東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
A.ハイドラのチャージが切れた。
……単に忘れていただけですごめんなさい。
ちなみに夢見草は桜の異称、夢見鳥は蝶の異称です。なんだか妖々夢のテーマの一貫性を感じさせますね。
「オォオオオオオオオオォォォオオォォ!!」
冥界に轟く咆哮は、実体なき幽霊すら震え上がらせる。
顔などの器官無き木が、なぜ咆哮を上げることができるのか。
答えは、至極単純。
西行妖の幹が横一文字に裂け、そこから樹液が口内粘液のようにだらだらと滴っているのだ。
そしてその裂け目が蠢くたびに、魂を鷲掴むような咆哮が響き渡るのだ。
それだけではない。
口のような裂け目の上部に、もう一つ小さな裂け目があった。
そこから覗くのは、白濁した眼球。まさに死人のそれであった。
濁った目で、西行妖は何を見ているのだろう。
果たして、西行妖にこの世界は見えているのだろうか。
否。見えているはずがない。
願望に、欲望に、夢に呑まれ、夢魘に喘いでいるのだ。
春の終わりに、無理やり春を集めた結果、顕界に異常気象まで起こして。
一体なんのために花を咲かせたかったのかも、おそらく西行妖の与えられた精神は理解していない。
ただ目の前にいる自らの夢を妨害せんとする者達を、その自由になった枝で薙ぎ倒す事しか、おそらく考えていない。
ごう、という空気の震える音とともに、その太い枝は振り下ろされる。
「くっ!」
「ぽよっ!」
「……」
妖夢は跳び退き、カービィは転がり、ワドルディ達はワラワラとその場から離れる。
初撃はかわした。
しかし、枝は一本や二本ではない。
無数の枝が、妖夢とカービィ、ワドルディ達に向けて殺到する。
ワドルディ達は散開して後方に下がり、カービィは転がるように避け、妖夢は飛行や二本の刀でいなし避けてゆく。
それだけではない。
西行妖の口から、瘴気が溢れ出てくる。
靄のように広がるそれは、死の瘴気に違いなかった。
妖夢は半霊としての性質故に、その正体を見極めた。
カービィも今までの戦闘の経験から、危険なものであると判断することができた。
妖夢もカービィも一度ワドルディ達が退避した地点まで後退し、西行妖を睨みつけた。
白濁した隻眼は、こちらをぼんやりと見ている。
そして尚も口から死の瘴気を吐いている。
その死の瘴気が西行妖を守るように纏わり付き、西行妖の周囲が絶死の空間と化す。
攻めきれないもどかしさに、妖夢の刀を持つ手に力が入る。
その膠着状態の最中、新たに上空から影が見えた。
それは魔理沙と幽々子、いつの間にかやって来た霊夢と早苗、そして雛だった。
「カービィ、大丈夫か!?」
「うぃ!」
「怪我してない?」
魔理沙と雛はすぐさまカービィに駆け寄る。
霊夢と早苗はお祓い棒を構え、幽々子はそれを上空から俯瞰する。
「霊夢、早苗、頼むから……西行妖は殺さないでよ?」
「そんな無茶言わないでよ。」
「調伏……できたらの話ですけど……やれるだけやってみます。」
難易度の高い幽々子の頼みに、難色を示す二人。
しかし、下手に刺激し、下に埋まっているものが露わになったら……
……アイツは、きっと悲しむだろう。
胡散臭く好きなわけではないが、しかし霊夢とて泣き姿を見たいわけではない。
「……ま、善処するわ。」
そして霊夢と早苗は、枝の届かない遠距離から札を飛ばす。
対象は巨木。遠距離からとはいえ、その札が外れることなどなかった。
しかし、残念ながら霊夢達の想定は甘かった。
間違いなく札は当たった。
しかし、邪なものであるはずの西行妖は清浄なものである札による攻撃に、一切の痛痒を示さなかったのだ。
「そんな、なんで!?」
「……スターロッド……穢れなきもの……もしや、西行妖の『邪』を、スターロッドの『正』が中和しているんじゃないの?」
雛の推理に、霊夢は舌打ちをする。
「それじゃ、大した効果がない……お祓いのしようがないじゃない!」
「お祓い用じゃなくて、封印系統や人外に総じて効果のある系統のお札を使いましょう!」
早苗はさっきまでとは別種類のお札を取り出す。
そして再び、西行妖へと投げつけた。
効果は目に見えてあった。
一瞬動きを止めたかと思うと、札が当たった部分が弾け飛んだのだ。
与える損傷は想定よりも低いが、確かな威力がある。
そしてお札の貯蔵は十分。
押し切れる。
そう、思った時だった。
「ァアアアァアアアアアアアアァァァァァ!!」
耳をつんざく咆哮。
それと同時に、西行妖の口に光が集う。
そしてそれが、光球へと成長した時。
高周波の音を出しながら、その光球から紫色の熱線を吐いたのだ。
その熱線は大地をえぐり、そして爆裂し、大地をめくる。
これだけの攻撃で、被害が出ない方がおかしい。
着弾地点は爆裂し、直撃こそしなかったものの、霊夢や早苗、そして雛までもふき飛んだ。
「ぽよっ!」
「大丈夫だ。今は煙で見えんが……あいつは無事だ。」
目撃したカービィが悲痛な声を上げるが、それを魔理沙は宥める。
何せ、未だ目の前の脅威は排除できていないのだから。
なにか、何か打つ手はあるのか?
まとわりつく瘴気……恐らくは死の瘴気が邪魔で、接近戦に持ち込めない。
当然、スターロッドの回収などできっこない。
とすると、遠距離でちまちま削るしかないのか。
そう思っていた時。
魔理沙は意外なものを目にした。
それは、幽々子の操る幽霊。
それらが必死に死の瘴気へと体当たりし、瘴気を退けていたのだ。
そう、幽霊とは実体のない、すでに死した魂。
確かに霊ならば、死の瘴気の影響を受け得ない。
いける。
そう、思った時。
「ギェェエエエエエェェェエエエェェェェェ!!」
狂おしい咆哮が、また上がる。
それと同時に、幽霊を操り死の瘴気を押し込んでいた幽々子を、その枝で捉えたのだ。
最早西行妖は、主人が誰であるのかすら、その狂った精神のせいで忘れ去っていた。
幽々子はもがくも、力の差は歴然。
死を与える能力ならば、この場で西行妖を止めることはできるだろう。
しかしそれは、幽々子の支えを、幽々子の願望を、潰すことと同義であった。
「幽々子様っ!!」
妖夢は叫び刀を持って突貫するが、もう遅い。
札や厄も飛び交うが、力が足りない。
そして西行妖はその大口を開け……
その口に、流線型の塔が突き刺さった。
直後、爆発四散する流線型の塔。
全員が予想だにしなかった事態に驚愕する中、その煙の中からそれは飛んできた。
パラシュートを開き、中の荷物をちゃっかり全て無事に持ち出し、落下してくる太眉が描かれたワドルディ。
そう、ワドルディ達が乗ってきたロケットの中で留守番をしていたものだ。
その異常事態に気がつき、ロケットで突貫し、駆けつけたのだろう。
その衝撃は並大抵のものではなく、西行妖を怯ませ、妖夢が幽々子を解放させるに十分な時間を与えた。
それと同時に、一転して攻勢に転じる時間も。
太眉ワドルディは着地した後、すぐさまあるものをカービィに向けて投げつけた。
それは、唐草模様のほっかむり。
カービィはすぐさまそれを吸い込み、金属のバイザーを被った姿に変化する。
そして魔理沙はそれを確認するやいなや、張り裂けんばかりに声を張る。
これが、残された一つの可能性だと信じているから。
「カービィ、幽々子だ。幽々子を『コピー』しろ!」
「ぽよっ!」
その光は、幽々子を包み込む。
そして、すぐさまカービィの姿は光に包まれる。
その光が晴れた時、魔理沙の予想通りの姿がそこにあった。
いくつかの人魂を引き連れたその姿。
渦巻き模様の三角巾がついた青いモブキャップを被ったその姿。
優雅に扇子を扇ぐその姿。
それは、幽々子の『コピー』に他ならなかった。