ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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遅れました。今回書いていて何となく満足してない、しっくりしてない、納得してない部分が多々あるので、感想次第で大幅に変えるところがあるかもです。

それを了承しつつ呼んでもらえると嬉しいです。
では、どうぞ。




Ep.20 同調

 

 

 

 

 とある層の、緑豊かな丘の上。

 そこには、少年少女が攻略の小休止を取っていた。

 

 

『ねぇ二人共。攻略組と僕らは何が違うんだろう?』

 

 

 かつての記憶。その中の誰かが、芝生に寝転んでそう問いかける。

 それを問いかけられた二人、黒づくめの装備を纏う剣士と、対称的に白い装備を着込む少年は、互いに顔を見合わせ、やがてその青年の方を向く。

 黒の剣士は口を開いた。

 

 

『…情報力、かな。アイツらは、効率的に経験値を稼ぐ方法とか、独占してるからさ』

 

『…アキトは?』

 

『えと…場数…かな。今の攻略組は、俺達よりもスタートが早かった分、ボスとの戦闘経験量が違うと…思うし…あと度胸、とかも…』

 

 

 アキトと呼ばれた少年は、しどろもどろにそう言葉を紡いでいく。

 そんな彼の反応に、青年は笑って起き上がった。

 

 

『うーん…ま、そりゃあ、そーゆーのもあるだろうけどさ。僕は意志力だと思うんだよ』

 

『…意志』

 

『アキトの度胸っていうのにも似てると思うんだけどさ。仲間を…あ、いや…全プレイヤーを守ろうっていう意志の強さっていうのかなー…。僕らは、今はまだ守ってもらう側だけど、気持ちじゃ負けないつもりだよ』

 

 

 そう言った青年は、目の前の景色を眺める。だが、その目に映るのは景色だけではない。

 きっと、彼の目にはその先の未来も見えている。

 

 

『勿論、仲間の安全が第一だ。でも、いつかは僕らも攻略組の仲間入りをしたいって思うんだ』

 

『さっすがリーダー、かっくいい〜!』

 

『のわっ!…おい、ダッカー…!』

 

 

 ダッカーと呼ばれた少年は、リーダーと呼ばれた青年の首を弱く絞め上げる。

 そんなダッカーの後ろから、優しい表情を浮かべるもう一人の少年が。

 

 

『デカく出たな〜。俺達が血盟騎士団や、聖竜連合の仲間入りってか〜?』

 

『目標は高い方がいいだろー?』

 

 

 そんな少年の問いかけに、リーダーは凛として答える。

 自信に満ち溢れたリーダーは、声高々に言った。

 

 

『取り敢えず、みんなレベル30まで上げるからな!』

 

『え〜…無理だよ〜…』

 

 

 リーダーのノルマを拒否するような声を上げる少女。

 そんな彼女を含めて、彼らは笑い出す。笑顔は絶えず、幸せを感じる。

 そんな彼らが攻略組に加われば、きっと良い雰囲気になるだろうな。

 アキトと呼ばれた白いコートを纏う少年は、そう思いながらも、何処か儚げな表情を浮かべていた。

 現実世界で知り合っている彼らと、後から加入した自分では、絆の強さ、繋がりの強さが違う。きっと自分は、あの中に入れない。

 

 

(羨ましいな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

『レベル30くらい余裕だっつーの!なんてったって、俺達にはこの二人がいるんだからな!』

 

『っ』

 

『えっ』

 

 

 ダッカーが自慢気にそう言いながら、アキトと黒いコートを装備した黒の剣士の肩をポンと叩く。

 彼らは二人して目を見開き、ダッカーの方を向いた。

 彼らは一瞬キョトンとしたが、ダッカーが肩を叩いた二人を見ると、途端に柔らかい表情を浮かべた。

 

 

『だな!二人共戦い方上手いし!』

 

『アキトなんか、ネトゲ初心者だったのに成長したよな〜』

 

『初めて会った時、リアルネーム名乗っちゃうくらいだったしね』

 

『ち、ちょっと…もうその話は…』

 

『…フフッ』

 

『さ、サチまで…』

 

 

 サチと呼ばれた少女は、アキトの慌てぶりが可笑しかったのか、自然と頬が緩むのが分かった。アキトはそんな彼女を見て顔を赤くし、やがて目を逸らした。そんなアキトに周りは気付かず、互いに笑い合っていた。

 だがやがて、リーダーがそのままの笑みでアキトを見据える。

 

 

『けどアキト、君は本当に強くなったよ』

 

『…ケイタ』

 

 

 ケイタと呼ばれたリーダーは、変わらず真っ直ぐにアキトを見つめていた。

 

 

『今じゃあ、このギルドに無くてはならない存在になってると思うよ』

 

『っ…』

 

 

 そのケイタの言葉に、アキトは目を見開いた。そのまま動けないでいた。

 それは、アキトがずっと求めていた、欲しかった言葉だったから。

 仲間だと認められた、その証拠が欲しかったから。

 

 

『っ…?…あ、あれ…なんで…』

 

『お、おい、アキト!?』

 

『どうしたどうした!?』

 

『大丈夫?アキト?』

 

『あ…うん…大丈夫、だよ…』

 

 

 そう言いつつも、流れる涙が止まらない。

 何故、こうも気持ちが込み上げてきているんだろう。

 

 

『なんだよアキト〜、そんなに嬉しかったのか〜?可愛い奴め〜!』

 

『や、ち、違う…く、は、ないけど…』

 

『なんだよ脅かしやがって…泣き虫だなぁ全く…』

 

 

 ポロポロと涙を零す少年を、彼らは囲い、慰める。

 そんな彼らは変わらず笑顔で、アキトはそんな彼らの中心にいる事に、とても幸せを感じた。

 出会ってからずっと、寂しい思いはしなかった。そんな事、彼らはさせてくれなかった。

 アキトは自分の流す涙に驚きながらも、その表情には笑みを浮かべていた。

 

 

 そんな彼を、黒い少年は肘で小突く。

 アキトを見てニヤけるその少年と顔を見合わせ、再び笑う。

 欲しくて、何度も手を伸ばしたものは、すぐ側にあって。

 二度と失いたくないと思えて。そんな彼らと一緒に戦っていきたいと思えて。

 

 

 アキトは願った。いつか、みんなと。

 此処にいる、<月夜の黒猫団>のみんなと一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最前線で戦えたらって───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その願いが叶ったのは。

 この場にいる、たった一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「偉い醜態じゃねえか」

 

 

 アスナの目の前には、そう言って不敵に笑う、黒いコートを靡かせた少年が立っていた。

 その背中には、何処か孤独の気配がした。

 

 

 「アキト…君…」

 

 

 初めて、彼の名を口にした。意識して言わないようにしていたその名前を。

 愛した人に似ているのに、本当は別人である事の苛立ち。一緒にいると、否応無く感じてしまうキリトへの思慕に耐えられなくて、それだけの理由で敵視し、避けていた存在が。

 私の前に、格好よく現れた。

 こんな光景を、私は。彼に会ってから、ずっと。

 キリト君に重なる貴方を誰よりも嫌って、誰よりも意識して。

 

 

 「アスナ、大丈夫!? …アスナ…?」

 

 

 すぐ側まで走り寄る自身の親友を背に、アスナは両手を胸の前に置く。

 その肩は小さく震えていて、リズベットは動きを止めた。

 アキトは、そんなアスナを一瞥した後、すぐさまボスに向かって走り出した。

 その背中を、アスナはやはり重ねてしまう。揺らいでしまう。

 心臓が、その鼓動が、強く激しく脈を打つ。

 

 

 ──どうして?なんでよ…?

 どうして、突き放しても、近付いてくるの?

 なんで、こんな私に、踏み込もうとするの?

 何故、死なせてくれないの?どうして助けてくれるの?

 

 

 やめて。放っておいて。

 そうしてくれないと、私は希望を持ってしまう。

 だって、感じてしまうじゃない。期待してしまうじゃない。

 決して無い筈のその可能性に、縋ってしまうじゃない。

 

 

 「…君がっ…キリト君なんじゃないかって……!」

 

 「っ…アスナ…」

 

 

 アスナは俯き、今は亡きその名をか細く呟く。何度流したかしれない涙は、地面に落ち、その場を濡らした。

 リズベットは、ただそんなアスナの背に、手を置く事しか出来なかった。

 彼をキリトだと思うのは、願望だと分かっている。それでも、死を受け入れられないアスナは、たった一筋の希望でも、しがみつきたいと思った。

 けどそんな事は無い。自分の愛する人は、もうこの世界にいない。

 彼はキリト君じゃない。そう思いたかった。そう思いたくなかった。

 色々考えてしまう前に、命を投げ出したかった。この世界に、未練なんて無い。

 

 

 なのにどうして。

 君が助けてくれた事を、嬉しく感じてしまったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「せああっ!」

 

 

 リズがアスナの傍にいるのを確認し、アキトは走り出す。目の前のボスにのみ、その神経を集中させ、左手に持つティルファングを一気に振り抜く。

 

 片手剣四連撃技<ホリゾンタル・スクエア>

 

 白銀に輝く刀身で、空気を薙ぐように、ボス目掛けて当てていく。ボスは自身の爪でそれを受け止め、もう片方の腕でアキトを潰しにかかる。

 

 

 「───っ!」

 

 

 途端に、アキトの右手が光る。その拳を一旦後ろに下げ、瞬時にその拳を放つ。

 その拳は、迫り来るボスの腕とぶつかり、反発。アキトとボスの距離を離す結果になった。

 

 《剣技連携(スキルコネクト)

 

 スキルを左右交互に発動する事で、間のディレイをほぼ無しに出来るシステムを度外視したその技術は、周りで突っ立っていた攻略組の彼らを驚かせるものだった。

 エギルやクラインは我に返り、すぐさまアキトの援護に向かう。攻略組の彼らも、ボスへと攻撃を仕掛けるべく走り出した。

 今は私情を挟んではいられない。アキトを死なせる事はマイナスだと、無意識に判断したのかもしれない。

 アキトは左から近付いてくる集団の気配を感じると、目の前で雄叫びを上げるボスを睨み付ける。

 

 

 そしてふと、背後を見る。少し離れた所に、その場にへたり込むアスナと、そんな彼女の前に盾を持って構える、肝の座った鍛冶屋が立っていた。

 そんな彼女を見て、アキトはフッと笑ってしまう。

 

 

(約束したからね…守るって…)

 

 

 リズベットを見た後、その視線はアスナに。

 彼女の俯くその姿は、触れればポリゴン片となって砕け散ってしまいそうだった。

 これまで一人で戦って、周りを全て置き去りにした、自分の命を投げ打とうとした一途な少女がそこにいた。

 そんな彼女を見て、何かが脳を過ぎる。彼女の笑った顔、怒った顔、泣いた顔。色んな彼女を。

 そんな彼女の顔は見た事が無い。いや、見た事があるかもしれない。

 

 

 それは、誰かの記憶。自分の記憶。

 かつての仲間と、アスナの表情が、誰かの記憶と重なった。

 アキトはボスの方へと視線を戻し、剣を構える。その瞳の色は、何処か今までのアキトとは違う光を宿したように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『…何があっても、絶対に帰してみせる』」

 

 

 

 

 瞬間、その言葉、その声が。誰かと重なった気がした。

 

 

 

 

 アキトは再度、ボスに向かって駆け出す。ボスはそれを確認すると、攻撃の構えを取っていた。他のプレイヤーの位置と状態を横目で確認しつつ、ティルファングで腕に向かって<レイジスパイク>を放つ。

 

 

 「…っ!」

 

 

 ボスがそれを再び腕で受け止める。アキトはすぐに距離を離し、再び近付く。距離を離すかと思わせ、再び距離を詰める。ボスは一瞬だけ反応が遅れた。

 その瞬間を、アキトは見逃さない。

 再び<レイジスパイク>を使い、ボスの頭を跳ね上がる。

 その瞳を光らせ、その体を極限まで動かし、反応速度を上げていく。

 そのソードスキルを、体術スキルを、繋げて躱してを繰り返していく。

 

 

 「せあぁああぁああっ!」

 

 

 片手剣四連撃技《バーチカル・スクエア》

 

 コネクト・体術スキル《閃打》

 

 コネクト・片手剣七連撃技《カーネージ・アライアンス》

 

 コネクト・体術スキル《掌破》

 

 コネクト・片手剣六連撃奥義技《ファントム・レイブ》

 

 

 その連撃は、まさに神業。

 仰け反るモンスターの隙を突き、立て直したボスの視界から外れ、攻撃を躱し、ソードスキルを硬直無しで繋げていく。

 今の彼には、ただ目の前のボスを攻撃する事だけ、ただ、後ろの少女を守る事だけを考え、ひたすらに集中力を上げていく。

 

 

 その神がかった戦闘に、周りのプレイヤー達は唖然とした。

 なんだ、あの異様な力は。なんだ、その見た事の無いスキルの連携は。

 だがアキトが次の瞬間、ボスの攻撃で跳ね飛ばされていく。

 その瞬間、彼らは我に返った。

 そうだ、もう少しで勝てる。ならば戦わねばと。

 

 

 攻略組がボスを取り囲み、最初の陣形を作る。ボスの前に盾を置き、周りは側面から攻撃。

 ボスはアキトにのみタゲを取っており、瞳に映すのはその少年のみ。

 エギルは行かせまいと、そんなボスの足を一気に薙ぐ。

 

 両手斧単発範囲技<ワール・ウィンド>

 

 その一撃は、感覚の狭いボスの足全てにダメージが入る。ボスは呻き声を上げ、その体勢を崩す。

 隙を突くかのように、一斉にボスへと攻撃を開始する彼ら。その攻撃は重く、ボスのHPはみるみるうちに減っていく。

 体勢を立て直すボスを確認すると、彼らは一旦後退するが、アキトはそれと入れ替わるかのように前へ出た。

 アキトはボスへと再び駆け寄る。左手の剣を右手に持ち替え、その刀身を光らせる。

 放つのは<ヴォーパル・ストライク>。その突進技はボスを掠らせ、そのままボスの後ろへと通り過ぎる。

 ボスの背中まで来ると、ティルファングを上段に構え、一気に振り下ろした。

 

 片手剣単発技<ヴァーチカル>

 

 その剣は、ボスの尾へと深々と刺さり、そのまま下へと切り込みが入れられていく。

 アキトはまたもボスの懐へ飛び込み、その剣を突き立てる。ティルファングを振り抜き、斬り裂き、叩き込む。

 攻略組も、それに呼応するかのように、声を荒げてボスに迫る。

 まだだ。もっと。

 

 

(速く…もっと速く────!)

 

 

 

 

 攻略組の彼らは、アキトと戦いながらも、その目で彼の動きを追う。

 その攻撃、その速さ。間違いなく本物だった。

 彼の言動や態度が気に食わなくとも、それはきっと、認めなくてはならない。

 けど、その動き、その表情。古参のプレイヤーは何度も見た事があったような気にさえなる。

 

 

 

 

 「…黒の、剣士…」

 

 

 

 

 誰かが、そう呟く程に。

 かつての英雄と同調して見えた。

 

 

 「っ!範囲攻撃だ!離れろ!」

 

『っ!』

 

 

 その言葉に、彼らは我に返った。ボスが尾を突き立てるのを見た瞬間、自身の武器を引き寄せ、防御体勢を取る。

 瞬間、ボスが体を回転させ、攻略組を弾き飛ばした。彼らはその筋力値に押し負け、吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

 

 ボスの目には、アキトただ一人。アキトはその瞳の奥に宿る闘志を燃やし、迫り来るボス目掛けてソードスキルを叩き込む。

 ボスの顔に、<バーチカル・スクエア>を食らわせる。その黄金に輝くティルファングを、ボスが防御すべく出した腕にぶつけていく。

 

 

 一撃、二撃、三撃。ボスの腕と、ティルファングの間から火花が飛び散る。

 最後の一撃もまた、ボスの腕に弾かれるが、まだ終わらない。アキトは左手を構える。その拳はイエローに輝き、ボス目掛けて振り抜く。

 

 

 コネクト・体術スキル《エンブレイザー》

 

 

(届け──!)

 

 

 ボスのHPは残り僅か。攻略組がさらに畳み掛ける為の隙を作るべく、アキトの左手が突き出る。

 しかし、ボスのもう片方の腕が、それを良しとしなかった。再びその攻撃は、ボスの腕に阻まれ、有効打にならなかった。

 

 

 「っ!?」

 

 

 ボスはその腕を下から上に、アキトの体を吹き飛ばした。<エンブレイザー>を打った瞬間を狙うその攻撃は、アキトに防御姿勢すら取らせない。

 アキトはボスのほぼ真上まで飛んでいき、やがて落下していく。

 エギルやクラインは目を見開き、空中を飛ぶアキトを見る。

 真下のボスは、トドメを刺すべくアキト目掛けてハサミを開いた。

 

 

 「まだだっ…らぁ!」

 

 

 アキトは空中で体勢を立て直し、赤く光る剣と共に、落下してくる。

 いや、突進してきていた。

 

 コネクト・片手剣単発技<ヴォーパル・ストライク>

 

<エンブレイザー>からの三連目のスキル、その突進力でボスの顔を突き刺し、ボスのハサミを置き去りにした。

 

 

 「やったか!?」

 「まだだ!」

 

 

 ボスはアキトを暴れる事で引き離し、周りのプレイヤーを巻き込んでいく。何人かは再び飛ばされ、何人かは地面に伏す。

 アキトが作った隙が、無くなっていく。

 

 

 だが一人、ボスの視界に入らないプレイヤーが、ボスの真上にいた。

 それを見たアキトは笑みを零し、思い切り叫んだ。

 

 

 

 

 「『今だ!リズ!』」

 

 

 「っ!はあああぁぁあぁああぁああ!」

 

 

 

 

 リズベットは跳躍し、ボスの甲羅に向かって、そのメイスを振り下ろした。

 その一撃はメイスにしか出せない、重い、想いの一撃。

 

 片手棍四連撃技<ミョルニル・ハンマー>

 

 そのメイスを着地と同時に叩き落とし、ボス目掛けて左から右からと振り抜いていく。

 彼女のその姿が、誰かを救う為に、誰かを思って戦ったその姿が、とても美しいものだと思った。

 ボスはリズベットのそのソードスキルで、動きを止め、その体を光らせる。

 やがてポリゴン片となって、空気中に霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りは歓喜に溢れていた。ボス戦後はいつもそうなのかと、半ば苦笑いを浮かべていると、視界にメイスを持ってへたり込むリズベットの姿を見た。

 アキトはリズベットの元まで歩き、その少女を見下ろした。

 

 

 「…アキト…私…」

 

 「ま、初のボス戦なんだから、こんなもんだろ」

 

 

 アキトな特に表情を変えることもなく、そう言い放つ。リズベットは乾いた笑みを見せ、ヨロヨロと立ち上がった。

 その後、暫くアキトの事を見つめていた。

 

 

 「……」

 

 「…なんだよ」

 

 「…アキト」

 

 「?」

 

 「う、ううん、なんでもない」

 

 

 リズベットはそう言って俯く。アキトは首を傾げたが、気にするのをやめたのか、辺りのプレイヤーを見渡していた。

 リズベットはアキトの目を盗んで、再び彼を見つめる。

 ボスへのラストアタック。その刹那、最後の一瞬。

 あの時、あの瞬間。

 

 

(キリトに…呼ばれたような…)

 

 

 アキトの戦闘が、アキトの声が、アキトの表情が、アキトの放つ雰囲気が。

 何もかもがあの瞬間だけ、その英雄を想像させた。それを懐かしく感じた。

 それはきっと、この場にいる殆どのプレイヤーは感じていただろう。ずっとキリトと戦ってきたプレイヤー達ならきっと、彼をキリトと重ねて見ただろう。

 本人は、何とも思っていないようだが。

 

 

 「さて…」

 

 

 アキトはフッと息を吐くと、周りを見る。今だ歓喜の声を上げるプレイヤー達。

 だが、喜びの感情の他に感じるのは、怒りを孕むいくつかの視線。その先にいるのは、途中からずっとへたり込んだまま、指示を出す事もしなかった自分達のリーダー。

 彼らは少なからず憤りを感じているだろう。当然だ。今まで信頼を寄せてきた。今まで散々引っ張られた。なのに、それを全て投げ出して、自分達を見捨てて、それで自分だけは死のうだなんて。

 彼らからは、憎悪、侮蔑にも似た鋭い視線が刺さる。

 アキトはリズベットの脇を通り過ぎ、座り込むアスナの目の前まで歩み寄る。

 アスナは顔を上げない。だが、誰が来たのかは分かっただろう。

 

 

 「どうして…助けたの」

 

 「あ?」

 

 

 何人かの歓喜ムードを壊すかのように、ポツリと、そんな声が聞こえる。次第に、周りからの声が消えていった。

 その声の主は、震えた声で、辛そうに紡ぐ。

 

 

 「お前こそ、この攻略組のリーダーだろ。お前の指示が無けりゃあ動けねえポンコツばかりなんだ、お前が現場放棄してるんじゃねぇよ」

 

 

 その言葉に、周りのプレイヤーは一斉にアキトを睨み付ける。

 だが、アキトのそんな一言も事実であった。

 攻略の鬼とさえ呼ばれたアスナだ、作戦やら攻略の仕方やら、何から何まで自身の都合で指示されて来たのだ。

 76層のボス戦に続いて、77層のボス戦でも同じ事が起こった。今回も彼らは、アスナの現場放棄によって、どう動いたらいいか分からないでいたのは事実だった。

 彼らは、アスナの次の言葉を待つ。

 

 

 「私は…もういいの」

 

 「何が」

 

 「っ…私には!もう、生きてる意味が無いの!生きているのが辛いの!だから…!」

 

 「…お前、せっかくリズベットが守ってくれたってのに」

 

 「そんなのっ!頼んでないっ…!」

 

 「……」

 

 「…お前…」

 

 

 アスナは俯いたまま、ボス部屋に響く程の声で叫ぶ。

 分かっているくせに。アキトにそんな思いを抱きながら、あえて聞いてきた彼に腹が立った。

 もうどうでもいい。何もかもが。周りがどうなろうと関係が無い。

 そう何度も、言葉を発した。

 

 

 その言葉に、怒りを覚えた攻略組のプレイヤーは何人もいるだろう。

 

 

 勿論、アキトも。それは、彼女の傍にリズベットがいたから。

 アスナの為に、何かしてあげられたら。そんな願いを元に、怖かった筈のボス戦に参加した。

 アスナに生きて欲しいが為に、彼女を最後まで守り通した彼女の前で。

 頼んでない、だなんて。

 

 

 「おい、いい加減にしろよ。人が簡単に死ぬ世界なんだ。お前が指示しなきゃ動けねえ奴らがいるって言ったろ。そんな雑魚どもの世話くらい、最後までやり通せよ」

 

 

 そう告げるアキトを、睨むように見上げるアスナ。彼女のその瞳には、確かな怒りが見て取れた。

 

 

 

 

 「貴方に…私の気持ちなんて分からない」

 

 

 「────」

 

 

 

 その一言に、アキトは拳を握り締める。

 開いていた口は、何も言えずにそのまま閉じられた。

 アキトはこの時、何を考えていたのか、リズベットもエギルと知る術は無い。

 だが、その時のアキトの声音、体、それらが僅かに震えているのは、彼らには分かっていた。

 

 

 「…ならお前に、俺の気持ちは分かるのか」

 

 「っ…」

 

 「他人の気持ちなんて…考えた事があったのか」

 

 

 アキトのその言動に、アスナは口を紡ぐ。そして、彼が言わんとする事を理解した。

 NPCを囮にしたり、それらをただのオブジェクトだと言ったり。

 道徳的な事を無視して、ボスの事だけ、自分の死だけを考えていた事。それらに、彼らを巻き込んだ事。何から何まで心当たりがあるものだった。

 だが、アキトのその表情は、冷たいの一言で。

 リズベットの声も震えていた。

 

 

 「アキ…ト…?」

 

 

 辛いのはアスナだけじゃない。誰だって辛いのは同じ。

 ここに来るまで、アキトは挫折を繰り返し、それでも自身の目的を果たすべく、ここまで来たのだ。

 大切な人を失ったのは、アスナだけじゃない。けどそれでも、このゲームをクリアする為に攻略組としてここにいる。

 だというのに。

 アスナのヘイトを自身に移す。そんな事は既に忘れていた。

 この目の前の少女を、とにかく責めたかった。

 やめろ、そうじゃない。そんなやり方じゃない。誰かがそう、心で叫ぶ。

 

 

 「この世界で一体何人死んだと思ってる。コイツらの知り合いもいただろう。親、兄弟、友人、それに『恋人』も。お前はそんな奴らの前で、NPCを囮にしようとした。人の気持ちがどうだのなんだの、聞いて呆れる」

 

 

 アスナがピクリと反応する。ダメだ、言うな。

 

 

 「自分の恋人が死んだ途端にそれか。都合が良過ぎるとは思わないか」

 

 

 アスナの体が震える。ダメだ、これ以上は。

 

 

 「そもそも、お前は何をそんなに悲しんでる」

 

 

 アスナのすぐ近くまで歩み寄り、彼女を見下ろす。やめろ。

 

 

 

 

 「この世界のものなんて、みんなただのオブジェクトなんだろう?」

 

 

 

 「っ…!」

 

 

 

 

 アスナは目を見開く。

 アキトは、アスナを侮蔑の視線を向け、感情のままに言葉を連ねる。

 

 

 「何故茅場がこの世界を作ったと思う。こんな世界、ありはしないからだ。あればいいと願った幻想が創り出した人の業だ。つまり、偽物の世界なんだよ。何もかもが。なのにこの世界で生きた時間だけは本物だと?よくそんな矛盾極まりない事を思えたな。お前は先の一言でキリトや娘との生活を否定したんだよ。自身の想いも、愛されたという感情も」

 

 「っ…」

 

 「あ、アキト!…もういいからっ…やめて…!」

 

 

 誰にも何も言わせまいと、自分ではない何かが言葉を紡ぐ。

 頼むから、やめてくれ。

 

 

 「お前達がここへ来て、何か一つでもリアルで得するようなことがあったのか?」

 

 

 アスナを見て、憎悪にも似た視線を、彼女にぶつける。

 アスナは怯えたような顔でこちらを見上げていた。もうやめて。これ以上言わないでと。

 だが、この目の前の少女を何故か、許してはおけないと思ってしまった。苛立ちが、アキトを襲っていた。

 

 

 

 

 「感情も偽物なんだ、悲しむ事は無い。お前は最初から、“愛されてなどいなかった”」

 

 

 

 「────」

 

 

 

 「っ…!」

 

 

 

 

 ────パァン!と、空気が破裂するような、そんな音が静寂を壊す。

 

 

 ボス部屋全体に響き渡ったその音は、桃色の髪の涙目の少女が放った、黒い少年への平手打ちのものだった。

 当人は、平手打ちをした手と、もう片方の手を、顔に持っていく。

 その流れる涙を、必死に抑えようとする。

 

 

 「…お願いだから…もう、やめてよ…!」

 

 

 彼女の泣き顔を見たかったわけじゃない。そんな事をしたかったわけじゃない。

 この平手打ちだって、受けたくて受けたわけじゃない。

 決してダメージには入ってない。リズベットのカーソルの色にも変化は無い。なのに。

 とてつもなく、痛かった。

 

 

 「……ハッ」

 

 

 アキトは攻略組を背に歩き出した。目の前にあるは78層へと向かう扉、その階段。

 その足取りは半ば重く感じるが、それも気にならない。

 扉の前にはエギルが立っていたが、気にせずその横を通り過ぎる。

 

 

 「…あんまり無理すんなよ」

 

 「…なんの事だか」

 

 

 エギルの表情を見る。エギルは何もかも分かっていると、そういった表情をこちらに向けていた。俺は理解していると。大丈夫だと。

 アキトはそんなエギルに感謝のようなものを抱きつつ、78層への階段を登った。

 

 

 あの時、攻略組はろくに指示も出さないアスナに不審感や苛立ちを感じていただろう。だがここでアスナにヘイトが行くのは避けたかった。彼女は今後も攻略組には必要な存在になる。彼女が孤立するような状況になってしまうのは、彼女自身の為にも避けなければならない。

 ならばどうするか。決まっている。76層に来てから、ずっと攻略組に対して取ってきた態度で、アスナを傷付ける。

 何ら変わらない。アスナは悲劇のヒロインを飾り、アスナを傷付けたアキトはさらにヘイトを稼ぎ、攻略組の士気は安寧を保つ。

 それでいい。彼女が無事なら。『誓い』を果たせるなら。

 それさえ叶えられれば、それでいい、そう思っていたのに。

 

 

 言い過ぎたと自覚していた。あんな事、本心じゃないと。

 何故、あんなにアスナを傷付けたい衝動に駆られたのか。

 

 

 

『貴方に…私の気持ちなんて分からない』

 

 

 

 きっと、あの言葉がアキトの心を殴り付けたのだろう。自分でもそう理解していた。

 自分がこれまでやってきた事を、否定されたような気がしたのかもしれない。

 

 

 「俺が…今までどんな気持ちで…」

 

 

 そんな言葉を発した時にはもう78層に到達していた。その街並みは、他の層と取り立てて変わったものは無かったが、その隙間から吹く風が、アキトの髪を凪いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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