東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
結界が割れる。
瞬間、集中砲火による爆炎が巻き起こる。
目を開けていられないほどの光量。離れていても髪がチリチリと焼けるほどの熱量。
幻想郷の住人による集中砲火は違うことなく全てマルクに突き刺さった。
だが、葬り去るにはまだ足りない。
「オ、オ、オ、オ、オ、オ、オッ!!」
くぐもったような、且つ甲高い笑い声を発しながら、タネを撒き散らす。
そのタネから生える、薔薇の荊。
普通の荊ではない。人の胴体を超える太さの、化け物じみたもの。
いや、気味悪くグネグネと蠢く時点で、最早化け物なのだが。
そんな化け物荊を転移を繰り返しながらばら撒くマルク。
すでに行動の目的も曖昧になりつつある。
理性を失ったマルクは、その濁った眼に映るものをただ破壊しようとするだけの存在へと成り下がったのだろう。
……いや、それはもはやマルクではない。
体は崩壊し、かろうじて形のみ保っている、執念だけの抜け殻じみたもの。
怨霊として蘇ったことを鑑みれば、それは魂だけが動いているようなもの。
狂った幻想に囚われ、幻想世界に蘇ったマルクの魂。“幻想のマルクソウル”とでも表現すべきもの。
「このままじゃ人里に被害が出るぞ!」
「弾が当たらないっ!」
「転移を繰り返しやがって!」
転移での翻弄は、幻想郷側への指揮系統を混乱させるのに十分であった。
理性がすでに消え去ったマルクソウルにそんなことを考える脳はない。意図せず起こったことだろう。
混乱状態で、狂化したマルクソウル相手にまともに戦えるはずがない。
何か、手はないのか。
自らも剣を振るいながら、戦闘を客観的に俯瞰していたメタナイトが、焦りと共に次の一打を考えていた時。
“不運”が目に見えてたちこめた。
黒い霧のように、質量を持って。
それはまるで、この世の不運を凝縮したかのような、そんなもの。
それがこの戦場に、突如として湧き出たのだ。
触れてはならない。
直感的に、全員がそう感じるモノ。
だがそれは、誰かに触れることはなかった。
その不運そのものが、避けるかのように。
いや、ただ一人だけ、その不運に触れたものがあった。
マルクソウルだ。
その不運そのものと言える霧に触れた途端、放った攻撃が、転移による回避にも関わらず、当たり出したのだ。
その不運が乗り移ったかのように。
その黒い霧の正体は、言うまでもない。
その発生源は、その人以外ありえない。
いつの間にか、戦地に厄神が……鍵山雛が降り立っていた。
「……今みたいに面制圧をしなさい。攻撃が集中しない分、威力は弱くなるけど、確実に当てることができるわ。それに、アレは溜め込んだ私の厄に触れた。今なら“不運”なことに攻撃も当たりやすくなっているわ」
そして雛は、魔理沙を、そしてカービィの方へ顔を向けた。
「さぁ、頑張りなさい。貴方には、為すべきことがあるのでしょう?」
カービィは頷いた。
一度だけ、力強く。
魔理沙はそれに応え、カービィを箒の先に乗せる。
そして、上昇する。
目標、暴走するマルクソウル。
この幻想を賭けて。
この魂を振り絞り。
この最終決戦に臨む。
「行くぜ!」
「ぽよっ!」
魔理沙の箒の両傍に星型のユニットが現れる。
ユニットから放たれるのは速射弾。狙いは甘めだが、弾速は速く、威力も高い。
箒の上で、カービィはスターロッドを振るう。
現れたのは星型弾……ではなく、お札。『博麗』の代わりに『桃球』と描かれたもの。
それが列状に並んだかと思うと、マシンガンの如く飛んで行く。
弾速は遅い。威力も魔理沙の物と比べると低い。しかしその命中精度は比較にならない。
高威力弾と精密弾の二重射撃。
互いの欠点を補う弾丸。
それは着実に、マルクソウルを追い詰めていた。
「ァァァアアアアハハハハハハ!!!」
だからマルクソウルは反撃に出た。
真っ二つに裂けるマルクソウル。
その体は赤と青の光に変わり……こちらに飛んできた。
「掴まってろ、カービィ!」
「うぃ!」
迫り来る二つの光球。それを箒の出力を最大に上げ、振り切ろうとする。
上、下、右、上、左、下、右……揺さぶりをかける。
だが、相手は二つに分裂している。つまりは二対一。
巧みに誘導し、いつの間にか片方が前に……つまりは、挟撃されてしまう。
「まずい、回り込まれた!?」
轟と空気を切り、こちらへ向かってくる。
しかし、魔理沙とカービィは、何もたった二人で戦っているわけではない。
「マッハトルネイド!」
「グングニル!」
「レーヴァテイン!」
「殺生石よ!」
飛来する無数の弾丸、攻撃、剣撃……それらが、二つの光球の軌道を逸らした。
二つの光球は再び融合し、マルクソウルの形をとる。
その間に魔理沙とカービィは大きく距離をとることに成功する。
「ォアアアアアアア!!!」
集中砲火によるピン留め。
転移の隙も与えない。
足止めの時間は、“溜め”には十分すぎるほどだった。
「今度こそ、最後だ!」
「ぽよっ!」
「『マスタースパーク』!」
「『夢想封印』!」
魔理沙の残魔力の全てをつぎ込んだマスタースパーク。
最早マルクソウルを包んでなお余るほどの極太のレーザーと化し、襲いかかる。
霊夢の力、奇跡の実の力、スターロッドの力を合わせて放たれた夢想封印は、陰陽玉の代わりに紅白の星が乱舞する。
それは、マルクソウルを優しく包み込むように、膨張した。
「ギぎぃィィィあぁぁああぁあああああああ!!!」
耳をつんざく絶叫が、光の中から聞こえてくる。
しかし、やがて悲鳴も薄れて行く。
断罪の光も、ゆっくりと、消えていった。
全ては終わったのだ。
この幻想は、狂化した魂に囚われることなく、生き延びたのだ。