1話
――ああ、そうか。 わたしには記憶が無いのか。
言われて初めてそう自覚したわたしは、あの後マミさんの家に連れて来られた。
そして全身サイズの鏡を見せられたわたしは――
「……これが、わたし……?」
「重症じゃんか……」
肌は白く、陶器……と言うよりも透き通りそうとまで形容出来る程で、瞳はルビーの様に紅く、長髪は金糸でもなく銀糸でもなく、純白だった。
わたしは、そんな自分の姿さえも覚えてなかった。
同じく、かつてわたしが何を願って、無色透明のソウルジェムを授かって魔法少女となったのかさえも覚えていない。
「どうすんの……。 この子、これじゃあ住んでる所も分かんないんじゃ……」
「……」
さすがにこんな有様では危なっかしいと思ったのか――
「……詩織さん」
「うん……」
「うちに住んでみる気はあるかしら?」
「え……!」
わたしが、マミさんのこの家に……?
願ってもない、うれしい事だけど……。
「け、けど、迷惑なんじゃ……」
「じゃあ住むあてはあるの?」
「う……」
ない、けど……。
「……私の迷惑なんか考えないで。寧ろ、今あなた自身が生き残る事だけ考えて」
自分が、生き残ること……。
そう口にするマミさんの傍ら、やけにバツが悪そうな表情を浮かべる杏子。
さやかのほうも、どこか悲しげな様子。
「……ズルいです。はいかYESの質問です……」
「ええ、そのつもりよ?」
ニコリと微笑むマミさん。
優しいうえに、こんな……こんなズルいうえに慈悲に満ちた提案をしてくる……。
わたしはそれがむず痒く、すごく嬉しくもあって、好きになりそうだった。
そんなマミさんに、わたしの答えは――
「……よろしくお願いします!」
申し訳ないけれど、ご厚意に甘えることにした。
敢えてここで無碍にするのも、寧ろマミさんに失礼かもしれない……。
「――! ええ、ええ……! こちらこそよろしくね、詩織さん……!」
……本来喜ぶのはわたしの方だろうに、満面の笑みで喜ばれてしまった。
「あーあ、知らねーぞー。紅茶とケーキばっか食わされっぞー」
「もう! 佐倉さん!」
「ん~? 杏子ぉ~? 弟子時代にバカスカ食ってたのは誰だったかな~?」
「う、うっせ! うっせうっせバーカ!」
杏子がさやかにイジられてる……。
さっきの怖い杏子のイメージしか無かったからか、少し意外だった。
「っと……。んじゃそろそろ帰るよマミ。ゆまとゆまのじっちゃんが待ってっからな」
「あー、あたしもそろそろ失礼しまっす」
「ええ、また明日ね?」
そろそろ日が暮れたからか、杏子とさやかがそれぞれ帰ってった。
****
さやかと杏子が帰ってってしばらくして――
「……ごめんなさい、詩織さん……」
「え……?」
「その……、さっきの佐倉さんの件……」
杏子がわたしを問い詰めた件か。
けれどあれは……。
「何でマミさんが謝るんですか……?」
「……あの子と師弟だったの、私」
「あ……」
さっきさやかが言ってた弟子時代……とはそう言う事か。
「詳しい事はあの子自ら語らない限りは伏せておくけど、あの子もあの子でいっぱい修羅場潜り抜けてきたから……。それで私達を守ろうと、あんな対応取っちゃったんだと思うの」
けれど――と、一呼吸置いて……。
「それでも、詩織さんが……嘘なんかじゃなく本気で泣いちゃってた以上決して言い訳には出来ない話だと思ってるわ」
「……」
「うん……?」
「は、恥ずかしい……な……って、あ、あはは……」
言い訳なんかしようって訳じゃなく、本気で想われてる……というのがなんだかむず痒い。
思えば泣いてた所を見られたのも、正直かなり恥ずかし過ぎる。
けれど、それ以上に嬉しくてむず痒い……と言うのも大いにある。
「ご、ごめんなさい……」
「ううん、すっごく嬉しいです! でも……」
決して疑う訳ではない。
むしろこんなに優しい人、絶対に疑いたくない。
でも……。
「……わたし、わけわかんない人間なんですよ……? なのにマミさん、なんで……こんなわたしを拾ってくれたんですか……?」
「……」
神妙な面持ちで少し考え込んでから――
「……お父さんとお母さんがわからないと、どんなに寂しいか……って」
そういえば、もう夜だと言うのにマミさんのご両親らしき姿が見当たらない。
なら、マミさんの家族は……。
「……そう考えちゃったら、どうにも放っておけなくて……、いや、放っておいちゃ絶対ダメだって思ったの」
――あ、だめだ。
わたし……。
「……っ、ぅぅ……」
「――! し、詩織さん……!?」
あたたかいものが頬を伝ってた。
だめだ……。
わたし、何でこうも涙もろいものか。
「っ……ごめ、なさ……っ」
「えっ……?」
「……ううん、……ありがとう……っ。ありがとう、ございます……っ」
決して疑ってはいなかった。
けれど、何でこんな質問をしてしまったんだろうか……と、"そう言う事"に気付いてから自分が嫌になった。
そして、得体の知れない私を拾ってくれた汚れのない慈悲に、胸がつっかえてしまった。
「……いいのよ……」
優しく、暖かく抱きしめてくれるマミさん。
今のわたしには、その温もりがとても沁み入るようで、いっそう頬を濡らされてしまう。
こうしてわたし――詩織雪音の"記憶"が始まった。