「んぅ……」
朝だ。
この初めての朝まで、夢を見ることはなかった。
「ん……」
台所から音と香りが漂ってくる。
マミさん、早めに起きて朝食を作ってくれてるのか……。
****
「ぐっもーにんです……」
「あら、おはよう。ちゃんと眠れた?」
「うん……。おかげさまで」
泣き疲れたのと拾ってもらえた事による安堵感からか、特に魘される事のないまま眠れてしまったのだろう。
「何か手伝えることありませんか」
「えっ、そんな別に良いのに……」
「でも……」
拾われたっぱなし居座りっぱなし……と言うのも、どうにも居心地が悪い。
お世話になるんだから、恩には出来うる限りの恩で返したい。
「……だめ、ですか……?」
「……」
指を口に添えつつ、少し間を置いて――
「……ふふっ。じゃあこっちお願いね?」
微笑みを向けつつお願いされてしまった。
なんとなく言わんとしてる事が通じてくれたらしい。
「……うんっ!」
****
そうこうしてる内に朝食タイム。
「~~~~~~~~っ!」
美味しい。
マミさんの作る朝食がとっても美味しい。
「こーらっ。そんなにガツガツ食べないの」
「ふぁい……」
「ふふっ」
パンとオムレツとソーセージとサラダと……。
メニュー自体は普通だけれど、オムレツのとろけるような、かつふわふわ感がすごく良い……。
「昨日はご馳走しそびれたけれど、帰ってきたらケーキとお茶しましょうね?」
「わぁ……!」
「特に紅茶には自信があってよ?」
「うん……! うん……!」
杏子が一言いってたものか。
昨日は彼女に哀れむ様に言われたものの、わたしからしてみれば楽しみこの上ない。
けれど、『帰ってきたら』か……。
「……マミさん、学校行っちゃうんですよね……?」
「え、えぇ……まぁ……」
行くな、とは決して言うつもりはない。
けれど、何となく胸が痛い。
「寂しいのね?」
「……昔のわたし、マミさんと同じ学校だったら良かったです……。って言っても、まだわたし中学生なんですけどね」
寂しいのもあるけれど、マミさんと同じ様に学生生活が送れない……と言うのが悔しくもあった。
……やっぱり寂しい、と言うのが一番大きいか。
「……念の為、詩織さんが見滝原高校に居なかったかどうか調べてくるわね? あと見滝原中学の方にも在籍が有るか、美樹さん達にも調べる様に言っておくわ」
「――! うん!」
念の為、と言う事は可能性自体はやはり低い事に変わりはないのだろう。
けれど運が良くば、わたしも学生生活を……。
「それじゃあ行ってくるわね? あとそれから、帰ってきたらお茶だけじゃなくて魔法少女の訓練もやるからね~!」
「は~い!」
****
マミさんが出掛けて独りになり、手持ち無沙汰となったわたし。
「うーん……」
何となく鏡の前に立つ。
目の前には、真っ白な少女――わたしが写っている。
しかし見れば見る程白い。白過ぎる。
「……うーん」
その上かなりの長髪。
これでは色も相まってあまりに浮世離れし過ぎている様にも思える。
色自体はどうしようもないけれど、もっとこう……形だけでも皆に親しみやすい様には出来ないものか。
「……ごめんなさい、マミさん」
化粧台にあるリボンを勝手に拝借する事にした。
マミさんごめんなさい。
「よいしょ……」
白く長い髪をサイドに括る。
そしてもう片方も括る。
「……よし」
ツインテール・わたし……の出来上がり。
「んっふっふー」
なかなか良い感じだ。
先ほどのわたしに比べれば、幾分かは快活なイメージを抱かないでもない。
「……むふー」
得意げな顔――ドヤ顔を鏡に向ける。
それから頭を振って、テールを靡かせてみたり……。
「よっしゃ」
帰ってきたらマミさんに見せびらかしてみよう。
「……」
……勝手に拝借したリボンについてはどう説明しようか。
****
……それから数時間して、夕方……と言うか、もう夜に近い。
「……うー……」
マミさんがまだ帰って来ない。
まずい、すごい寂しいぞ。
「むー……」
手持ち無沙汰過ぎてベッドの上でバタ足するも、落ち着けもしない。
「……うぅ」
道中で良からぬ事でもあったのだろうか。
それとも、やっぱりわたし捨てられたのでは……。
「……違うもん」
……それはないと思いたい。
と言うか、それのせいで帰って来ないのならばマミさんの帰る家がなくなる。
帰る家はここのはず。
それに何よりも、疑いたくはない。
じゃあ、道中で誰かに襲われた……?
「あー……、うー……!」
バタつく足がいよいよ早くなってきた。
わたしの限界も、どうやらここまでの様だ。
****
それからもうしばらくして、ようやく……。
「ただいま! ごめんなさい! 遅くなった!」
勢い良く開かれる扉の音とほぼ同時に、彼女の声が響き渡る。
「詩織さ――」
「むー……」
……別に怒ってなんかない。
文句を言おうって気もない。
そしてマミさんは何も悪くない。
けれど、わたしの向ける視線がそう見えたのか――
「……お、怒ってる……?」
「怒ってませんっ」
「……泣いちゃっt――」
「泣いてませんっ!」
泣いてるつもりはなかったが、そうなのか……。
涙ぐんでいたのか。
「……泣いてる認定だけはやめてください。その……恥ずかしい……し……」
「ご、ごめんなさい……」
今回のは本格泣きではないにしろ、昨日の事もあるし、いい加減泣き虫と見られない様にはしておかないと。
でないとわたし、色々とダメな子として見られてしまう。
「え、ええと……詩織さん……」
「なんですか」
「う……」
やっぱり怒ってると取られてしまったのか、気まずそうに……言いにくそうに縮こまる。
なんというか、その……ごめんなさい。
……とだけでも、言えれば良いのだけれど、どこかむず痒さを覚えて言えない。
「遅くなっちゃった訳なんだけど……」
「むー……」
「……これ……」
「……むっ?」
差し出されたのは、純白のボディのスマホ。
「今日みたいな事があったらいけないから、その……いつでも連絡が取れるようにと思って……、詩織さんのスマホを……」
「……」
……ああ、マミさん。
わたしのぶんのスマホを契約して、こんな時間まで……。
「……ごめんなさーいっ!」
「わっ」
詫びる。
抱きついて詫びる。
むず痒さなんてもう知らない。
「あんな態度とってごめんなさいっ! そしてありがとう!」
「え、あ……う、ううん! いいの! 気にしてないから! て言うか苦し――」
「ありがとうございます~っ!」
「う、うう……! もう、詩織さんっ……!」
「……ところで詩織さん」
「? はい?」
「髪型、可愛いなあ……って」
「でしょでしょ」
「ふふっ。あげるわね、そのリボン」
「はいっ。……あ」
勝手に拝借したのバレてる。
「……あ、ありがとうございます」
「うふふっ」
「……あとそれから、在籍の件だけれど……」
見滝原高校、もしくは見滝原中学にわたしの名前が無いか? と言う話だった。
「残念ながら……」
……無かった、か。
「……そう、ですか……」
……学校、行きたかった……。
「……でも、いつかは絶対行ける様に私も手伝うつもりだから、それまで詩織さんの学力が追い付く様に勉強も見てあげるから……ね?」
「……うんっ」
もう充分至れり尽くせりなのだけれど……。
****
人気のないところで、約束通りマミさんと一緒に魔法の鍛錬をする事となった。
既に両者共変身済みで、標的はドラム缶。
「それじゃあ詩織さん、早速だけどあなたの魔法見せてくれる?」
「了解ですっ」
はりきる返事をマミさんに投げかけ、ドラム缶へと手をかざし――
「やっ!」
――力を込めた。
……が。
「……」
「……」
……何も起こらない。
と言うか、そもそも――
「……あの、マミさん」
「え、えぇ……」
「魔法ってどうやって使うんでしょう??」
「えっ」
一度心得てしまえば、魔法少女が魔法を使う事なんてそれこそ肢体を動かす事と同等に軽々と出来る筈。
だがわたしは、どこを動かせば良いのかまるで分からない。
「……佐倉さんのケースと同じなのかしら」
「??」
……と、指を口元に添えて考え込みながら。
「……魔法少女の魔法ってね、願いを源にしているのはご存知よね?」
「え、うん……」
「万が一、後ほどその願いを否定しまったとしたら……?」
「あ……」
自分だけの魔法が使えなくなる……?
「……残念ながら、今詩織さんが考えてる通りの状態に置かれてると思うの」
「そんな……」
魔法が使えない。
だったらわたし、足手まといでお荷物などころか、戦えすらしないじゃないか……!
「あ、でも……! 汎用魔法ならどうにか出来ない事もないわ! 現に私、そう言う子一人だけ見たことあるから……!」
「ほっ……」
なら戦えない事もない、か。
と言うか汎用魔法でどうにかした子とは、先ほど呟いてた杏子の事なのだろう。
プライバシーの為か、詳しくは話したがりはしないけれど。
「……さて、まず私の魔法を見せるわね。それから前提にして汎用魔法で連携取って戦える様になりましょう?」
「わー!マミさんの魔法!」
やっとお披露目と思うと心が躍ってしまう。
そんなわたしを尻目に、ピストルをかたどった人差し指に黄色いリボンが纏わって――
「これが私の魔法、リボンよ」
――銀色のマスケット銃が彼女の手中に作られていた。
「色んな物を繋げたり、応用してこんな銃も作れちゃうの。傷口を繋げる……と言った感じに回復魔法もお手の物よ?」
「……」
こちらに得意げな表情を向けて語る。
……けど、この程度の魔法ならわたしにも……もしかして……。
「……えい」
わたしも人差し指でピストルを作って――
「えっと、これは自分だけの魔法だから……他の子には出来な――」
――リボンのような物を生んで、拳銃を作ってみたい。
そう念じると――
「わぁ!」
「――え」
――水晶でかたどられた拳銃が、わたしの手の中に収まっていた。
「やった……! やってやりました! マミさん!」
「――――」
「……マミさん?」
目を点にし、驚愕したまま固まっている。
わたし、何かいけない事でもしてしまったのだろうか。
「……うぅ」
「――えっ? あ、う、うん……。じょ、上出来……よ?」
「???」
褒めてもらえたのは嬉しいけれど、未だどこか困惑気味。
それが不安を掻き立ててたまらない。
「……えっと、わたし……なにかいけないことでも……?」
「……魔法少女各々の魔法って、本来真似出来ないものなの」
「え……」
ひょっとして、かなりマズい事なのでは。
それも、ズルに近いような……。
「……まぁ、そう言う事もあるわよ……ね……?」
「???」
「詩織さんの才能が飛び抜けて良かった、と言う事で」
「……」
これは間違いなく褒められた。
完全に褒められた……と言う事で良いだろう。
「むふー」
「そのドヤ顔ちょっと悔しいからやめて頂戴」
「は~い」
マミさんみたいに出来たお姉さんでも悔しがる。
そんな一面にちょっとばかりの親近感を覚えて、なんだか嬉しさも感じられずにはいられなかった。
「……さて、今日はもう遅くなっちゃったから、次の練習はまた明日、って事で」
「うんっ」
「あと……こう見えて私スパルタだから、明日からの練習は覚悟しなさいね?」
「う、うん……」