東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
五枚目のスペルカード。
その名は「氷符『コルダ』」。
宣言した瞬間、辺りの気温が急激に下がったような感覚を覚えた。
いや、それは単なる気のせいではないのだろう。
ドラグーンに乗ったカービィはゆっくりと正邪を追尾する。
しかも、氷の高い密度の弾幕を同心円状に撒き散らしながら。
それはまるで氷を掻き分けながら進んでいるかのように見えた。
さらに、上空からは虹色の光が降りてきた。
虹ではない。光のカーテン、オーロラである。
厳密に言えば、オーロラのように見せた虹色の弾幕であった。
美しいグラデーションと波打ったような起動で正邪に降りかかる。
貧弱な語彙力ではこの幻想的な光景を正しく表現することはできまい。
美しい。それを見た者がなんとか言える言葉はこれだけであった。
とはいえ、その弾幕にさらされている正邪にとってはそんな光景を見る余裕もないのだろう。
正邪の残機はあと2つ。しかもまだまだ先は長いと見た。
先ほどまで見せていた余裕も若干鳴りを潜め、正邪も本気を見せてくる。
「チッ……氷妖精みたいなことしやがる!」
「なんだ、チルノもお前の捕縛に協力していたのか」
「ああそうだ! 自信満々に笑いながらな!」
どうやら、チルノにはなにか良くない思い出があるらしい。
そしてやはりと言うべきか、魔理沙の脳裏にはカービィの記憶が流れ込んでくる。
だが、その流れ込んできた記憶は、若干他のものとは違うものであった。
異様に周りの景色が流れてゆくのが早いのだ。超速で氷山を駆け抜けているように思えた。
さらに前方にはなんと色違いのカービィが、蝙蝠の羽を生やした紫系の色のボードに乗って超速で滑っているではないか。
いや、よくみればそれは若干浮いている。普通のボードではない。
そして当のカービィは、綺麗な直方体をしたなにかにまたがり、やはり超速で飛んでいる。
ヘアピンカーブも何のその。大して速度も落とさず曲がる様は熟練の技とも言えるものを感じさせる。
この感じはつい先ほども見た。レースだ。
さっきのは単純な徒競走だったが、今度は乗り物に乗ってのスピーディなレースに興じているのだ。
色々と気になるところもあるが、やはり一番気になるのは目の前にいる色違いのカービィだろうか。
カービィは唯一無二だと勝手に思っていたが……なるほど、生物として捉えるならば同種がいてもおかしくはない。
ただ、同種というがまるで生き写しであり、色以外の違いが見当たらない。
鏡からひょっこり現れたような感じすらする。
もしかしたら、目の前の色違いのカービィはカービィの分身なのだろうか。
それとも本当に単なる同種なのだろうか。
その部分がはっきりとわからない。
やはりまだ、カービィのいた『ゲーム』の世界は謎が多い。
カービィについて、知らないことが多すぎた。
そしてスペルカードは破られる。
続いて六枚目のスペルカードを切る。
スペルカード名、「寒星『こうじょうけんがく』」。
発動と同時に迫るのは……壁だった。
正確には、無数の弾幕が重なり合いできた壁である。
それが上と下から、正邪を潰さんと迫り来るのだ。
さらには妨害せんと歯車型の弾幕まで同時に放たれる。
弾幕の壁は止まる様子がない。
確実に潰そうとしている。
「畜生! なんだこれ! 反則じゃねぇのか!」
反則アイテムを使用する正邪が何をいう。
マジックボムを使用し、なんとか壁に窪みを作り、そこに逃げ込む。
時間が経ってようやくその壁は開き、正邪は解放される。
しかしこのままではアイテムを使いきり、いずれ潰されるのは時間の問題。
正邪はそれくらいは理解していた。
だから、持ち上がってゆく壁の表面を舐めるように、じっくりと観察する。
そして、あるものを見つけた。
それは、正邪が開けたものとは違う、別の窪み。
人一人が入れるくらいの窪みだ。
「……ああ、なるほど。カービィといったか? 甘いな、お前」
ニタリと正邪は不敵に笑う。
一度タネがわかればこの弾幕を攻略するのは簡単だ。
窪みを探し、そこに滑り込む。
ただ、それだけだ。
正邪達幻想郷の住人の飛翔能力は高い。
ならば、焦りさえしなければ滑り込むのは楽。
事実、正邪は見事にその弾幕を攻略してみせた。
そしてカービィの被弾数が一定になり、スペルカードは破られる。
呆気なく終わったこのスペル。
しかし魔理沙の脳に流れ込んでくる記憶は、そんなに優しくはなかった。
灰色の世界。外の世界は見えないが、しかし極寒の空気が伝わってくる。
そして、弾幕と同じように迫るのは、壁。
上から潰さんと降りてくる。
目の前でデデデ大王がシャッターを壊しながら進む。
一歩、また一歩、進んではいる。
だがしかし、それは微々たるものでしかなく、やがて……視界は黒くなる。
これは、死なのだろうか?
背中に氷柱を突き刺されたかのような寒気が、魔理沙を襲う。
しかし、次の瞬間には、また初めと同じ景色が脳裏に浮かんだ。
そして今度は、もっとスピーディに突き進む。
しかし、また潰される。
そして何度か繰り返し、ようやくその場所を切り抜ける。
こみ上げる達成感。
そして扉をくぐり……また絶望する。
同じように、迫り来る壁があったのだ。
これも、カービィの記憶なのだろう。
これはいわゆるカービィのトラウマなのか。
しかも、カービィは何度も『死んで』いる。
カービィは何度も蘇る存在なのか。
……いや、直感だが、無限ではないのだろう。
死ぬたびに、何か減ってゆくような感覚を感じたのだ。
これが残機と言うべきものなのか。
魔理沙はカービィと同じ恐怖を味わった。
そして次の恐怖は、また別の方向からの恐怖であった。
七枚目のスペルカード名、「Fatal error『0% 0% 0%』」。
出現するのは、左から青、赤、緑の縦長の板。
それが星と破片を飛ばしながら、崩壊してゆく。
それがランダムな弾幕となり、正邪を襲う。
しかも、崩壊してゆくたびに追尾式のレーザーや、花火のようなもの、さらには宝箱らしきものも飛び出してくる。
はっきり言ってしっちゃかめっちゃか。
そのしっちゃかめっちゃかさはその弾幕そのものが持つ破壊力をそのまま表しているかのようだった。
魔理沙の脳裏には、カービィの記憶は浮かばない。
だがしかし、確かに衝撃と恐怖、悲哀を感じ取った。
一体誰の記憶なのだろうか。
カービィの記憶ではないのは確か。
今感じ取っているのは、誰の感情か。
なんとなくわかる。
これはカービィ達の世界とも、魔理沙の世界とも違う、外部の者達の感情に思えた。
誰のものともわからない、謎の感情。
何か思いが含まれているのは確かであった。
その感情こもった弾幕は、確かに脅威であった。
正邪の顔からは余裕が消え失せている。
ボムも使用し、それでも油断できない。
高密度すぎる弾幕はじりじりと正邪を追い詰めていた。
それでありながら、正邪が被弾するよりも早く、カービィに一定数弾を当てることができたのは、カービィが弾幕ごっこに不慣れであったからだろう。
攻略できたのは、奇跡に近い。
しかしお互い、そのことになんの関心も払わない。
つまり、それだけ集中していたのだ。
八枚目のスペルカードも、宣言される。