リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第九十七話 かつての想い

「龍一、その、街を案内してくれませんか?」

 

 それは朝食をみんなで摂り、それぞれの用事により解散した後のことだった。

 洗い物中にユーリが近付いたかと思えば、珍しくお願い事をしてきた。

 

「街の案内、といっても、ユーリはこの街に来てから結構な時間過ごして来ただろう? 今更教えるようなところがあるかな」

「いえ、私は龍一に案内をしてほしいんです」

「俺に?」

 

 ユーリの言葉にピンとこない。

 ひとまず洗い物を中断して、手を拭く。彼女の様子からして片手間に聞く物ではないように感じた。

 

「えっと、何かあった?」

「いえ、知りたいんです」

 

 知りたいとは何をだろうか。隠れ家的なお店は知らないし、安売りされているお店なんかユーリが興味あるとは思えない。

 そう思いじっとみていると、先程の言葉に続けるよう口を開いた。

 

「龍一のここでの思い出を」

 

 それはユーリにとって必要な事なのかもしれない。

 ずっと気に掛けてくれたであろう少女。優しさ故に苦しんできた。

 そういえば彼女と二人きりで外に出る機会は殆ど無かったことを思い出した。

 なら、思い出作りのためにも外に出かけるのは悪くない。

 

「うん、いいよ」

「本当ですか!」

「だったら、いつ出ようか。昼からなら……」

 

 そうしてどこに行くかの構想を練る。

 ユーリが知りたいというのであれば、回る場所も考えなければならない。

 

 そんな思考と裏腹に、ユーリは元気よく答えた。

 

「今からが良いです!」

 

 流石に面食らったが、はにかむその笑顔を前にして駄目とは言えそうもなかった。

 

 

 

 

 

 二人乗りをしていた自転車を止め、しがみついているユーリに行き先に辿り着いた事を知らせる。

 

「ここが始まりですか?」

 

 目の前に広がるのは海。

 俺が沖に流されてアリシアと出会う事になった、ある意味で全ての始まりだった。

 

「あの時に釣りに行くことがなければ、最後までこうしていなくてもよかったのかなって思うよ」

「ですけど、そのおかげでディアーチェ達と仲良くすることが出来たんですよね」

「王様は……どうなんだろう?」

 

 はたしてあれを仲良くしていると言えるのか。少し疑問に感じる。ユーリが言うからには悪くはないのだろうが。

 それにしても、確かにアリシアが居なければどうなっていたかわからない。

 今となっては彼女がいない未来なんて考えられないのだ。

 

「少し、見ていく?」

「はいっ」

 

 そう元気に返事をしつつも少し肌寒いのか体を震わせるユーリ。

 着ている上着を貸して、それでも少し寒そうにしているユーリに温かい飲み物を買おうと思い、手近な自動販売機に移動した。

 後ろからユーリも付いてくる。向かっている先を見て、何をしようとしているのか彼女にも伝わったのだろう。

 

「わ、悪いですよ!」

「いや、普段からお世話しているんだし、これくらい気にするなって」

「そ、それを言われると……はい……」

 

 少し意地悪だっただろうか。

 ひとまずお金をささっと入れて、目に映った飲み物のボタンを押す。

 ガコンと音を立てる自動販売機。

 視線を下げて申し訳なさそうにしているユーリの頬に、取り出し口から取った飲み物をピタリと当てた。

 

「ひゃっ、え、つ、冷たいです」

 

 ユーリも温かい飲み物を買うと思っていたのか、驚いた声を上げる。

 そんな様子を楽しみながら、缶をシェイクしつつ自動販売機を指差した。

 

「お金は入れてあるから、好きなのを買ってよ」

「えっと、その、ありがとうございます」

 

 申し訳なさそうにしながらも、視線を左右に揺らす。

 好みのものが見つかったのか、ユーリは手をあげてボタンを押そうとするが、届いていない。

 苦笑しながら腰のあたりに手を回して持ち上げてあげた。

 

「ひゃっ、えっ?」

「一番上の段のだよね」

「うぅ、そ、そうです……」

 

 恥ずかしそうにするユーリ。

 見れば一番上にあるのは果汁百パーセントオレンジジュース。温かい飲み物ではないところが自分の思惑とは違ったが、そちらの方がいいのであれば意見をする意味もない。

 しかしあれがあるなら趣向を凝らしてゼリー缶にするんじゃなかった。今の子供舌だと果汁百パーセントオレンジジュースはかなり美味しく感じるのだ。

 

「あの、もういいですよ……?」

 

 おっと、どうやらもうボタンは押したらしい。

 すぐさま下ろし、屈んだ状態なのでついでに自動販売機からジュースを取り出した。

 それをユーリに手渡してあげる。

 

「……」

 

 それを受け取りつつも、ボーっと俺を見つめてくるユーリ。

 どうして見つめられているのか分からない。顔に何かついている訳では無いし……と、そこで手に持ったゼリー缶に視線を移す。

 

「これが気になるの?」

「え、ち、違います」

 

 どうやら違ったらしい。

 

「ただ、龍一にシュテルが懐いている理由が分かった気がしまして」

「ジュースを買ったくらいで?」

「そうじゃないですよ」

 

 くすくすと可笑しそうに笑う。

 というか、懐くという程シュテルは俺に対して思っているのだろうか。嫌われてはいないだろうけど。

 

「でも、その飲み物はなんですか?」

「やっぱり気になるんだ」

「冷たい飲み物を買ったのもですけど、強く振ってましたし」

「冷たい飲み物を買ったのは君もでしょ。一口飲んでみる?」

「え、でも龍一の物ですし……」

 

 別に気にする必要はないのに、遠慮をするユーリ。

 とはいえ、そう返してくることは織り込み済み。こういう場合の対応も今では慣れたものとなっている。

 慣れた、というよりはお互いの慣習になっているのかもしれないけど。

 

「そのオレンジジュースと交換で」

「それなら……はい!」

 

 自転車置き場に戻りながら、シェアした飲み物を飲みあう。

 ユーリは中身のゼリーに驚きながらも嬉しそうに飲んでいる。

 

 この次に連れて行く場所を考えながら、俺は二人で歩いているこの時間に心地よさを感じていた。

 

 

 

 

 

 学校、翠屋、図書館、はやての家、スーパー。

 俺がここで過ごしてきた場所を回っていく。

 何処に案内しても思い出が次々と浮かんでくる。

 それは自分がここにきて、ここまで生きた証の一つ。

 

「ここでシュテルに会ったんですね」

 

 最後につれて来たのは山の中。

 何の変哲もなく、ただ周囲の木々の葉が風に揺らめいでいるだけ。

 それだけの場所だが、それでも俺はこの場を大切なものとしてユーリを連れて来ていた。

 

 無言でじっと一点を見つめるユーリ。

 そんなユーリを促し、そのあたりの木陰に座らせる。

 穏やかな風。今まで気に留めることは一度も無かったが、意外と海鳴の気候は気持ちが良いものなのかもしれない事に気が付いた。

 暫くそうして風を感じていると、不意にユーリの口が動いた。

 

「もし、シュテルじゃなくて私と最初に出会っていた場合、龍一はどうしました?」

「もしそうだったとしても、多分変わらなかったと思う」

 

 相手がシュテルじゃなかったとして、例え王様だったとしてもきっとあの時の対応は変わらない。

 今にして思えば、ああしたのも必然だったのだろう。

 シュテルは俺に曳かれてあの場に現れた。俺もまた、それを放っておくことは出来なかった。

 

「受け入れるつもりは無かったんだけどな」

「ふふ、そうでしたね。貴方はそういう人です」

 

 そう口にして、ユーリは自分でその言葉を訂正するように続けた。

 

「いいえ、そういう人、でした」

 

 思いを馳せているのか、一言一言をかみしめるように口にする。

 彼女は、ずっと見てくれていたのだろうか。

 闇の欠片により俺の過去が現れたという事は、それを知っていてもおかしくはない。

 そう考えると、ずっと情けなかった俺を見ていてもこうやって接してくれるそんな彼女に対して、猛烈に感謝の気持ちがわいた。

 

「ありがとう」

 

 ついそんな言葉が口から出てしまう。

 見捨てられるかもしれない、なんて思う必要はなかった。だって、ずっと見ていてくれた人がここにいるのだから。

 ユーリは少し驚いた顔をしたが、すぐにそれを否定するようにして首を横に振った。

 

「いえ、私こそ、ありがとうございます」

 

 きっとここで否定すると彼女もまた否定するのだろう。

 それはあの日にも起こった事。ある意味こういうところは変わっていないらしい。

 

 もしここで昔の自分にあったらなんていうのだろうか。

 お前の未来は明るいぞ。なんて、口にしても信じてくれないんだろう。

 そんな無駄な事を考えながら、小さく笑ってこの時間に身を委ねながら空を見上げる。

 

 なんとなく、いつもより空がきれいに見えた。

 


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