ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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戦闘描写は相変わらず苦手です(´・ω・`)


Ep.19 結晶化した爪

 

 

 

「…行きます」

 

 

77層の迷宮区。その最深部に位置する、フロアボスへと続く部屋の扉を開く。

その背の向こうには、攻略組のメンバーが中へと突入する準備を整えた状態で待機していた。

エギルやクライン、アキト。そしてリズベット。

その両手にはそれぞれ、メイスとバックラーが装備されていた。今回のボスは打撃が有効。リズベットの持つメイスは効果的だった。

そんな彼女の表情は、恐怖で怯えているのか震えていた。

エギルもクラインもアキトも、そんなリズベットを見つめる。アキトはそんなリズベットに馬鹿にするかのような笑みを浮かべた。

 

 

「…怖いかよ、マスターメイサー」

 

「なっ…!……怖くなんてないわよ?アキト様が守ってくれるものね〜?」

 

「…言わなきゃよかった」

 

 

リズベットが言い返してきた言葉を聞いた瞬間、そんな事を口走ってしまった。

だが、リズの緊張は幾分か解れたかもしれない。そう思って納得した。

隣りを見ればエギルがこちらを見てニヤけていた。軽く舌打ちをしつつ、開かれるボス部屋の奥を見つめる。

そして、リズベットの先程の言葉を聞いて思い出していた。

 

 

『守る』

 

 

その言葉は、口にするだけなら簡単な言葉。

だけど、命の重みを知らない奴らには、この言葉の重みだって理解出来るはずが無い。

これは、そう簡単には言ってはいけない言葉なのだ。ましてや、その約束を違えた奴は絶対に口にしてはいけない言葉だと思った。

だけど、失いたくないと、思ってしまった。

仲間など必要ないと思っていた。だけど、誰かを助けたいと思ったのは事実で、この気持ちは本物だと思いたかった。

 

 

誰も死なせたくない。その思いを。

 

 

アキトは、その視界にいる栗色の髪を持つ少女に視線を落とす。

一度見たら忘れられないような美貌を持つ、その少女を。

かつての英雄を愛し、守ろうとした、もう一人の英雄だった彼女の姿を。

彼女を気にかけていたのは、きっと『誓い』だからという理由だけではない。

 

 

きっと、鏡を見ているかのようだったのだ。アスナが、彼女の姿が、昔の自分に重なって見えて。

それを見て苛立っていた事は、そのまま自分に当て嵌っていて。

立場も性別も性格も違う。なのに、抱えていたものに似通ったものを感じた。

大切なものを、大切な誰かを、失ってしまった思いを。だから彼女の気持ちは痛い程分かっていた。

自分も、かつては死を望んでいたから。

 

 

(…けど…約束、しちゃったからな…)

 

 

そう言って、儚く笑った。

アキトは、背中の鞘に収まる紫色の剣、ティルファングを抜く。

攻略組のメンバーがボス部屋へ向かって走り出した。

それを確認し、アキトもボス部屋へと踏み出した。

 

 

辺りは暗がりが広がっていたが、それも一瞬。

光が照らされた時には、既にボスに視線が行っていた。

黒い体に、金色に輝く鉱石に似た甲羅を背に纏ったサソリのようなモンスター。

そのハサミと尾にある棘には、殺傷能力の高さが伺えた。

 

 

 

 

 

 

No.77 BOSS <The Crystalize Claw>

 

 

その口からは、虫とは思えない程の声量での咆哮が放たれ、4本のHPバーが表示された。

その咆哮を聴き、我に返ったメンバーは、それぞれ自身の持ち場へと着く。

ボスを囲い、タンクはボスの目の前へと近付いた。

瞬間、ボスが尻尾を上に突き上げる。

彼らはそれを見て一瞬固まった。

瞬間、ボスは体を回転させ、その尻尾で周りを薙ぎ払った。

対応に遅れた彼らは、防御する間もなく跳ね飛ばされていく。

 

 

「いきなり範囲技かよ…!」

 

「───っ!」

 

「っ、アキト!?」

 

 

クラインがそう呟く隣りをアキトが走り抜き、ティルファングを斜に構えてボスへと近付いていく。

そのいきなりの行動に、リズは思わず声を出した。

攻略組のメンバーが飛ばされた事により、ボスの周りには誰もいない。

倒れた彼らの合間を縫って、ボスの懐に辿り着く。

 

 

「せあっ!」

 

 

アキトは肉質の柔らかそうな足元を目掛けて四連撃技<バーチカル・スクエア>を放つ。

が、その剣は一撃目で阻まれる。

ボスのそのハサミが、アキトの剣を受け止めたのだ。

そのハサミの先には鉱石が伸びていて、まるで爪のよう。

そのハサミにティルファングを掴まれて、アキトは身動きが取れなかった。

瞬間、ボスはもう片方の腕を振り上げた。

 

 

「っ!」

 

 

アキトは空いてる左手で体術スキル<閃打>を叩き込む。

その拳はボスの顔面にクリーンヒットし、ボスはその顔面を逸らす。

その瞬間にアキトは自身の剣をハサミから抜き取り、ボスと距離を取った。

息を整えつつ周りを見ると、跳ね飛ばされた連中のHPバーに目が行った。

序盤だというのに、HPの減りが早いように見える。

その事実になんとなく違和感を感じたが、すぐに理由を推測出来た。

 

 

「毒、か…!」

 

 

そこまで確認するとアキトはボスを見据える。

このサソリ型のボス、見た目同様、サソリと同じく毒の状態異常を付与した攻撃を繰り出すようだった。

この一瞬の戦闘でアキトは、なんとなくアルゴリズムの変化を感じた。

周りを囲まれた瞬間に打った全範囲攻撃。

その隙を着いた剣を手早く防御。

動けなかった自分にもう片方の腕を振り抜こうとしたあの対処の仕方。

敵が考えるようになって来ている事を思い知らされる。

 

 

対処出来ていた何人かは体勢を立て直すべく移動していく。

その中からアスナが飛び出した。

アキトはそれを見た途端に視線がアスナへと向く。

何をしている。今回レイピアは明らかに力不足だ。一人で向かうなんて───

 

 

「───っ!」

 

 

アスナはその細剣を輝かせ、一人ボスに向かって行く。

 

 

細剣多段多重攻撃九連撃技

<ヴァルキリー・ナイツ>

 

 

アキトもリズも目を見開く。

万全な状態へと復帰しつつあるボス相手に一人で向かうには、明らかに連撃数の多い大技だった。

一撃、ニ撃、三撃、ランベントライトがボスの体へと吸い込まれていく。

だが、相性の悪さが顕著に表れる。ボスのHPがあまり減っていない。

アスナはお構い無しに突きを繰り返す。

まるで、怒りや苛立ちを剣に載せているかのようだった。

 

 

「アスナ…」

 

 

怒りに身を任せたかのような彼女の姿を、リズは悲痛な表情で見つめていた。

アスナは76層に来てから、ずっとこんな戦い方を。

自然と、メイスを握る力が強くなった。

 

 

ボスは体勢を立て直し、目の前で攻撃を繰り返すアスナを確認すると、その腕をノーモーションで振り抜いた。

咄嗟に気付いたアスナは細剣を自身に引き寄せる。

瞬間、ボスはアスナを殴り飛ばした。

 

 

「アスナ!」

 

 

リズベットは走り出し、アスナの元へと駆け寄る。

ボスもアスナ目掛けて走り出した。

 

 

「っ…!」

 

 

リズベットは倒れたアスナの前に立つと、バックラーを構え防御姿勢を取る。

その盾目掛けて、ボスはハサミを交互に振り続けた。

その重い一撃一撃が、リズにのしかかる。

決して浅くないダメージが、HPバーに切り刻まれていく。

 

「うおおおりやぁあああ!」

 

 

ボスの側面を、クラインが斬り付ける。

その声に呼応するかのように、体勢を立て直した攻略組が次々とボスに迫る。

斬り、突き、殴っていく。

 

 

「───しっ!」

 

 

アキトはリズとボスの間に割って入り、ボスのその爪をスイッチの要領で弾き飛ばした。

瞬間、タンクがヘイトを取るべくボスの目の前へと移動していく。

 

 

「アキト…ありがとう」

 

「貴重な戦力だからな」

 

 

アキトはそう言って目を逸らし、アスナの方へと視線を落とす。

アスナは立ち上がると、ボスの方向へと歩き出した。

 

 

「あ、アスナ、ポーション飲まないと…」

 

「大丈夫」

 

 

アスナは特に笑う事もなくリズベットの横を通り過ぎる。

アスナの為に取り出したリズのポーションは、行き場を失ってしまい、リズはその手を下ろした。

分かっていた。けど、認めたくなかった。

だが、知ってしまった。

アスナの瞳に、自分は映ってない事に。

 

 

「…リズベット、今は」

 

「…分かってる。ボス戦、だもんね」

 

 

アキトの言葉を制し、リズは顔を上げ、ボスに向き直る。

彼らの怒涛の攻撃に、HPはどんどん減らされていったボスは、再び咆哮を上げていた。

ボスは目の前に迫る脅威を叩き潰すべく、その腕を振り回す。

その一撃一撃が重く、ガードしていてもダメージが入る。

 

 

「お、重い…!」

「くっ…」

 

 

クォーターポイントを過ぎた筈だというのに、ボスがいつもより強く感じる。

ここへ来て、ボスの強さが変わってきている。

そんな嫌な予感が現実のものになったと、誰もが理解した。

 

 

「ボケっとすんな!」

 

 

アキトは困惑しそうになる攻略組へと声を荒らげると、その足に向かって<バーチカル・アーク>を放つ。

ボスはまるで効かないと言うかのように、アキトを見下ろした。

 

 

「リズベット!」

 

「はああぁぁあぁああ!」

 

 

反対方向から、リズベットのそのメイスがボスを捉える。

 

片手棍三連撃技<ストライク・ハート>

 

薙ぐようにしてメイスを振り抜き、ボスの足を殴打した。

そのダメージ量を確認しても、ボスのその反応を見ても、かなり打属性に弱いのは明白だった。

スタンの追加効果のあるリズベットのソードスキルで、ボスは見事に動けなくなっていた。

 

 

「今だ!一斉攻撃!」

 

 

誰かがそう発すると、攻略組のメンバーは一気にボスへと押し寄せる。

この機を逃すまいと、ありったけの力でボスを斬り、殴り、貫く。

アキトも、リズベットも、エギルも、クラインも。

そしてアスナも。

ボスのHPはみるみる減っていく。

剣にはかなり強いようだが、打属性の武器にはかなり弱かった。

そのダメージ量がそれを物語っていた。

生産職でレベルを上げているリズベットのスキルでこのダメージだ、続けていけば難無く倒せる。

 

 

しかし、次の瞬間、ボスは高く跳躍する。

その新しい動きに、全員が驚き、上を見上げる。

そのボスは、そのまま落下してくる。

 

 

「お、おい…!」

「離れろぉ!」

 

 

ボスの真下にいる彼らは叫びながら走り出す。

しかし間に合わず、彼らは直撃を食らう。

周りにいたメンバーも、その余波に吹き飛んだ。

何人かはそのまま、ボスの目の前へと倒れ込んだ。

 

 

「っ…閃光、下がらせろ!早く!」

 

 

アキトは目を見開き、アスナの方へと視線を向ける。

だが、アスナはボスの後ろからソードスキルを放つ構えを取っていた。

仲間への指示もせず、ただボスだけを見据えて。

 

 

「ふ…ざけやがって…!」

 

 

アキトは駆け出す。

ボスと倒れ込む彼らの間に割り込み、ティルファングを構え、防御姿勢を取る。

ボスから迫り来る爪を、ダメージを受けながらもいなしていく。

そのダメージ量は、決して少なくない。

若干苛立ちながらも、アキトは後ろで倒れ込むプレイヤーに向かって叫ぶ。

 

 

「チィ…!おい、早くポーション飲め!離脱しろ!」

 

「あ…うあ……」

 

 

だが、そのプレイヤーはボスを見上げて震えるだけで、ポーションを飲むどころか、足が竦んで動けない。

恐らく、75層での大幅な戦力ダウンのせいで、最近最前線に参加する事になった血盟騎士団のプレイヤーだ。

ボス戦の経験が浅いのがここへ来て痛手となっていた。

 

 

「っ、おい!タンク、こっち来い!ヘイト稼げ!」

 

 

アキトは後ろで未だに動けないでいるプレイヤーからボスを引き離す為に、タンクプレイヤーに協力を煽る。

だが、誰もが動けない。いや、動かない。

どうしたら良いのか分からない輩もいるが、それだけではない。

何人かのその瞳には、嫌悪、憎悪にも似た何かが映っているように見えた。

恐らくそれは、アキトに向けられたもの。

攻略組の士気を高める為にアキトが取っていた態度がここへ来て裏目に出ていたのかもしれない。

 

 

(っ、今はそんな時じゃ…!)

 

 

「うおおおお!」

 

 

エギルが声を上げながらボスの側面に斧を振り下ろす。

ボスはその痛みのせいか、その頭を上げる。

アキトはそれを確認した瞬間、後ろにいる未だ動けないプレイヤーの装備を掴み、後方へとぶん投げた。

 

 

「っ!アキト後ろ!」

 

「っ!?ぐっ…!?」

 

 

隙を突くように、ボスがその爪をアキトに向かって振り抜く。

防御姿勢を取ろうとも間に合わず、その爪はアキトの腹部を直撃した。

 

 

「がはっ…!」

 

「アキト!…っアスナ!」

 

 

アキトは倒れ込んだまま動かない。

その激しいノックバックで気絶しているのかもしれない。

吹き飛ばされたアキトと入れ替わるようにアスナがボスの目の前に立つ。

リズベットはアスナを見て焦りを感じた。

攻撃の隙を突くように、アスナはレイピアを構え、貫く。

 

 

「せやあああぁぁぁ!!」

 

 

ダメージ量は大した事は無い。

ボスはアスナに向かってその尾を叩きつける。

アスナはそれを紙一重で躱し、そのまま<リニアー>を発動。

一際輝く細剣が、再びボスを貫く。

ボスは咆哮を上げ、その尾を突き上げる。

アスナはそれにいち早く気付くが、それでも間に合わない。

ボスは再び、範囲攻撃をすべく、その体を回転させた。

 

 

「くぅっ…!」

 

 

アスナを含めた何人かは、その攻撃にまた吹き飛ばされる。

決まった法則性で動いている筈のデータの塊が、柔軟に対応してきていた。

リズベットは体勢を立て直す時間を作るべく走り出す。

高く跳躍し、その甲羅にメイスを叩きつける。

その側面を、エギルとクライン、その他何人かが着実にダメージを与えていく。

 

 

しかし。

 

 

ボスがいきなり甲高い声を上げる。

瞬間、ボスから迸るオーラのような黒い突風が、周りのプレイヤーを吹き飛ばした。

 

 

「きゃあ!」

「うおおぉぉっ!!?」

 

 

彼らはそれぞれ違うタイミングで地面へと伏せる。

ボスは再び、その尾を突き上げる。

また、範囲技。

この一瞬とも言える感覚時間で、ボスは味を占めたかのように範囲攻撃を乱発してきている。

 

 

(このまま、じゃ…みんな…!)

 

 

攻撃が迫り来る恐怖に、リズベットは体が震えるのを感じる。

他のみんなも毒の状態異常に加え、万事休すともいえるタイミングでの範囲攻撃。

ゲームオーバーへのタイムリミットは、1分も無かった。

 

 

(…どう、して…)

 

 

ボス戦って…こんなに大変だったんだ。

いつも親友の帰りを待つだけのリズベットは、そんな事実を改めて突き付けられていた。

攻略組のプレイヤーは、いつもこんな恐怖に抗ってきたと。

分かってはいた。だけどきっと、分かっていなかった。

ただ、自分にも。

自分にも、何か出来るのでは、何かやれる事が、自分にしか出来ない何かがあるのではないかと、そう思っていた。

いや、そう願っていたのかもしれない。

 

 

アスナのあんな顔を、もう見たくなくて────

あの子には、笑っていて欲しくて────

 

 

キリトを失ったアスナには、もうそんな事は望めないのかもしれない。

これは自分の我儘だ。

だけど、それでも。

武器のメンテナンスをするだけで、彼女を見送るだけで。

もう、帰って来なかったら。

また、私の知らない所で、大切な誰かを失ってしまったら。

 

 

私はアスナに、生きていて欲しくて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてよ…キリト…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」

 

 

次の瞬間、復帰したアスナがボスの額に細剣をぶつけていた。

ボスはその攻撃により、範囲攻撃がキャンセル、一瞬だが仰け反った。

リズベットはハッとして顔を上げる。アスナはこちらを見る事もせずにボスへと駆け出した。

 

すぐに私も行かなくては。

けど体が……動かない。

リズベットは周りを見た。

既に毒を解除しているプレイヤーが何人か見られたが、攻撃しに行こうとしない。

 

アスナの豹変振りに、唖然としているのか。

どうしたらいいのか、分からないのか。

指示が無ければ、動かない、動けないのか。

リズベットはギリッと歯軋りする。

 

 

「何…してんのよ…っ!アンタ達、仲間なんでしょ!早く立って、あの子を助けなさいよ!」

 

 

誰でもいい。立って。戦って。

あの子を、助けてよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどのくらい経ったかなんて、アスナには分からない。

だが、ボスのHPは、もう半分も無かった。アスナの瞳には、ボスしか映っていない。自身にヘイトが集中していようが、HPバーが黄色く染まっていようが、構いはしない。

ただひたすらに、何も考えず、その細剣を突き続けた。

弱点、有効打、効率、連撃数、何も考えない。目の前のこのデータの塊を殺すか、それとも自身が死ぬか、それだけだった。

 

けど、もうそれでもいいと思った。別に死んだって構わないと。

もう、大好きなあの人は私の目の前から消えてしまったから。

これ以上は、耐えられそうになかった。

 

ボスは再び、その尾を振り回す。

その行動の速さに対処出来ず、何人かは吹き飛ばされる。

当然アスナも。

 

 

「アスナ!」

 

 

誰かが自分を呼ぶ。

けどその声もくぐもって聞こえた。

HPバーが赤く染まる。

これが目に入った事で漸く気付いた。

 

 

(あ…私、死ぬんだ…)

 

 

酷く冷静に、そう感じた。

けど、不思議と恐怖は無い。

寧ろ、なんとなく期待していた。

これできっと、彼の元へ行ける、と。

 

 

初めて、彼と共に戦った第1層のボス戦。彼と協力してボスを倒した、あの時。

どうせみんな死ぬと思っていた自分の目の前に、希望の光が差し込んだ気がした。

 

諦めなければ、ゲームをクリア出来る。

レベルを上げて強くなれば、ボスを倒せる。

現実に帰れる。

 

現実のアスナは、いわゆる『エリートコース』を歩く良家の令嬢だった。両親の指す道へと、何の疑問も無く歩むだけの、人形のような生活。だがその反面、狭く閉ざされつつある自身の世界に、恐怖や焦りを感じていた。

だから、兄の持ってきたナーヴギアとSAOを借りたのはきっと、そんな世界から飛び出したい思いがあったのかもしれない。

デスゲーム開始直後、そんな思いを抱いていた数時間前の自分を殴りたい気持ちでいっぱいだった。エリートコースから脱落する事で浴びるであろう失望や嘲笑に、アスナのは恐怖した。

だから、帰還後も周囲の心を繋ぎ止める為、事件を解決した英雄になろうとした事もあった。アスナの頭の中には、ゲームをクリアする事しか考えられなかった。

 

だから、このゲームを楽しんでいるプレイヤー達を見て、アスナは嫌悪感を抱いていた。こうして遊んでいる間にも、自分達の現実の時間は失われていく。何故そんなにゆとりが持てるのか、アスナには理解出来なかった。

そして、実力があるのに木の影で昼寝をしていたキリトの事も、始めは苛立ちを覚えていた。

けど。

 

 

『けど今俺達が生きてるのは、浮遊城アインクラッドだ』

 

 

そんな彼の言葉に乗せられて、寝転んだ芝生はとても気持ち良かった。

現実の事だけを考えていたのに、何故かその事実が忘れられなくて。

仮想の、偽りの世界でも、食べた料理は美味しかった。第1層でキリトと食べたあのパンの味を、アスナは今も覚えてる。

いつしかこの世界は、もう一つのリアルだと、そう思えるようになった。

それを教えてくれたのは、他でもないキリトだった。

第1層からずっと、コンビを組んでいた。けど25層からコンビを解消し、血盟騎士団に入ってからは、その負い目や副団長の責任もあり、彼に素直な態度を取れないでいた。

攻略会議で何度も反発し、決闘した事もあった。

自分に色んな事を教えてくれたの彼の事を、いつしか好きになっていた。

 

 

「アスナ逃げて!アスナ…アスナぁ!」

 

 

死に近付く親友に、リズベットは必死になって叫ぶ。アスナに向かって走るも、間に合わない。

ボスがアスナに迫る。その腕を高く上げ、突進してくる。アスナはキリトとの思い出に、その自身の気持ちを思い出し、涙を流しながら、迫り来るボスを眺めていた。

 

 

いつから、私は彼の事が好きだったのだろう。

いつから、彼の事が気になっていたのだろう。

キリトとの思い出を、アスナは思い返す。死が近付く事で、走馬灯のようにその記憶は脳を駆け巡る。

アスナは、ボスの突進を目の前に、何かを察したように笑う。

その頬は、未だに濡れていた。

 

 

ボスはもう、アスナの目と鼻の先まで来ていた。

 

 

 

 

 

ああ…そうか。

そうだったんだ。

私はもう最初から、初めてあった日から君の事を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────刹那。

 

 

ボスの側面を、何かが直撃する。

そのあまりの突進力に、ボスの軌道が逸れ、そのままアスナの横をスレスレで通り過ぎ、ボス部屋の壁へと激突した。

アスナは目を見開き、動かないボスを見やる。

 

瞬間、アスナの目の前に、黒い影が降り立った。

息を切らし、その顔には汗が見える。

その人は、最近になって現れた、ずっと気になっていた人。

顔は全然似てないのに、性格はまるで違うのに。

その姿、その雰囲気、私は知っている。面影が、重なる。

 

 

「…どうして」

 

 

助けたの、死なせてくれないの。

そんな言葉は、口に出せないほどに。

嫌という程に、何度も何度も重ねてしまう。

 

 

それは、私の唯一無二のヒーロー。

信じてた。いや、今も信じてる。

これまでも、これからも。

いつだって私を助けてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よう閃光、偉い醜態じゃねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私のヒーローに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







子どもの頃、私も友達とヒーローごっこってやった事があるんです。
友達となりたいヒーローの取り合いになって、喧嘩して。
泣かせてしまったら、「怪獣の役だから攻撃するのは当たり前だ」と先生に言って怒られたことも。
これじゃあどっちが正義か分かりませんね。
本当のヒーロー、正義の味方っていうのは、本当に大事なものを履き違えない事だと思います。
誰にでも優しいっていうのは無責任な事だとは思いますけど、それが正しい事もありますよね。


…って、作品関係無い…(´・ω・`)

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