東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「キャアアアかーわいー!」
ヒュガッ! という擬音が正しいのだろうか。
目にも留まらぬ速さでカービィに突撃し、そして抱きしめる早苗。
いきなり抱きしめられたカービィは悲鳴をあげることしかできない。
そして早苗は流れるような動きでカービィへ頬ずりする。
「いやぁ、幻想郷って不思議なところだなとは思ってたけど、まさかカービィまでいるとは思わなかったです。」
「……ちょっと待て。お前、なんでカービィのことを知っているんだ?」
カービィは早苗に敵意がないことがわかったためか、嫌そうな顔をしながらもなされるがままになっている。
しかしそれでもなお頬ずりをやめない早苗に、乱入時の発言から気になっていたことを魔理沙が尋ねる。
いや、この場にいる者全員の疑問だろう。
カービィとこの場にいる者以外で会っているのは天狗と河童くらいだ。
もしや天狗と河童に伝え聞いていたのか?
いや、カービィにしてやられた天狗と河童から聞いたにしては、早苗の態度は友好的すぎる。
彼らの性格を考えるに、カービィの事をこき下ろして伝えるはずだ。
だが今の早苗の態度はそう言った事を聞いた者の態度ではない。
むしろ、逆。まるでスーパースターに遭ったかのような態度だ。
早苗は一時的に頬ずりを止め、そしてちょっと考えるそぶりをした後、答える。
「外の世界では少なくとも若者の間では知らぬ者が居ないくらいに有名なんですよ、カービィは。もっとも、“ゲーム”の中の存在ですけど。」
「“げぇむ”? 何よそれ。」
全く知らない単語に霊夢が食ってかかる。
しかしもとより神経の太い早苗はそんなこと気にしない。平時のように考えながらのんびりと説明しだす。
「うーむ……電気を使って仮想の世界で遊ぶというか……」
「わからないわよ。何それ? 」
「“げぇむ”ついてはいい。カービィはその“げぇむ”の中でどんな立ち位置なんだ?」
「主人公です。幾たびも危機を救った英雄なんですよ!」
「……『主人公』? つまりカービィは小説の中の登場人物みたいな奴、ってことなのか? 空想の人物が、今ここにいるっていうことか?」
「まぁ、そういう見方もできますね。空想の人物という点では同じですし。」
「なるほど、合点がいったわ。」
早苗の説明に、霊夢が納得したように頷く。
「カービィは“げぇむ”とかいう本から飛び出した付喪神よ。おそらく“げぇむ”という本の中身が付喪神化したんだわ。」
確かに、それならば空想の人物が幻想郷に存在する理由を説明できるかもしれない。
外で妖怪化したものは、いずれ幻想郷にやってくる。
しかしその説には致命的なミスがあった。
「いやでも、付喪神というには……強くないか?」
「う……でも長く存在したならそれ相応に強く……」
「えーっと……カービィ登場からそろそろ25周年ですね。」
「……降参。わからないわ。」
さすがに25年程度ではここまで強力な妖怪にはなれない。
ようやく正体がわかるかと思えば、暗礁に乗り上げてしまった。
魔理沙と霊夢が頭をひねる中、早苗は何かを探すように辺りを見回す。
「にしても酷い有様ですね、これ。一体何が……ああ! 神奈子様、諏訪子様! 一体どうされたんですか!?」
ここにきてようやく、早苗は祀る二柱の神が倒れているのに気がついた。
しかし今になってやっと気がつくとは、残念な巫女である。
……そもそも自分の神社がなんの神を祀っているのかもわからない巫女もこの場にはいるが。
神奈子と諏訪子を少しばかり強引に引っ張り出し、介抱する早苗。
「何があったんですか?」
「すまん……ちょっと休ませてくれ……」
「うう、頭痛い……吐きそ……」
「ちょっと! 吐くなら厠でお願いしますよ!?」
諏訪子を厠の方へ押しやりつつ、今度は霊夢と魔理沙に尋ねる。
「一体何が?」
「あー、話せば長くなるんだけどね……」
霊夢は早苗に大まかな事の顛末を伝える。
大結界を破ってカービィが幻想郷に侵入した事、その後天狗と河童と衝突し、カービィが蹴散らした事、途中でカービィは雛と会った事、そして守矢神社で二柱と乱闘になり、カービィが竜のような物体で二柱を吹き飛ばした事。
さらに魔理沙は大結界を破ったのもその竜のような物体で、衝撃でバラバラになり、そしてそれを探しているうちに各地で衝突が起きたのだろうという自論も伝える。
「なるほど……その竜のような物体は多分『ドラグーン』ですよ。……遊んだことはないので詳しくは知らないんですけど。でも、なんか凄いということは昔外の友人から聞いたことがあります。」
「凄いを超越したレベルだったがなぁ……」
「問題はそれじゃないわ。コイツをどうするか、よ。」
記憶を掘り起こそうとする早苗と魔理沙をよそに、霊夢は険しい目つきでカービィを睨む。
霊夢の心配も過ぎたものではない。
何せカービィはほぼ幻想郷と外を自由に行き来できるような存在なのだ。
そんなことをされたら幻想郷の『幻想』と『現実』の隔たりが無くなり、崩壊してしまうかもしれない。
しかも、神二柱を相手取れるような化け物なのだ。
確かに、カービィという存在は『善』にしか見えない。
だが、もし脅威になるならば、幻想郷の総力を挙げてでも……
だが、すぐさま異を唱えたものがいた。
それは、霊夢達の後方。
「……私は、カービィはそんなことをするような子でないと信じてる。」
声をあげたのは、満身創痍の雛。
傷が癒えた訳ではない。ふらつきながらも立っているのだ。
しかし、その雰囲気は圧倒的。
満身創痍ながらも、神の威は堕ちてはいなかった。
全員がおし黙る中、早苗も声を上げる。
「確かに、カービィはどこまでもいい子でしたし、大丈夫だと思うんですけど……」
「確信がないと困るんだけどね。」
そうは言いながらも、霊夢も思うところがあったのだろう。
考えに考え込み、やがて長く溜息をつく。
「で、誰がカービィの面倒を見るのよ。」
その発言は、カービィの居住を霊夢が認めた瞬間であった。
一瞬場が色めき立つ。
だが、それも一瞬で、各々の事情があるのを思い出す。
「言っておくけど、うちに余裕はないわよ。お賽銭ないんだから。」
「うちはちょっと。何せ神奈子様と諏訪子様、負けてますし……気まずいかなぁ。」
「雛はどうなんだ?」
魔理沙の提案に、全員が雛の方を向く。
確かに、カービィは雛に懐いていた。
ならば、雛が適任な気もする。
しかし本人は、黙って首を横に振った。
「あら、なんでよ。」
「カービィは厄の一切ない、稀有な存在よ。ずっといたら、いくらカービィでも厄に染まってしまうわ。私はカービィを厄で染めたくないの。」
「むむ……ならどうすんのよ。放っておいたら何するかわからないし。」
「じゃあうちならどうだ?」
また振り出しに戻ろうかというとき、魔理沙が助け舟を取り出す。
魔理沙が? という心の声が霊夢と早苗から聞こえてきそうだが、冷静に考えてみれば、納得はできる。
魔理沙の住居、『霧雨魔法店』は人の近づかぬ魔法の森の中。カービィが人の前に晒されることはないだろう。
そして、雛の次にカービィが懐いているのは、おそらくは魔理沙だ。
ならば、適材適所とも言える。
そんな雰囲気を察したか、魔理沙は胸を張って宣言する。
「よし! それじゃあ私がカービィの面倒を見よう! 私の所に来るか、カービィ?」
「うぃ!」
それに応えるように、早苗の腕からピョンと飛び出し、魔理沙に抱きつく。
早苗はカービィの感触を名残惜しそうにしてはいたが、ひとまずは一件落着、と言ったところか。
「魔理沙、頼むわよ。……くれぐれも人に見せないように。まだ不確定要素が多すぎるんだから。こっちはこっちでアイツに聞いておくから。」
「おうよ。任せとけ!」
「あ、私も時々会わせてくださいねー。……ああっ! 諏訪子様! そこで吐かないでください! 神奈子様! そこで寝ないでください!」
巫女二人が忙しなくカービィの元を離れて行く。
一人ぽつねんと残された魔理沙は、箒にまたがり、自分も家へと帰ろうとする。
さて、今日は二人分の夕飯を作らなきゃな。
そう考えていたとき。
「魔理沙、ちょっといい?」
雛に呼び止められた。
何かと思えば、雛はじっとカービィを見つめる。
カービィも応えるようにじっと見つめる。
「カービィ。たまにでいいから、またうちに来てね。」
やはり、雛も寂しいのだ。
人を守るために厄を溜め込むが故に、人に避けられてきた雛。
だから雛は孤独であった。
孤独だからこそ、友を求めるのだ。
そんな雛に、カービィは暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ただ一言返す。
「ぽよっ!」
●○●○●
幻想郷縁起・控書にて
五月二日、正午頃。
妖怪の山上空に眩いばかりの光を確認。博麗大結界を僅か数秒で貫通し、妖怪の山へ墜落。
その光の正体は不明。
また、その後妖怪の山にて大規模の旋風を確認。続いて守矢神社にて爆裂音を複数回確認。
この二件に関して関連性は不明だが、なんらかの関係はあると思われる。
新たな異変の可能性あり。
詳しい調査の必要あり。
追記
博麗の巫女は口が堅い。秘密主義なのは記録者としては度し難い。
新しい巫女はフランクそうだし、そちらに聞いてみるのも一考すべきか?
●○●○●
文々。新聞・五月四日、三ページ目の左端の記事にて。
桃色の侵入者、天狗と河童に対し攻撃
五月二日正午頃、妖怪の山上空から博麗大結界を破る不届き者が現れた。その姿は桃色の小さな球体である。下手人は警ら部隊と衝突。旋風を起こして一掃し、逃亡。その後博麗の巫女と人間の魔法使いに連れられているのを追撃部隊が発見。河童との共同戦線を張ったものの、壊滅。再び逃亡した。現在も逃走中である。
なお下手人は相手の能力を模倣する能力を持つとみられる。見かけた場合は直ちに天狗に連絡されたし。
●○●○●
幻想郷の東のはずれにある、博麗神社。
その縁側で湯呑みの茶をすする少女が一人。
そう、博麗の巫女、霊夢である。
他には誰もいない。彼女は一人でここに住んでいるのだ。
だが、突然霊夢は一人話し出す。
「介入して来るかと思ったのに、あんたにしては珍しいわね。」
「そうかしら?」
するといつの間にか、霊夢の後ろには一人の女性がいた。
暗く眼が覗く『スキマ』から半身を乗り出し、白と紫のドレスを着た、長い金髪の女性。
彼女こそ、幻想郷の管理者であり、創始者の妖怪、八雲紫である。
「カービィねぇ。なかなか可愛いわね。思わず手折りたくなっちゃう。……でも、綺麗な花には毒があるのよ。知ってた?」
「それはあんたみたいな胡散臭い女の事を言うんでしょ? 」
「あら、私の事を綺麗な花って喩えてくれてるの? ありがと。」
くすりと蠱惑的な笑みを浮かべる。
しかしまともに取り合っても疲れるだけである事を知っている霊夢は、特になんの反応も示さない。
そして別に、紫も反応が欲しくて言っているわけではない。
「で、あんたはどう動くの?」
「何もしないわ。ただ、監視するだけよ。」
「その心は?」
「……幻想を覆さないよう願いながら、ね。」
「……あんた、カービィが来た理由を知っているわね?」
霊夢は初めて振り返る。
しかしそこには、白昼夢を見たかのように誰かがいた気配すらなかった。
風神録:Returnsはこれにて完結。
次から新章に移ります。
うーむ、終わり方がちょっとイマイチかなぁ……