東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「……予想は合ってたんだろうけど……誰よ、あんた」
「マルクはマルクなのサ! 本当はダークマターの連中とか、他のいろんなヤツの魂が寄り集まってできた怨霊だけど、ボクの心だけが表層に出ているのサ!」
「つまり合体した怨霊の一部、ってわけね」
「そういうことなのサ!」
「な、なんで!? チルノちゃんじゃないの!?」
冷静な霊夢に対して、大妖精はひどく取り乱す。
仕方あるまい。今まで友人として振舞っていた者が、全くの別人だったのだから。
「アハハハハ! 君には感謝しているのサ! この氷の妖精にダークゼロの力で乗り移ったボクの演技を、何ヶ月も信じてきてくれたからネ!」
「そ、そんなっ……」
「おい、大妖精!」
何ヶ月も騙されてきた。
その真実は大妖精の心を抉り、そして意識を手放した。
落下した大妖精を魔理沙は受け止めるが、目を覚ます様子はない。
「おっと、ついでにこれも返すのサ!」
途端、チルノの体がぐらりと揺れる。
そして、まるで脱皮するかのように、中からそれは現れた。
赤と青のリボンをつけた、白い身体。あらぬ方向を向いた、ぎょろりとした目。ニタニタと嗤う口。道化師のような靴。そしてフランドールの翼にも似た、虹色の結晶がついた黄色い翼。
それが、マルクの正体だった。
チルノの体を、マルクは魔理沙にポイと投げ捨てる。
なんとかチルノの体も受け止めるが、やはり目覚める様子はない。
その間に、マルクはスターロッドを掲げる。
「さぁ、ボクの願いを叶えるのサ、スターロッド! ボクの願いは……ぜーんぶ、ぜーんぶ、ボクのオモチャにすることサ!」
スターロッドは、願いを聞き届けた。
スターロッドからは光溢れ、マルクを包み込む。
その光を一身に受けたマルクの姿は、より凶悪に、より醜悪に歪められた。
常に凶相を浮かべ、白い体はくすみ、水晶は濁った姿に。
そして、その性質は怨霊から、邪悪な神へと変化していた。
「アハハハハ! うまくいったのサ! 全部、ぜーんぶボクの思い通り! 手のひらの上! おっほっほっほっほっ!」
狂った笑い声をあげるマルク。
しかし魔理沙は臆することなく、聴いた。
「一つ聞こうか、マルク。お前の目的はなんだ? さっきも言っていた世界の支配か?」
「それもそうだけど、そうじゃないのサ! ボクは、ボク達は怨霊! ならば恨みを晴らすのみ! 向こうで怨霊になったボクはこの幻想郷へ流れ着いた。そしてこの世界の真実に気がつき、幻想郷にボク達のいた世界の法則が適用されてスターロッドと夢の泉が出現した時から、ボクの計画は始まったのサ! 紅魔館へ仕掛けるのは文字通り命がけだったのサ! カービィの誘導は思わぬ事故のおかげでうまく言ったのサ。冥界へはもともと怨霊だからバレることなく仕掛けられたのサ。そうそう、そこの氷の妖精の記憶を頼りにカラスに仕掛けたのも簡単だったのサ! 月の都へはダークマインドの力で鏡を通して侵入できたのサ! ……途中で一個盗賊に奪われたりもしたケド。あとはバカなポップスターの連中に世界が“虚構”であることを精神に働きかけて教えるだけ! お前達の感情を操って是が非でもスターロッドを集めるよう仕向けるだけ! ぜーんぶ計画通りなのサ!」
「長々と説明ありがとな!」
魔理沙は怒鳴りながら八卦炉を構える。
そして迸るマスタースパーク。
だがマルクはそれを笑顔で迎える。
直後、マスタースパークは跳ね返された。
「うぉっ!?」
そして魔理沙のすぐ足元を抉った。
自身の魔力を注ぎ込むだけ放出する熱量が上がる八卦炉。それから放たれたマスタースパークが大地を熱で溶かしているのだから、魔理沙の怒りがどれほどか見て取れる。
「ダークマインドの鏡! レーザーなんて効かないのサ!」
狂い笑うマルク。
するとその横に、裂け目が出来た。
そこから出てきたのは、角のあるような、青いローブを着た球体。
「はしゃぐネェ、マルク」
「こんなの笑わない方が損だヨ」
「……誰だ、お前」
「おっと、名乗り忘れていたネェ。ボクはマホロア。よろしく」
「……マルクの一部かしら? それとも協力者?」
「後の方だネェ」
最悪だ。これ以上敵が増えるなんて。
そんな中、カービィが必死にマホロアに向け、何かしら訴えていた。
「おっと、ボクのこと信じてたんだネェ、カービィ。でもごめんネ、元々こういう予定だったんだヨォ」
「ぶぃ!?」
「……なるほど、どうやらお前はカービィ達を後ろから操ってたらしいな」
「そういうことダネ」
ケタケタと笑うマホロア。
そしてマルクが、トドメと言わんばかりに指示を出す。
「サァ、マホロア、最後の仕上げなのサ!」
瞬間、魔理沙は、カービィは、突如発生した裂け目に飲み込まれる。
いや、二人だけではない。
各地で戦闘を行なっていたメタナイト、藍、デデデ大王、萃香、ワドルディ、橙、全員がだ。
何か言葉を発する、それよりも早く、その次元の裂け目に飲み込まれた。
残ったのは紫。そして自分に術をかけていた霊夢。
「んん? おかしいナァ」
「はん! あんたの術なんて効くはずないでしょ!」
「初対面だと思うんだけどナァ? まあ、いいか」
マルクはへたり込む紫に近づく。
紫に関しては抵抗されたのではない。
あえて残したのだ。
「さぁ、ダークゼロの力を見るがいいサ!」
そのまま、無抵抗の紫に入り込む。
そしてあげた顔には、もう紫の心はなかった。
ただ瞳に狂気が浮かんでいる、ただそれだけであった。
●○●○●
「うぉおおおおお!?」
「ぽよぉっ!」
魔理沙とカービィはまとめて放り出される。
そして地面に落ちた途端。
「冷たっ! 寒っ!」
その身を刺すほどの寒さに震えた。
それもそうだろう。
辺りは吹雪き凍てつく、氷の世界なのだから。
彼方には幻想郷には見られない巨大動物の姿がある。
魔理沙は知らないだろうが、これが約一万年前の最終氷河期の地球である。
魔理沙とカービィはマホロアにより、時空を飛ばされたのだ。
最早、尋常な手段で戻るのは難しい。
凍てつく寒さの中、魔理沙とカービィは寒さに震えることしかできない。
そしてそこに、追い打ちをかけるようにそれは現れた。
白銀の世界に紛れ込むように、怪しく浮かぶ巨大な白い球体。
その中心から覗く、赤い目玉。
名は、ゼロ。カービィに討ち滅ぼされたダークマターの首領。ゼロはその巨体の一部を裂くようにして、赤いレーザーをいきなり放ったのだ。
「うぉっ、なんだあいつは! あれもマルクの仲間か!?」
魔理沙の予想は、正確には違う。
あれはマルクの分霊。スターロッドによって邪な神と化して作り上げたもの。
霊烏路空に宿る八咫烏の分霊同様、本体と同じ力を持ち、且つ分霊を行ったからといって本体が弱体化する訳でもない。
つまりは、純粋な戦力増大。
当然、分霊は何かに乗り移さなくてはならないので、ゼロも何かを依り代にして現界しているのだろう。
どちらにせよ、この劣悪な環境下では、魔理沙もカービィも本当の力を引き出せない。
寒さに体力は奪われる。感覚も鈍る。
それを見透かしたゼロはその巨体を活かした体当たりを敢行する。
大質量から繰り出される体当たりの威力は絶大。
哀れ二人をひき潰す。
……そうなるはずだった。
ゼロと、魔理沙とカービィ。その間に、氷の壁ができていた。
誰がやったのか。両者ともに困惑する中、声が響く。
「話には聞いていたけど、これはまた厄介そうね。あたしの相手に不足なしね」
声のした方を振り向き、そして目を剥く。
それはよく知った人物でありながら、全く持って信じられない姿をしていた。
それは10代後半くらいの少女。青い冴えるようなドレスを着て、そのドレスの上からでもわかる艶やかな肢体を備え、流れるような青い長髪を吹雪に流し、若々しく力強く、そして自信に満ちた顔に、芸術品のような氷の翼を持った者。
それは、紛れもなくチルノであった。
いや正確に表現するなら……氷に満ちた氷河の時代の姿、全盛期のチルノであった。
「話は聞いてるよ、カービィ、魔理沙。あたしに任せて。なんたって、あたしは最強だから」