそうな太陽が、水平線に沈んでいくかのようなこの時間の光景は、昼のこれとはまるで違って見える。

 とても神秘的で、とても幻想的で、とても儚い。

 

 この場所が、アキトにとっての唯一の憩いの場。疲れた時や、何か思うところがあった時、自然とこの場所に足を運ぶ。

 ある時はスキル上げの為に、ある時は昼寝の為に。

 またある時は、何かを思い出す為に。

 

 

 「……」

 

 

 アキトはただその場に座り、目の前の景色を眺める。どこまでも広がる湖、水平線で太陽がキラリと光り、思わず目を細める。

 だが何も考えないなんて行為は、やろうと思う程難しく、ふとした瞬間に色々な事が脳内に巡っていく。

 かつての記憶、仲間。今までの自分、新たに出来た知人。ユイの笑った顔。アスナの、儚げな表情。

 

 そして────

 

 

(…いや、きっと気のせいだ)

 

 

 アキトは瞳を閉じ、思考を放棄した。

 一度横になってから足を上げ、勢い良く立ち上がる。太陽も水平線に隠れ、そろそろ暗くなる時間帯へと差し掛かっていた。

 

 

(帰る─── いや、)

 

 

 戻る、か。

 

 

 アキトはその場に背を向けて、居住区の方へと歩を進める。

『帰る』、その一言を、この時はまだ無意識に避けていたのかもしれない。

 アキトはまだ、過去に縛られ続けていた。本人は、縛られてるとは思ってはいないだろうが、ユイがあの時自分に言ってくれた言葉を、受け止められないでいたのかもしれない。

 

 

『今日からここが、アキトさんの帰る場所です』

 

 

 帰る場所は、とうに決めていたというのに、その場所を自分の都合で変えてしまうなんて事、あまりにも身勝手なものだと思っていたから。

 あの時は、ユイの笑顔に、思いに応えるべく出した返事だった。けれど、心の何処かで、彼女の言葉を受け入れる事に抵抗があったのだと思う。

 ユイが懸命に、勇気を出して歩み寄って、伸ばしてくれた手を、アキトは掴めずにいた。

 縋っては、いけない。

 勘違いしない。受け入れる事など出来ない。

 彼らがどれほどこちらに歩み寄って来ようとも。

 彼らは『キリト』の仲間であって、『俺』の仲間じゃないんだ。

 

 理解されなくてもいい。女々しい奴だと、そう思われても構わない。

 自分はずっと、あの場所を守る為に生きて来たのだから。

 誰にも、この思いを否定する権利など無い。

 

 

 人通りが多い場所へと出ると、アキトはその人の流れに身を委ねる。

 このまま何処かに流されるように、無気力に、無意識に、流れるままの葉のように歩き続ける。

 彼らに囲まれていると、どうしても過去と重なる。

 アスナを見ていると、現実世界に忘れたものを思い出す。

 ユイを見ていると、あの頃に感じた寂しさが蘇る。

 彼ら一人一人を見て、思い出す事、感じる事は違えど、記憶は常に過去の出来事。

 尊いからこそ、儚いからこそ、この胸の苦しみが募っていく。

 誰もがふと、過去を思い出す瞬間がある。それは些細なキッカケで、簡単に脳裏に浮かび上がる。そして、嫌な思い出、忘れたい思い出、悲しい思い出程、頭から離れなくなる。気を紛らわせようとしても、そんな思い出ばかりはすぐに思考から消えてくれない。

 人間はいつまでも後悔を忘却出来ないからだ。自分が犯した失敗を、誰かが励ます度に罪悪感が増すのと同じ、忘れようとする程、その時の記憶が鮮明に思い出される。

 アキトにとっては、決して忘れたい訳じゃない。忘れる事なんて出来ない。それでも、こんなに苦しい思いをし続けるよりは、何処かでこの思いが紛れるようにしたいと思った。

 このジレンマをどうにかしなければ、ひょっとした事で思い出してしまったら。

 自分のやりたいと願った事が、出来ないような気がするから。

 

 

 「アーキトっ!」

 

 「っ…?」

 

 

 そんな負の感情を吹き飛ばすかのような、元気な声が背中に響く。

 その声の主は、アキトの肩をポンと優しく叩き、振り向いてみれば、割と近い距離で、こちらに笑顔で手を振っていた。

 

 

 「…ストレア、か」

 

 「うんっ!覚えててくれたんだね!」

 

 

 ストレアはパアッと笑顔になる。アキトはそれを見てしばし挙動不審気味に後ろへ下がるが、やがて苦笑いを浮かべて溜め息を吐いた。

 覚えてるに決まってる。

 出会いから、パンチが効いていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エギルの店は現在、夜というのもあって、プレイヤー達で賑わっていた。

 皆が笑い合うその中で、リズベットがポツリと、アスナに向かって呟いた。

 

 

 「…で、あの人は何?」

 

 「…何と言われても…」

 

 

 エギルの店では現在、全員集合している。

 店主のエギルに、風林火山のリーダーであるクライン、血盟騎士団現団長のアスナ、ビーストテイマーのシリカ、鍛冶屋のリズベット、そして新しく加わった、リーファとシノン、アスナとキリトの娘であるユイ。

 彼女達の視線の先は、少し離れたテーブルに座る二人のプレイヤー。

 その内の一人は皆が知っている人物、アキトだった。

 だがもう一人、紫を基調とした装備を身に付ける、銀髪の少女。彼女に関しては全くの無知であり、彼女達は視線が固定し動かない。

 

 

 「見た事ありませんね…」

 

 「…そういえば、何回かアキト君と一緒にいるのを見た事がある気がする…」

 

 

 シリカは見た事が無いようだが、リーファに関しては全くの無知という訳でも無いようだ。

 が、アキトと彼女の関係に関しては何も知らなかった。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 シノンは何も言わずにチラリとアキトとその少女を見た後、何でもないようにカップを持ち上げ、口元へ持っていく。

 興味が無いと、そう言っているのか。はたまた、不機嫌な表情を浮かべているのかは定かではないが。

 ユイはアキト達の行動を、ソワソワしながら見つめているように見える。

 そんな中、リズベットが口を開いた。

 

 

 「NPC…じゃないわよねあれは…下の階層から来た人とかそういう人?」

 

 「それにしては随分仲が良いみたいですけど…」

 

 

 

 シリカの疑問は最もなのだが、それも束の間。

 何があったのかは知らないが、その銀髪の少女がアキトと何回かやり取りした後、アキトの膝の上に座り出したのだ。

 アスナ達の内何人かは目を見開いており、ユイはコップを掴む力が無意識に強くなっていた。

 リーファは思わず声を上げる。

 

 

 「うわっ!あの人アキト君の膝の上に座った!?」

 

 「ちょっとちょっと〜?何なのよ一体?アイツも隅に置けないわね〜…」

 

 

 リーファの声は心做しか喜んでいるように見える。

 リズベットも、周りの驚愕など関係無しにニヤニヤとしていた。

 こういう話は、女子にとって、ひいてはリズベットにとって大好物のようだった。

 シリカも口をあんぐり開けて驚いているが、その頬は赤く染まっている。シリカも、恋愛方面へと話を持っていくのが好きなようだった。

 

 

 ───だが。

 

 

 三人程そんな彼女達とは違う態度を見せる者が。

 

 

 「……」

 

 

 シノンはそんなアキトと謎の少女のやり取りを見て一瞬イラついたような態度を取るが、馬鹿馬鹿しくなったのか、変わらず飲み物を啜っていた。

 完全に興味を失ったのか、それとも何か思うところがあったのか。

 

 

 「くぅ〜…!」

 

 

 さらにもう一人、クラインはバッカスジュースの入ったコップを持ち、恨めしそうにアキトを睨む。

 アキトに女性の気があったのが気に食わないのか、それはそれは恨めしそうにアキトを見つめている。

 そんな彼を呆れた顔で笑うエギルと、ただ真っ直ぐに、興味がある、といった風貌でアキトを見つめるアスナ。

 彼らはただアキトと謎の少女の事を見つめていた。観察に近いように。

 そして、もう一人。

 

 

 「っ…」

 

 

 キリトとアスナの娘、ユイ。

 彼女はアキトと銀髪の少女が一緒に店に入って来てから、一度もアキトから視線を逸らさない。

 じっと彼らを見つめているが、心做しかソワソワしている。焦りにも似た何かがユイを襲っていた。

 アキトの膝の上に、少女が座った途端、その目を見開き、わなわなと口が動く。

 手に持つコップの力が強まり、視線が揺れていた。

 

 そんな彼らを尻目に、シリカとリズベットは二人近付き、何やら話し合いを始めていた。

 

 

 「ちょ…ちょっと、行ってきましょうか…?」

 

 「そうね…あれはあれで面白いと思うけど…流石に放置して良いレベルじゃないし…」

 

 

 アキトと仲直りしたばかりだというのに、いきなりフレンドリーになるリズベット。

 面白い玩具を見つけたと、そう言わん顔でニヤける。いつも揶揄われている側からすれば、仕返しの一つもしたくなるのだ。

 

 

 「あー…なんだ、俺の膝ならもれなく全員座れますよー…なんて」

 

 「アンタは観葉植物の植木鉢でも乗っけてなさいよ」

 

 「ひでぇ!ちょっとした冗談じゃねぇか」

 

 

 クラインのその言葉を、シノンは一蹴。そのキレのある言葉に、アスナやリーファ、エギルも苦笑いを浮かべる。

 だが、シノンはそのままシリカとリズベットに向かって口を開いた。

 

 

 「貴女達も、やめておいたら?アイツ、ギルド…だっけ?入ってるんでしょ?もしかしたら彼女、ギルドのメンバーなのかもしれないし」

 

 「あ…」

 

 

 そう言われると、シリカもリズベットも我に返る。

 そういえば、アキトはギルドに入っているのだと、今になって思い出す。

 シノンはそれを視野に入れて考えていた為、特に何も言う事はしなかったのだ。

 

 ずっと、一人で自分達の事を守ってくれていたから、そんな事、すっかり忘れていた。

 彼が一人なら、支えてあげなければと思っていた。けれど、もし彼女が同じギルドのメンバーなら、アキトにもちゃんと仲間がいたという事。

 久しぶりに会ったのなら、再会の挨拶を邪魔するのは野暮だろう。

 それは何となく嬉しいようで、寂しいようで。

 自分達は、攻略組の為を思い、憎まれ口を叩き続け、ヘイトを稼ぐ事を請け負ったアキトという少年に、いつの間にか好意を感じていたのだと、改めて実感した。

 自分達が助けて貰っている分、自分達も、彼に何かしてあげられたら。

 よくよく考えてみれば、自分達は、アキトの事を何も知らないのだ。

 ここへ来た目的、過去に何があって、ギルドはどんなギルドなのか。

 

 

 「…あたし達、何も知らないのよね。アイツの事…」

 

 「…そうね」

 

 「……」

 

 

 そのリズベットの言葉に反応したのは、アスナだった。

 ただキリトの面影を感じるアキトという少年の表情を、じっと見据えて。

 そしてもう一人。クラインは何も言わず、アキトと彼女を見ていた。そこには、先程のような恨めしい視線は残っておらず、何かを思い出したかのような、悲しげな表情を浮かべていた。

 アキトに聞いた、ギルドの名前を思い出しながら。

 

 すると、アキトが彼女達に気付いたのか、居心地の悪そうな顔で視線を逸らす。

 が、ストレアはアキトが見ていた方へと視線を動かす。リズベット達を見付けると、途端に笑顔になり、驚くアキトを引っ張ってこちらまで歩み寄って来た。

 彼女達はその行動に目を丸くし、ただただ迫るアキトと謎の少女を見つめるばかり。

 

 

 「皆さん、どうも!」

 

 「ど、どうも…」

 

 

 その少女はニッコリと微笑み、リズベット達へと挨拶する。その勢いに、リズベット達も困惑の表情を浮かべる。

 裏表の無さそうな、屈託の無い笑みに、思わず言葉が詰まる。

 リーファはアキトへと視線を動かし、遠慮がちに手を上げた。

 

 

 「アキト君、えと…その人は?」

 

 「…ストレア」

 

 「……え、おしまい?」

 

 

 アキトのその淡白な発言に、リーファは転けそうになる。その他の皆も苦笑いを浮かべていたが、やがてストレアと呼ばれた銀髪の少女が、その笑みを崩す事無く自己紹介をした。

 

 

 「はい、アタシストレア!よろしくね、みんな!」

 

 「よ、よろしく…」

 

 

 アスナやリーファがやや困惑気味にそう返す中、シリカとリズベット、シノンにクラインはストレアのHPの部分に焦点を当てていた。

 彼女にはアキトと同じギルドマークは表示されておらず、アキトとは全くの他人という事が立証されそうだった。

 焦ったように、シリカが口を開く。

 

 

 「あの…アキトさんとはどういう関係なんですか?」

 

 「アキトとは、とっても仲良しな関係!」

 

 「……」

 

 

 なんてアバウトな関係だろうか。彼らは揃ってアキトを見るが、先程までいた場所には既におらず、気が付けばアスナと一つ席を開けた場所、カウンターに座り、エギルにココアを頼んでいた。

 シリカは気になったのか、そのまま質問を続ける。やはり、恋愛方面は気になる年頃なのだろうか。

 

 

 「えっと…さっき、膝の上に乗るほどの関係というと…その…」

 

 「おいシリカ、馬鹿な考えはやめろ。ストレアはこの店に勝手に付いてきただけだ。そんで勝手に『店が混んできてるね』とかほざいた挙句、『席を譲る』とか言い出して、勝手に膝の上に座ってきただけだ。関係を持ってる訳は無い。大体、会ったのだってこれで3、4回くらいだ」

 

 

 アキトは初めてストレアと会ってからも、たまにストレアに引っ張られてお茶を共にした事があったのだ。自分の都合でこちらを振り回したかと思えば、自分の用事ですぐに消えてしまう。

 前に一度尾行を考えた事もあったが、すぐに撒かれてしまったのは記憶に新しい。

 彼女は思ったよりもステータスがずっと高い。今まで無名だったのは気になるが、その索敵と隠蔽スキルの高さにも驚きを隠せない。

 アキトはストレアを見据えたままココアを啜った。

 

 

 「ねぇねぇアスナ!アタシ、アスナの部屋に行ってみたいな〜、勿論アキトの部屋にも!」

 

 「っ…、おい…」

 

 「え、え〜と…」

 

 

 いきなり隣りから声が聞こえ、思わず視線を動かす。

 アキトとアスナの間に空いたカウンター席にいつの間にか座り込み、アスナに笑顔を振り撒くストレア。アスナは多少驚いているようだが、なんとか安定した姿勢を見せていた。

 

 

 「…じゃあ、えと…来る?」

 

 「んー…でも私これから用事があるから、今日はやめとくね!」

 

 「じゃあなんで頼んだんだよ…」

 

 

 アキトが思わず口を開く。本当に本能で動く人間だなと、アキトは溜め息を吐かずにはいられない。

 ストレアは人差し指を口元へ運び、考える姿勢を作っていた。

 

 

 「それに、今日はみんなとも仲良くなれたし!だからみんなの部屋に行くのは、また今度にとっておくね!」

 

 

 アキトとアスナの部屋訪問の筈が、いつの間にかストレアの頭の中では、全員の部屋にお邪魔する方針へと変わっているようだった。

 

 

 「え、ええ…貴女がそれで良いなら良いけど…」

 

 「うん、それじゃあアタシ帰るね!アキトもみんなも、またね!」

 

 

 ストレアは席から立ち上がり、そう言葉を残すと、こちらに背を向けて走り出した。みんなが見えなくなるまでこちらに手を振りながら。

 店は変わらず賑わっていたが、アキト達の周りだけは、妙に物静かになってしまった。

 そんな中、アスナはポツリと一言呟いた。

 

 

 「…嵐のような子ね…」

 

 「なんだったの…ホント…」

 

 「…本当に、前々からの知り合いって訳じゃないんですか?」

 

 

 リーファの言葉の後に、シリカが興味を持ったのか、アキトを見つめてそう紡ぐ。

 だがアキトは表情を全く変えずに口を開いた。

 

 

 「知らねぇよ。…初めて会ったのだって、77層のボス討伐後だし……てか、別にお前らには関係無いだろ」

 

 「何よその言い方。私達は、アンタの仲間だと思ったから聞いてるのに」

 

 「は?」

 

 

 シノンのその食ってかかる態度と言葉に疑問を抱き、アキトが反応する。

 そのシノンの言葉を要約するように、リズベットが口を開いた。

 

 

 「もしかしたら、アキトのギルドの仲間、なのかと思って…」

 

 「っ…」

 

 

 

 

 ───ドクン

 

 

 心臓の音が、大きく鳴っているようだ。その音が、聞こえるようだ。

 他人の口から、自身のギルドの話が紡がれるとは思ってなくて。

 思わず目を見開いた。

 過去の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。色々な事が、連鎖して思い出されていく。

 これ以上は、いけない。

 言葉が詰まり、瞳が揺れ動く。

 

 

 「…関係、無いだろ」

 

 

 その言葉は、小さくて聞こえない。

 だが、前髪で瞳が隠れ、その表情がよく見えないにも関わらず、傍にいたアスナだけは、その言葉を聞き逃さなかった。

 

 

 「…というか、アンタのそのギルドマーク、見た事無いのよね…アンタ以外に付けてるプレイヤー」

 

 「あたしも、見た事ないかもです」

 

 「きゅるぅ!」

 

 

 リズベットとシリカの発言は、確かに正論だった。

 だが、そんな事など聞く余裕も無いほど、アキトは狼狽している。体が僅かに震えているのを、アスナとクラインは気付いていた。

 

 

 「私達も知らないわよね」

 

 「もし良かったら、アキト君の事教え──」

 

 

 

 「関係無いだろ!! 」

 

 「っ…」

 

 「え…、アキト…?」

 

 

 リーファの言葉を遮り、アキトは勢い良く立ち上がる。飲んでいたコーヒーカップは、地面へと落下していき、やがて光の破片となって砕け散った。

 あれほどまでに賑わっていた店も、アキトのその怒声で一気に静まり返る。皆が一様に、アキトの事を見つめていた。

 シリカやリズベット、シノンやユイ、エギルも、そんなアキトに目を見開いていて。

 

 ただ一人。

 クラインだけは、そんなアキトに悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

 「あ…ア、アキトさ──」

 

 

 ユイのその声掛けを無視し、アキトはそのまま2階へと上っていってしまった。

 まるで、逃げるように。

 彼らは驚きを隠せずにいて、ただアキトが登った先を見つめるばかり。

 リズベットは、あんな悲痛な表情を浮かべるアキトを見た事が無くて。だからこそ、気付いてしまったのだ。

 過去に、大きな何かがあった事を。

 

 

(アキト…アンタは、一体…)

 

 

 アスナはアキトの背に、キリトの背負っているものが見えたような気がした。その背を見て、困惑を隠せずにいた。

 シリカやリーファは、あんな怒声を上げるアキトを見た事が無くて、驚きに声も出ないようだった。

 エギルは何も言わず、息を軽く吐くと、カウンターの作業に戻り、クラインは悲しげな表情のまま、飲み物に手を伸ばしていた。

 ユイはアキトの上った先の階段を見て、瞳が揺れ動く。どうしたら良いのか、考えているようで。

 シノンは、何かを考えるように、何かに思いを馳せるように、アキトの背が見えなくなるまで見つめていた。

 

 

 辺りのプレイヤーはまた、何事も無かったかのように声を上げ、賑やかなものへと変わっていった。

 アスナ達の場所だけは、未だに静寂に包まれていた。

 

 

 人生は、選択の連続。

 何かを得るという事は、何かを失うという事。

 一つ何かが解決したら、今度は別の何かが生じる。

 負の連鎖が、この世界には蔓延っていて。けれど彼らは、その世界の抗い方を知らない。

 その為には、失うものが無さ過ぎたのだ。

 

 

 

 

 

 突如現れた、黒い剣士アキト。

 

 

 彼の事も、彼らはまだ何も知らない────

 

 

 




近付いては、また離れて。
縮まったかと思えば、また拗れる。
出会いだけでは決して無くて。アキトとのその距離も、近付いたかどうか分からなくて。
仲直りかと思いきや、まだまだ溝は深まるばかり。


女々しい主人公かもしれませんが、お付き合い下さっている皆さん、ありがとうございます!

感想、質問、要望など、ドンドン送って下さいませ!
これは違うんじゃない?というのもオーケーです!納得がいくものであれば修正させていただきます!

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