第1章
それほど、広くない・・・そう、この国にはよくある島。自分がいる海岸から、街が見える。約10km先の市街地を拡大して見る。ズームされた視野に見えるのは、すべてが真新しい建築物・道路・標識。高層建築物といえるものはない。これもやはりこの国によくある、田舎の街。違和感がある。自動車が通っていない。何より人間の姿がない。聴覚を拡張する。人の声がしない。機械が動く音もしない。
いや、細部に気を取られていたが、視界を拡大して見なおすと、信号に自販機、すべてに電気が通っていない。さらに拡大し、既存のデータと照合すると・・・。
「まるで映画のセットだな。」
自分の口から、そんな声が出る。まただ。自分でない者が話すような、自分の意志を先取りした、独り言。確かに自分は無人のこの街への違和感に、住人が避難したとか、停電だとか、そういうありきたりな推論では導き出せない何かを感じていた。しかし今推論をしている自分とは別の存在が答えを暴露してしまった。考えている途中で答えを教えられるような、そんな悔しさに近い感情が湧く。まるで自分の頭の中に別の誰かがいて、時々話し出すような。
さっきから、自分の意志で声を出していない。周りに誰もいないのに声を出す意味がない。だから俺が自分の声を聴くのは、その「誰か」がつぶやいた時だけだ。
「誰かがつくったセット。映画じゃなけりゃ市街戦の訓練施設だ。しかもつくりたてってことは」
俺を訓練するということか?データを照合すると、確かに軍や警察の訓練施設で実物大の市街戦訓練をつくる例があった。どうやら俺は、警官か軍人か?
「というより、兵器実験トライアルだろ」
兵器は、俺か?
「お前みたいな人間はいない。」
・・・・・
「アイン主任。対象は戦闘開始より178秒で・・・」
「わずか178秒で破壊された、と。」
「3分持たんとは、光の国の警備員に倒される怪獣なみか。失敗作だな。巨額の費用をかけた、驚愕の失敗作か。」
白衣の男たちが、妙に四角いゴーグルをかけ、機材やデスプレイを見ながら会話している。
「原因の特定はできたか?ベクターくん。」
「はっ。レコーダーの再生の結果、009a2は起動後48秒後海岸に上陸、58秒視聴覚を拡大し、街を認識しています。」
「ベクターくん。私は原因を聞いているのだよ。」
主任とよばれた、年配の小柄な男が一瞥すると、報告していた長身の青年は震え上がった。
「まあまあ、アイン主任。不機嫌はわかりますが、部下にあたるのはやめましょう。」
中性的な姿をした研究員が、男のような話し方だが、女の声で会話に割って入った。
「そもそも改弐式は過剰装備でバランスが悪いとご自分でも話していたじゃありませんか。」
「それは兵器としてのコストパフォーマンスについてだ。性能そのものは002の飛行能力、003の索敵能力、004と006の内蔵兵器、005の防御力と馬力・・・」
「ようするに試作改造人間計画の2号から8号までの、能力を程度の差こそあれ何とか1体にまとめた、と。」
「それだけではない。001の超能力こそ再現できなかったが、人工知能という点では最新の超AIを補助脳として装備した。009が00ナンバーの改造過程で培った技術を結集して製造されたのに対し、009a2は、8体のすべての能力そのものを結集した、まさに完全なサイボーグだ!・・・そのはずだ。デイジーくん。」
「アイン主任。あなたは優秀な科学者です。まさか本当にあのスーパーセリシャスでゴージャスでデコレーションなプランが実現できるとは感嘆の限りです。しかし光の国の6人目も、恵まれすぎて人気はいまひとつ。制作スタッフの思惑は空回りしたことでしょう。過ぎたるは及ばざるが・・・」
「何が言いたいのかね、デイジー女史。」
ヂイジーは、女史と言われたのが不愉快なのか、口をとがらせた。
「アイン主任は兵器製作については、必ずしもご専門ではない、ということですよ。」
心中で(おまけに美意識もない。悪趣味だ。警備員7号の機能はシンプル展開は複雑という素晴らしさは理解できんだろう)とつぶやく。
「要するに盛りすぎだ。戦闘開始後、a2はたびたび迷っていた。標的との距離や角度、障害物、そして対象の武装と装甲強度。そして使用するべき武器の選択。どれが最適で最も効率がいいか、常に考えていた。それはそうでしょう。携行したハンドガン、内装したナイフ、熱戦、ミサイル。素手でも10式戦車くらいはぶち抜ける。加速したら距離も一瞬で詰められる。」先ほどまでの慇懃無礼さを捨て、正面からアイン主任に向かう。
「それは補助脳がその判断をサポートしている。」
気が付けば、アインは部下の一人にすぎない存在に論戦を挑まれていた。
「どんな状況でも最善の判断をくだすため、各情報の分析にとどまらず、具体的な判断そのものもAIが脳内に掲示する。あとは本人がその判断どおりの行動をすればよい。」
「では、どっちだ?」
「なにがだね。」
「原体の脳と補助脳。どっちが改弐式なのだ?」
「!?」
「そう。改弐式は、原体と補助脳の葛藤、相克といってもいい。それにより常に2つの判断が同時になされ、結局体の主導権は原体にあったものの判断は補助脳に依存し・・・」
デイジーは、アインとベクターを表情から、自分が激していることに気づき、ふと気恥ずかしさを覚えた。そして一番重要なはずの結論をとってつけたように付け加えた。
「ま、命令系統が2つ。それじゃ、まともな戦闘はできないでしょう。」
そしてなにかに気づき、天井に向かってつぶやいた。
「ね、a-3。」