ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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前だけを見るのは、全ての悲しみを誤魔化す為に。


Ep.1 攻略の鬼の復活

 

 

 

 

  アスナが攻略に復帰してからというもの、停滞していた攻略が、嘘のように捗った。

  というのも、その功績のほとんどは、その復帰したアスナによるものだったのだ。

 

  このところ変わってきているモンスターのアルゴリズムなどお構い無しに、その正確無比な突きを叩きこんでおり、その精度は、今までのアスナよりも洗練されたようにも感じる。

 

  そして何より、攻略の進行速度が異常だった。

 

  七十五層のボス戦後、その時にあったキリトの死とヒースクリフの消失によって、攻略組は混乱し、正直攻略どころではなかった。 七十六層に到達して、その後すぐに攻略を進めるパーティなど、どこにもいなかった。

  翌日になって、クライン率いる《風林火山》は攻略に出向いていたが、それだけだった。

  皆、クリアの可能性が薄れてきたことに絶望していたのだ。

 

  だがその二日後、アスナが前線に赴いた。

  その攻略速度は、この攻略が滞っていた三日間の遅れを取り戻してなおお釣りがくる程に速かった。

  その姿を、アスナを心配してついてきたリズベットとシリカは驚愕した。

  休みなく続く攻略、その突きに、一切の容赦を感じない。モンスターに向ける冷徹な瞳、辺りの魔物を蹴散らしてなお、その歩みを緩めない。

  まるで、以前の、《攻略の鬼》と呼ばれていた時の彼女に戻ってしまったかのように感じた。

  血盟騎士団のメンバーは、そんな強さを持つアスナを見て、再び活気を取り戻しつつあった。

 

 

  ──だが。

 

 

  そんな、無表情に見えて、本当はどこか苦しそうなアスナを。

  彼女をよく知るリズベット達は、とても見ていられなかった。

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

  七十六層 《エギルの店》

 

 

  その宿には、シリカ、リズベット、そしてクライン、カウンターを挟んでエギルが集まっていた。

  彼らからは、あまり良い雰囲気を感じなかった。

  彼らは黙って何も言わない。

  否。 何も言えなかった。

 

  あのアスナの狂気とも言える姿に、困惑した心持ちだったのだ。

  この静寂の中、最初に声を発したのはシリカだった。

 

 

  「…アスナさん…どうしたんでしょう…」

 

  「きゅるぅ…」

 

 

  カウンターに乗せられたピナも、心なしか落ち込んでいるように見える。

  リズベットは、そんなピナを撫でながら、震える口を開く。

 

 

  「…あんな攻略をこの先続けてたら…アスナがもたないわ…」

 

  「なあ、クライン。今日の攻略はどうだったんだ?」

 

  「お、おう。…日が沈む頃に迷宮区前に辿り着いたんだがよ、その前にフィールドボスがいてよ。そりゃあデッケー蜘蛛みたいなモンスターでな。明日、そのモンスター討伐の攻略会議を開くってんだ」

 

 

  アスナが前線に出て、丸二日。もう既にそこまで辿り着いたことに、エギルは驚いた。

  浮遊城《アインクラッド》が、上の層に上がるに連れて狭くなっているとはいえ、恐ろしい程の速度だった。リズベットがアスナを心配することにも頷ける。

  今日は店のことで攻略に出なかったリズベットは、クラインに恐る恐るといった感じで問いかけた。

 

 

  「…それ、アスナはなんて?」

 

 

  その質問に、クラインは溜め息を吐きながら答える。

 

 

  「さっき、日が沈む頃にフィールドボスを見つけたって言ったろ?もう暗くなるからこれで今日はお開きーと思ったらよ…」

 

 

 ──今から、街に戻って攻略会議を開きます──

 

 

  「あ、アスナが?」

 

  「ああ。こう暗くちゃあ、まともに戦えねぇって言ったんだが……中々折れてくれなくてよ」

 

 

  《攻略の鬼》と呼ばれていた頃のアスナは、ゲームクリアのみを目指したハイスピードの攻略をしていたが、それはあくまでも、彼女なりに安全と効率を考えた上のものだった。

  作戦も、キリトが納得しなかったものも含めて、効率は概ね良いものだとも言える。

  だが、今のアスナは安全や効率よりも、速さを優先している感じがした。

 でなければ、闇夜の中でフィールドボスの討伐など有り得ない。

  スキルである程度は視認出来るが、正確に攻撃をするのなら、多少時間はかかっても、日が昇るのを待つべきなのだ。

 

  この時のアスナは、『この三日間、攻略が進まなかった分、スピードを上げるのは当然』らしい。

  キリトが生きていた頃に見たアスナの面影を、その時のクラインは感じなかった。

  まるで別人のようだと、そう思った。

 

 

  「そう、なんだ…」

 

 

  そう呟いたリズベットを横目に、クラインとエギルは顔を合わせた。

  多分、お互いに同じことを考えているだろう。

 

  以前のアスナよりも荒れているだろうということに。

 

  今、アスナの心根にあるのはなんだろうか。

  キリトが死んだことによる悲しみ?

  クリアが遠のいたことによる焦燥感?

  最愛の人を殺した茅場晶彦に対する復讐心?

  色んな思いがないまぜになって、今のアスナが出来上がっている。

 

 

  ──アスナが自殺出来ないように図らってほしい──

 

 

  キリトはこうなることを予想していただろうか。

  アスナが、自身を殺した茅場晶彦に、復讐するかもしれないと。

  だがもし、あの異常な速度の攻略が、死に急ぐためのものだとしたら。

  アスナが死ぬのも、そう遠くない。

 

 

 

 

 

 

 

●○●○

 

 

  翌日、午前九時。七十六層 《アークソフィア》

 

 

  定例通り、フィールドボス討伐の際の作戦会議が始まった。

  前の層のボス戦で、攻略組の戦力が大幅にダウン。今、この場にいるのは、血盟騎士団所属のメンバーがほとんどだが、全くの新顔もいた。

  最前線で戦うプレイヤーは、どんどん減っており、今では500人もいない。

 なりふり構っていられなかった。

 

 

  クラインのエギルの参加は勿論、そこにはシリカとリズベットもいた。

  シリカは、最前線で戦うキリトの力になる為に、これまで必死のレベリングを続けていた。

 もう支えるべき人間は、この世のどこにもいないというのに。

 それでも、シリカはこの攻略会議に参加した。

 

  今のアスナを、見ていられないから。

 

  そんなシリカの決意を見たリズベットは、自分も行くと言い出した。彼女はマスターメイサーだが、それらは鍛治職によって得た経験値によるものだ。

 フィールドボスとはいえ、いきなりボス戦に赴くなど、危険極まりない。

 

  「お店のことより、アスナの方が大事でしょーが!」

 

  ということらしい。

  クラインもエギルもシリカも、そんなリズベットを見て、頼もしく感じていた。

 

 

  ───しかし。

 

 

  「フィールドボスの近くに、小さな村があります。そこまでボスをおびき寄せます」

 

 

  アスナの口から出た言葉は。

  キリトに言われたことの全てを、否定する言葉だった。

 

 

  「ボスがNPCを襲っている間に、一気に攻撃を仕掛けます」

 

 

  「…え?」

  「な…なんて…?」

 

 

  シリカは、何を言ってるのか分からないというように、素っ頓狂な声を上げていた。

  リズベットは、何を言ってるいるのか分からないといったような表情だった。

  クラインも、エギルも。なんなら今までアスナと戦ってきた攻略組よメンバーは。

  皆その作戦に動揺していた。

 

 

  「なっ…お、おい待てよ!」

 

 

  クラインは思わず声を荒らげた。アスナは耳障りだと言わんばかりに、イラついたような顔でクラインを睨みつける。

 

 

  「…何か?」

 

  「何かじゃねえよ!なんだよその作戦は!?」

 

  「ボスには、私達とNPCの見分けはつけられない。囮にするには最適です」

 

  「そんなことを言ってんじゃねえ!NPCは…」

 

  「アレはただのオブジェクトです。破壊されても、またリポップする」

 

  「…オマエさん、本気で言ってるのか…?」

 

 

  逆上するクラインに平然と返すアスナ。エギルは、そんなアスナを信じられないという顔で見つめた。

  かつてキリトに、NPCを犠牲にする作戦は認められないと。そう言われたはずなのに。

  アスナだって、それからはNPCを使う作戦は絶対しないものだと思っていたのに。

 

 

  「…あ、アスナ?…冗談…よね?」

 

  「本気です。これが一番効率的です」

 

  「っ…」

 

 

  リズベットの問いかけにも、冷静に、平然と。当然だろとも言いたげなその物言いに、クラインは段々と耐えきれなくなっていた。

 

 

  「キリトがこの場にいたら!そんな作戦はゼッテェ認めねえよ!」

 

  「お、おい!クライン!」

 

 

  エギルが制するも、クラインは止まらない。

 

 

  「だってそうだろ!アンタはキリトの思いを踏み躙ってんだろ!」

 

  「っ…」

 

 

  『キリト』という単語に、アスナは僅かに反応するも、アスナはその冷ややかな視線を変えなかった。

 

 

  「…そのキリトくんは…」

 

  「…あ…?」

 

  「そのキリトくんは…もういません」

 

 

  「っ…」

  「アスナ…」

  「アスナさん…」

 

 

  クラインも、リズベットもシリカも、そんな言葉を、アスナからは聞きたくなかっただろう。クラインもここに来て、自分の言ったことに後悔をし始めていた。

  エギルも、そんなクラインの肩を叩く。

 

 

  「クライン…言い過ぎだ」

 

  「っ…。…悪い、アスナさん」

 

  「…いえ」

 

 

  クラインは頭を下げて謝り、アスナは『何でもない』といった風に返す。

  その、キリトの死を『何でもない』ように振る舞うアスナを、ここにいる者達は痛々しく思った。

 

  何故こんなことになってしまったのだろう。彼らはただ、みんなでゲームをクリアしたかっただけなのに────

 

 

  あまりの痛々しさに涙がを流すリズベットをよそに、アスナは周りに宣言した。

 

 

  「私達は今、とても危うい状況です。戦力が圧倒的に足りない今、ゲームクリアを目に見える目標にするには、多少の犠牲は無視しなければなりません。我々には、時間が無いんです」

 

 

  正論だった。アスナが言っていることは、的を射た発言だった。もはやキリトもヒースクリフもいない。縋るものが少なすぎた。

 現実の身体も限界を迎えているはず。だから、仕方のないことだ。それは納得出来る。納得のいく発言のはずなのに。

 二年近くアインクラッドで暮らしていた彼らにとって、NPCはただのオブジェクトではない。この世界で暮らすには、なくてはならない存在だった。

 そんな彼らを犠牲にしてボスを倒す。あまりにも辛い選択だった。

 けど、ゲームクリアの為に、そう割り切るしか無かった。

 

  辺りが静寂に包まれる。

  静まり返った会議室で、アスナはふっと息を吐いた。

 

 

 「では、他に意見の無いようなら、今から一時間後、迷宮区前の村に向かいます」

 

 

  それを聞いたプレイヤー達は、次々に立ち始めた。回復薬の補充をしていない奴もいるだろう。この一時間で、準備を万全にしなければならない。

 リズベットはそんな中、すれ違っていくプレイヤー達をよそに、ただアスナだけを見つめていた。

 瞳が揺れ、体が震える。

 

 

 ────ああ……アスナは、変わってしまったんだ。

 そう実感してしまった。

 

 

  「リズさん…」

 

  「……」

 

 涙を流すリズベットに、シリカは寄り添う。エギルにもクラインにも、もうどうしようも出来なかった。

  見るに耐えないアスナの姿を、これからずっと見ていかなくてはならないなんて。

 

 

  アスナを先頭に、この部屋の出口に向かい出す攻略組を見て、四人はそう思った。

 

 

 

 

  「異議あーり」

 

 

  「…え」

  「っ…!?」

  「誰だっ!」

 

 

  突如発せられた声に、ここにいる全てのプレイヤーが振り向いた。

  その声のする方へ。

  その声の主は、人混みに紛れて見えないが、自らこちらに向かってくる。

 

 

  「二年間お世話になったこの世界の先住民様方に随分な態度だな。育ちの悪さが窺える」

 

 

  アスナはその発言に憤りを感じ、声のする方を睨みつける。

  クライン達も、その声のする方へ顔を向ける。

 

 

  今このタイミングで、《攻略の鬼》に歯向かうのは、どんな奴だと彼らは思った。

  だが、その姿を見た瞬間、シリカは。リズベットは。クラインは。エギルは。

 

 

 そして、アスナは。

 

 

  ───心臓が止まるかと思った。

 

 

  そのプレイヤーは、一言で表すなら、《黒》。

 そのコートも、ブーツも、髪も、剣も。何から何まで黒く染まっていた。

  彼らは、驚愕の視線を向けていた。先程まで睨みつけていたアスナでさえ。

 

 

  だって。

  だって、その姿はあまりにも────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「…キリト…くん…?」







アキト(め…めっちゃ皆見てくる……)

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