東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
ひらり、ひらりと橙色の球体が舞う。
数多の弾丸が飛び交えど、数多の爪が振るわれど、数多の顎門が開らけれど、さりとてどれも橙色の球体には一つとして当たらず。
対して、橙色の球体が投じた槍は三つに分かれ、式神達を貫き葬る。
「くぅう!」
「どうしたの? まだまだ戦えるよ?」
歯軋りする橙を煽るように宙を舞うバンダナのワドルディ。
一体どういう原理かは知らないが、彼は何もない空中を踏み台にして跳ねるのだ。
そしてその空中移動方は高い機動力を持っていた。
式神が連続で放つ光弾をジャンプし続けて躱しまくるバンダナのワドルディ。
そしてついでにどういうわけか投げるたびに分裂する槍を用いてこちらの数を少しずつ減らしにかかるのだ。
「むぅ! 恐れるな! 突撃!」
バンダナのワドルディに畏怖し、動けなくなっている式神に橙は檄を飛ばす。
実際、この指令は正しい。
相手は中距離から近距離の攻撃手段を持っている。
そんな中、相手の攻撃の間合いで恐れによってウロウロするよりかは、幾らかの犠牲を承知で質量で押しつぶした方が良い。槍はあくまで突く武器であり、薙ぐ武器ではない。四方八方から襲いかかれば背後を確実に取れるだろう。
本当なら間合いの外から遠距離攻撃のできるものが待機し狙撃するのも良いが、橙ではそこまで頭は回らないだろうし、それにここはワドルディの建物が並ぶ場所であり、視界は良好とは言い難い。力の弱い式神がどこまで効果を上げられるかは定かではない。
結論として、この戦術は理にかなっている。
では適切な対応をされたバンダナのワドルディは何をしたか?
背を向け、背後にあった巨大な建物に逃げ込んだのである。
「逃すな! 追え!」
すかさず残った式神に追うよう命令を出す。
内部は広い空間が広がっていた。
美しい目地、床に敷かれたカーペット、所々にある調度品。
まるでどこかの王宮のようであった。
しかし今は……瓦礫で荒れ果てていた。
橙にこの場所を襲撃させた覚えはない。
つまりこういう惨状になったのは、橙の襲撃前。
一体襲撃前に何があったのか。
橙は考えたものの、残念ながら主人達ほどの頭脳は持ち合わせていない。
できない推理をするよりも、目の前の敵を殲滅する方が先。
そう素早く判断し、ワドルディを追う。
飛べる橙はまだしも、地を歩く式神は巨大な瓦礫を越えるのに難儀している。
しかしなんとかそこを踏破し、ワドルディが待ち受ける場所へとたどり着いた。
そこには、天井に開いた大穴から月の光が差し込む、なんとも言えない幻想的な光景が広がっていた。
光る玉座、筋を描く光。
そして、佇むワドルディ。
それを四方から囲む式神。
退路は無い。
「ふぅ。諦めたらどう?」
「お生憎様。ボクも大王様から命じられているんだ」
「ふぅん? でも勝敗は明らかじゃないかなあ?」
「かもね」
バンダナのワドルディは表情一つ変えずに、ただ突っ立っている。
それが何よりも怖い。
一体何を考えているのか、全くわからなくて。
しかし、それでも、こちらが有利なはず。
……有利なはずなのだ。
ゆっくりと式神は距離を詰める。
環状に、隙間なく、逃げられないように。
あと10メートル。
あと9メートル。
あと8メートル。
あと7メートル。
あと6メートル。
あと……5メートル。
その時。
バンダナのワドルディは足元に槍を突き刺した。
そして『ピッ』という何かが作動した音が鳴ったのだ。
そして、壁が、柱が、爆ぜたのだ。
あちこちで爆音が響く。
それに合わせて瓦礫が落ちる。
式神達が瓦礫の下敷きになってゆく。
道連れか?
いや、違う。
どういった原理かは不明だが、両手で持つ槍を振り回し、まるでヘリコプターのように浮き上がっているではないか。
そしてそのまま、天井に開いた穴から出てゆく。
嵌められた。
罠だったんだ。
歯軋りしながらも、橙はその飛行能力でワドルディが出た穴を辿り、外へ出た。
眼下には、跡形もなく崩れ去った建物がある。
飛べない式神達は下敷きになったことだろう。
すでに戦闘可能な式神は20体ほどのみ。
それもどちらかというと偵察がメインの鳥型の式神がほとんどで、直接戦闘能力に長けた狼などの式神は数体にまで減ってしまった。
「さて、かなり減ったね?」
「……まだまだ! まだこっちの方が有利だもん!」
「うん。まぁそうだねー。それじゃあボクも本格的に始めようかー」
そしてまた、ワドルディはバンダナからスイッチを押す。
すると瓦礫の山の向こうから、クラクションの音が鳴り響く。
橙はそれが何か知っていた。
八雲紫が時々話題に出す、外の世界の人間の足となっている、鋼鉄の機械、車。
時に空気を汚し、同族も傷つける道具だという。
突如現れたそれに、ワドルディは素早く乗り込んだ。
しかしその車は、橙が紫から聞いたものとは全く形態が違っていた。
橙の頭の高さまであるタイヤ。異様に分厚い装甲。バンパーに隙間なく取り付けられた、可愛らしい目と、凶悪な棘がついた球体。天井に設置された丸いフォルムの小型砲台。
モンスターマシンと表現すべきソレ。
全体から殺意が溢れ出ているかのようだった。
いや、事実そうだった。
腹の底に轟くようなエンジン音が鳴り響いた途端、それは爆走を始めた。
そして早速、狼と鹿の式神を同時に轢き殺した。
バンパーの棘玉で全身を貫かれ、マシンの重量で全身を砕かれた式神は、ほぼ即死であった。
しかしそれで満足するかといえば、違った。
瓦礫の山を物ともせず、華麗に方向転換し、こちらへ襲いかかってくる。
しかも、天井に設置された小型砲台が、空にいる鳥型の式神を撃ち落としてゆく。
「くう! 止まれ、止まれ止まれ止まれ!」
橙は妖力玉をモンスターマシンへぶつけてゆく。
しかし、頑丈であった。何度当てても、ビクともしない。
ようやくエンジンから火を吹き、ワドルディが慌ててモンスターマシンから飛び出た時には、すでに自分以外の式神はいなかった。
そして遅れて、その虐殺機械は派手に爆発する。
「もう……許さないよ!」
「……ごめんね。でも、ボクとて殺されるわけにはいかないからね」
橙はその爪で、ワドルディを殴りつける。
ワドルディは槍でいなし、後退する。
橙は光球を無数に飛ばし、退路を断つ。
ワドルディはいくつか被弾しながらも、無理やり突破する。
突貫する橙、躱すワドルディ。
優勢は素人目には橙に見えたはずだ。
だがすでに、橙には周りが見えていなかった。
だからこそ、致命的ミスをした。
橙の爪を、ワドルディは跳ねて避ける。
橙の爪は、ワドルディがいた場所をえぐる。
そこが、ワドルディ達が利用していた水道管だとも知らずに。
「わぷっ!?」
吹き出す高圧の水。
その水は橙に着いていた式神を流し落とすのには十分な水量だった。
力を一気に失った橙は、ずぶ濡れのまま、その場にへたり込んだ。
ワドルディは槍を構えたまま、橙に近づく。
そして槍を振り上げ……
「ぅうわぁぁぁあああああん!! 藍しゃまぁぁぁぁああああ!!」
「うひゃあ!?」
橙は大声で泣きだした。
驚いたワドルディは飛び上がり、その拍子にコロコロと後ろへ転がる。
「ぅわぁぁあああん!!」
「えええ〜、泣かないでよ〜……うーん、どうしよう、タオルあったかなぁ……」
殺戮が繰り広げられたワドルディ達の集落。
その瓦礫の上では、泣く化け猫とオロオロするワドルディ一人だけが残った。
イニシャルW……というより、世紀末。