東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
こうしないとキリが悪いというか……
「おいおい、またあいつらか? 何考えているんだ……」
その紅い霧の立ち込める方角を睨みながら魔理沙は独りごちる。
あれはすでに解決したはずの異変だ。
それがなぜ、今になってまた起きているのか。
ああ、体が疼く。
彼の地へ向かえと体が疼く。
異変の香りがする地へ向かえと体が疼く。
ふと、視界の端に映るものがあった。
それは、飛行する霊夢。
まっすぐ彼の地を睨み、一直線に飛んでいる。
「……カービィには悪いが、買い物は明日に回させてもらうぜ!」
箒の先を彼の地へ向け、急加速する魔理沙。
仕方があるまい。
何せ、魔理沙もまだ十代前半の子供なのだから。
負けず嫌いな心に刺激され、動いてしまうのも仕方があるまい。
努力家で、負けず嫌いで、捻くれ者な魔法使いの“子”。それが魔理沙なのだ。
才能で霊夢に劣っているのはわかっている。
だからこそ、異変の解決では負けたくはなかったのだ。
そんな魔理沙の向かう先。
それはスペルカードルールができて初めての異変が起きた地。
吸血鬼の根城、紅魔館。
●○●○●
「見て見て大ちゃん! 面白いよこれ!」
「危ないよチルノちゃん!」
魔の瘴気漂う魔法の森で、子供のはしゃぐ声が聞こえる。
片方は全体的に青っぽく、水色のウェーブのかかった髪にリボンをつけ、背中には氷でできた幻想的な羽がついている。
もう片方は髪は緑色をサイドテールにし、背中からは薄い羽が伸びている。
彼女らは妖精。だからこそ魔法の森でも普通に過ごせるのだ。
そして青い妖精が氷の妖精、チルノであり、もう片方が大妖精と呼ばれる存在である。
妖精とは自然と密接な関係のある存在。言い換えれば自然そのものとも言える。
自然豊かなこの幻想郷では、必然的に多く見られた。
そしてその妖精の大まかな特徴としては、かなり楽観的な節がある。
そんな彼女らはとある木の上であるものを囲んではしゃいでいた。
それは桃色の球体。非常にプニプニしている。
そしてそれは生きているのか、微かに寝息が聞こえてくる。
「起きちゃうよチルノちゃん!」
「へーきへーき! あたいがなんとかするもん!」
妖精の中では比較的良識のある大妖精の忠告を、ことごとく無視するチルノ。
しかしこれもいつもの光景である。暴走するチルノはある意味止められない。
それ故に……
「ねぇねぇこれ持って帰ろうよ!」
「ダメだよチルノちゃん! ここって魔理沙さんの家じゃなかったの!? ドロボーはダメだよ!」
「大丈夫だよ、あたいがいるもん!」
取り返しのつかないイタズラに繋がることもしばしばあった。
大妖精の制止を振り切り、ひょいと桃色の球体を持ち上げるチルノ。
桃色の球体は特に何も反応しない。
先程と同じように、スヤスヤと寝息を立てている。
「ううん? 丸くて持ちにくい。」
「ほら、止めようよチルノちゃん!」
「あ、まって! このこの敷物で包んで持っていけばいいんだ! あたいったら天才ね!」
つるつる滑る桃色の球体を、その桃色の球体が下に敷いていた唐草模様の布でスイカのように包み、持ち上げる。
なるほど確かにそうすれば丸くて持ちにくいものでも簡単に運べるだろう。
そしてチルノは大妖精の引き止める声もまともに取り合わず、どこかへと飛んで行ってしまった。
●○●○●
「まったく、また気味の悪い霧なんか出して……あの吸血鬼め、ただじゃおかないわよ。」
何やら物騒なことを呟きながら空を飛ぶ紅い巫女装束の少女。
そう、博麗の巫女、博麗霊夢である。
霊夢が向かう先は決まっている。
そう、彼の地、以前紅い霧を発生させた紅魔館。
吸血鬼の根城たる紅魔館である。
既に解決した異変をぶり返さないでほしい。
霊夢が思うのはただそれだけだ。
霊夢は別に、面倒ごとに積極的に首を突っ込むタイプではない。
寧ろなるべく面倒ごとを避けようと動くタイプだ。
そして今回の異変は面倒な予感がする。
根拠なぞない、単なる勘だ。
だがその勘こそよく当たるのだ。
本当に忌々しい。
「おーい、霊夢ー!」
するとまた面倒ごとを持ってきそうな人物の声が聞こえてくる。
振り返れば、そこにいたのはやはり箒にまたがる魔理沙だった。
魔理沙は異変があればすぐに首を突っ込みたがる。
義務で解決している霊夢には少々理解できない行動だ。
「いやぁ、また面白そうな異変が起きているな。」
「あれを面白いとかいうのはあんたくらいよ。気味が悪くてしょうがないわ。……あれ、カービィは?」
愚痴りながらも、霊夢は最近いつも連れているカービィがいないことに気がついた。
それに対し、魔理沙は胸を張って答える。
「留守番に挑戦中だ!」
「置いてきたのね。……なんか厄介なことにならないでしょうね。」
「大丈夫だろ? 自衛は十分できる。」
「そりゃそうでしょうけどねぇ。」
問題はそこじゃない。
そう思いながらも、言うだけ無駄だと割り切り、何も言わない。
そして並走しているうち、目的地たる紅魔館が見えてくる。
霧の湖の畔に佇む洋館。
それは隅々まで紅く、まるで血で色をつけたかのよう。
その洋館には光を嫌う吸血鬼が住まうが故に、窓は異常に少ない。
そしてその門に立ちはだかる、門番。
赤い長髪に緑色の帽子、緑色のチャイナドレスを着た女性。
名は紅美鈴。
大陸の拳法を修めた格闘家である。
「ま、カービィ云々は今はいいわ。まずは小手調べと行こうかしら。」
「おっと、私が先だ。とっとと倒しちまうぜ。」
そんなことを相談しながら、やがて霊夢と魔理沙、そして美鈴はお互いの声が届く距離にまで近づく。
お互いがお互いの目を見つめ合い、緊張した雰囲気を発する。
そしてその緊張が限界にまで引き伸ばされた時。
「お待ちしておりました、霊夢さん、魔理沙さん。お嬢様がお呼びです。」
「…………は?」