リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第九十四話 結末

 シュテルが警戒心を最大にしながら歩いているとき、ふと魔力反応が大きくなったのを感じた。

 

(ナノハとフェイトのものですね。すると、時間はあまりないとみて良いでしょう)

 

 レヴィとディアーチェが鎮圧されるのも時間の問題。

 彼女らが簡単に捕まるとシュテル自身思えないが、それ以上になのは達が侮れない存在であることも認めていたからだ。

 

 シュテルはそんな時間が迫る中、鉢合わせないよう細心の注意を払いながら廃ビル内を探索していく。

 シュテルの目的は情報の収集。侵入者に脱走、どちらもばれているにしては静かすぎた。

 先程の男が追って来ないのもそう。上の階層に逃げた以上、下で待てばいずれ降りてくるというのも合理的なのだが、悠長すぎるようにも感じていた。

 

(トップが指示を出せない状況ということでしょうか。もしくは何らかの罠を張っているのか)

 

 シュテルはそこまで考え、可能性は低いものの別の案も脳裏に浮かぶ。

 

(別のことに気を取られているか)

 

 しかし、そうだとすれば何に取られているのか。

 確証はない。

 だからこそシュテルはユーリに対してバックアップでは無く状況の把握を頼むことにした。

 

 後は自分自身の目で確かめるだけ。

 

 シュテルは警戒を怠らないようにしつつも、廊下を進む速度を上げた。

 

 すぐさま、その速度は一時的に停止することになる。

 それは現状からは予測できない物に対する動揺として。

 

 

 

 

 

 

 目の前にすずかとアリサがいる。

 あくまで偶然の出来事。俺は手を引っ張られながらシュテルに付いて行っただけだし、彼女たちの逃亡先がたまたま重なったのはまさに奇跡としか言いようが無かった。

 

「あんたもここにさらわれたってわけ?」

「……」

 

 疑問に対して沈黙で答える。

 これはいつものコミュ障がでたわけではない。ただ、今の自分の状況で胸を張って助けに来たとは言えないからだ。

 

 二人の様子を見れば憔悴しているように感じる。

 当然だろう。誘拐されて二日がたっている。何かが起こるにはまだ早い、だが何かをされるには十分の時間があった。

 

 だから、なおさら二人に希望を持たせる様なことを口に出したくは無かった。

 待っていればシュテルが戻ってくる。シュテルならば、何らかの名案を思い付いてくれるという確信があった。

 

 今の自分に何が出来る力はない。

 いや、何かをしようとしても失敗する様しか想像ができない。

 

 そうして何も答えようとしない様子に痺れを切らしたのか、アリサは問い詰める事を止めて腰を下ろした。

 考えは分からないがひとまず休憩することにしたのだろう。

 

「どうしよっか……」

 

 すずかも同じように腰を下ろして呟くように口にする。

 

 沈黙が生まれる。

 もしかすると、二人が逃げ出したのも何か考えがあってのことではないのだろう。

 ただチャンスがあったから逃げ出した。無事に逃げ出せる事が出来るとは二人も考えていなかったのかもしれない。

 

 そんな二人に。

 俺は。

 顔を背けるだけだった……。

 

 

 

 

 

 状況は一変した。

 シュテルは廊下を進み、窓を開けて階下を確認する。

 

 戦闘の後。

 倒れている男が何人も存在している。

 

(一体何が起こったのですか?)

(分かりません。私が確認したときには、既にこんな感じになっていました)

 

 ユーリもシュテルと同じように状況を把握できていない。

 しかし、両者とも確信している事実が一つある。それはここで誰もが予想していなかった不測の事態が起こった事。

 

 少なくとも自体は変わってしまった。

 シュテルはすぐさまこのことを龍一に知らせようと来た道を戻ろうと動こうとする。

 

 その刹那、気配を感じた。

 

「ちっ、まさかあんな化け物がやってくるなんてな!」

「侵入者を見つけたら遠慮なく殺せとのお達しだ。ひとまず、逃げ出した小娘を捕えるぞ」

 

 男二人が足音を響かせながら廊下を走っている。

 両者とも一般人とは言い難い姿恰好。怪しいというのが一目で分かるようだった。

 

「場所は」

「心配するな。探知機を付けている。このまま上に上がっていけばいるはずだ」

「逃げ出してもバレバレだってのにな。ひとまずこの拠点は捨てるのか?」

「ああ。逃げ出す手はずは整っている」

 

 何に気が付くことはなく、男二人はシュテルの目の前を通り過ぎていく。

 声と足音が薄らいだあと、シュテルは天井から身体を離して廊下に降り立った。

 

(化け物、侵入者……おそらく私達のことでは無い筈。とすれば、他に誰かが?)

(シュテル、何かわかりましたか?)

(予想だけであれば。私は今から龍一の元に……)

 

 シュテルはじっと男達の進行方向を見つめる。

 ふと、嫌な予感が駆け巡った。

 方向だけであれば勘違いの筈。だが、シュテルはその勘違いを勘違いだと断定することが出来ない。

 

(シュテル? どうかしましたか?)

 

 突然念話の声が途切れたシュテルを心配するようにユーリが声を掛ける。

 しかしシュテルはその声に耳を傾ける余裕が無く、先回りするため窓の外に体を踊り出した。

 

 

 

 

 

 外の足音。

 シュテルが戻って来たかと一瞬思ったが、こんな大きな音を立てて戻ってくるはずが無い。

 なにか、起こったのか。

 

 今まで閉じていた念話。繋げることを躊躇したが、今は情報が欲しかった。

 

(危険です、彼女たち二人の居場所はばれています)

(光がそっちに向かってる! もしかして……!)

 

 判断は一瞬だった。

 

 ドアを開ける。

 右側を見れば人の形だと分かる影がうごめいていた。

 

「あっ……」

 

 様子がおかしい事を察したのか、アリサとすずかがすぐ後ろに来て同じように右側に視線を向けた。

 

 俺はその場を逃げ出すように影と逆側に走り出した。

 

 もはや逃げ場なんてなかった。

 咄嗟に手を引いていたのは何故か。憐憫? 善意? 矜持? いや、ただの意地だったのかもしれない。

 二人を助けに来たのに、何もできない自分。ただそれで良いと思いたくなかっただけ。

 

 変わらなくても良いと言われた。

 だが、それでは駄目なのだ。

 

 だったら、後は俺自身がどうしたいかなのかもしれない。

 変わりたかったのか、変わりたくなかったのか。

 そんなもの変わりたかったに決まっている。だが、少なくとも様々な恐怖に押しつぶされそうになっている今だけは、昔の臆病なままでもいいんじゃないだろうか。

 

「うわああああああああ!!」

 

 大声を張り上げる。ただ自分にせり上がる恐怖を声に出しただけ。

 意味は無かった。でも、そうでもしないと足が竦んで動けなくなりそうだった。

 

「ど、どこに行くの!?」

 

 急につながれた手をしっかりとつなぎ返しているすずかが声をあげる。

 小刻みに震えているのは、もしかしたら自分の震えが伝染しているのか。

 いや、それは重要ではない。重要なのは、信頼を預けるかのようにその手を握り返していること。

 

 階段は使えない。階下から大きな足音が聞こえて来た時点で降りることは諦めた。

 

 後ろの男たちは追っかけて来るだけ。

 手に持っているそれを使わないのは、二人が居るからかもしれない。

 もしくは、俺が向かっている方向がただの壁しかないからか。

 

「どうするのよ!」

 

 アリサが焦ったように声を出す。

 手を引っ張られているというのに、まるで俺を庇うような位置をとっている。偶然かもしれないが、アリサの性格を考えたら狙ってそうしているのだろう。

 危険ではないのだろうか。いや、あの男達はアリサとすずか相手に撃つ事が出来ないと分かっているからかもしれない。

 分かっていたとしても、行動に移せるのは流石アリサといえるのかもしれないが。

 

「龍一くん、壁!」

 

 気付けばもう目の前は行き止まり。

 ここまで来てしまったら、もう止まる事なんて出来ない。

 魔力反応を感じ取る時間は無い。それに、そんな事をして決意が鈍ることも考えたくは無かった。

 

 二人の手を離し、立ち止まりアリシアを構える。

 

 

 ――願うならば、このことが都合よく誰にも知られませんように。

 

 

「フォトンバースト!」

 

 目の前の壁に雷の力を叩き込んで障害物を消し飛ばす。

 砂煙が辺りに舞い上がり、薄らと海鳴市の景色が視界に飛び込んできた。

 

 もうここまで来て躊躇する必要なんてない。

 

 砂煙で咳き込む二人を抱き込み、そのまま空へと飛びだした。

 

 上から慌てたような声が聞こえる。

 両隣では声にならないような声が耳に届く。

 少し離れた所を見れば、こちらに急行してくるシュテル。

 下には慌ててこちらに向かって飛んでくるユーリ。

 

 ここに来る前、一人じゃないと誰かが言った。

 本心では、自分は一人でいることを恐れていたが、その言葉を信頼してはいなかった。

 だからこそ、自分の失敗に対して過剰に怯えた。それが前世のような光景を生み出してしまうことを恐れて。

 

 ――どうせ、すぐに失望される。

 

 そんな思いは奥底にあった。

 だからこそ、どこかで周りの人に対してストッパーをかけていたのだと思う。

 だけどそれは間違いだって、思える。

 なぜなら、今まさにそれは否定されているのだから。

 この光景、こそが。

 

 ここまでやってしまったというのに。

 安堵の息を吐いたまま、皆に任せるように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 その後、なぜか俺の下に責任追及といった形の物は何も来なかった

 そもそも起きたときには家だった。誰も居ない静かな家。

 まるで今まで何も無かったかのように。

 

「アリシア、シュテル、レヴィ、王様、ユーリ……」

 

 もしかするとアースラで代わりに責任を問われているのかもしれない。

 そもそも、レヴィと王様は私闘だ。怒られない訳が無い。

 それが分かっていたとしても、アリシアが手元にない以上、確認するすべはない。

 

 でも、俺は皆が帰ってくることを信じている。

 きっと、今にも玄関から明るい声を響かせて――

 

 

『ただいまー!』

「はっ!?」

 

 ――と思っていたら、幻聴でもなく本当に元気な声が聞こえて来た。

 

 呆然としている間にもレヴィを先頭に王様、ユーリ、シュテルと次々に部屋へと入ってくる。

 そうして俺が起きているのを見るやいなや、なぜか王様が怒りながら買い物袋から取り出したリンゴを投げつけてきた。

 

「痛い! なんで!?」

 

 意味は分からないが、どうやら王様は怒りに打ち震えているらしい。

 

「なんでではないわ丸太棒! 貴様の所為でなぜ我が説教など受けねばならん!」

「でも、王様も最後たのしそうにしていなかった?」

「ふ、ふん、レヴィに合わせただけだ、馬鹿者め」

「合わせたにしては、ナノハ達が来てからも戦い続けたよね」

「時間稼ぎだからな! 決して興に乗ったわけじゃないぞ!」

 

 王様とレヴィが言い合うのを尻目にユーリがスーパーの袋を探っているのが見える。

 スーパーの袋から出て来たのはプリン。何故か不安そうにしながら俺に手渡してきた。

 

「どうぞっ」

「あ、ありがとう」

 

 スプーンも一緒に渡されたので、遠慮せず口にしてみる。

 一挙一動に注目してくるユーリ。理由は分からないが、もしかしたら感想を求めているのかも知れない。

 確かに市販のような味ではない。さすがに翠屋には劣るが、十分に美味しいと言って良い。

 それに、不安げに揺れる瞳を見過ごすのはどうにも気が引ける。

 

「うん、美味しい。これ、どこで買って来たんだ?」

「その、えっと」

 

 少し間を開けて。

 

「私が作りました!」

 

 必死な声で答えた。

 それに対して、なんとなく既製品と違うものを感じていたのは間違いじゃないことが分かり、ユーリ自身もなんだか緊張していた事にも得心がいった。

 

「初めて教えてもらったそれを、ユーリにも教えてあげました」

 

 どうしてユーリが作って来てくれたのか、を疑問に出す前にシュテルがそれについて補足してくれた。

 なぜ、と問うのは野暮だろう。

 

 それよりも今はあの事件についてどうなったのかが聞きたかった。

 

「ねえ、シュテル……」

「二人は無事です。あの後、ユーリと私で離脱し、すぐに家に届けました」

「そっか」

 

 二人は魔法の存在を知っている。

 きっとそのあたりのことは滞りなく進んだのだろう。

 

 だけど、あの時にしてしまったこと。間違いなく足を引っ張ってしまったこと。

 そのことが脳裏によぎり、顔を伏せる。

 みんながどう思っているのか知りたい。だが、知るのも恐ろしく感じる。

 

「ふん、貴様は二人を助けた、それでいいではないか」

 

 王様のその言葉に、驚いて顔をあげる。

 王様は背を向けていて表情は見えない。しかし、その声色は今までになく優しいものに感じる。

 

「そうです。貴方がいなければ彼女たちは無事ではなかったかもしれません。貴方がいたからこそ、だれも傷つくことなく終わったんです」

 

 そう、ユーリが言葉を続ける。

 そこから見えるのは、俺を責めるようなものは欠片も感じず、むしろ称賛するようなもの。

 そんなみんなの反応に、目頭に熱いものがこみ上げる。

 

 信じていなかったのは自分のほうで、彼女たちは自分に対して悪意なんて持つはずがなかった。

 そんな情けなさと感謝で。

 

「龍一のことも心配していました。落ち着いたら顔を見せて欲しいとのことです」

「うん。その、管理局には」

「ディアーチェのお蔭で筒抜けという展開は回避することが出来ました」

「そうなんだ。ありがとう、王様」

「ふん」

 

 礼を言われる筋合いが無いかのように鼻を鳴らす。

 良くも悪くも王様らしい反応。

 

「それじゃあ、今回の事件は特に大事には?」

「はい。大暴れしたディアーチェとレヴィがすごく怒られただけです」

 

 すごく、で済んだのならまだ良かった方だろう。

 いや、魔王の存在を考えれば、そもそも止める際にとんでもないおしおきをされたのかもしれないが。

 

 ともかくとして、無事に事が終わったとみて良いだろう。

 心底ほっとする。

 誘拐犯の正体は分からないが、おそらくそれはニュースでも見れば分かる事だろう。

 

「みんな、ありがとう」

 

 みんながいなければこんな結果にならなかったことを確信する。

 自分は恐怖に押しつぶされそうで、でも彼女たちがいたからこそ、信頼するからこそ最後の行動に出ることができた。

 そんな信頼できる彼女たちに、俺はもう一度、心の底から感謝を込めてその一言を伝えた。

 


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