東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

31 / 130
星蓮船:Returns
鼠と桃色玉


「ナズーリン!」

「なんだいご主人? 」

「宝塔をなくしました!」

「え。」

 

 ある夏の日。

 その事件は唐突に起きた。

 

 幻想郷のある場所には命蓮寺という寺がある。

 その寺は最近幻想郷に『現れた』寺であった。

 いかにして命蓮寺が現れたか、簡単に語ればこうだ。

 

 昔、二人の姉弟の僧侶がいた。

 しかし、弟は姉より先に亡くなってしまった。

 弟に先立たれた姉は死に対して恐怖を抱くようになり、魔術に手を出して若返りの秘術を手に入れた。

 しかし、魔術には妖力が必要。仏門から得られる法力では真珠の維持には使えなかった。

 そのため、その僧侶は妖力を集めるために妖怪を集め出した。

 最初は単なる自分の目的のためであった。

 しかし、人は同情をする生き物である。

 妖怪達のもつ過去に触れて行くうち、僧侶は妖怪と人間の共存を夢見るようになる。

 だが、人間達にとってその考えは邪悪なものでしかなく、人間達はその僧侶を魔界に封じ込め、寺も、妖怪も、封印してしまった。

 そのまま時は流れ、地底から怨霊が漏れ出す異変が起きた。

 好機とばかりに地底に封印されていた妖怪達は外に脱出し、恩返しのために幻想郷を駆け巡った。

 

 その僧侶こそ、命蓮寺の聖白蓮である。

 今では、幻想郷のルールに反さない程度に妖怪達の保護を行なっている。

 さて、その命蓮寺の門下には、妖怪に優しい寺なだけあって、妖怪の門下もいる。

 例えば船幽霊、例えば見越し入道、例えば鵺、例えば化け狸。

 そして、門下でありながら命蓮寺が祭り上げている毘沙門天の代理の妖怪こそ、寅丸星である。

 この寅丸星の力の源は、放った光が触れた場所が宝石になるという毘沙門天の力の結晶、宝塔である。

 神のものだけあって非常に大切なものなのだが、この星、白蓮救出で皆が動いている最中、あろうことか宝塔をなくしたことがある。

 その結果、苦労したのが星の僕でありながら星の監視役のナズーリンである。

 結局その時は無事に見つかり、今後気をつけるように念を押したのだ。

 

 だがしかし、このザマである。

 

「まってご主人。宝塔をなくしたって……」

「ええ、言葉通りの意味です!」

 

 自信満々に言われても困る。

 白蓮救出の際だって、宝塔探しに時間に費やして、その結果古道具屋で散々ふっかけられてなんとか取り戻したのだ。

 それをまた失くしたというのか。

 

 これから先の苦労を鑑みると、みるみるナズーリンの目つきが悪くなって行く。

 しかしその宝塔を探しきるのはナズーリンぐらいしかない。

 

「ナズーリンお願いします! 皆に顔向けできないから探してきて!」

「いや、まぁ、いいけどご主人。」

 

 ナズーリンはすっと星の後ろに視線を移す。

 そしてボソッと呟く。

 

「後ろに白蓮様いるよ?」

 

 瞬間、時は止まった。

 いや、凍りついた、と表現する方が正しいのだろうか?

 目の前の星から血の気が抜けていくのを、ナズーリンはしかと見た。

 そしてぐるり、と市松人形のようなぎこちない動きで振り返った。

 そこにいるのは聖白蓮。

 穏やかな笑みを浮かべている。

 それはもう、にっこりと。

 

「星。」

「……はい。」

「宝塔って、毘沙門天様から貸していただいたものでしょう?」

「……左様でございます。」

「失くしちゃダメでしょ? 探しなさい。」

「……はい。」

「ナズーリンも協力してくれるかしら?」

「あ、もちろんです。ちょっと同居人にも手伝ってもらっていいですかね?」

「いいわよ。星、必ず見つけるのよ?」

「……はい。」

 

 そして白蓮はどこかへと去っていった。

 残されたのは真っ白になった星と、それを見つめるナズーリン。

 

 なぜ毘沙門天様はこんな抜けた人に代理を任せたのか。

 

 従者らしからぬ悪態を胸中で呟きながら、ナズーリンは能力を発現させた。

 

 

●○●○●

 

 

 いつもは参拝客がいないが故に静かな博麗神社。

 しかし、この時だけは悲痛な叫び声が木霊した。

 

「ぎゃあああ米俵があああ!」

「うっわ……派手にやられたな、こりゃ。」

「うぃ。」

 

 霊夢と魔理沙、そしてカービィの視線の先には、穴が開き米の漏れた米俵があった。

 

「こりゃ鼠だな。高いところに置かないからこうなるんだ。」

「くぅう! あいつらめ、まとめて駆除してやる!」

「でも相手は妖怪じゃないだろ? 札とかじゃどうしようもないだろ。」

「うぐ……」

 

 全くもって、魔理沙の言う通り。

 霊夢の力は巫女、つまりは神の力を借りて邪なる妖怪を退治するのに特化したようなもの。

 相手が妖怪鼠ならまだしも、残念ながら普通の鼠を駆逐できるような力は持っていない。

 

「ああもう! なんで鼠がこうも多いのかしら! ……そういえば、命蓮寺に鼠の妖怪がいたわよね? まさかあいつがやったんじゃ!?」

「どうだろうなぁ。夏になって台風も来るようになったし、水から逃れてここに来たんじゃないのか? ほら、ここは高台だしな。」

「ぐぐ……責任をなすりつけて退治してやろうと思ったのに!」

 

 なかなか物騒な巫女である。

 そんな八つ当たりで退治される妖怪は気の毒と言わざるを得ない。

 どこからか紫色の傘を持った妖怪の同情の念を感じるような気さえする。

 

 その間カービィは溢れた米が勿体無いと思ったのか、一粒一粒拾い集めている。

 おそらく食べ物を大切にしようとする心はこの中で誰よりも強い。

 ……執着心と言った方が正しいが。

 

「ワドルディに手伝って貰えばいいじゃないか。」

「いや、頼んだんだけど……なんというか、あんまり頼りにならないというか……」

「そうなのか? うちでは食事を振舞って寝るところをあげればテキパキ働いてくれるぞ? 洗濯とか、草むしりとか。」

「鼠はチロチロ動くから、あんな鈍臭い子じゃ退治は無理よ。」

「餅をあげればトリモチを作ってくれるんじゃないのか? うちもそうしているぞ。」

「餅が勿体無い。」

 

 どうしようもねぇ。

 

 そう思った魔理沙は匙を投げた。

 まぁ、変なこだわりを持つのは霊夢の自由だ。その結果鼠に襲われ続けようとも。

 

 だが、魔理沙はここでミスを犯した。

 それは、不用意な発言だった。

 

「そういえば、命蓮寺の鼠妖怪か……たしか、探し物に特化した能力だったな。協力できれば、スターロッド探索も簡単なんだけどな。」

 

 西行妖の件から早半月。

 全く事態は進展の兆しは無かった。

 そのちょっとしたじれったさから発した言葉だった。

 

「確かあいつは鼠を使った人海戦術で探すんだっけ? 小さい隙間からいろんなところに行けるし、力になりそうな気がするんだけどなぁ。」

「それだ!」

「……え?」

「ぽよ?」

 

 突如として霊夢が食いついて来た。

 その剣幕に米を拾っていたカービィもその手を止めた。

 息を巻き、霊夢はとんでもないことを口走った。

 

「確か鼠を操れるのよね!? ならその鼠妖怪の力でうちに鼠を寄り付かせないようにすればいいのよ!」

「いや、そう簡単に協力してくれるか?」

「そんなの、退治をチラつかせて脅せばいいのよ!」

 

 一体どこの任侠だ。

 

 残念ながら、またここに不運な妖怪が誕生することになったようだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。