リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第九十九話 来るべき日

 みんな誰もが喋ることなく観覧車に乗り込む。

 口を出すのがはばかれる空気だからなのか、それとも今日一日の感傷に浸っていたのか、喋ることがないからこそ無言なのか。

 どちらにせよ、特別空気が悪い訳では無く、むしろ穏やかな雰囲気が流れているとさえ俺は感じていた。

 

 係員の人が扉を閉める。ゆっくりと視界が開けていく風景に、徐々に逃げることのできない現実に恐れを抱いていく。

 

 そうだ、分かっていた。別れはじきに訪れることを。

 

「この調子だと、自分で飛んだほうが景色を眺められそうではないか」

 

 王様は悪態をついて目を閉じた。

 確かに自分たちで飛べる以上、観覧車からの景色などたかが知れている。

 でも、違う。

 

「そうじゃないと思う。自分で飛べばどこまでも見渡せるけど、観覧車から見える景色は決められているからこその風景でもあるんだ」

「そういうものか」

「多分ね」

 

 王様は一つ嘆息し、ぼんやりと外の景色を眺めることにしたようだ。

 さて、俺もボーっとなんてしていられない。恐らく時間は限られている。その限られた時間を無為に過ごすわけにはいかないのだから。

 

「何か話すことがあるんだろう」

 

 コクリと頷きで返事をしてくるシュテル。

 しかし、シュテルならすぐ本題に入りそうなものなのに、この日は何というか、少し困窮している様子。

 ユーリもなんだか暗いし、レヴィもいつも通りにしようとしているせいで顔がこわばっている。

 こんな事をすると状況にそぐわないと分かっているのだが、抑えられずに吹き出してしまった。

 

「ぷっ、ふふふ」

「ど、どうして笑うのですか?」

 

 三人共、突然笑った俺に対してきょとんとしている。王様だけは今も外の景色を見続けているが。

 

「だって、神妙にし過ぎだから。知ってるよ、どこか遠い所に行くんでしょ?」

「っ!」

 

 驚愕と、どこか納得した様子のシュテル。

 この日が来るまでに、何度も口にしようとしていた言葉を遮っていたのは偶然じゃない。

 それを直視したくなかった自分によるもの。当然理由を知っていてしかるべきだから。

 

「そ、そうです。龍一には大変お世話になりました」

「どこに行くの? 管理局?」

 

 管理局であれば二度と会えないなんてことはない。こちらから近づくのは色々な理由でご法度だが、それでも会おうと思えば会えない訳では無い。

 

 しかし、シュテルが次に話す言葉はそんな考えを裏切るにはたやすいことだった。

 

「いいえ、エルトリア、別時空の惑星です」

「……え?」

 

 別時空の惑星?

 意味の解らない単語に困惑する。

 

「二年くらい前に私が出て来たのは、実はそのエルトリアから来たキリエって人のお蔭なんです」

「そういえば、アリシアの事後報告にそんな名前があったような……」

 

 ユーリの話によると、キリエって人の故郷であるエルトリアは人間にとって非常に住み難い土地であるらしく、その状況を何とかするために惑星復興を掲げて父と姉と共に数々の研究を行っていたという。

 しかし、その第一人者である父が病に侵され研究が行き詰ってしまった。父の為にもこのまま研究を終わらせたくないキリエという少女は、別時空の過去で解決策を見つけてこの世界に来たらしい。

 

「そして、ユーリがその惑星の解決策、ということなんだ」

「ディアーチェの制御があってこそですけどね」

 

 惑星復興。大層な目標だと思う。

 だけど、それを否定する事なんて出来ない。ユーリの声の調子からすると、それは嫌々ではないのだろうから。

 むしろ新たな門出を祝ってあげなければならないかもしれない。

 

 でも、一つだけ大きな疑問点があった。

 

「エルトリアって、その、もう会えない?」

 

 言葉が抜けてしまったのは自覚している。

 しかし、それほど動揺してしまっていた。自分が想像もできない場所、別時空の過去というこの世界においても聞きなれない言葉。

 そして、必要以上に口を開こうとしない状況。

 

「そう、ですね……時間移動は、体に負担がかかると言ってましたから、何回もとなると、それは……」

 

 そうして、それは現実となる。

 

 ああ、だからこそ、みんなが口を閉ざしていたのか。

 

 このまま別れる? 折角、こうして仲良くなれたのに。

 

 ――嫌だ、絶対に嫌だ!

 

「俺、は、俺は、皆と離れたくない!!」

 

 自分でも想像しなかった大きな声。

 驚いて目を丸くするユーリ。レヴィも悲しそうに目を伏せている。シュテルは――もういい。

 

「いやだ、嫌なんだ! せっかくみんなと居られることができると思ったのに! それが、自分で納得出来るこの世界での生き方だと思ったのに!」

 

 考えられない。頭が真っ白になる。周りの事を考える余裕もない。

 

「俺を置いて行かないでくれ! みんながエルトリアに行くというのなら、俺は」

『それは駄目だよ』

「どうしてだ、アリシア!」

『エルトリアは人類が生きられない場所。それに時間移動は体に負担がかかるって話をしていたよね。お兄ちゃんはただの人間。わがままを言っても、それは変えられない』

「でも!」

『お兄ちゃんは、平凡な人生を求めていたんじゃないの? なのは達と関わらない、そんな人生に』

「――」

 

 アリシアの冷静な発言に、言葉が途切れる。

 そうだった。いまだかつてこの世界に来てこんなにも熱くなったことはない。

 なぜか、そんなことは理由として分かっている。

 

 彼女たちを、本当の家族のように思っていたからだ。

 

「そ、か……」

 

 言葉が出ない。予想もしていなかった。もう二度と会えないかもしれないなんて。

 

 せっかくこうしてみんなと過ごすことができると思っていた、それが叶わなくてもまた遊ぶことができると思っていた。

 それは泡沫の夢となる。

 

 

 ――また、一人になるのか。

 

 

 再び沈黙が辺りを包む、先程感じていた空気など気のせいに過ぎなかった。

 ずっと、こんな重苦しい沈黙が辺りを包んでいたのだ。

 

 観覧車が頂上に到達する頃。

 

「なるほど、丸太棒の言うこともわからんでもない」

 

 外をずっと眺めていた王様。

 みんなが王様に視線を向けると、視線を動かすこともなく静かに外を眺め続けていた。

 そうなれば他の皆も外に視線を動かすことは必然。そこに広がるのは、自分たちが見たこともない景色。

 

 ただの街の明かりではない、きちんと考えられた街灯の並び。

 それは何処かに続く道のようで、誰かを迎え入れるような扉にも見えた。

 

「こんなふうになっていたんだ……」

 

 評判なんて知らなかった。ただみんなと遊べればいいと思って決めた場所だっただけに、このようなサプライズは予想もしていなかったのである。

 

 

 何処かへと進む道。

 なにかを受け入れる扉。

 皆はその先に進もうとしているのだ。

 それを止めて、どうして家族と言えるのだろうか。

 

 

「ごめん、みんな」

 

 冷静ではなかったのは間違いない。

 それ以上に自分の醜さが酷く陰鬱なものに感じる。

 

「いいえ、私も、私達も同じような気持ちです」

「我もそこに混ぜるでない」

 

 こんな時でもそういう場所はしっかりと訂正してくる王様。

 でも、それはさっきから様子を確認している証拠でもある。王様も決して気にならない訳では無いのだろう。

 

「もう会えないかもしれない、それでも、みんなは行く事を選んだんだよね」

 

 いいや、選ぶ選ばないの問題ではない事も分かっている。

 あれだけの事件を起こしておきながら行かないとなれば、管理局の拘束対象となるだろうことは明白だろうから。

 だからこそ、俺は残ってくれることを懇願したりしなかった。

 

「はい」

 

 それに彼女たちはこの世界に生れ落ちた理由を欲しているのだろう。

 前に自分が考えた事と同じ、彼女達にもそれが見つかったのかもしれない。

 先程のユーリの説明、自分たちにしかできないことに対して高揚する感情が伝わってくるようだった。

 

 それならば、悲しむことなんてない。誰にとっても吉報なのだ。

 

 そろそろ夢の時間は終わり。

 観覧車はゆっくりと地面へと近づいているし、パレードの明かりも少なくなってきていた。

 

「だったら、頑張れ。俺も、この世界から応援する」

 

 ならば、最後は出来るだけ笑顔で見送りたい。

 

 笑えているのかは、謎だが。

 

「龍一、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 気が付けばもう地上だった。

 みんなが、扉の空いた観覧車から降りていく。

 

「龍一、この二年間、私にとって素晴らしい日々でした! また、笑顔でお会いしましょうね」

 

 涙声のユーリはそう言いながら一番に降りて行った。ユーリのことだから、最後まで笑顔で別れたかったのだろう。

 

「この世界で初めて出会ったのが貴方でよかった。またいつか、知らなかったことを教えてください」

 

 シュテルは何時もの無表情を崩すこともなく、そう淡々と告げた。その声は少し震えているようにも聞こえたが。

 

「またゲートボールしようね! 今度はもっと別の遊びもしたいから考えておいてね!」

 

 必要以上に明るく振舞うレヴィ。でも、その瞳からはとどめなく涙がこぼれていた。

 

「まだ残れると思っておったせいで、カレーを作り過ぎてしまった。丸太棒、食べておけ」

 

 王様は一瞥することなく観覧車の出口に躍り出る。

 薄々感づいていた事だが、彼女たちの出発はいますぐのようである。二年も居たこと自体が、そもそもイレギュラーだったのだろう。

 

 そのまま降りていくかと思ったが、王様は一度こちらを振り返る。

 

「我は、残れん。ユーリの制御プログラムは我しか扱えんからな。しかし、丸太棒が誰かを欲すのであれば」

「必要ない。みんな、四人そろって紫天の書でしょ。其処に増えることがあっても、欠けるのは駄目だ」

「そうか。昔の貴様なら何といったかな。我の目からすると……成長しているぞ、龍一」

 

 そう言って王様は観覧車の扉を閉めて降りて行った。

 再び上昇していく観覧車。外で管理者の人が慌てているようだが、自分にはちょうど都合が良かった。

 

 何故なら、溢れる涙を抑えることなんて、もう出来そうもなかったから。

 

『頑張ったね、お兄ちゃん』

 

 アリシアから優しい声が聞こえる。

 慰めの言葉はありがたい。でも、それ以上にしてほしいこと。

 

「今は、彼女たちの門出を、祝おう」

 

 それは心の底から出て来た言葉。

 悲しむのはこの気持ちにだけ。彼女達には暖かなエールを。

 


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