東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
追跡と桃色玉
カービィはただひたすらに追っていた。
ドラグーンで空を駆け、果てを目指して。
何を追っているのかは、自分でもわからない。
曰く、幻想郷を破壊しようとした邪気。
曰く、性格が何処までも捻くれた天邪鬼。
曰く、ただ単に素直になれない小鬼の子。
それは、誰からも嫌われたいように見えた。
それは、誰からも好かれたいようにも見えた。
それは、ただ自分が存在したいだけのようにも見えた。
とにかくそれははっきりしなかった。
ただハッキリしているのは、それが下剋上を狙って幻想郷を『ひっくり返そう』としたことだけ。
この話は数週間前に遡る。
ある時、自分の道具が付喪神化し勝手に動き出すという怪奇現象が起きた。
不思議な事に、その時はその異常事態でも皆なんとも思わなかった。
だが、普段おとなしい妖怪が暴走するという事態が起きてからようやく『異変』である事が判明した。
それからの行動は早かった。霊夢は鬼気迫る勢いで神社を飛び出し、紅魔館のメイドもナイフを仕込んで飛び立ったという。
その時、カービィは動かなかった。
なぜならば、首謀者は『弱者の救済』を謳っていたから。
だから、カービィは手を出しづらかったのだ。
だが魔理沙は八卦炉を装備し、異変解決のために何日か家を空けた。
その時こそカービィも心配した。がしかし、魔理沙は勝利宣言をしながら家へと帰ってきた。つまり、異変解決。
その異変は、『打ち出の小槌』と呼ばれるアイテムを持つ小人を唆した天邪鬼によって引き起こされた異変だったそうだ。
その天邪鬼は下剋上を狙っていたそうだ。
皆がその天邪鬼を嫌っていた。
皆が目の敵にしていた。
愛すべき幻想郷を壊そうとした者だと。
だがカービィはその天邪鬼に、何か感じるものがあった。
なぜ、下剋上を狙ったのだろうか。
なぜ、全てを敵に回してまで。
何か抱えているものがあるのではないだろうか。
そう、カービィが今までに打ち倒した者たちのように。
もし、手遅れでないならば。
もし、間に合うならば。
そんな矢先に、ある御触れが出た。
『天邪鬼を捉えたものに褒美を与える』と。
それを見た魔理沙はまたも家を飛び出した。
カービィは留守番している間、迷った。
しかし、後悔はしたくなかった。
気づけば、カービィはドラグーンに乗っていたのだ。
かの者を追わんと、カービィも家を飛び出したのだ。
それが御触れが出されて7日目の事だった。
すでに今日で8日目。一夜明けても尚カービィはドラグーンで駆ける。
顔も知らぬ、誰かのために。
●○●○●
「あーばよっ!」
「ああっ! くっそ、逃げられたか……」
ヒラリヒラリと反則アイテムを駆使し、鬼畜弾幕を避けるのはお尋ね者の鬼人正邪。
赤と白のメッシュ入りの黒髪や白、赤、黒で規則的な模様の入ったワンピースを纏う少女にみえるが、小さな角が人外であることを示している。
正邪は弾幕を避けるついでに身を隠し、何処かへと消えてしまった。
正邪の姿を見失った魔理沙は悔しそうにその三角帽子を脱ぐ。
「くぅ、もう少しだと思ったんだがなぁ!」
しかし、今闇雲に追ったところでどうしようもない。
今は引く時だ。
それに、家ではカービィも待っている。
一週間前から早朝に出て、深夜に帰るという生活を繰り返している。さすがに家にいるカービィがかわいそうだ。
そう思って切り返した矢先。
視界の端に、流星が映った。
だがそれは普通の流星とは違い、魔理沙と同じくらいの高度を水平に飛行していた。
放つのは様々な色の光が混じり合ったような尾。
その流星は、何処か焦っているように見えた。
その色に、魔理沙は見覚えがあった。
ドラグーン。
それが飛行した後に伸びる尾。
魔理沙にはそれにしか見えなかった。
そして、ドラグーンだとするならば、乗っているのはただ一人、彼しか考えられない。
「カービィ!?」
なぜ、カービィがドラグーンに乗っているのか。
なぜ、こんなに焦ったように飛ばしているのか。
魔理沙は進路を変え、カービィに追いすがろうとした。
ドラグーンのその超機動力によるものか、高速で移動しながらもうねうねと蛇行をしているようだった。
それはまるで、何かを探すような仕草。
主に飛び回っているのは、森や雑木林や竹林などの、障害物が多く人のあまりいない場所。
その上空を飛び回っているようだった。
魔理沙はドラグーンが蛇行している航路を直進し、追いすがろうとする。
だが、ドラグーンは蛇行時の速度すら箒を上回っているようで、見る見る距離を離されて行く。
しばしば進路を変えることもあり、遂に魔理沙はドラグーンを見失ってしまった。
「カービィ……一体、何をしようとしていたんだ?」
その日、カービィは遂に魔理沙の家に帰らなかった。
●○●○●
御触れが出て8日目の日が落ち、遂に天邪鬼の捜索が困難になったカービィは、この日の捜索を断念した。
何処か泊まるところを探そう。
昨日は木の上で眠った。
今日は何処で眠ろうか。
カービィは野宿というものは嫌いではない。
昔、カービィは旅人だった。
プププランドの居心地良さから、ある時からプププランドに住むようになったが、昔は家無しだった。
ちょうど春にプププランドにやってきたから『はるかぜとともにやってきた旅人』なんて呼ばれたのは懐かしい思い出だ。
旅をしていた時は方々を回って家に泊めてもらったりしていた。
なら、今日は久しぶりにそうさせてもらおうか。
……いや、魔理沙の家にだって泊めてもらっているのだ。別に久しぶりではない。
……魔理沙は心配しているのだろうか。
しかし、湧き上がった寂しさを振り払い、自分の為すべき事を為さんと辺りを見回す。
すると目に入ったのは、ワドルディの集落だった。
人里の人間は寝静まる夜だというのに、ワドルディ達はまだ活動しているようだった。
やはり明かりの効果は凄まじい。
カービィは少し迷った後、そこにお邪魔することにした。
体格も同じだし、自分たちの数もよくわかっていないようだから、一人くらい増えたところで問題ないだろう。そう考えてのことだ。
ただ一点を除いて、その考えは正しい。
残念ながら自分にかかる食費のことはすっかり頭から抜け落ちているようだ。
重要なことが頭から抜け落ちていることに気づかず、カービィはワドルディの集落に近づく。
そしてカービィは驚いた。
そこにはいつの間にか、小さいながらも『デデデ城』が出来上がっていたのだ。
しかも、その正面玄関前には中から発せられる明かりによって、とんがり帽子の人間の少女のシルエットが浮かんでいる。
そう、霧雨魔理沙のものであった。