ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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この作品って、確かに言ってしまえば『キリトのパクリが主人公に成り代わってるだけじゃねぇか』と言われるとなんとも言えないんですよね。
何処まで面白く書けるか…(´・ω・`)
それを理解の上、これからも読んでくれると有難いです。
今回もあまり進まない上に、それほど面白くないかもですが、少し更新が遅くなったので長めになっております(´・ω・`)



Ep.16 辛い気持ち

 

 

変わるという事は、それまでの自分は死ぬと言う事。それは、過去の自分を否定すると言う事。

周りはそれを、『悪』と見なすだろうか。

だけど、それが悪い事だとは思った事は無い。

無かった事にしたい過去なんて、誰にでもある。それを肯定するかどうかは自分自身に委ねられるべきもので、他人にとやかく言われる筋合いは無い。

他人にどう思われようと、自分は自分であるべきだから。

アキトはずっと、今もそう思っている。

それはきっと、今までの自分が嫌だったから。

此処に来るまでの道のりは、長いようで、短いようで。

 

 

あれから一年経って、自分は変われただろうか。

強い自分に。誰かを守れる自分に。自分の誇れる自分に。

…他人を想える、優しい自分に。

 

 

きっと、変われていない。変わった、いや、変えたのは態度だけ。

それは過去の自分から逃げる為の、偽りの自分。

そんな偽物の自分は、他人を寄せ付けず、周りを見下す強者。

誰よりも繋がりを求めていた筈なのに、他人と関わる事が酷く恐ろしくて。

そんな過去を消し去りたかった。無かった事にしたかった。

だけど、そんな事は無理だった。

あの頃の自分を、あの頃の自分と繋がりを持っていた仲間を否定し、無かった事になんて出来なかったから。

 

 

矛盾している。理解している。

けれど、俺はこの矛盾の解き方を知らなくて。

 

 

だけど、それでも良いと思っていた。

キリトの大切なものを、守れるなら────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトがリズベット武具店に入ると、いつものようなもてなしが無かった。

不思議そうに周りを見ると、店の端の方で剣を持ったリズが何やらブツブツと何かを呟いていた。

アキトは暇潰しに来ただけだったので出直す事も考えたが、アキトはなんとなくリズに近付いた。

 

 

「…やっぱりパラメータが微妙ね…前のクオリティに戻るまで、まだまだ先は長そう…」

 

「……」

 

 

予想通り、鍛冶スキルを元に戻す為の鍛錬だったようだ。

76層に来て、商売道具でもある鍛冶スキルの熟練度を失った事は、リズにとって絶望でしか無かっただろう。

だがリズは落ち込む時間すら勿体無いと、ひたすらに武器を打ち続けていたのだ。

このアキトが手伝ったリズの76層に来てから作った武器の仕分け。

あれほどの量、きっと寝る間も惜しんで剣を作り続けていたのだろう。

そのひたむきなリズに、アキトは何とも言えなかった。

しかし、リズが急にコチラを振り向いた。

アキトはしまったと思いつつ、その場から動けない。

案の定、いきなり後ろに立っているアキトに、リズは驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「うひゃああぁああぁあああぁぁあぁ!!!」

 

「うおっ!?」

 

 

その悲鳴の大きさに、アキトも思わず体を震わす。

リズは腰が抜けたのか、尻餅をついてから立ち上がれない。

しかしその顔は怒りと焦り、驚きを顕にしており、リズは声を荒らげる。

 

 

「お驚かさないでよ!心臓止まるかと思ったじゃない!」

 

「…いや、扉開ける音なら聞こえただろ」

 

「はぁ!?そんなの聞こえな…っていうか、来るなら来るって連絡くらい…」

 

「そんなの、わざわざ言わなくて良いだろ」

 

 

アキトがプイっと視線をあらぬ方向へ飛ばす。

リズは腰に手を当て溜め息を吐く。

 

 

「…あたしがいなかったら、どうするつもりだったのよ」

 

「ここは店なんだろ?不定期な休業なんてしたら店としては二流だな」

 

「こっのぉ…ああ言えばこう言う奴ね…」

 

 

リズは立ち上がりながらそう言うと、アキトをジトっと見る。

アキトはバツが悪そうにあからさまに目を逸らし、店に陳列している武器を眺め出した。

リズはそんなわざとらしい態度に再び溜め息を吐きつつ、アキトに近付き手を差し出した。

 

 

「…何その手」

 

「は?武器のメンテナンスよ。昨日来たばっかりだってのにもう磨り潰しちゃったんでしょ?さっさと寄越しなさい」

 

「…あ、ああいや…」

 

「…ほら、さっさと寄越す!」

 

 

アキトはリズのその言葉に思い出したかのように鞘からティルファングを取り出した。

その反応が少し気になりつつも、リズはティルファングの耐久値を見る。

しかし、メンテナンスに来た筈なのに、ティルファングの耐久値はまだかなりある。

 

 

「何よ、耐久値全然減ってないじゃない。アンタの事だから、またすぐ磨り潰しちゃうと思ったのに」

 

「……」

 

 

アキトは何も言わず、リズから目を逸らしたまま。

返事をしてくれないアキトを不思議に思いながらティルファングを見つめた。

メンテナンスをする為に来た筈なのにティルファングの耐久値はMAXに近い。

確かに昨日メンテナンスには来たが、アキトの事だから耐久値は減らして来るものだと思っていた。

だがメンテナンスは必要無い。

つまり、この店に来たのはメンテナンスが目的じゃない。

そこまで思考が追い付いて、一つの答えに辿り着く。

リズは顔を上げ、アキトを凝視した。

 

 

「…もしかして、スキル上げの手伝いに来てくれたの…?」

 

「……」

 

「…アンタ…ホントにアキト…?」

 

「その質問何回してんだよ」

 

 

だが実際、リズがそう言うのも無理は無い。

ユイと共にエギルの店に帰ってきたあの日から数日、なんとなくではあるが、アキトの態度が柔らかく感じていたのだ。

リズ達は驚きで目を見開いていたが、アキトは知らぬ存ぜぬ。

周りから、主に攻略組のアキトへの印象は、キリトの真似事をした二流剣士というもの。

その発言は、アキトの態度と実力が気に入らない連中が言いふらした噂。

だがあの時、アキトと話すユイの顔はとても嬉しそうで。

あの噂を流した攻略組の奴らに、なんとなく憤りを感じた。

あんな笑顔のユイを、リズ達は初めて見たから。

 

 

「…アンタ、少し変わったわね。この前までは周りは皆敵、みたいな感じだったのに」

 

「…別に。自分のやるべき事を思い出しただけだ。…その為にヘボ鍛冶屋のスキルが必至なんだよ」

 

「ああーーー!? 言ってはならない事を言ったわねーーー!?」

 

 

その変わらぬ物言いに、リズも憤慨する。

こう大声で誤魔化してはいるが、今現在リズが一番気にしている事でもあった。

やっぱりコイツはキリトに似ていない。

そもそも、格好や雰囲気がキリトに似ているからパッと見てそう感じるだけで、実際、顔だけで言うならばそこまで言うほど似てはいない。

確かにアキトも、キリトと同じく中性的な顔をしてはいるが、何処と無くアキトの方が女顔感はある。

女性ウケが良さそうな綺麗な顔ではあるが、今の態度もあって、その目は鋭いものを感じた。

しかし、その鋭い筈の視線も、何故か儚げに見えた。

不思議に思うと、アキトが口を開いた。

 

 

「…けど、変わった訳じゃない。…以前の自分に戻ってるだけだ…人間、そんな急に変わらない…変わらねぇよ」

 

「…それは…そうかもしれないけど…」

 

「お前だってそうだろ?リズベット…お前だってそうやって取り繕って、自分を騙してる。本当は鍛冶スキル無くなったの、かなりショックなんだろ」

 

 

そのアキトの発言に、思わず目を開く。

その言葉は的を射ていたからだ。

スキルが無くなったと聞いて、来る客もお得意様も減る一方で。

上げれば良いと思ってただひたすらに、何も考えずに剣を打って。

そうやって誤魔化していた。

 

 

「…やっぱり、気付いちゃうか…」

 

「……」

 

「…何も、言わないんだね」

 

「…労いの言葉くらいなら言えるんだがな。俺は他人を励ます言葉を、何一つ知らないんだ」

 

 

だけど知っている。

自身を偽るそのやり方は、何一つ変えられないと。

変わるのは、そんな事を繰り返す度に摩耗していく自分の心だけ。

それでも、そんな哀しみに暮れるくらいならと、笑って誤魔化しては、またその変化無き日常を憂う。

彼女は今、スキルが無い事のショックを、スキル上げをする事で寧ろ誤魔化している。剣を打てばスキルがまた元通りになると考えている、というよりかは、剣を打っていれば嫌な事を忘れられると、そう考えている節がある。

だけど知っている。

そのやり方ではいずれ癇癪を起こす。

自分の感情を誤魔化せるのはほんの一時で、暫くすればまた思い出す。それも、誤魔化していた分、大きな波となって。

 

 

「…けど、ウジウジしてるわけにはいかないじゃない…今一番辛いのは、アスナだと思うから…」

 

「…は?」

 

「アンタにも分かるでしょ…?好きな人の死って、そう簡単に割り切れるものじゃない…アスナ、キリトの恋人だったのよ…?それでもあの娘は、それを誤魔化してる…クリアの為に頑張ってくれているの…」

 

「…それは違うな。アイツは死に急いでいるだけだ。自分の勝手な都合で引っ張った攻略組を置いて、一人で死ぬつもりなんだよ」

 

「っ…そんな事っ…!…そう、かもしれないけど…」

 

 

リズは俯いた顔をバッと上げてアキトを睨み付ける。

しかし、そのアスナの行動の理由を否定出来ないでいた。

そのアキトの表情は、どこか悲哀の情を感じた。

 

 

「…失ったのはアイツだけじゃない。この世界に閉じ込められて、恐怖で体が震えても尚、だからこそ繋がった奴らは何人もいる。だけどこの世界では誰だって簡単にその繋がりが切れる可能性があるんだよ。ここはゲームであって遊びじゃない。キリトの死は、お前らが遊んでたツケが回った結果だ」

 

「っ!そんな言い方…!」

 

「この世界の繋がりは、現実世界に帰るまで取っておくべきだったんだよ。現実世界とは違うこの世界は、所詮仮初めの世界。何人もの人が願った夢の世界、けどそれは人の業…。あるべき世界じゃない。恋人だの何だのは…現実に戻ってからするべきだった」

 

「そんなのおかしいわよ…この世界でだって、ちゃんとご飯は美味しいし、みんなと笑い合える…人と繋いだ手は温かいのよ…?」

 

 

それは、キリトに教えて貰った事。

繋いだ手は、こんなにも温かいのだと、そう教えてくれた。

だがアキトはその言葉を切り捨てる。

 

 

「この世界に来てしまったから、死んでしまった奴もいる」

 

「っ…」

 

「それも…みんなと笑い合う事も、人と手を繋ぐ間も無くな」

 

 

アキトのその言葉に、リズは返答する事が出来なかった。

確かに、この世界に来なければ死ぬ事が無かった人となんて沢山いる筈だ。

寧ろ、死の恐怖を感じたのはこの世界に来てからだ。

現実世界で、ここまで死について敏感になった事など無い。

アキトの言葉には、段々と苛立ちが見て取れた。

 

 

「誰だって人の死を目の当たりにする世界なんだ…閃光が自殺するなんて事、そんな道理が通る筈が無い…必死に生きようとしている奴らの目の前で命を捨てるなんて、そんな行為は許さない。辛いのはお前らだけじゃないんだ」

 

「…アキト…」

 

「…変に深く干渉するから、辛くなるんだ…現実世界のものよりも、こっちの世界の方が簡単に切れる…だからこそ現実に帰るまで強く繋がるべきじゃねぇんだよ」

 

 

そんな事、出来る筈が無い。

この地獄のような世界ではきっと、誰だって絆を求めてしまう。

アキトの言うように出来たら、どんなに良かっただろう。

キリトを好きにならなければ、ここまで辛く苦しく感じる事が無かったのだと言われれば、確かにアキトの言う通りなのかもしれない。

だけど、この好きになった気持ちは嘘偽り無いもので、無かった事にはしたくない。

 

 

「…けど、アンタのそれだって…誰にでも出来る事じゃ無い…間違ってるわよ…」

 

「…そうだな…知ってるよ」

 

 

アキトは踵を返し、リズベット武具店を後にした。

お互い、スキル上げの雰囲気ではなくなってしまった。

リズはその場にへたり込み、両手を地面に付いた。

きっとアキトにも、辛く苦しい事があったのだ。

理解しなきゃと思っていた。キリトの時とは違う。ちゃんと近付いて、知っていかなきゃと思っていた。

だけど、彼の言葉を聞く度に、こんなにも辛くなるなんて思わなかった。

アキトのあの考え方は、決して間違っていたとは言えない。

だけど、あの孤立した考えは、どこか歪んでいて、きっと寂しいものだった。

間違っていると思うのに、反論する事が出来なかった。

 

 

「…キリト」

 

 

今は亡き、英雄の名を、小さな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

76層アークソフィア街道。

まだ昼時で、その道にはプレイヤーで賑わっていた。

事情も知らぬまま中層から来てしまったプレイヤーも、今ではそれを受け入れたのか、仲間内で賑わっているのが見て取れた。

そんな彼らを見て、アキトは溜め息を吐く。

 

 

いつか失うかもしれないのに、何故そこまで楽しく出来るのか。

 

 

そこまで考えて首を振る。

いや、人の事は言えない。自身もエギルを助けたじゃないか。

あの時は無我夢中だった。失いたくないと思えたのだ。

まだ会って間もなかったあの巨漢を。

思わず笑ってしまう。

 

 

そして、またその顔を暗くする。

先程のリズとのやり取りを思い出した。

あの言葉、その全てが自分に返ってくるこの感覚が、どうしょうもなく嫌だった。

あの発言の何もかもが、自分を攻撃しているようで。

人の事など言えなかったのに、あれほど偉そうで。

一体自分は、何をしたかったのか。

 

 

きっと俺は、誰よりも弱くて、誰よりも孤独で。誰よりも繋がりを欲していて。

きっと、誰よりもキリトに縋っていた。

アスナと同じくらい。

 

 

「…ダメだな…ホント」

 

 

アキトは頭を掻き、街中の食店を眺める。

料理を作る気分でも無かった為に、何処かの店で済ませてしまおうと考えていた。

食べている間だけでも、この感情を忘れていたい。

そしてアキトは、なんとなく目に入った店の扉を開け──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ!ご主人さ……ま……?」

 

 

 

 

─── そっとその扉を閉じた。

 

 

「…今そんな気分じゃないんだよ…」

 

 

というか今の出迎えたメイド、どう見たってシリカだった。

そうして店の看板を見ると、どうやら店の名前は『あい☆くら』。

内装とシリカの服装をチラッと見るに、メイド喫茶らしい。

そこまで考えて、アキトの顔は更に暗くなった。

この店にうっかりとは言え、入ってしまったのは自分のミスだ。

ここでアキトとシリカが顔を合わせたという事実は、気不味さしか生まれない。

アキトからすれば、『シリカがここでバイトしてるのか』という疑問しか湧かないが。

だが逆にシリカからすれば、『アキトにメイド姿を見られた』という事実に何かしら思う事があるかもしれない。

なんなら、『アキトさんってこんな店に来るんだ…』といった感情を抱くかもしれない。

他人なら何を思われても構わないが、シリカは知人である。

これからも顔を合わせるとなれば、今回の事情は嫌でも思い出す。

アキトは自嘲気味に笑った。

そうだ。自分はもう二度と後悔しないと決めていたのに、自身の油断が今回の事件を招いてしまった。

やはり自分は、何も変わっていない。何度やっても失敗ばかりか…。

 

 

「…もう、俺は変われないのかもな…」

 

「何言ってるんですか!ちょっと、説明させて下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほどな、クエストか」

 

「はい…効率の良いクエストだったので…」

 

 

シリカの説明もあって、どうやら互いの誤解は解けたようだ。

シリカの今の仕事は、経験値の量が多い生産系のクエストらしい。

この店での店員、もといメイド。

シリカの容姿は幼いが、可愛らしいものだ。そのミニスカート型のメイド服も、彼女に合っていて似合ってなくもなくもなくもない。

 

 

「あの…あまり見ないで下さい…あたし、こんなちんちくりんなのなに、ふりふりのメイドさんなんて…」

 

「そうだな、分かった」

 

「…否定してくれないんですね…」

 

「どっちだよ…」

 

 

女はそういう所があるから難しい。

シリカのその視線から目を逸らす。

すると、この店の客のほとんどに睨まれているのに気付く。

大方、シリカ目当ての客だろう。

シリカ相手に欲情出来るなんて、相当な猛者に違いない。尊敬するあまり、視界に入れたくない。

ダメだ、こんな所にいたら自身も変態の仲間入りになる。

それに気付いたアキトは、溜め息を吐きつつ立ち上がる。

 

 

「…じゃ、事情も分かったし帰るわ」

 

「え…?食べに来てくれたんじゃないんですか?」

 

「いや、俺はお前がここにいる事自体今知ったし、この店に来たのも偶然だ。食べられるなら何処でもいいと考えて入った店だったんだが、ここはダメだ。論外で圏外で、管轄外で守備範囲外だ」

 

「そこまで…そ、そんな事言わずに食べてって下さい!あたし、まだちゃんとお礼もしてないのに…」

 

「お礼ね…クエスト見つけたのはお前だろ。それにメイド姿でお礼とか言われたら正直、そっち系の事しか思いつかん。悪いけどそういうのもお断りだ」

 

「そんなわけないじゃないですか!普通に!この店で!食べっていって下さい!」

 

「…分かったよ」

 

 

店の中で騒ぐわけにもいかない。

アキトはこうして、変態の仲間入りになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではアキトさん……じゃなかった!ご主人様、メニューをどうぞ」

 

「ああ…うん、どうもね」

 

「本日のオススメは、『あい☆くらカレー』と『あい☆くらオムライス』です!特にオムライスがお勧めです!ケチャップはお客様の前で、あたしたちメイドが愛情を込めてかけるんです!」

 

「…愛情、ね。…じゃあパスタで」

 

「…オムライスでもカレーでもないんですね…」

 

「愛情なんて言われたら期待するからな。ガッカリが大きいようなリスクは払わん」

 

 

アキトはそう言ってそっぽを向いた。

シリカは溜め息を吐きつつ、その注文を了承したのか厨房へと入っていった。

その間アキトのその目はどこか遠くを眺めていた。

愛情。その言葉の意味を模索する。

愛情とは何か。それは人を愛すると言う事と同義。

愛された人間は、自分が必要な存在なのだと気持ちが満たされる。

それを一番最初にくれるのはきっと肉親だ。

望まれない子ども以外ならきっと、誰もが親からの愛を受ける。子どもはそれだけできっと笑顔になれる。親という存在は子どもにとっては神であり、世界だから。

そんな愛情を、オムライスにケチャップをかけるだけで満たされるとは思わない。

それよりも、ここがクエストのための店という事は、プレイヤーによって後天的に建てられたものではないという事の方が重要だった。

 

 

つまり、この『あい☆くら』なるメイド喫茶はカーディナル、ひいては、茅場晶彦の設計という事。

 

 

「…愛に飢えてたようには見えなかったけどな」

 

 

アキトは、茅場晶彦の痩せこけた顔を思い出し、鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ご馳走さん」

 

「ありがとうございました!」

 

 

客に変わらず睨まれながら食べるパスタの味はまあまあだった。

長居するわけにもいかず、食べ終えてすぐに外へと踏み出す。

シリカが笑顔で入り口まで付いてきた。

しかし、その顔はすぐに真剣なものに変わった。

 

 

「…あの、本当にありがとうございました。効率のいいクエストを見つけられたのも、アキトさんのおかげです。もう少しで、あたしも攻略のお手伝いが出来ますね」

 

「…やっぱり、それが目的なんだな」

 

「…はい。最初は、キリトさんの役に立ちたくてここに来ました。だけど、キリトさんがいなくなったからって、ただ街中でクリアを待つなんて、そんなの嫌だって思ったんです…あたしも、アスナさんやアキトさんの、攻略組の力になりたいです」

 

「…そうか」

 

 

そこまで聞いて、アキトはシリカを見つめた。

あの時リズに言った言葉が頭を過ぎる。

辛いのはお前だけじゃない。

シリカも哀しみを抱えていて、本当は怖い筈なのに、それでも前を向く努力をしている。

まだ幼い彼女も、こうして必死に足掻いている。

そんな彼女の強さが、とても羨ましかった。

 

 

「まあ、頑張りな。そこまで面倒は見ないからな」

 

「…この前シノンさんに戦闘の仕方教えてたじゃないですか」

 

「…何故それを」

 

 

アキトはバツが悪そうに顔を顰める。

最近になって、シノンから戦闘の訓練をお願いされていたアキト。

部屋に来た時は扉を閉めたものの、段々と逆らえない雰囲気になり、結局折れて付き合っているアキト。

最近、シノンが何を考えているのか分からないまである。

 

 

「アイツは初心者だ。ちょっとした手解きは必要だろ。俺は何でもかんでも手伝えるわけじゃない」

 

「そうですよね…でも、ありがとうございました」

 

「……」

 

 

食べてる間だけでも、嫌な事を忘れたいと思って入った店だった。

思わぬ人物と出くわしはしたが、ここへ来て、なんとなく救われた気がした。

シリカはきっと、強くなる。だから、きっと大丈夫だ。

彼女のその強い心が羨ましい。自分も、そうなれたらと思った。

こんなに幼いのに、哀しみに暮れる事無く前を向くその姿が、その凛とした佇まいが、キリトのように見えて。

やはり、関われない、近付けないと思った。

自分は、必要無いと、そう言われているようで。

 

 

ああ…ここにも、お前の影がいるよ。

 

 

アキトは力無く笑って、その店の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様!」

 

「やめろ」

 

 

 





感想のgoodとかbadってどういう時に使えばいいか分からなかったんですけど、いい感想にはgood、悪い感想にはbadなんですね。
感想をくれればgoodします!ただ、『つまんね』とか『死ね』とか言われたらbadはせずなにもしません…心折れるから(涙)

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