マギア☆メモリーズ   作:弓洲矢善

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序章
プロローグ


「――大丈夫!? しっかり……!」

 

わたしを目覚めさせたのは、どこか快活な色を持つ少女の声だった。

瞼を開けば、涼やかな藍色の短髪の少女が心配そうにわたしの視界を覗き込んでいる。

 

「――! マミさん! この子目覚めたよ!」

 

マミさん。

そう呼ばれた方へと視線をやると、優しい大人のお姉さん……とも形容出来る柔らかさを持つ女性が、同じく物憂げにこちらの様子を伺っている。

 

「大丈夫……! この子、まだ心を食べられてないわ……!」

 

心を食べる者……。

ああ、魔獣の事だろう。

わたしたち魔法少女が対峙すべき、人の心より産まれ、そして人の心を食い尽くさんとする敵。

そして魔法少女はキュゥべえに願いを叶えてもらう代わりに、彼ら魔獣と戦わねばならない運命を背負う。

……力を使い切り、ソウルジェムを濁り切らせ、この身を滅ぼすその時まで……ずっと。

 

「あーもう。うだうだやってんなよウザったい。こう言うときゃ意識確認すんのがセオリーなんじゃないの」

 

「ちょ……杏子! そんな言い方……!」

 

口調こそ粗暴のようで、若干の舌足らずさと幼さを併せ持つ声色のする方へと視線を向ければ、燃える様に赤い長髪を一つ括りにした少女が視界に入る。

 

「んじゃアンタ、これ何本に見える?」

 

と、立てた人差し指と薬指をわたしの目の前に見せつける。

 

「……2本」

 

「んじゃ名前は?」

 

「……しおりゆきね」

 

「漢字は?」

 

「……詩を織り成す雪の音……と書いて詩織雪音」

 

大丈夫。

わたしの意識はハッキリしている。

ここまで正確に答えられたならば。

 

「おう、大丈夫じゃんか」

 

「はあ……、良かった……」

 

溜息と共に安堵するマミさん。

見ず知らずの者同士なのに心配されるのには、悪い気のしなさと若干……否、だいぶと申し訳なさを感じる。

 

「つってもコイツ魔法少女じゃんか。助けて良かったのかよ」

 

「……見捨てろって言うの? ゆまちゃんを助けた佐倉さんが?」

 

「うっせ。 ありゃ別だし」

 

「ふふっ……」

 

心を置きなく返し合うその様は、まるで姉妹の様だった。

 

「……まあ、つっても出身ぐらいは聞いても良いとは思うぜ。 ヨコシマなヤツがコッチのシマに転がり込んでここに寝てたんじゃあ、洒落んなんねーしな」

 

縄張り争いの事だろう。

魔獣から採れるグリーフキューブ――わたしたち魔法少女のソウルジェム……魂を浄化するのに必要なそれは数少なく貴重で、他の地域のグリーフキューブを横取りする事はほぼ御法度と言えよう。

 

「……で、アンタ。出身は?」

 

ああ、わたしの出身は――

 

「――え」

 

「?」

 

――何処だ。

 

「……オイ、まさかシリマセン……なんて言うんじゃないだろうな」

 

「……」

 

――分からない。

 

「――オイ!」

 

「ひっ……!」

 

乱暴に胸倉を掴まれ――

 

「シマはドコだって聞いてんだよ!」

 

――顔を顔に至近で近付けられ、なおも問い詰められる。

 

「っ……、知らな――」

 

「トボけてんじゃねえ! ンなハズ無いだろうが!」

 

いいや、知らない……!

現にわたしは、わたしが何処から来たさえ分からない……!

 

「おらァ! 言えっての! シマはドコだ!? あァ!?」

 

怖い。

人にこんなに怒鳴られるの、わたし初めてだ……!

 

「っ……ひ、ぐ……っ。ごめ……なさ……」

 

「誤魔化してんじゃねえ! それとも言えねえってのか!?」

 

怖い……!

こわいこわいこわいこわいこわい……!

いやだ……!

 

「っぁ……ぁぁぁぁあああ……!」

 

「……お前」

 

「ごめんなさい……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! いやだごめんなさい許してごめんなさい……っ! ぅぁぁぁあああ……っ!」

 

助けて助けて助けて助けて助けて助けて……!

怖い逃げだしたいやめて助けて……!

誰か助けて……!

 

「……」

 

「……佐倉さん、やり過ぎよ」

 

「っ……けどよ……」

 

……黙りこくってしまった杏子を、マミさんが窘める。

気まずそうに、かつ手持ちぶさたげに口ごもる杏子。

 

「……ええと、詩織さん……で良かったかしら」

 

「……うん」

 

「今何歳か分かる……? 私は16なのだけれど……」

 

「アタシは15だぜ〜。 ンでさやかもな」

 

「ひっ……」

 

申し訳ないけれど、杏子に割り込まれると……さっきの件もあってか怖い……。

 

「佐倉さん、邪魔しないで」

 

「あ〜ハイハイ……」

 

ほっ……。

 

「そちらの子達と同じです……」

 

「そう……。 ……じゃあお母さんのお名前、分かるかしら?」

 

――誰。

 

「……」

 

母、と聞かれても、自分がどこから来たのかと同様……わからない。

 

「……じゃあ、お父さんのお名前は……?」

 

「……」

 

――知らない。

 

「……」

 

どう答えて良いかも分からず黙りこくるわたしに、一瞬の驚愕の色を浮かべたあと、どこか哀れむ様な……悲しそうな色の瞳を向けるマミさん。

 

「オイオイ……」

 

「……マミさん、これって……」

 

「……ええ、詩織さんは――」

 

同じく驚く二人。

彼女らに向き直って――

 

 

「――記憶喪失かもしれないわ」

 

 


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