童貞のまま30歳になったらTSして本物の魔法使いになりました   作:いつのせキノン

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史上最高の魔法使い

 

 史上最高の魔法使いと呼ばれる者がいる。

 帝王が帝都コーラルを離れてすぐ、入れ替わるように彼女はコーラルで最も有名な魔法使いとして名を馳せることとなった。

 

 彼女は“アマテラス”と呼ばれている。古き言葉にある、国を照らす太陽。母となる光。

 それがこのコーラルで示す言葉はすなわち、発展。

 つまるところ、彼女の存在なくして今のコーラルの発展はない。

 

 

 

 騎士団運営所の五階にある会議室。机と円卓を用意しただけの簡素なもので、数にしてニ〇人程度が座れる程の広さである。

 

 リーダーに促されて僕が入室すると、既に席の一角――入口から見て一番奥に一人の女性が座っていた。

 黒装束の女性だ。足元まで伸びるローブに体を包んでいる。

 髪は吸い込まれてしまうような黒で、それでいて艶があるショートカット。前髪で右目部分は隠れて見えず、代わりに左の艶やかに光る深紅の瞳が見えた。

 その黒装束の女性は入ってきた僕の方を見るなり、薄く笑みを浮かべて会釈する。僕もそれに倣い敬礼。短い挨拶のやり取りを行い、僕は彼女の対面に腰を下ろした。

 

「突然の訪問、申し訳ありません。何分、急なものでしたから」

 

 最初に口を開いたのは彼女だった。柔かな声音で包まれるような感覚に一瞬脳髄が痺れるが、それを堪えて短く「いえ」と首を横に振る。

 

「ケント・K・ウルフ様でお間違いありませんね?」

「はい。何も持て成しもできず、不甲斐なく存じます」

「ふふ、お気になさらず。すぐにお暇致しますので」

 

 くすり、と。手を口元に持っていき、余った袖で隠しながら(小さなベル)のように笑う。

 

 僕は思わず唾を飲み込んだ。そして見えないように唇を噛む。

 “アマテラス”と対面して僅かな時間しか経ってないけれど、僕は早く退出してしまいたい気になっていた。

 既に頭がくらくらする。甘ったるい匂いは麻薬のように脳を蝕み、理性が薄れていく感覚に陥っていた。

 そして、ずぶずぶと何かに意識が引きずり込まれるような、魂が抜かれているのでは錯覚する。

 

「今回の訪問は貴方もご存知の通り。例の“炎の魔女”についてです」

 

 やっぱりか、と内心吐き捨てる。

 十中八九そうだとは思っていたけど、いくら何でも早すぎる。

 今朝の出来事だぞ? 僕だって完全に理解してる訳じゃないし、情報だって城に伝えるのはこれからだというのに。

 

 一度、深呼吸をして熱くなった息を吐き出した。

 心臓が早鐘のように脈打っていて、とてもじゃないが平静を保つ余裕がない。顔も熱いし、体中が燃えるように熱を発していた。

 

(みかど)より言伝を持って参りました。“炎の魔女”を一目見たい、と」

 

 対面に座り妖艶な色香を出して微笑む彼女を見て、自分の頬が引き攣るのがわかる。

 

 ここで誤魔化しても意味はない。

 

「……正直なことを申しますと、僕の一存ではなんとも」

「はい。ですので、彼女に直接聞いていただきたいのです。現状、国内で彼女と話せるのは貴方のみですから」

「……何故、運営所を通さず僕に直接伝えるのです? 一つクッションを挟んだところで特に支障はないかと思いますが」

「なにぶん、急ぎの用件でしたから。下手に停滞するよりはよっぽど良いでしょう? 善は急げ、と言いますし」

 

 言わば、余計な会議は省けと。

 

「ええ」

「っ!?」

 

 見透かされる。

 

 そうだ、彼女はそういう魔法使いである。僕の頭の中を常に覗き込んでいる。

 

「わかっていただけて何よりです。…………私の役目は以上。それでは、取り急ぎ言伝の方、よろしくお願い致しますね?」

「……はい……」

 

 絞り出すような僕の返事を聞いて、彼女は満足したのか薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 そして、部屋には僕が一人だけ。

 “アマテラス”は消えた。音もなく、扉を開けることもなく、増してや席から立つこともなく。

 史上最高の魔法使い。得体の知れない、それこそ、何でもできると噂される彼女の一端を垣間見た。

 

「…………はぁぁぁぁぁ……、」

 

 大きく、大きく溜息を吐いて、額をひんやりとした円卓に軽く打ち付けた。

 まだ全身が熱いし、彼女の甘ったるい空気の残滓が残っていることに緊張が抜け切らない。

 

「……あぁッ、クソッ!!」

 

 そんな自分に嫌気が差す。

 苛立ちを吐き捨て、蹴飛ばすように立ち上がり、大股で会議室を飛び出した。

 

 

 

 三階に戻ると、リーダーや他の騎士たちが神妙な顔つきで待っていた。皆が皆、僕と“アマテラス”の会話の内容が気になって仕事に手が付かないらしい。それほどに彼女がこのコーラルでは有名だということが窺い知れる。

 

「やぁ、KK。彼女は何と?」

 

 まず僕はリーダーのもとへ行った。リーダーもどこか落ち着きがないらしい。

 

「今朝の報告に上げた“炎の魔女”について……オーラ様が、彼女に会いたいとのことでした」

 

 僕が口を開いた、瞬間、空気が凍る。

 

「……既に“炎の魔女”を知っていらっしゃる、と?」

「はい。“アマテラス”様の魔法によるものでしょう。それで興味を惹かれたか……ともかくとして、予定よりもマモル・ミズチの待遇について早く対処する必要があるかと」

「ああ、そうだとも。流石に今日すぐとはいかないだろうけど、明日には謁見の場を設けねばなるまい。諸君、すぐに会議を開く!! 至急会議室へ!!」

 

 リーダーの一声に緊張感が籠もっていた。それに当てられてか、フロアの全員が慌ただしく動き始める。

 僕は人の間を縫ってフロアを横切り、自分のデスクへ。メモや報告書を取りまとめ、会議室へ足早に向かっていく騎士たちの背中を追った。

 

 ……これは徹夜で仕事かもしれないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び始めたはいい。裸なのも……まぁ視線を下に向けなければ問題無い。見えなきゃいいんだ、見えなきゃ。

 髪も洗った。長くて大変だったけど、やってるうちに楽しくなってきたからまだいい。

 

 けど、身体を洗うのは、ちょっと……。

 

「うぅ……」

 

 けど、洗わないと不潔だ。毎日洗うのが自分の中の常識だったし、それに一晩洗わないだけで何となく嫌な気分になる。仕事が忙し過ぎて一時期やったこともあったが、すぐにやめたくらいだ。流石に汚い。

 

「……………………さ、触ります……」

 

 誰に言ってんだとオレでも思うが、一応謝っておく。

 石鹸を泡立てて、まずは無難に手から。両腕を泡でこすって、徐々に二の腕、肩へ。

 

「うっ……」

 

 肩まで腕を回そうとすると、自然と腕が胸に当たる。

 女の人ってこんなに柔らかいのかとか、石鹸でぬるぬるすべってちょっとヤラしいなとか。

 

 …………あああぁぁぁぁっ、違うっ!! 変なこと考えんなバカ!! これは決して邪な妄想じゃなくて、身体を洗うために仕方のないことだから……。

 

 だから、むっ、胸もっ、洗わない、と……っ。

 

「………………………………………………………………、」

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 初めてだ、女性の胸に触るのは。

 いいのかな、なんて葛藤が未だにオレの中に残っている。自分の身体ながら、他人を気遣うような。

 

 そして、ふと思った。

 

 オレ、童貞が風俗で取り乱してるみたいじゃん。行ったことないけど。

 

 いや、うん、確かに童貞だったことは否定しない。

 

 あれは男女の関係だ。

 今は女と女の関係。大丈夫、正当だ。…………いや、何がだよ。なんでもいいよ。

 

 泡を少し多く取って、そっと胸の上に乗せた。

 それから、泡を手で包むように押し付け、肌を撫でる。

 

「んっ……」

 

 ふわふわとした泡と、手を押し返す胸の弾力。するすると滑って、肌にこすれる手が妙にくすぐったかった。

 

「あ、……、」

 

 不意に、手の平に少し硬い感触。少し手が滑って、腰の奥から脳天に電流が走った。

 

 …………………………………………。

 

 …………………………………………!?

 

「…………〜〜〜〜っっ!!」

 

 ばっっっっっっっかじゃねぇの!?

 何がっ、何が「んっ……」だよ!?

 ないわー!! ホントにないわ!!

 今のことを忘れるように必死に手を動かす。胸の下、お腹、腰、足……。

 

「ぁぁああああああぁぁぁぁぁっっ、もうっ!!」

 

 とんっっっっでもなくっ、恥ずかしいッ!! やだもう!!

 

「アホか。ほんとにアホか。トチ狂ったかオレは」

 

 情けない。そして恥ずかしい。どうした、オレ。

 

「……あ、終わった」

 

 うだうだと、過去のオレにぶつぶつと罵詈雑言を投げ付けて、気付けば体中泡だらけ。この石鹸泡立ちすごくない?

 

「…………へっ」

 

 口の端から乾いた笑いが漏れた。

 酷く下らないと、そんな風に思う。

 

 

 

 泡を洗い流して、バスタブに入った。ザァァ、と溢れたお湯が床に流れ落ちて跳ねる。

 

「はぁぁぁぁ……あったけぇ……」

 

 染みる……いい……。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ…………」

 

 溶けるぅ……。いい……疲れた身体には堪らんっ。

 

「歳とったなぁ……」

 

 人生三〇年を過ごし、何だか妙なことになってるけど、時間の流れだけは変わらない。そりゃ十代の時に比べりゃ格段に一年が早いけど……、環境やら性別やら外見やらが諸々変わっても、オレの中身は特に変わり映えしなかった。

 ま、そうじゃなきゃ困るってか混乱するんだけども。

 

 

 

 風呂に浸かりながら考えるのは今後のことだ。

 右も左もわからないこの状況、何かをしようにも知識が足りない。文化然り言語然り、取り敢えず元の世界に帰れるかどうかを確かめようにも調べようがないのが現状だ。

 そうなると自動的にまず現地の言語習得や文字の読み書きを習得するのが必須になってくる。

 が、しかし。十代を遠の昔に過ごし終わって、仕事漬けで凝り固まった脳が、一から言葉を覚えるなんてことができるとは到底思えない。

 当たり前だ、英語だってわかんないんだし。

 でも残念ながら便利な翻訳機なんてないし、スマホも当然ただのカメラとメモ。衛星が飛んでる訳もなく安定の圏外で、充電器もない今は電源を切っている。

 そう思うと元の世界の利便性の高さに気付かされる。あちらの世界は魔法なんてない代わりに科学が存分に発展し、叡智の炎やらなんやら、自然すらも凌駕する程の科学力を人類は手にした。

 

 ただ、だからと言ってあっちの世界がいいとは一概に言えなかった。

 仕事はきついし、空気は汚いし、下っ端社員は使い捨て。

 多分、ニートをしてる方が楽に死ねる。ニートすらも強制的に社会に出るよう国家プロジェクトが動いてるけど。

 

 ともかく、まだ帰りたいと断じるのは時期尚早、だと思いたい。もう少しこっちの世界を知ってみてからでも遅くはないと思う。もしかしたら科学より便利な魔法で豊かになれるかもしれない。

 

 それに。

 

「……魔法(こいつ)を手放すのは、ちょっと勿体無いよな?」

 

 水面から人差し指の指先を出して、そこに白い炎を灯す。この炎は、あの世界の炎よりもずっとずっと素晴らしい。

 あと、物語の仲でしかなかった魔法、是非とも堪能したい!!

 

「…………帰省はかなり先延ばしだなぁ」

 

 うーん、と湯船に浸かりながら大きく伸びをした。風呂にゆっくり入るなんて久々だし、結構気持ち良かった。

 

「…………はは、浮かぶんだ……」

 

 そこで気付いたが、自分の胸元、たわわに実った果実が、湯の波にゆらゆら揺れていた。オレの長年の疑問が解決された瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 ……………………なんか、嬉しくねぇなぁ……。

 

 

 

 

 

 

TSロリverのDTTS魔法使い、見たい?

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