東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「未知との遭遇? なんだ、『あぶだくしょん』か?」
魔理沙は冗談交じりに鈴奈庵で借りた本から学んだ単語を言ってみる。
だが特に誰も反応することはなく、ちょっと魔理沙は虚しい気持ちになる。
「未知との遭遇……心配だわ。早くナズーリンの所に行かないと。」
「お伴します、姐さん。」
「……なんか、面倒な流れになって来たわね。」
「うぃ。」
「……なんかどうでもよくなって来た。寺の揉め事は寺で解決して頂戴。鼠妖怪には面倒ごとが収まったら退治しにくるから。」
つまり面倒ごとがなくなったら面倒ごとを起こしに行くぞ、と言っているようなものである。
命蓮寺側からすればとんだ迷惑巫女である。
しかし当の本人達はそれどころではないようで、ナズーリンの危機にうろたえていた。
というのも、ナズーリンとは鼠妖怪とはいえ、中々強かな妖怪であるからだ。
毘沙門天の部下でもあるナズーリンはその威光を傘に着て相手を圧倒することもあるし、勝てない相手であれば速やかに撤退する頭の回転の速さもある。
つまり、強敵に会えばナズーリンは確実に逃亡し、何事もなく帰ってくるはずなのだ。
だが、そんなナズーリンが帰って来ず、使いのみがやってくる。
それ即ち、逃げることもできないほどの強者と衝突した、ということではないか。
逃げ足に定評のあるナズーリンが逃げられない。
それは命蓮寺勢を狼狽させるに十分な事実であった。
その混乱は、仮面の騎士の腰も動かした。
「では、私も行こう。泊めてもらった恩義もあるのでな。」
「おっと、ならば私も行こうか。」
「なんでよ。」
命蓮寺勢を手伝おうとするメタナイトについて行こうとする魔理沙に、霊夢は疑問を上げる。
そんな霊夢に魔理沙はただ一言、『情報収集だ。』とだけ答える。
どうやらその一言に思うことがあったらしく、霊夢はしばし頭を悩ます。
一つ大きくため息をつくと、諦めたように呟いた。
「……そうね。私も行くわ。正体不明な奴が幻想郷にうろついているってのも癪だし。」
「うちにも似たような子はいますけどね……でも寺の子に害なすような子ではないんですが。」
白蓮の脳裏に浮かぶのは、黒い服を着た、不可思議な翼を持つ妖怪少女。
そいつの顔が一瞬浮かぶが、今も命蓮寺にいるので、ちょっとも考えづらいし、そもそも命蓮寺の仲間を傷つけるような者ではなかったはず。
……結局のところ、現地へ行ってみるしかないようだった。
「……とにかく、この鼠にナズーリンの所まで案内してもらいましょう。」
●○●○●
鼠は一行の前をチロチロと歩く。
それについて行く白蓮、一輪、霊夢、魔理沙、カービィ、メタナイト……そして土壇場でついて来た村紗水蜜。
彼女は水兵の格好をした船幽霊であり、非常に危険な妖怪である。
しかし命蓮寺に帰依した妖怪達は皆、基本的に人を襲わない。
寺の戒律も守る、まさに善良な妖怪達ばかりである。
……というのは建前で、白蓮のいないところで肉食などの戒律破りをしているようではあるが。
とはいえ、今回は白蓮も同行しているので、何か能動的にしでかすことはないだろう。
そして今向かっているのは、魔法の森。
ただし魔理沙の家やワドルディの大集落がある場所とは全く別方向である。
そして魔法の森とは中々広大なもので、暇な時間がどうしてもできる。
そのため、雑談の時間が始まるのだが、その話題は言うまでもない。
「メタナイト、お前はどうやって幻想郷に来たんだ? カービィはあの白いヤツで来たのはわかっているんだが……」
「いつの間にか敷地にいましたよね。」
「だね。それで私が錨を振り回して。」
「それで姐さんに叱られて。」
「……まぁ、色々あったのはわかったから。それで、どうやって来たわけ?」
話がズレてゆく一行の議題を軌道修正する霊夢。
皆が聞く体勢になったのを確認してから、メタナイトは話し出す。
「『アナザーディメンション』と言うやつを通って来たのだ。」
「あな……なんだそれ。」
「異空間と思ってくれればいい。どこへでも通じる異空間だとな。」
「まるでスキマみたいね。でも、結界はどうしたわけ? どこへ通じるといっても、そう簡単に破れるものではないはずよ。」
「だから先触れとして、カービィがドラグーンによる……ああ、白いやつと表現していたものだ。その突貫によって、カービィが侵入。そしてカービィというこちら側の存在を送り込むことにより、我々の世界とこの幻想郷の結界は緩くなったのだ。そしてそのあとワドルディが、そのあと私が向かったのだ。」
「……まって、それってまずいんじゃ。」
幻想郷と外の世界を隔てるのは、『幻想』と『現実』。
普段は博麗大結界によって両者は分け隔てれているが、もしひょんな事で『幻想』に『現実』のものが入って来てしまった場合……博麗大結界の内と外の違いが曖昧になれば、博麗大結界は自壊し、幻想郷は消滅する。
今回の場合は、『カービィ』という『プププランド』のものが入ってくることにより、プププランドと幻想郷が曖昧になりつつある、ということになる。
それはすなわち、幻想郷の危機ではないか。
しかし、メタナイトは否と応える。
「私も幻想郷については勉強したさ。その結果、プププランド、及びポップスターには魔法も妖怪じみた人外も存在する。つまりは幻想郷と元々違いはなかった、ということがわかった。だからこのまま干渉し続けても、なんら問題はない。」
そして一言、付け加える。
「それに言っただろう? 私達は幻想郷の破壊者ではない、と。」
はっきり言って信憑性には欠ける。
だが、不思議な説得力もある。
どうすることもないので、霊夢の脳内では結局紫に丸投げ案件となった。
紫の過労とか、心配とかはしないのかといいたいが、元々霊夢は妖怪に容赦ないのでしかたあるまい。
南無三。
●○●○●
「ふぅむ。新顔……というか新頭が転がり込んで来たからついて来てみたが……またまた愉快な話をしておるのぉ。」
魔法の森に佇む一本の樹の上から、森を突き進む霊夢一行に目をやりつつ煙管の煙を吐く者がいた。
その者の頭からは茶髪を割って獣の耳が生え、眼鏡を掛け、ワンピースらしき服の腰からは太く大きな狸の尾が生えていた。
その者の名は二つ岩マミゾウ。命蓮寺に帰依していながら、あまり命蓮寺に居座らない、奔放な妖怪である。
そしてその姿から分かる通り、化け狸の妖怪であり、幻想郷の狸の総大将というポジションに居座っている。
その視線を動かすたび、かけた眼鏡が怪しく光を反射する。
「しかし、先の話は初耳じゃのう。『アナザーディメンション』、そのまま『異次元』か……彼奴は害はないと言っておるが、出任せは宗教家と為政者と狐の常套手段じゃからのう。……お前さんはどう思う?」
「個人的にはあのカービィってやつの方が気になるなぁ。ちょっと底知れない感じ。」
ここでいきなり、また新たな者の声が聞こえる。
それは短めの黒髪、黒いワンピースを着た少女。
しかしその背中からは赤の青の形容しがたい翼が生えていた。
彼女の名は封獣ぬえ。名の通り、鵺と言う名の妖怪である。
彼女らは古代より親交のあった旧友同士である。
そしてそのつかみ所のない性格もまた、合致していた。
だからこそ、樹上から達観するという奇行に出ているのだ。
「なるほどのぉ。確かにあれは底知れん。」
「うーん、ちょっと色々ちょっかい出したいんだけどなぁ。」
「これこれ。下手に触ると喰われるぞ?」
「わかってるって。ちゃんと考えてるって。」
「ならいいがの。しかし、儂としては仮面の騎士も……おっと、気づかれたようじゃな。」
マミゾウとぬえが居座る木。
それが、周囲の枝を巻き込みながら傾きつつあったのだ。
これは、誰かが一刀のもと木を両断した結果。
そしてそんな芸当ができるのは、一人しかいない。
木はどうと音を立て、倒れ伏す。
しかしすでに、二人の姿はなかった。
その木に向かって、仮面の騎士は呟いた。
「全く……覗き見の好きな御仁達だ。」
そしてその黄金に輝く剣をしまい、同行者の元へと去っていった。