マギア☆メモリーズ   作:弓洲矢善

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5話

 

 

銀髪の少女、神名あすみを魔獣から救出したのち、ひとまずはマミさんの家に連れ込て帰る事となって、それからはもう大変だった。

と、言うのも、

 

「ぅぁぁぁぁぁああああっ……!ぁぁああああああああっ……!」

 

「大丈夫……! もう大丈夫……! 怖いの、もう居ないから……!」

 

よほどの恐怖だったのか、泣き叫ぶばかりで手がつけられなかった。

マミさんに抱きしめられながらあやされても中々収まってはくれなかった。

 

「……はァ」

 

「……?」

 

気だるげに、けれど意味ありげに溜息をつく杏子へと視線をやると、

 

「いや、前にもあったなこう言うの、ってカンジ」

 

ピンと来る事はなくて、なおも杏子を凝視すると、

 

「あぁ、ゆまの話だよ。あのガキも魔獣に襲われて、ソコを拾ったってワケ」

 

杏子の妹分、だったか。

 

「……まぁ、あのガキはあのガキで、親が殺されてもこうは泣け叫ばなかったんだ。やっぱ思えばあいつ擦れてたんだな……って。境遇が境遇だけにしょーがない気もするけどな」

 

「え……」

 

「所謂毒親ってヤツでさ。虐待受けまくってたんだよ。けど、幸い爺ちゃん婆ちゃんの方はマトモでよ、ゆまはソコで暮らす事になったってワケ。アタシも拾われる事になっちまったけどな」

 

……なるほど。

 

 

****

 

 

それから1時間程して、

 

「……」

 

「どう……? おいしい……?」

 

やっと泣き止んでくれ、慰めがてらにマミさんからケーキと紅茶をごちそうされる事に。

 

「おいしい……」

 

「ふふっ。ありがとう……」

 

微笑みを返すマミさん。

その一方、杏子は……、

 

「……」

 

「佐倉さん……?」

 

あすみを凝視したまま訝しむ。

そしてそのまま……、

 

「おいガキ」

 

「ひ……!」

 

あすみの方へと身を乗り出し、あすみは怯える小さな悲鳴を漏らす。

 

「ちょっと佐倉さん! この子まだ子供……!」

 

「マミは黙ってろ」

 

「ちょっと……!!」

 

マミさんの制止も一蹴し、睨みつけるようにしてあすみに問い続ける。

 

「あすみ、だったけ?」

 

「ひ、……は、う、うん……っ」

 

「泣いてる時も思ったけどさ――」

 

一呼吸置いて、更にあすみへと身を乗り出し迫り――

 

 

「――親を呼んでなかったろ」

 

 

……あ。

 

「っ……!!」

 

あすみの表情が凍り付く。

顔色もまさに蒼白。

 

「オマエがいくつか知らねえけどさ、まぁとりあえずまず頼るは親が思い浮かぶはずだろ」

 

実の親を思い浮かべる……と言う事にはピンと来なかったが、記憶喪失であるわたしならまずはマミさんを思い浮かべる事だろう。

確かに、普通ならそれが自然な事なのかもしれない。

 

「けどオマエは今の今まで一回も親を呼んでねえ。しかもアタシらみてえな怪しいヤツらに捕まってんだぜ? イマ」

 

「佐倉さんその言い方……!」

 

「考えてみろよ。普通ならどう考えても事案モノってヤツでしょ。魔獣から保護したとは言え、端から見りゃ中高生がガキ誘拐してるも同然なんだぜ? 今頃通報すらされてるかもな」

 

「っ……」

 

わたし達の主観から視点を変えれば、そう言った見方も確かにある。

当事者にしかわからない事情なんて、他人には想像すらつくはずが無いだろう。

 

「……で? 捕まってすら居んのにまだ親の事叫んでねえ、と来たんだ」

 

「――――」

 

絶句。

かつ顔面蒼白。

そしてそのまま固まってる……と言うのが、今のあすみの状態。

微動だにしない。

 

「……なぁ、あすみ――」

 

 

「――"親んトコ"に帰った方が"良い"んじゃねーのかな」

 

「――――」

 

「……」

 

所々を強調し、含みを持たせ、半ば命令じみた口調であすみに投げかけ、空気が凍る――と言った具合に、沈黙が流れる。

そんなワンテンポを置いて、あすみは――

 

「――やだ」

 

――拒絶。

 

「やだ――やだやだやだやだ――!」

 

駄々ではない。

 

「――いやだ帰りたくないやだ痛いやだいやだいやだやだやだ怖い痛いやめてやだいたい帰りたくないやだいやだ絶対いやだやだもういや――」

 

悲鳴だ。

そして、懇願だ。

 

「……佐倉さん……これ……って……」

 

「……」

 

先程まで尋問していた杏子も、ただただ悲痛な面持ちで眺めるばかり。

 

「――やだ許してやめて怖いごめんなさい怖い痛いやめてやだ帰りたくない許してやだいやだ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁっ! やだぁっ!! っぁぁぁあああああああああああっ!」

 

もしかすればここに連れ込まれた時よりも深刻かもしれない。

今のこの泣き叫び様は……。

 

「……マミも雪音も分かったろ。コイツの親はヤバい」

 

わたし自身が記憶喪失なせいで、実の親の愛と言うものを実感した事はない。

けれど、これだけは分かる。

子供と言うのは、本物だろうが偽物だろうが、親から愛情を注がれて育てられて然るべきなんだ、と。

なのに、ここまでの拒絶を示される親と言うのは、一体どの様な鬼畜なのだろうか。

悲しみよりも先に、まず怒りがふつふつと沸き起こった。

 

「……あとは警察辺りに任せとくしかねーだろ」

 

「で、でも……!」

 

「もう魔獣絡みじゃねえだろ! コイツも魔法少女じゃねえんだし、アタシらの領分じゃねえよ!」

 

「でも……! こんなのって……! こんな事ってっ……ひどい……っ!」

 

マミさんも、頭では分かってるのだろう。

もはやこの先自分達がすべき事は無い事を。

それだけに心底歯痒く、また今ここで見捨てなければならないのが我慢ならないのだろう。

 

「……アタシが警察に連れてってやるよ。あとはいくらでもなんとかなる。生きてさえいりゃまた別の道はあるってモンだ」

 

奇跡に縋る他の道など無い――と言う事でなく、普通の人間として生きてさえいれば、平穏な日常が待っている。

が……、

 

「……っ! やだ!」

 

「は……?」

 

瞳に涙を溜め込みながら拒み……、

 

「あすみ、ここがいいっ!」

 

涙目の上目遣いで睨みつけながら縋り付くあすみ。

 

「な、なんでだよ……。オマエ、助かるんだぞ……? その後は本当の親の下じゃねえかもしれねえけど、平穏に過ごせんだぞ……!?」

 

「やだっ……! あすみ、どうせまたいじめられるの……! 学校みたいにいじめられるの!」

 

「そんなモン分かんねぇだろ! 今みたいな状況よか絶対マシだろ!」

 

「やだ! 絶対いじめられるっ……! あすみがされた事、みんなに知られたくないっ! やだぁっ!」

 

あすみが、された事……?

 

「……親がクソだった子らが過ごす施設だろ? なら皆同じ条件――」

 

皆が虐待親の被害者、ないし孤児。

親のせいで施設で虐められる事なんてない。

何かに気付いたのか、そう言おうとした杏子の表情が固まり――、

 

「――アンタ、まさか……」

 

「……あすみ、毎晩新しいお父さんに裸にされてるの」

 

夜に裸にされる――

それは、つまり――

 

「――!」

 

目を見開く杏子。

そして――

 

 

――続いて、硝子が割れ、撒き散らされる音が響いた。

 

 

「――!?」

 

「な――、マミ――!?」

 

……マミさんだ。

マミさんが、硝子製の三角形のテーブルを叩いたんだ。

握り締められた掌は、激しく震えていて――

 

「……ひど……い……っ……!」

 

――唇を噛み締め、涙を流していた。

 

「ひどい……っ……! ひどいひどい酷い酷い酷いっ! 酷過ぎる……っ! 反吐が出そう……っ!」

 

怒り、なのだろう。

それも、優しいだけに吐き散らされた怒り。

……あすみの受けたであろう仕打ちは、とても言うに憚られる。

女の子が受けるには最低最悪過ぎる仕打ちだ。

 

「……っ、……うぅ……っ」

 

わたしもマミさんとほぼ同じ気持ちなのか、雫が瞳から溢れ出ていた。

怒りを通り越し、ただただ悲しかった。

よくも……、汚い欲望の排泄にのみに子を使えるものだな、と。

そしてそんな仕打ちを受けたあすみの胸中を思うと、胸と喉がつっかえる。

 

――そんな境遇に、放っておける訳がない。

 

「……っ!」

 

「……雪音お姉ちゃん……?」

 

気が付けばあすみを抱き締めていた。

 

「――お姉ちゃんが面倒みる……っ!」

 

「――――!」

 

かつてマミさんがわたしにしてくれたように、あすみを抱き締めながら誓う。

この子をひとりになんて絶対しない……!

地獄になんて置いてたまるか……!

 

「……ふ……うぅ……っ……!」

 

わたしの胸の中で嗚咽を漏らす。

呼応するように、より強くあすみを抱き締める。

 

「今日からお姉ちゃんが守る……! あすみを怖い目になんて遭わせない……っ!」

 

「う……ぐっ、……えっぅ……!」

 

わたしが助けるんだ。

誰も助けなくても、助けようとも、わたしが助ける……!

 

「ぁ……あり、がと……う……。おねえちゃん……っ、……ありがとう……っ……!」

 

「うんっ……よしよし……」

 

ふわふわな銀髪のボブカットを撫でる。

これであすみは、まっとうな子としての生活を過ごせるんだ……!

 

「……けど雪音、現実問題どうするんだよ」

 

……睨みつけながら、杏子が問う。

 

「どうせわたし身元不明だもん。何かあればいたくもかゆくもないわたしが犠牲になる」

 

「はぁ!?」

 

「だから、もしおまわりさんが来たら言ってあげて。 マミさんと杏子はわたしの言いなりにさせられたって。何も知らないって。だからマミさんと杏子は関係無くなれるの……!」

 

「っ……そんなこと言える訳ないじゃない……っ!」

 

「……それに、もしかしたらわたしの身元もわかるかもしれないし……ねっ」

 

先程の怒りが収まってないのか、未だ瞳に涙を溜めながら訴えるマミさん。

我ながら、ひどいしズルい提案だと思ってる。

 

「……はあ〜。くそったれ」

 

溜息を、頭を掻きながら吐く杏子は、

 

「あ〜アホくせえ。そん時はアタシが幻術で何とかするよ」

 

「佐倉さん……!?」

 

「……杏子……!」

 

……協力してくれるのか、杏子。

意外だった。

 

「二兎追うモノはなんとやらって言うけどさ。まぁ、あすみの気持ちと救いとアタシらの立場と雪音の安全を全部成立させるにソレしか無いってんならしょーがないだろ。雪音が犠牲になるこたあないよ。あーメンドクセ」

 

口こそ粗暴だが、初めて杏子の優しさに触れた気がした。

たまらなく嬉しい……!

 

「ありがとう杏子ぉ……!」

 

「礼ならまずあすみに言わせろ。コイツの為にわざわざ骨折ってやるんだぜ?」

 

……と、顎で指し示しながら促す。

 

「……あ、ありがと……。杏子お姉ちゃん」

 

「おうっ」

 

いたずら気味ではあるものの、気前良く笑みをニッと返す。

 

「……けど佐倉さん、大丈夫なの……?」

 

「なあに、こちらとら一応マミや雪音よりアウトロー生活歴長いんだぜ? ゆまン家に転がり込むまではな」

 

追ってくる大人のやりくりには慣れている、と言いたいらしい。

どの様な行為をしでかしたかには不問にしておこう。

 

「あ、もしかしたら雪音のが長いかもしんねーけどな?」

 

「む〜」

 

わたしは杏子みたいなヤンキーじみた子じゃない……。

 

「こら佐倉さんっ」

 

「ははっ、わりぃわりぃ。今のコイツはどう見ても人畜無害だもんな。昔は知らねーけど」

 

人畜無害。

それはそれで馬鹿にされてる気がしないでもない中……、

 

「ぷふっ……っあははっ」

 

「お?」

 

……あすみが笑った。

それも、年相応の子どもらしく。

 

「雪音おねえちゃん、おねえちゃんっぽくないなぁって」

 

「むっ! あすみまでそんな事言う!」

 

「だろ〜? コイツどっちかってーともっと下のガキって感じだろ」

 

「うんっ! 雪音おねえちゃんって言うかゆきねって感じよねっ!」

 

呼び方がなんとなく漢字からひらがな呼びにされてしまった気がしないでもない。

これはまずい。

お姉ちゃんらしくなくなってしまう。

と言うか口調を微妙に大人ぶらせてはいないだろうか、あすみ。

 

「こ、この〜! あすみ〜!」

 

「きゃ〜!」

 

手をわきわき開閉させながらあすみを追ってやる。

部屋の中だが追いかけっこだ。

 

「……よかった」

 

「よくねーよマミ。一応魔法で一仕事すんだから、その分グリーフキューブは寄越せよな」

 

「えぇ、それはもちろん」

 

「ったく、賑やかしやがって……」

 

「ふふっ。本当にねぇ……。よし……」

 

 

「こ〜らっ、あすみちゃん、詩織さんっ。ご近所に迷惑よっ」

 

「う……」

 

マミさんにまとめて叱られた。

子供かわたしは。

 

「ほどほどにねっ?」

 

「は〜い」

 

「うぐぐ……」

 

元気良く返事するあすみの傍、歯がゆいわたし。

 

「……は、は〜い……」

 

「よしっ。んじゃあこれから晩御飯といきましょうか!」

 

「わぁ! マミさんのごはん!」

 

「ご馳走になりますっ」

 

ぺこり、とお辞儀するあすみに……、

 

「そんなにかしこまらなくても良いのに……」

 

「……ご、ごちそうになるわ!」

 

「ぷっ、ふ、ふふっ……」

 

言い直した口調が無理に大人ぶった感じだったのが可笑しかったのか、噴き出してしまうマミさん。

 

「よし、アタシにもご馳走させろ。ご馳走になるぞ。食わせろ!」

 

「はいはいっ」

 

「メ〜シ! メ〜シ!」

 




誠に勝手ながら、今回よりR-15とさせて頂きます。
あすみの過去について最大限表現を曖昧にする様努めましたが、念の為……と言う事で。


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