マギア☆メモリーズ   作:弓洲矢善

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4話

 

休日だ。

晴天のもとでマミさんと歩くわたしの足は浮いていた。

 

「んふふ、ふんふふんふんふんふふんふん~♪」

 

「はしゃぎ過ぎじゃない……?」

 

「はしゃぎ過ぎてま~す」

 

わたしの記憶喪失は常識をも忘れてしまう様な類でなく、空が青いなんて事を忘れてしまう……と言う風にはならなかった。

けれど、この暖かい快晴の光景には新鮮さを感じられずにはいられなくて、ますますわたしの足が浮いてしまう。

 

「……良かった」

 

「???」

 

綻んでいた。

こちらに向ける表情が。

安堵する様に。

 

「あ、いえ……。……年相応に笑う様になってくれて良かった、って。初日の頃なんて、どうなっちゃう事かと……」

 

「……」

 

……今思った事を言うのがちょっと恥ずかしい。

いや、言わないと……。

 

「拾ってくれたのが、マミさんだったから……」

 

正体不明のわたしに、母親のように優しく接してくれたマミさん。

マミさんに拾われたから、わたしは生きていられてる。

それに……話に聞く、他の利己的な魔法少女達。

そんな人たちにでも捕まっていたなら、今頃どうなってたか……。

 

「わ、私そんな偉い事してないわ……」

 

「してるから居るんです。生きてるんですわたし」

 

「う……」

 

紅潮するマミさんの頬。

言ってるわたしも、同じくむず痒い。

 

「……ど、どういたしましてっ」

 

「む、むふふっ……」

 

……だから得意げな笑みで誤魔化しでもしないと、堪えられなかった。

 

「……けど、詩織さん」

 

「む??」

 

「年相応……って言っちゃったけど」

 

「うんうん」

 

「……ちょっと幼いかな……? って」

 

「ぶー!」

 

 

****

 

 

さて、集合場所。

 

「うーっす……」

 

気怠るげながらどこか舌足らずな……口調に似合わないあどけない声色と共に、時間通りにやって来た杏子。

しかしさやかの姿の方は見当たらない。

 

「あら? 美樹さんは?」

 

「ああ、さやか風邪だってよ」

 

腕を頭の後ろで組みながら、ぶっきらぼうに返す。

 

「え……大丈夫なの?」

 

「気にする事ないだろ。バカは風邪引かねえって言うしすぐ治る」

 

返しとしては投げやり気味ながらも、裏を返せばさほど心配はなさそうなのが伺える。

 

「もう……。そう言う事言わないの」

 

「へいへい。まぁ、まどかが看病してるらしいしちったぁ楽なんじゃねーのって」

 

聞きなれない名前についてはひとまず置いといて……、軽い風邪とは言っても、暇があればお見舞いでもした方が良いかもしれない。

暇……と言っても、わたしは今の所一日中暇ではあるが。

 

「よう雪音。あれから――」

 

「むっふー」

 

「イヤ誰だお前」

 

驚きと呆れが混ざった表情と共に放たれる、わたしへの第一声がコレである。

 

「は?? お前本当に雪音?」

 

「いぇす」

 

「記憶喪失の雪音?」

 

「おふこーす」

 

「うそつけ! お前もっと泣き虫だったろ! ってかもっと情緒不安定っぽかった筈だぞ!」

 

「ぶ~!!」

 

「頬膨らますなうぜえ!あと初っ端からアタシをドヤ顔で眺めてんのマジなんなんだよ!」

 

昨日マミさんから聞かされた、"妹"としての杏子の話を連想してたのもある。

 

「杏子にもかわゆいところあるんだなぁ、って」

 

「は??」

 

目をぱちくりさせながら首を傾げ……。

 

「ああ!?」

 

顔を赤くする杏子。

 

「おいマミ!」

 

「うん、なあに?」

 

「おまえまさかアタシがマミの事どう思ってるかって言ってねえよな!? あの時の話してねえよな!? な!?」

 

「したわ」

 

ニッコリと微笑んで返すマミさん。

 

「な……な……っ!」

 

わなわなと震えだし、ただでさえ赤かった顔がますます更に赤みを帯びる。

耳まで赤い。

 

「ば、ばかやろ~!!」

 

「マミさんは杏子のお姉ちゃん的存在だったんだねー」

 

「う、うっせ! なんで今更そんなのほじくり返すんだよ! ゔぁ〜かゔぁ〜か!」

 

 

****

 

 

あのあと杏子に強制的に話を終わらせられてしまった。

 

『あーもううっぜうっぜ!! 腹減った! メシ行くぞ! メシ行くぞ!』

 

……と、やけ起こしてるのか、照れ隠しなのか、実際腹が減ってるのかは知らないがメシの話で遮られてしまった。

と言う訳で今はバーガー屋に居る。

 

「あ〜クソっ。クソっ」

 

「もぎゅもぎゅ」

 

やけ食いする杏子を眺めながら、記憶喪失後初めてのハンバーガーを食す。

 

「……マミさんのごはんのほうがおいしい」

 

「ったりまえだろ何言ってんのお前。こう言うのはゴミ食ってるようなモンだろ」

 

いや、ゴミは言い過ぎだ。

いくら毎日食っていれば体に悪そうな物だからって……。

 

「そう言う事言わないの。と言うか佐倉さん、食べ物

は粗末にしないんでなくて?」

 

「うん。粗末にする奴は殺すよ。けどマズいモンはマズいだろ。アタシは食いきるけど」

 

今物騒な動詞が聞こえたような。

 

「え、わたし殺されるの……?」

 

「おう」

 

「ひぃ!」

 

怖すぎる。

食物を残しただけで殺害されるとは。

やはりこの子は凶暴過ぎる。

 

「冗談だっての本気にすんなよ! まぁ要らなくなったらアタシに寄越せ。全部食ってやる」

 

「ほっ……」

 

「捨てるとかしたら割とマジで殺すからな」

 

「そ、そんなのしないもん」

 

「おーけい」

 

流石に食い物丸ごと投棄は罪悪感を禁じ得ない。

 

「そーいや雪音ってマミの紅茶飲んだんだっけ」

 

「うんっ!」

 

香りも高く、体の芯から温めてくれる素晴らしいものだった。

 

「じゃ〜このコーヒー飲んでみろ。お前をコーヒー派にしてやる」

 

「ちょっと佐倉さん!?」

 

「これでコイツは紅茶派からコーヒー派に乗り換えるんだぜ。ざまあみろ」

 

「む……! 聞き捨てならないわね……!」

 

割と真剣に話に乗り出すマミさん。

……いや、紅茶派のマミさん。

 

「ほら雪音〜。ブラックコーヒーだぞ。ほ〜れイッキ! イッキ!」

 

「う……」

 

「こらっ! 新歓酔い潰しみたいに言わないの!」

 

目の前にアイスコーヒーが差し出される。

真っ黒で、いかにも苦そうなオーラを醸し出している。

 

「え、えっと……詩織さん? 嫌ならちゃんと言うのよ? 無理しなくていいのよ……?」

 

「……っ」

 

……けれど、飲まず嫌いはよくない。

記憶失くす前のわたしが紅茶派かコーヒー派だったかは知らないけれど、もしかしたらハマる……かも。

それにもしハマったら、マミさんの淹れるコーヒーと言うのも飲んでみたい。

 

「……飲みますっ」

 

「ちょ、無理しないで……!」

 

「飲むんですっ!」

 

「……が、頑張ってね……?」

 

「う、うんっ……」

 

覚悟と共に頷き、恐る恐るコップを口に運ぶ。

漆黒の泥水の様な、濃そうなコーヒーがわたしの視界を覆おうとしている。

 

「……んぐっ!」

 

口に含み、一思いに飲み込んだ。

そして……。

 

「うげー……」

 

苦かった。

どうもわたしは紅茶派らしい。

 

「だ、大丈夫……?」

 

「にがいよ〜」

 

「そ、そうよね……!? コーヒーなんて泥水よね……!?」

 

「マミちょっとそれ言い過ぎじゃね。ほむら辺りが聞いたらマジギレ起こすぞ」

 

……ほむら?

誰だ。

 

「え、彼女コーヒー派だったの!? て言うかいつ暁美さんとお友達になったの!?」

 

「いや、知らねえけどさ……まだ会話すらした事ねえし。遠目に見りゃいつも缶コーヒー飲んでるんだよアイツ」

 

「へ、へぇ……そう……」

 

「と言うかこいつ紅茶派かよ〜。ガキみてえな舌してんのな」

 

「ふえ〜ん。マミさんの紅茶が恋しいよ〜お口直ししたいよ〜」

 

「それより佐倉さん。なんでこの子に無理矢理コーヒーなんて飲ましたの?」

 

「いや〜こいつをコーヒー派にしてマミの紅茶を独占してやろうと思ったのさ」

 

なんだそれは。

意地汚すぎる。

セコい。

 

「佐倉さんあのねぇ……!」

 

「あ、やべ〜」

 

失言だった、とばかりに口を尖らせながら視線だけ明後日の方へとやる。

 

「……はぁ。紅茶切らす程余裕無いわけじゃないから、今度ゆまちゃんとでもうちに好きなだけ遊びにきなさい」

 

「おっ! サンキューマミ!」

 

「世話の焼ける妹ね本当……」

 

「わっ! バカっ! 今それ言うな! 妹言うな!」

 

「ふふっ、嫌だった?」

 

「……」

 

バツが悪そうに、恥じ入ってるのか目を伏せる杏子。

 

「……嫌じゃねーし」

 

「知ってるわ」

 

微笑みながら、いたずらに返すマミさん。

 

「……さて、詩織さん」

 

「う、うん」

 

「楽しみにしててね? あなたの為なら毎日美味しい紅茶入れてあげるわね?」

 

わたしが完全なる紅茶派と知るや否や、目を輝かせながら迫ってくる。

 

「ね? ね? ね?」

 

「は、はひっ」

 

願ってもない嬉しい事だが、少し迫力があった為に若干引きつつ噛んでしまう。

真面目で優しいマミさん、と言うのが今までの印象だったが、只今の茶目っ気があり且つ紅茶には狂気的マミさんを以って若干イメージが壊されてしまった。

 

「……」

 

杏子の友達……ではないらしいが、ほむら? とやらに出会った時にはブラックコーヒーをプレゼントして差し上げる事を覚えておかないと……。

 

 

****

 

 

腹ごしらえも終わり、次はゲーセンへ……と言ったところだったが……。

 

「は〜? 本屋なんて後で良いじゃんか〜」

 

「良くないわ。取り寄せてもらってた本が今日やっと来たみたいなんだから……」

 

「何の本だよ〜」

 

「数学の参考書」

 

「そんなモン無くてもマミなら勉強なんとかなるだろ〜」

 

「買い被り過ぎよ。中学の頃の先生は良かったけど、高校の方の先生が……ちょっと……」

 

「あ〜、ハズレが当たっちまったのか」

 

申し訳無さそうに言葉を濁していた所を直球で言ってのけてしまった。

やれやれ仕方ない……とも言いたげに、杏子は、

 

「んじゃ好きに物色しとけ。アタシは先に雪音と一緒にゲーセン行くから」

 

「えっ!」

 

マミさんと一緒の方が良かった。

……と、思ってた事が伝わってしまったのか、

 

「ほ〜ら行くぞ雪音」

 

「うぅ〜……」

 

ズルズルと引き摺られながら強制連行されてしまう。

 

「そんじゃ〜な〜、マミ〜」

 

「え、えぇ……お気をつけて〜」

 

「う〜……」

 

「な〜に寂しそうに眺めてんだよ犬かお前は」

 

「ぶー!」

 

 

****

 

 

「よーっと……」

 

某ダンスゲームを、軽快かつ素早いステップで矢印を踏み抜き難曲らしき曲をこなす杏子。

後ろの手すり――いや、バーと呼んだ方が良いのか――に捕まりながら。

 

「なんでそんな変な踏み方するの……」

 

「変って〜?」

 

「手すり……」

 

「この方が重心整えられっからさ!」

 

……上級者の考える事は良くわからない。

 

「……っと」

 

只今一曲クリアした模様。

ゲームにしては激しめの運動だったのか、若干汗まみれになりながら塩ライチをガブ飲みしつつリザルトをチラ見し、

 

「っし! パフェコン来た!」

 

「す、すごいね……」

 

「雪音もやるか?」

 

「い、いいです……」

 

ゲームと同列に語るべきではないのかもしれないが、練習とはいえマミさんにボコボコにされたわたしが運動神経に自信を持てる訳が無かった。

 

「っつかさ、雪音の魔法って何さ」

 

「え……?」

 

知らないのか。

てっきり既にマミさんから聞かされてると思ってたものだったが……。

 

「……真似?」

 

「は?」

 

「え、えっと……。マミさんのリボン魔法と銃を真似しちゃったら出来ちゃって……」

 

正直わたしにもよく分かってない。

なんとなく直感でマミさんの魔法を真似してみたら出来てしまったと言う結果論から、わたしの魔法はとりあえずは真似と称する他ない。

そんなわたしへ向ける杏子の表情は、

 

「――」

 

「……杏子……?」

 

怒ってる訳でもない。

憎悪を込めてる訳でもない。

……無表情でいる様に見えて、驚愕と恐れが漏れ出している……そんな表情だった。

 

「……オマエ、意味分かってソレ言ってんのか」

 

「ま、マミさんにもおんなじ様な事言われちゃって……」

 

「そォかい……」

 

「……うぅ」

 

露骨に声が冷ややかだった。

まるで謂れのない理由人格すら否定されている様で、不快感を拭えない。

 

「……っつかマミの奴遅えな。どうした」

 

「あ……」

 

杏子のゲームと話のせいで気付かなかったか、言われてみればだいぶ時間が経っている。

 

「……QINEすっか」

 

赤いスマホを取り出し、SNSでマミさんと連絡を取ろうとし、

 

『佐倉さん! 詩織さん!』

 

連絡を取ろうとしたところで、マミさんの声が直接頭の中に響き渡る。

魔法少女にだけ備わったテレパシーだ。

 

『どうした。魔獣か』

 

『ええ! それも小さな女の子が襲われてる!』

 

『――! ゆまか!?』

 

『違うわ。けど魔法少女じゃない一般人よ! 早く来て……!』

 

『おーけい。分かった』

 

 

「……と言うことだ、雪音」

 

「う、うん……!」

 

マミさんと戦闘の訓練はしていたが、実戦は初めて……今回が初陣だ。

 

 

****

 

 

ショッピングモールの中でも人気がなく、改装中のまま放置された薄暗いフロアー。

魔獣が現れた場所と言うのは、ここだ。

 

「ふッ――!」

 

マミさんが既に応戦中。

それも、銀髪の少女を抱き抱え、守りながらの戦闘だ。

 

「ぅ、うわぁぁぁあ!」

 

「大丈夫……! 絶対私たちが守る……! 守ってあげるからね……!」

 

「ぅ……ぅぅ……! っ……」

 

泣き叫ぶ少女を、微笑みを向けてあやす。

けれど息は若干荒く、余裕はあまりない事を示唆している。

 

「――雪音。覚悟は出来てるな?」

 

「……」

 

僧侶の様な風貌の魔獣がおよそ4体。

1体ずつを3人で分担しようとも、誰か1人は2体を処理せねばならない。

 

「アタシが2体ぶっ潰す。オマエはマミを援護しとけ」

 

子供を抱えてる様では、いくらマミさんと言えども若干不利だから、か。

 

「……わかった」

 

「ようし。んじゃオマエの戦法って大体はマミのやつと同じって事で良いな?」

 

間違ってはいない。

が……、

 

「け、けど途中で杏子の戦い方も真似しちゃうよ?」

 

「ははッ――」

 

いたずらな笑みを浮かべ、その直後――

 

「――誰がオマエに手の内明かすかよ」

 

八重歯を剥き出しにし、口角を吊り上げる様な挑発的な笑みをわたしに向けてきた。

 

「――行くぞ」

 

「う、うん……。――!?」

 

その一声を合図に、赤い影が魔獣2体へと直進していた。

速さは目で捉える事かなわず、紅の鎖が鞭のように魔獣を嬲り、火花を散らている。

 

杏子の魔法はすなわち、槍を分解して多節棍化する……と言う事か。

ならば、マミさんのリボンと銃を真似した時の様にイメージしよう。

わたしの手には槍、そして鎖に分解出来るモノで――

 

「……あれっ……」

 

……出来ない。

杏子の武器を真似しようとも、イメージが頭に浮かばない。

 

「何ボサっとしてんだ! さっさとマミの所へ向え――!」

 

遠くから叫ばれる。

 

仕方ない。

中近距離戦にも便利だと思ったのだが、拳銃のみでなんとかしよう。

 

 

****

 

 

「マミさんっ! 助けにきました!」

 

「――! 詩織さんはこの子をお願い! この子、どうしてかコイツに狙われてる!」

 

守ってた子をマミさんから預けられる。

 

「っ、ぅ……うぁぁ……っ」

 

泣きべそかく銀髪の子。

ふんわりとやわらかな髪でいて、見た所小学6年生辺りか、中学1年生か……と言ったぐらいのあどけない少女。

こんな魔獣共に襲われては、立てない程に泣いてしまうのも無理はない。

 

「で、でもマミさん……。わ、わたし、この子の安全なんて……っ」

 

……わたしは戦力的に未熟だ。

マミさんみたいに、守りながら戦うなんてとうてい出来る自信がない。

……が、

 

「あなたがこの魔獣を相手にする必要はない! どうかその子を守りながら防戦に徹して!」

 

「えっ……」

 

「それに……やられる前にさっさと私がやっちゃえば良いのよ!」

 

徹底的に足手まといを排除したうえで片付けるつもりだろう。

つまり、わたしは実質戦力外。

 

「……はいっ」

 

「……今どう思われてるかは分かってるつもりで言うけれど、どうか自分を責めないで。その子を少しの間守り通す事も戦いのうちで、無理に前に出る事をしようとはしないあなたも決して愚かじゃないんだから……」

 

厳しい状況ですら弱さを自覚せずに前に出る奴は単なる阿呆だ、と言いたいのだろう。

そんな阿呆ではないわたしは愚か者ではない、と。

歯がゆく悔しいが、認めなければ活路はない。

 

「――さぁ、ここからよ! 魔弾の舞踏(ダンザデルマジックバレット)を見せてあげる!」

 

――マミさんが飛び立つ。

否、天井にリボンを射出し突き刺しバネ代わりにし、引き寄せられる様に飛び立ってった。

 

「――――! ――!」

 

幾千もの魔弾の雨が魔獣を貫く。

魔獣の悲鳴めいた咆哮が響く。

 

「――こっちよ!」

 

銀髪の少女への注意を反らすべく、敢えて注意を引きつける。

ワイヤーアクションのようにリボンを介して飛び回りつつ、12方向から弾丸を浴びせる。

満開の花が花弁を散らすがごとく火花を散らし、もはや魔弾雨などでなく、暴風とも言えよう。

 

「――はッ!」

 

吊るされた単振り子の要領で勢いを付け、魔獣の頭部に蹴りを撃ち込む。

重心が偏り、重みに耐えきれなくなった魔獣が地に伏す。

 

「――これで最後の――」

 

リボンを何重にも巻きつけ、もはや銃とも言い難い大砲じみた巨大な銃身を作り出す。

 

「ティロ――」

 

魔力を溜め込み、

 

「――フィナーレッ!」

 

速度と質量を伴った砲弾が、地に伏している床と共に魔獣を挟み圧殺する。

下の階に影響は無いかとも思われたが、影響が出る前に砲弾はリボンへと分解された模様。

 

「……ふぅ」

 

こちら側での戦闘は終了。

マミさんが引きつけてくれたお陰で、こちらが動かなければならない機会はほぼ無かった。

一方杏子の方は……、

 

「おつかれー。こっちも終わったぜー」

 

「えぇ、お疲れさま」

 

彼女の方も無事に処理が済んだらしい。

 

「……そのガキ、どうなんだ」

 

「大丈夫。心は食べられてないわ」

 

「そうかい」

 

「――ところで佐倉さん。何でロッソ・ファンタズマを使わなかったの?」

 

ロッソ・ファンタズマ。

杏子固有の魔法の名前か。

 

「だって、見せちまったらコイツに真似されちまうだろ?」

 

「っ……」

 

……ここまで否定的に言われると、悲しくなってくる……。

 

「佐倉さん、だからって……!」

 

若干……いや、それなりの怒りを込めて返すマミさんに、

 

「だから何だよ? コイツが信用出来ると思ってんのか?」

 

「っ……うぅ……」

 

わたし、やっぱり信用されてないのか……。

マミさんから聞かされた杏子の思いから、一概に否定するつもりはないが、実際こうも言われると傷心せざるを得なかった。

 

「信じたい……! この子に不幸な目に遭わせるものですか!」

 

「あァそうかい! じゃあ言うけどな!? 昔のコイツがとんでもねえ血も涙も無い様な極悪非道な化け物だったらどうすんだよ!? 手の内知られた挙句惨殺されて終わりだろうが!」

 

「佐倉さんッ! 言って良い事と悪い事があるわ!」

 

「気を抜いて良い事と悪い事もあんだろうが! あぁ、確かに"今のコイツ"はマミの言う通り素直で誠実なヤツだろうさ!」

 

「……!」

 

マミさん、密かにわたしの事をそう思ってくれていたのか。

罵倒される中でそう言ってもらえると、少し泣きそうにすらなる。

 

「だがな、昔のコイツを知ってて言ってんのか? 根拠あんのかっての!」

 

「それなら佐倉さんも知った風に言わないで! 根拠もなしに……!」

 

「あぁ言えばこう言うかよ! 今のコイツの可愛さ余って、アタシ等が死んじまったら元も子もないだろうが! 『ずっと一緒に家族として生きてく』んじゃないのかよ!」

 

「……それは……」

 

「アタシも胸糞悪い事言いたくってこんな事言っちゃいないんだよ。分かれよ……!」

 

「……」

 

……涙ぐみながら俯くマミさん。

もう返せる言葉は無いらしい……。

 

「……ったく……。雪音もゴメンな」

 

「え……」

 

「別に"今のオマエ"を虐めたいワケじゃあないのさ。けどな……、人の"願い"をコピー出来る奴なんて目の当たりにしたらどうしても警戒はしたくなる。分かってくれ」

 

「……うん」

 

そんな事ぐらい、頭では分かってる。

けれどどうしても、罵倒の様に聞こえざるを得なかった。

最後に杏子がこう言ってくれてるだけ、この子なりに誠意を見せてくれてると取っても良いのだろう。

いや、取るべきだ。

 

「……で、このガキは……」

 

「っ……ひぃ……っ」

 

先ほどまで喧嘩してたからか、マミさんと杏子に視線を向けられただけで縮こまってしまう少女。

 

「……え、えっと、そ、そんなに怖がらなくても――」

 

「あー……こう言うのはムリだ。雪音に相手させた方が早い」

 

「えっ……!?」

 

わたし、子供の相手なんてした事ないし、それにわたしも子供の様なものだ

子供をあやせなんて頼まれても出来るとも思えない。

 

「オマエ、アイツから見たらいじめられっ子だろ。多分警戒心無いぜ大丈夫大丈夫」

 

「う、うう……」

 

理にかなってる……のか?

少しの理不尽を感じない事もないが、まぁ請け負う

しよう。

 

「……こ、こんにちはっ」

 

「……」

 

少ししゃがんで、このこの子目線と合わせる。

見下ろされ支配されるような感じを少しでも無くすためだ。

その方が不安も減るだろう。

 

「わたし、詩織雪音っ。君のお名前は?」

 

「……」

 

涙で瞳を潤わせ、ふるふると唇を震わせながら、ゆっくりと口を開く。

 

「――すみ……」

 

「うん……?」

 

 

「――神名あすみ、です……」

 


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