東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
魔法の森の、少しばかり奥まったところ。
そこには、幻想郷には似つかわしくない建物が建っていた。
幻想郷は日本の古い村のような景観が特徴であるが、この建物は違う。
白い外壁、ガラス窓、煙突……それは西洋の建築様式で建てられた一軒家であった。
幻想郷になぜこのような場違いなものがあるのか。
その理由はいたって単純である。そこに住まう者の趣味だ。
その家はいつもは静かなのだが、今日は中から騒がしい声が聞こえてくる。
「ってなわけで、研究の手伝いよろしくな、アリス」
「……よろしく」
「まさか紅魔館の魔女が出張ってくるとは驚きね」
その家の広い書斎、もしくは研究室らしき場所に、見慣れた少女二人と見慣れた桃色玉一人、そして見慣れない少女が一人、椅子に座っていた。
見慣れた少女二人とは、魔理沙とパチュリー。見慣れた桃色玉とは、当然カービィ。そして見慣れない少女こそ、魔理沙に名前を呼ばれ、この場所を三人に提供したアリスという少女である。
ボブカットにされた金髪にカチューシャを乗せ、青いワンピースを着た、まるで中世の中流階級の娘のような格好をしており、まるで人形のようだ。
そしてその周囲には、同じような格好をした人形がなんの支えもなく浮いている。
彼女こそ、アリス・マーガトロイド。
彼女もまた、パチュリーと同じ種族としての魔女である。
気難しい性格ではあるが、それでも二人にこの場所を提供したのは生来の優しさと、やはり魔女としての知的好奇心なのだろう。
なにせ、いきなり二人が押しかけてきたと思ったら「カービィの研究をさせてほしい」と言って未知の生命体を見せてきたのだ。そりゃ好奇心も刺激される。
そんな訳でアリスは渋りながらもこの場所を提供したのだ。
だが、いくつか気になる点がある。
「……なんで怪我しているわけ?」
魔理沙とパチュリーの姿はちょっと痛ましいほどだった。
あちこちに貼られた絆創膏。ところどころ見える包帯。至る所にある打ち身。
肉弾戦の得意でないはずの二人が、まるで乱闘でもしたかのような有様。
それを聞いた途端、魔理沙の目が泳ぐ。
「あ、ああ。簡単に言えば実験……いや調査事故? みたいな」
よく見れば、パチュリーの目は焦点が合っていない。
何やら触れてはいけないものに触れてしまったようだ。
「そ、そうなの。分かったわ。あと、なんでうち? 紅魔館の方が設備いいんじゃないの?」
「……今工事中よ。事故で」
「あ……御愁傷様」
やっぱり触れてはいけないことのようだ。
早く研究内容について触れた方が良さそうだ。
「で、カービィって言ったわよね? この子の何を調べようとしているのかしら? 解剖?」
「ぽよっ!?」
「おいおい、冗談はよしてくれ。私の同居人だぞ?」
「あら、そうなの。まさか魔理沙と同居しているとは思わなかった。てっきりそこらから捕まえてきたのかと」
「そんなわけないだろう。カービィは子供っぽいが、頭はいいぞ」
確かに、よくよく観察して見れば若干子供っぽい行動はあるが、知性は感じさせる。
「調べるのは、こいつの『コピー能力』だ」
「コピー? どういうこと?」
「みたら早い。そうだな……カービィ、この葉っぱをコピーしてくれ」
「ぽよ!」
カービィに渡したのは、なんの変哲も無い単なる葉っぱ。それを吸い込み、飲み込む。
するとカービィの体は輝き、その光が収まった時には葉っぱを被ったような姿に変わっていた。
「これは……確かに不思議ね」
「だろ? 他にもいろいろあるらしいんだが、種類にきりがなくてな。とにかく無茶苦茶バリエーションがある」
「それを調べたいってことね。……例えば何を食べさせたの?」
「いろいろだな。鳥とか水とか薬とか毒とか剣とか」
「……食べて平気なの?」
「これが平気なんだな。前は車輪とか爆弾とかも食べていたな」
「……むしろこの子の胃袋の方が謎だわ」
「はは、確かに。平気で体積以上食べるしな」
「とすると、もう使わない古い道具とかもコピーの対象なのかしら。ちょっと待ってて」
アリスは席を離れ、何処かへと行く。
そして戻ってきた時には、その手には木箱を抱えていた。
その中には様々なガラクタが入っている。
「このゴミもコピーの対象なのかしら」
「ついでにゴミ捨てしようとしてないよな?」
「まぁ、ゴミだろうとなんだろうと、カービィは遠慮なく食べるみたいなんだけどね」
「……ほんとにこの子の体どうなってんの?」
「ぽよ?」
ガサゴソと木箱の中をまさぐり、アリスはあるものを取り出した。
それは、メガホンだった。
「これもいけるのかしら?」
「「やめろ」」
「アッハイ」
なぜかメガホンを取り出した瞬間、二人から凄まじい殺気を感じた。
衝動的にメガホンを窓の外へ投げ捨て、気を取り直してもう一度別のものを取り出す。
取り出したのは、古びた鏡。
「例えば、こんなものでもいいの?」
「多分ね」
「やってみないと何が出るかはわからない」
「それじゃあ……」
カービィは鏡を飲み込む。
すると淡い赤と緑の道化のような帽子を被り、ステッキを持ったカービィが現れる。
「鏡を飲んで、ピエロが出てきた?」
「道化師……か」
「……パントマイムじゃないの?」
「そうなのか? カービィ、その状態で何ができる?」
「ぽよっ!」
いまいち姿からは何ができるのかわからないため、カービィに答えを教えてもらう。
するとカービィは周りに虹色のバリアを張ったのだ。
すると、ピンときたパチュリーが魔理沙に提案する。
「魔理沙、そのバリアに何かぶつけてみて」
「え? ああ」
質問の意図がわからず、魔理沙はとりあえず小箱の中のボールを投げ、ぶつけた。
するとボールはバリアに当たった途端、運動エネルギーはそのままに、向きを全く逆にして飛び出した。
当然、魔理沙の顔面にクリーンヒットする。
「痛っ!」
「ふむ……鏡を飲むと、攻撃を反射するバリアを張れるようになるのね」
「へぇ、確かに面白いわね」
「パチュリー、お前わかっててやらせたろ!」
「さ、次いきましょ」
「おい!」
魔理沙の抗議を見事に無視すると、次にアリスが取り出したのは小物入れだった。
「それにしても、無機物をなんとも思わず食べるのね……」
「やっぱりカービィの胃の仕組みの方が気になるわ」
「宇宙と繋がっていたりするかもな」
「そんなバカな」
アリスは使わなくなった小物入れを渡してみる。
やはりカービィは何も躊躇わず飲み込み、体が光に包まれ……ない。
「……あれ?」
「……どうしたの?」
「……反応ないわね」
「ぷぃ?」
なぜか、何も起こらない。
今までなかった現象に、戸惑いを隠せない。
「もしや……そもそもこれはコピーできないのか?」
「うぃ」
「そうか……コピーにはある程度決まった型があった。だから、もしかしたらその小物入れはそのコピーの型に当てはまらないものかもしれない」
「ハズレ、ってこと?」
「あるいはスカか」
コピー不可という今までなかった事象。
しかし、これは知らなかったことを知ることができたという意味では、大きな一歩である。
だがコピーできなくても平気で飲み込めるようだ。
どつやらコピーの可不可と摂食の可不可は全く別らしい。
「じゃあこっちはどうなのかしら?」
取り出したのは、人形が持っている槍。
「そういえば剣を飲んだら剣の使い手になったな」
「ということは槍の使い手になるのかしら」
結果として、魔法使い三人の予想はあっていた。
出てきたのは、金色の金属を額に当て、槍を持ったカービィ。
見事な槍さばきを見せてくれる。
「おお、予想通りだ」
「飲み込んでその性質をコピーするものと、それの使い手になる二種類があるみたいね……」
「なるほどね……じゃあこれは?」
続いて取り出したのは、ロケット花火。
どうやら河童製のようだ。
「ロケット花火の使い手? 想像もつかんな」
「花火師かもよ」
「やってみたが早いわね」
カービィはやはり何も躊躇わずにロケット花火を飲み込む。
すると出てきたのは……桃色の、つるりとしたヘルメットのような帽子をかぶったカービィ。
予想外の姿に、三人とも言葉に困る。
「……え、なんだこれ」
「……さぁ」
「……えーっと、カービィ、なにができるの?」
「うぃ!」
アリスの提案に、カービィは笑顔で答える。
するとカービィはその姿を……流線型の物体に変えた。
「……あ」
「……やば」
「え、ちょ、どうしたの二人とも!?」
そしてその姿を見た瞬間、魔理沙とパチュリーが席を立って扉へと駆け出した。
だが、全ては遅かった。
だがそれよりも、カービィが変化した流線型の物体は火を噴き打ち上がった。
そして、天井にぶち当たった。
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文々。新聞・七月二十日、二ページ目にて。
記事の一部を抜粋。
七月十九日夕刻頃、魔法の森の一角で爆発事故が発生した。
事故発生場所は魔法の森に居を構えるアリス・マーガトロイド氏の書斎。
偶然付近で爆発音を聞いた博麗霊夢氏により、現場から傷だらけのアリス・マーガトロイド氏、霧雨魔理沙氏、パチュリー・ノーレッジ氏が発見された。
特にマーガトロイド氏は至近距離で爆発を受けたらしく、重傷であったが、命に別状はないという。
現在は永遠亭にて療養中とのこと。
インタビューに対しマーガトロイド氏は「ロケット花火なんか飲ませるんじゃなかった……」と発言しており、花火による爆発事故と思われる。
室内での花火は大変危険なため、絶対にしてはならない。
爆発オチなんてサイテー!