東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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付喪神化と桃色玉

「付喪神化? 非想天則が?」

「そうだ」

 

 にとりはそう言い切る。

 だが、その断言に早苗は強い疑問を覚えた。

 

「非想天則って……付喪神化しないように、中をがらんどうにして単純な構造にしたんですよね?」

「そうだ。あんな巨大なものが付喪神化されたら困るからな」

「なら、なんで非想天則は付喪神化したんですか?」

「……わからない。我々もそれが一番不思議なんだ」

 

 どうやら河童にとっても非想天則の付喪神化は予想していなかったことらしい。

 

 なぜ、突如として付喪神化したのか。

 これも異変なのか。

 早苗は色々と思案を巡らせてみるが、あまりにも情報が足りない。

 

 だが、最初にすべきことがなんなのかはわかる。

 

「とりあえず、逃げた非想天則を探した方が良くない?」

「まぁ、そりゃそうだわな……」

 

 にとりは少々考えた後、河童たちの方を向く。

 

「おーい、みんな! 作業止め! もうバレちゃったし止め止め! これから非想天則の捜索に入るよ!」

 

 にとりの指示が妥当だと他の河童も判断したからだろう。会話中遠慮なく鳴り響いていた工作音がピタリと止んだ。

 そして各々工具などを片付けると、慌ただしく倉庫の外へと出て行く。

 その様子に早苗は感心するばかり。

 

「へぇ、河童って協調性ないと思ってたのに」

「今回は河童の危機だからねぇ。うちで作った物が付喪神化して、更に騒ぎまで起こされようものなら河童のネームバリューが落ちる。」

 

 そう言いながらにとりも荷物をまとめ、大きなカバンを背負う。

 

「さて、我々も行きますか」

「ですね。……行くあては?」

「ないな。非想天則が付喪神化してどこに行くのかとか、さっぱりわからん」

「まぁ、そりゃそうよね……」

 

 中身空っぽの単なるアドバルーン役の道具がどこに行きたがるのか、わかる方がおかしい。

 やはり虱潰しに探すしかあるまい。

 

 そう思った時だ。

 

 微かに。微かにやかんの湯が沸騰したかのような音がした。

 しかしやかんの湯が沸騰している音の割には、低く、重い。

 まるで外の世界でみたSLかそれ以上の蒸気が発生しているかのような、そんな音。

 やがて、微かな振動が足元に伝わってくる。

 

 鈍感な早苗でも、異常だと認識できるほど、異常な現象。

 そしてにとりはこの音がなんなのか、技術者としての知識と勘ですぐさま突き止めた。

 

「……非想天則だ」

「え、この音が?」

「ああ。しかもこれは……格納状態である膝を折った状態から立ち姿……つまりは初期状態へと移行するときの蒸気音だ」

 

 技術者というのは音一つでこんなことまでわかるものなのか。

 早苗の中で河童像が揺れ動く中、にとりは飛翔し、飛び出した。

 

「あっ、にとりさん!?」

 

 それに追随する形で、慌てて早苗も飛翔する。

 倉庫となっている洞窟を抜け、空高くへと飛び上がる。

 そして、すぐ目の前にそれは現れた。

 

 大地を踏みしめる足。

 厳つく盛り上がった体。

 ゴツく太い腕。

 メタリックで目立つ配色の体。

 いかにもロボットという感じの顔。

 

 それはまさに、早苗があの日、戦闘ロボットの夢を見た、非想天則の姿であった。

 

 

●○●○●

 

 

「なにぃ、解決したぁ!?」

「そうよ。遅かったわね」

 

 魔理沙の絶叫が響いたのは、博麗神社の本殿の奥にある霊夢の居住空間。

 そのちゃぶ台を囲むのは霊夢と魔理沙といういつもの面々の他に、見慣れない顔三つ。

 

 一人は桃色の長髪に、青のギンガムチェックのシャツ、特殊なスリットの入ったスカート、そして数多の仮面を周囲に浮かばせた無表情な少女。

 一人は黄色っぽい生地のノースリーブを着、その上に黒い襟付きのマントを羽織り、金髪が耳のように逆立ち、更には『和』と書かれた耳あてをつけた少女。

 そしてもう一人は、白い服に、鎖の切れた

手枷を嵌め、栗色の長髪から左右へと飛び出した長く雄々しい角の生えた童女。まだ日は高いというのに、その手には酒の匂いがする瓢箪が握られ、しばしばそれを飲んでいる。

 

 桃色の長髪の少女が秦こころ、逆立った金髪の少女が豊聡耳神子。角の生えた童女が伊吹萃香。

 彼女ら全員、人間ではない。

 秦こころは面霊気という能面の付喪神であり、豊聡耳神子はかの有名な聖徳太子であり、人間から聖人へと昇格した存在であり、伊吹萃香は酒呑童子、つまりは鬼である。

 

 個性豊かなメンバーがなぜ博麗神社に集結しているのか。

 それは今回の異変が関係している。

 今回起きた異変は『人々から希望の感情が失われた』ことである。

 絶望で満たされたわけではないので、人々は壊れることなく生活できたものの、刹那的快楽を求めるようになった。

 それが、今回の宗教戦争によるお祭り騒ぎである。

 そうなった原因は、感情を司る秦こころが、六十六の面のうち、『希望の面』を失くしてしまったことが発端であった。

 

 魔理沙はそれを突き止め、完全にとっちめてやろうという気でいたのだが……遅かったようだ。

 

「面霊気に新しい希望の面をあげたらサクッと解決よ。」

「とはいえ、感情が安定するまでしばし時間がかかる。ちょっとしたゴタゴタもあったが、もう大丈夫だろう。」

「元の面よりも素晴らしい力がある。使いこなせれば後腐れなく事態は収集するだろうな。……面のデザインは気に入らないけどな」

「ちょっとそりゃないでしょう。私が丹精込めて作ったのに。」

「あははは! わかるわかる! あのデザインはないわー!」

 

 こころの漏れてしまった不満に口を尖らせる神子。そして面のデザインを思い出した萃香が爆笑する。

 ちなみに今回の異変に萃香は一切関係ない。

 ならなぜいるかといえば、居候の如くしばしば博麗神社に入り浸っているからである。

 

「あーあ、今度は私が手柄を独り占めできると思ったんだがなー」

「手柄とか問題じゃないでしょ。異変が解決したならそれでよし。あとはこころの精神が安定するよう、話し合った通りウチで能でも舞って貰うくらいか」

「いつの間に話が進んでいたのか。私は知らんぞ」

 

 自分の知らないところで話が進んでいるのが気に入らないのだろう。

 魔理沙の口調はあからさまに不機嫌だ。

 

「つまり、私がやることはないと?」

「そうだな。あまりないな」

「あとは私の問題。なんとかしよう」

「帰ってもいいんじゃないかー?」

「そうねー。あとは客寄せくらい?」

 

 どうやらやるべきことはないようだ。

 

「はぁ……それじゃ帰るわ」

「はいはい、さようなら」

 

 手をひらひらとふる霊夢を背に、魔理沙は障子を開け、外に出る。

 そして、魔理沙は硬直した。

 

「……ん? どうした?」

 

 それに気がついたのは、こころだった。

 魔理沙は振り返ることなく、霊夢に問いかけた。

 

「霊夢、ここって高台だったよな?」

「そうよ」

「ここからなら妖怪の山の麓も見えたよな? 」

「そうだけど」

「人里からは妖怪の山の麓って、森に遮られて見えなかったよな?」

「そうだけどさ……一体どうしたのよ」

「それ聞いて安心したぜ。あれ……見てみろよ」

 

 魔理沙はやっと振り返る。

 その顔はひどく引きつっていた。

 

 霊夢や神子、こころ、そして萃香は魔理沙の指差す方を見る。

 そして、萃香以外、全員の顔が引きつった。

 

「あははは! ありゃなんだい? 私の仲間かい? ……相当デカイじゃないか」

 

 その視線の先には、妖怪の山の麓で暴れまわる巨人の姿があった。


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