東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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はるかぜと桃色玉

 カービィは2枚目のスペルカードを宣言した。

 

 スペル名、「春符『はるかぜとともに』。

 

 そして、弾幕は発動する。

 それは先ほどと似たような弾幕だった。

 降り注ぐ巨大なアイスの棒のようなもの。

 横から現れる星の模様のブロック弾。

 しかし唯一違うのは、リンゴの代わりに降り注ぐのは『桜』であること。

 その桜は途中で散り、五つの花弁型弾幕へと変わる。

 難易度は、先程よりも難しい。

 が、しかし、それは先ほどのスペルカードと酷似しているために、正邪にとってはなんの痛痒にもならなかった。

 

「おいおい、甘いぞ? さっきと同じような弾幕放ちやがって。舐めてんのか?」

 

 目を見開き挑発する正邪。

 それは強がりでもなんでもなく、今度はアイテムも使わずに間を縫って行く。

 

「うーん、やっぱりカービィはまだ弾幕には不慣れなんだよね」

「だと思うぜ。にしても……」

 

 やはり先ほどと同じように、何か記憶が流れ込んでくる。

 今度は色がついて見えた。

 丸っぽい木、おかしな形の丘、一頭身の者たち……

 それらはやはり、弾幕と同じように最初に見た景色と酷似していたのだ。

 

 ただ一つ、気になることがあった。

 この弾幕がカービィの記憶を基にしていると言うのならば、おかしな点。

 今放つ弾幕では、桜が舞い散っている。

 しかし流れ込んでくる景色には……桜の木が一本もない。

 カービィのいた世界の春には、桜がないのだろうか。

 ならなぜ、桜が今、弾幕として舞い散っているのか。

 

 ……幻想郷の春を、桜を、知ったからだろうか。

 カービィの脳裏にここで見た『桜』が強く印象に残ったのだろうか。

 『桜』を知ったカービィは、この記憶と弾幕に桜を重ねたのだろうか。

 

 答えは出ない。答えは出ないまま、その弾幕は攻略される。

 

「ヌルい。ヌルいぞ〜! その程度で私を捕まえられるかな?」

 

 煽ってゆく正邪を無視し、カービィはさらに三枚目のスペルカードを切る。

 

スペル名、「摩天楼『バタービルディング』」。

 

 そのスペルカードの宣言が完了した途端、二つの物体が現れた。

 それは巨大な火の玉と、金色の三日月のようなもの。

 それらが正邪の周りを高速で回り始めたのだ。

 それと同時に、火の玉からはレーザーが、三日月からは自機狙いの低速の星型弾が、高密度で飛来する。

 

「う、おっと。まだまだだな!」

 

 今度の弾幕は少々堪えたらしい。

 何せ、回転するレーザーにより強制的に正邪を動かし、なんども自機狙いの低速の星型弾が引っかかりそうになる。

 自機狙いはむやみに動かずに切り返すのがセオリー。

 しかし、火の玉による回転レーザーにより強制的に動かされるために、自機狙い星型弾が辺りに散らばりまくり、罠のようになる。

 

 その時、魔理沙の脳裏に浮かんだのは、塔の頂上で戦うカービィの姿。

 その相手は、太陽と月。

 昼と夜を繰り返しながら、今の弾幕のように星やレーザーを放っていた。

 

 カービィは、なぜ、太陽と月と争ったのだろうか。

 いや、そもそも太陽と月が、なぜ地表に現れているのだろうか。

 世界の作りそのものが違うのか。

 これが、『ゲーム』の世界だと言うのか。

 

「舐めんなよ、ピンク玉!」

 

 四尺マジックボムが炸裂し、その隙にカービィの被弾回数が一定に達する。

 打ち破られるスペルカード。

 しかしカービィは気にも留めない。

 また、次のスペルカードを切らんとする。

 

「なぁ、ワドルディ」

「ん?」

 

 魔理沙はおもむろにバンダナのワドルディに問いかけた。

 

「カービィは、一体いつから、どれだけの時間、戦ってきたんだ?」

 

 カービィの戦闘の記憶は、長い。

 デデデ大王からの話やメタナイトの話から、相当の数の冒険に、危機に、遭遇しているはずだ。

 一体どれだけの年月を、カービィは過ごしたのだろうか。

 

 ワドルディの答えは、ごく単純。

 

「長い時間だよ」

「なんじゃそりゃ」

「何って、長い時間、カービィは戦っているよ」

「具体的には?」

「さぁ? 少なくとも十年は戦っているのかなぁ? 十よりたくさんはよくわからないね」

「十年……いや、少なくとも、か……」

 

 十年をはるかに超える年月を、カービィは子供のまま、危機を超えてきたのか。

 彼らに時間はないのだろうか?

 『ゲーム』の中の彼らに、『成長』と呼ばれるものはないのだろうか。

 まるで……カービィたちが、なにか巨大なものに絡め取られているかのようだ。

 

「なぁ、お前たちは、幸せなのか?」

「平和でいいところだよ?」

「なんども危機が迫っているのにか?」

「うん。それでも、平時は呆れるほど平和だよ。夜寝て、朝起きて。ご飯を食べて、空を眺めて、昼寝して、散歩して。ボクは大王様の手下だから、お城の警備をしたり、お掃除したり、ちょっとしたお仕事もするよ。大王様の手下じゃないワドルディは本当にその日その日をゆったりと生きているよ」

「そうか……」

 

 幸せではあるようだ。

 確かに、色々と謎技術を持っていながらどこかのんびりとしていて抜けている彼らにとって、『時間』と言うものは特に気にする必要のないものなのかもしれない。

 

 カービィは、どう思っているのだろうか?

 

 スペルカードが宣言される。

 

 スペル名、「激突『グルメレース』」。

 

 カービィを起点にして、まるで噴水のように大型の弾が放たれる。

 放たれた弾幕は、どこからどう見ても食べ物に見えた。

 

 リンゴ、メロン、バナナ、イチゴ、ブドウ、モモ……

 果物だけではない。ピーマン、キュウリ、トマト、キャベツなどの野菜。

 さらには紙パックに『牛乳』と書かれたもの、カレーライスなどの料理や、コップに入ったジュースなどもある。

 ありとあらゆる食べ物が降り注ぐ酒池肉林の弾幕。しかも、その弾幕には隙間がない。

 さすがにルール違反ではないか、とは思ったが、ここでカービィがまさかの行動を取る。

 

 カービィは一度弾幕を止めると、その食べ物型弾幕を食いだしたのだ。

 おかげでカービィが通った後には隙間が生まれる。

 隙間のない違反弾幕から、食った後の隙間を縫って攻略して行く弾幕へと様変わり。

 食い意地張っているカービィらしいと言うべきか、かなり変則的な弾幕。

 

 あっけにとられている間にも、魔理沙の脳裏には記憶が流れ込んでくる。

 

 長くどこまでも続く道。

 その進路上のあちこちに配置された食べ物。

 そしてそれを食べながら駆け抜けるカービィ。

 その隣には、同じように食べ物を食いまくるデデデ大王がいた。

 一体何をやっているのかさっぱりだったが、あるものが見えてきてようやく理解した。

 カービィ達の目指す先。そこにはワドルディ達が張るゴールテープが待ち構えていた。

 そこにデデデ大王を突き放したカービィが飛び込み、クラッカーが鳴らされる。

 踊るカービィ、悔しがるデデデ大王。

 

 レースだ。パン食い競争のようなレースを行なっているのだ。

 もっとも、食べる量はそれとは比べ物にならないが。

 

 なるほど、これはカービィの『冒険譚』と言うよりかは、『楽しかった思い出』の具現なのだろう。

 

 これを見た魔理沙は安心した。

 カービィも、負けたデデデ大王も、周りで見ていたワドルディ達も、皆、楽しそうに見えたのだ。

 

 ただ、この弾幕を受ける正邪は面白くないようだった。

 

「ちっくしょお! ふざけやがって!」

 

 みれば、服に生クリームがべったりついている。顔にも僅かについている。

 どうやらあの変則的な食べ物型弾幕に被弾したようだ。

 弾幕ごっことしてはシュールな光景に、魔理沙も思わず吹き出した。

 

「おい! 笑うな!」

「食べ物は粗末にしちゃいけないぜ? カービィみたいに食わないとな!」

「うるせぇ!」

「……おいしそう」

 

 悪態をつきまくる正邪。

 しかし、それでもここまで鬼畜弾幕を避けてきた実力は確かなようで、なんとか攻略する。

 カービィも、さらに五枚目のスペルカードを切った。


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