「そういえばさ………百と椿は仲良いけど、いつから知り合ったの?」
それは授業の休み時間の時だった。ドア側の壁の端っこの席にいるモモの周りに集まって喋っていた時、響香がそんな事を聞いてきた。
「ん~……あれ?何処だっけ?場所が今一覚えてないや」
「酷くないですか!?」
「いや………だってだよ?私はただ両親に付いて行っただけだからね?いちいち場所なんて覚えてないよ」
「あれ?二人は学校で友達になった訳じゃないの?」
「違うよ?まあ、確かに小・中って同じ学校に通っていたけどね~。いわゆる幼馴染というやつですよ。幼馴染ならイケメンが良かったけど」
まあ嘘だけど。あんな鈍感系主人公みたいな奴の幼馴染ポジションなんかに、誰が進んでなるか。
なんなんだあれは。ラッキースケベとか絶対されたくないわ。マジで遠慮だわ。むしろ私がラッキースケベ起こしたいわ羨ましい。
そんな事を思っていると、視界の端でモモが机に突っ伏してしまった。
「さっきから椿が冷たい………!」
「ごめんごめん嘘だよモモ~。泣かないで。ほら、いい子いい子~」
拗ねてしまったモモにすぐ抱き付いて彼女の頭を撫でる。こうすると彼女は骨抜きになって大体の事を許してくれるのだ。
「はふぅ……」
「………あんたらの関係がよくわかんないよ」
「幼い頃からのスキンシップだよ。喧嘩すると相手に抱き付いて仲を再認識するんだー」
「へぇー………幼馴染ならではの仲直り方法か。いいねそういうの」
「私は公共の場では止めて欲しいと言っているんですが………」
モモが恥ずかしそうにそんな事を宣いやがった。
君は普段の個性発動の時とかコスチュームとか、もっと恥ずかしがらないといけない時があるでしょ!何なのその感性!?
「………モモがもっと周りの目を気にしたら止めてあげる」
「?私は常に周りを意識して向上心を養っていますわよ?」
「いや、そう言うことじゃなくてさー………」
はぁー………。あまりの勘違いな台詞に私は溜め息を漏らしてしまう。
大体さ。この抱き付いて相手に好意を伝える方法を最初に実行したのはモモでしょうに。
何をそんな恥ずかしがる必要があるのか………服装の件といい、この子の感性がマジでわからない。
まあ、そんな恥ずかしがるモモも可愛いけどねー。
今となっては恥ずかしがるモモになってしまったけど、子供の頃はよく一緒に何度も抱き付いたものだ。
あの時が懐かしい。
なにせこの好意のお陰で、私は今の私としてあり続けることができたのだから。
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お爺ちゃんが入院して二週間後の頃だ。再び私がモモに会ったのは。
お爺ちゃんが仲の良かった八百万家に連絡を入れ、私の面倒を見てくれるよう頼んだのだ。
私が引き取られてからと言うもの、モモの両親は私を家族の様に接しようとしてくれた。
でも………私はそれに応えることができなかった。
だって………あの人たちを受け入れたら、私の中で両親が死んだと認める事だったから。
私は二年間地獄のような稽古に打ち込むことで、両親は死んでいないと幼いながらの自己防衛として自分を誤魔化していた。
誰も家からいなくなった時、私は両親を求め続けることで、少しずつ自分を壊しながら何とか崩壊することに耐えていた。
そんな危うい均衡を続けた後だ。
これで二人と二度と会うことが出来ないなんて理解すれば、今度こそ私は壊れてしまう。
だから私はいつも逃げた。自分を守るために。
そして逃げる相手はモモも例外ではなかった………はずだった。
あの人たちは経過を見ようと私の好きなようにさせてくれてたけど、モモは違ったのだ。
あの子はずっと私を待っていたのだ。私に会えるのを。だからこそこのタイミングで私を逃したく無かったのだろう。
モモは逃げる私を追い続けた。そしてとうとう私は彼女に捕まってしまった。
『椿ちゃん!お願いだから逃げないで!』
『離してよ………私は一人が良いの』
一人の方が良いなどと、そんなことはある筈がなかった。毎日続く孤独の生活に私はボロボロになるほどだ。
一人は嫌いだった。お父さんに、お母さんに、もう一度会いたかった。
でも………私はモモに会いたくなかったのは本当だった。私の苦しみを理解しないでくっついて来るモモが酷く煩わしかったから。
どうせ会うんだったら両親が良いいのだ。暖かく優しいあの人達に会いたいのだ。
『ほっといてよ………私はさ、モモのことが嫌いなの。ウザいの。だからーーーーーー』
それでも彼女は私を放って置かなかった。それどころか私に思いっきり抱き付いて、押し倒してきたのだ。
驚く私に彼女はこう言った。
『そんなの関係ないわ!わたくしは……椿ちゃんのことが好きなの!大好きなの!!椿ちゃんと一緒にいたいッ……ずっと、ずっと待ってたんだもん……」
ギューッ!と私を抱き締めるモモの体温がはっきりと伝わってくる。
私は久しぶりに感じる誰かの体温に、感じ取れる相手の気持ちに、驚いて固まってしまった。
彼女の暖かさがツラかった。理解できてしまう彼女の純粋な好意が憎かった。抱き締められる心地好さがツラくて憎くて………どうしようもなく、安心してしまった。
簡単にこの拘束を剥がせるのに。簡単に彼女を振り払うことができるのに。
私は それが できない。
『ぁ………』
寂しかった。悲しかった。愛情をもう一度感じたかった。
彼女に抱き締められて感情が溢れ出てくる。涙が止められないのだ。
『ぅぅッ………』
『だからキライだなんて言わないで………?椿ちゃんがわたくしの事が好きじゃないって言うんだったら………わたくしは椿ちゃんが好きになってくれるまで、ずっとくっついてますわ』
あれだけ私の後をトコトコ付いて来るだけだった彼女が、意外と我が儘だと気付かされたのもあの時が初めてだ。
『勝手なことッ……言わないで、よ……!私は………貴女なんか………』
『ならわたくしはずっと椿ちゃんから離れません。ほら。早く好きになって?じゃないと離れてあげない』
『うる、さい……ぅぐっ………ふっぅぅ………なんで、こんなッ………』
涙を止めようと頑張っているのに、自分の意思に反して勝手に流れてしまう。
私の意見なんてまったく聞きもしないのに。ただ我が儘を言っているだけなのに。何故こんなにも満たされた気持ちになるのだろうか。
ずっとずっと両親を待っていた筈だ。
苦しい思いをした。悲しい気持ちを持ち続けた。それでも私は両親を待って待って待ち続けた。
私のことを一番知っているお爺ちゃんでもない。
仲の良かった友達や、同じ心月流の稽古に通って来ていた子達でもない。
同情の目を私に向けていた女中達さんでもない。
家族として扱おうとしてくれる大人達でもない。
ましてや何も私のことを理解していない、ただ後ろを付いて来ただけの女の子に、私は救われようとしている。
それが酷く嫌だった。頭では拒絶しようとした。
なのに………心が、私の言うことを聞いてくれない。
『ぐっぅぅぁ………んぅぅぅ………!!』
『聞き取れないわ。ほら、ちゃんと言って?』
何故あの時、私は彼女受け入れたのか明確な答えは無かった。
でも、これだけは確かだ。
きっと………私はただ単純に彼女という存在に惹かれてしまったのだろう。
だって…………こんなにも、私は彼女の側にずっといたいと、思ってしまったのだから。
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ギュ~~
「まだ言ってくれないの?」
「………待って。もう少しだから」
「えっ………なにが?」