リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第九十三話 逃亡

 日が落ちたことにより、薄暗くなっている廊下の中を進む。

 前に来たときも思ったが、この廃ビルは建物自体はしっかりしている。所々塗装がはがれていたり、壁に少し穴が開いているが、使用する分には全然問題無さそうではある。

 

 適当に歩いていても埒が明かない。

 なるべく短時間で救出したいという思いもあり、ユーリに向けて念話を飛ばす。

 

(それで、二人が閉じ込められている場所ってどこ?)

(はい?)

(え?)

 

 …………。

 思考を巡らせる。

 考えてみれば、このビルという確証は貰ったものの、細かく何処に居るかなんて分かるはずもない。

 そう、内情の細部が分からないと考えていたのは、それもあったというのに、すっかり意識から抜け落ちてしまっていた。

 

「ど、どうする?」

 

 小声で恐る恐る、シュテルの方に振り向く。

 念話はシュテルにも通してある。いったいどういう話でこのようになっているか、語らずともわかってくれているはず。

 

 予想通りといったところか、シュテルはその場に止まり考えるように顔を俯かせていた。

 時間はあまりかけていられない。シュテルだけに任せず自分も考えてみるが、焦りも感じている状況でいい案が思い付くはずもない。

 

 どれくらいかわからないが、そんなに時間はたっていない頃だろう。

 俯いていたシュテルが顔を上げ、静かに上を差した。

 

「多分、真ん中の階層でしょう」

「真ん中? なぜ、そうだと」

「最上階ではもし警察などに見つかった場合、逃亡が困難になります。さらに、見張りもある程度階層ごとに分けなければなりません」

 

 一呼吸置き、シュテルは続ける。

 

「逆に下では逃亡される可能性が生まれます。しかし、断定する一番の理由は、外の監視を下の階層に置いていないことです」

『相手も人数が無限にいるわけじゃないから、ユーリがみた見張りは人質と一緒に居る可能性が有るって事だね』

「そうか、だからいる可能性が高いのは、ユーリが見た見張りの中で一番高い階層……」

 

 やはりシュテルは俺よりもしっかりしている。俺だけだったらそこまで考える事は出来ないだろう。

 もちろん断定できるわけではないが、推測としては間違っていない。

 すぐさま、その情報をユーリに流し、観察して貰う。暗くはなってきているが、相手も暗闇で動いているはずが無いし、ユーリならば見逃すことはないだろう。

 

(はい、確かに真ん中より少し上……七階くらいです!)

「ありがとう、ユーリ。よし、今度こそ」

 

 そうして、上の階段を目指そうとしたところで、念話からユーリの焦るような気配を感じた。

 

(あっ、ちょ、ちょっと待ってください)

(どうかした? もしかして、王様たちがもう捕まったとか)

 

 いや、王様とレヴィの魔力はまだ感じる事が出来る。たしかに、魔王たちだと思われる魔力も観測できるが、すぐに到着するわけでもないだろうし、到着したとしてすぐに止められることもないだろう。

 だとすれば、ユーリは一体何に気を取られているのだろう。

 

(あっ、あの、見間違えかもしれないんですけど……)

(いや、ユーリの情報は信じている。遠慮なく伝えてほしい)

(それでは……その階層の廊下の窓から小さな女の子が二人見えた気がするんです)

 

 小さな女の子……アリサとすずか!?

 こんな状況で逃亡を? いや、あの二人ならおかしくはない。むしろ、じっとしている方が不自然なくらいか。

 

(と、とりあえず、すぐに向かうよ)

(気を付けてください。もしそうであれば、もしかしたら大騒ぎになっている可能性が……)

 

 念話を抑え、周りの様子に耳を澄ませてみる。

 

 ……足音が聞こえる気がする。しかし、これがアリサやすずかの物かどうかの判断はつかない。ただの人間である自分がそうなのだから、シュテル達ならばしっかりと感じているはず。

 視線を向けると、その感覚が間違いでない事を肯定してくる。

 

「これは、間違いなさそうですね」

『足音を解析したけど二人分だね。まだ騒がれていない』

「逃げ出したことがばれたときは逆にまずいような……」

『しっかりとした監視がついているよりましだよ! ほら、今がチャンス!』

 

 発破が掛かる。

 アリシアの言う通り、助けに行くのであれば、監視下にいるより抜けだした今であるほうがチャンスかもしれない。

 そもそも居場所も分かっていない状態だったので、好転したと言っても良いだろう。

 

(とりあえず、場所を伝えます。その女の子が見えた場所はそこから四つ上、左端の窓です)

 

 七階の左端……ユーリから見えている位置だと、このまままっすぐというところだろうか。

 もし二人に念話が出来れば合流することを指示できるのだが、ないものねだりをしてもしょうがない。

 

 では、どうするか。二人の逃げる位置を予想しながらそこに駆け込む。

 もしくは、彼女らが逃げ出すことを期待して先に脱出しておくか。

 

(流石に考えるほどのものではないな)

(はい?)

(ユーリ、二人が逃げ出す先は分かる?)

(えっと、進行方向のままでしたら、まっすぐ行った後の階段だと思います)

 

 だとすれば、このまま向かえば合流できる。

 

 そう、気が焦っていたのかもしれない。

 目的を達成できると確信した瞬間が一番の隙になるというのは頷ける。まさに今、浮かれてしまい警戒を解いてしまっていたのだから。

 もしくは、ここに来てから自分は何にも役に立っていない。それに対しての心痛していたのが一番の穴だった。

 

「なっ……ガキがなぜここに!」

 

 ポカン。と、一瞬の空白が脳内を埋め尽くし、どっと焦燥感が募っていく。

 T字路。廊下の窓に面していない通路。

 そこには誘拐犯の一味と思える怪しい男が立っていた。

 

 ――ああ、もしかして余計な事をしたのかもしれない。

 

 ただ、それだけを思った。

 

(逃げましょう)

 

 シュテルからの念話。

 その声は、自分を失いそうになる頭の中で響き渡った。

 手をひかれる。逃げる先は彼らとは別方向。

 

「はぁ……はぁ……!!」

『ど、どうするの?』

「どうする……たって!」

「まずは落ち着きましょう。彼の足では私達には及びません」

 

 そう、俺達は浮遊しているので、階段を混ぜ合わせれば追い付かれることはまずない。

 見られることに対するデメリットはあるが、薄暗い中、俺達が飛んでいることをはっきり視認できる可能性は低いだろう。

 

 だから俺が息切れしているのは疲れによるものではない。自分の犯したミスによる動揺と焦り。

 そうだ、発破をかけられたくらいで付いて行ったのがまず間違いだったんだ。

 アリシアとシュテルだけなら問題無く目的を遂行できたはず。わざわざ足を引っ張るようなことをするべきでは無かった。

 後悔をしてもし足りない。もし、これが原因であの二人が……

 

『お兄ちゃん!』

「どうしよう……俺の所為だ……俺の」

「……ひとまず、そこの部屋に隠れましょう。龍一が落ち着くこともですが、考えを纏めなくては」

『そうだね。それに、私達も少し油断してた。足音を確認した直後に聞き逃すなんて』

 

 手をシュテルに引かれるまま部屋に潜り込むように入る。

 同時に浮遊も終わり、地面の感触を足に直に感じた。しかし力が入らない。

 結果、崩れ落ちるように腰を下ろすような形になってしまった。

 

「……追ってくる様子は無いようですね」

『上に上がったからね。下で待ち構えていれば来ると踏んでいるのか……もしくは、仲間への連絡をしているのか』

「とりあえずは安全ですね。とはいえ、状況としては何とも言えませんが」

『本当だよ。後悔しても意味はないけどね』

 

 二人の声が聞こえる。

 だけど聞かないように耳を抑え蹲る。

 駄目だ、自分から行動するべきではない。任せておいた方が良い。さっきみたいに失敗してしまうと、自分だけでなくみんなにも危険が及んでしまう。

 

 やはり、来るべきでは無かった。

 

「……ユーリの話からすると、窓の奥が明るくなってきたそうです」

『電気はもう止まっているはずだから、懐中電灯の明かりだろうね。そうすると、アリサとすずかが居ないこともバレたのかも』

「このままでは先に見つかってしまうかもしれません……私が様子を見てきます」

『大丈夫なの?』

「……はい」

『……そっか。ごめんね、任せちゃって』

「いえ、皆さんのご友人の為ですから」

 

 扉がきしむ音。

 そのまま音を立てることなく、扉は閉まった。

 

 静寂が空間を包む。

 その静寂を破ったのはアリシアの方だった。

 

『……このまま蹲るつもり?』

「これ以上、状況は悪く出来ない」

『はあーあ、子供みたいなこと言っちゃって。たしか、精神年齢は三十歳超えたんだって?』

「覚えてたんだ」

『そりゃあね。私よりも年上なんだから。あ、でも体の年齢からするとお兄ちゃんよりやっぱり上かも。お姉ちゃんって呼んでも良いよ』

「はは、確かにそうかも」

 

 まるで日常のように交わす軽口。

 こうしてここに来なければ、家ではこんな感じに会話を交わして、シュテルは本を読んで、レヴィはかっこいいポーズとか考えてて、王様は料理を作って、ユーリは編み物とかしていたのかもしれない。

 アリサとすずかも、もしかしたら自分たちの力で無事に逃げ出せたのかもしれない。

 

『お兄ちゃん、多分それは間違いだよ』

「……」

『アリサとすずかは自分たちだけじゃ逃げ出せない』

「どうして……」

 

 その疑問に対して、アリシアは一呼吸おいて答える。

 

『一階は見張りがきっちりしていた。二階は鍵が潰されていた。三階から飛び降りるのは無謀だよ。仮に無事に飛び降りれても大きな音が鳴るはず。時間が立てば脱走はばれる。無事に逃げ出せる保証はどこにもない』

 

 それは自分たちで確認してきた事。

 しかし、一階の監視は内部まで確認したわけではないし、二階の窓だって打ち付けていない場所だってあったかもしれない。三階から無事に降りる方法だって見つけたかもしれない。

 そんな可能性を潰したのは、俺だ。

 

 そう実感すればするほどふつふつと自分に対しての怒りが沸き上がっていく。

 

「でも、上手くいっていたかもしれない! こうして絶望的な状況にしたのは誰だ!? 他のどこでもない、俺だろう!」

『こ、声抑えて!』

 

 ハッとして息を静める。

 自分でも想像以上の声が出てしまっていた。扉の外に漏れていないとは思えない。

 いや、完全に外に漏れていたとみて良いだろう。

 

 だって、ほら、外から、カツカツを足音が聞こえて、扉の前で止まって――

 

『隠れて!』

 

 周りを見渡す。

 何もない。

 今更周りを確認するが、ここはただの倉庫。広さは十分ではないし、廃ビルだけあって何も置いてはいない。

 

 扉が軋み、音を立てる。

 

 警戒しながら立ち上がるも、なにか術があるわけではない。

 せめてこれ以上、皆に迷惑を掛けないように――

 

「あ、あんた!」

「――えっ」

 

 都合が良すぎる、そう言えばいいのか。

 それとも、これは逆に不運だったのか。

 

 そこにいたのは、予想もしていなかった人物で。

 すずかとアリサが開けた扉の向こう側に立っていた。

 


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