リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺 作:500MB
「おはようございます!」
朝起きてみれば、台所でユーリが何かしていた。
いや、何かしていると言っても、台所で出来る事なんて数少ない。ユーリがやっているのは料理だ。
……フライパンから黒い煙が出ていなければ、素直に料理と認めていたんだが……
「ユーリさん、とりあえず火は止めよう」
「はっ、はい」
後でフライパンをこすることになるだろうと思いつつ、ちらりと作っている物を見る。
オーソドックスに目玉焼きと、ベーコン。間違いなく目玉焼きは焦げていた。
「あの……何か失敗しましたか?」
「ああ、うん……」
悪意の無い瞳。これが王様ならわざとの可能性もあったが、ユーリの純粋な瞳にはそういったものは見えない。
怒るのも筋違いな事を考えると、諭すのが一番だろう。
「ユーリさん、慣れないことをするときは、誰かできる人をそばにつけておいた方がいいよ」
「はい……そ、それと……」
「?」
「その、さん付けは、やめてもらえないでしょうか?」
恐る恐ると言った風。昨日打ち解けたと言っても、ユーリとはまだあって数日も無い。お互い人見知りなので、探り探りになるのも当然だろう。
そう考えるも、素直に頷くか困り果てていた。呼び捨ては結構恥ずかしいものだからだ。
『何を今更言ってるの? アリサとかフェイトとか最初から呼び捨てだったでしょ』
アリシアの要らない援護。あれは特例だ。
「ふん、我が盟友が呼べと言っているのだぞ。それを無下にすることは、我が許さん」
と、そこで王様がいつの間にか後ろに立っていた。何を話していたか分かっているようなので、ずっと前から其処に居たのだろう。
しかし、ちょうどいい。王様の反応も怖かったので、許可を得られたのなら呼び捨てでもいいのかもしれない。
「じゃ、じゃあ……ユーリ?」
「は、はい!」
改めて呼ぶ名は、なんだか恥ずかしかった。
そして学校。なんだか、何時もの日常に戻った感じがする。
「おはよう」
「お、おはよう」
少しどもったものの、問題なく挨拶もできた。さすがに連日顔を合わせているので、慣れてきたようだ。
しかし、そんな俺に不満顔で見つめる人が一人。
「……もうあのトーンで挨拶せんの?」
「な、んんおこと?」
「噛みすぎやろ!」
図星を突かれたかのように動揺してしまったが、一つ咳払いをして、自分の席を立ちあがる。
そして出口に目星をつけ、何食わぬ顔でそこに向かう。
――ところで、当然のように邪魔が入った。
「悪いわね、あたし、気になることは追及するたちなの」
「アリサ!」
「な、なによ」
「大丈夫、俺は何もおかしいことは無い」
「そう言う事を言う時点でおかしいのよ!」
腕を捕まえられ逃げられなくなる。しぶしぶ、自分の席に戻る事にする。
……だが、これもすべては計算通り。席に着き、追及されるというタイミングで、丁度良くチャイムが鳴った。
「チャイムが鳴ったよ、席に着かなきゃ」
「そうだけど……」
「なるほど、狙ってたんやな」
はやての言葉には素知らぬ顔で返す。アリサも何かを言いたそうにしていたが、諦観の息を吐き、大人しく席に着いた。
今日もいつもの一日が始まる。
「このままでいいのではないか」
「それは……」
倉本家。そこではシュテルとディアーチェ、さらにユーリが集っていた。もちろん、それはおかしい事ではないのだが、一つ違和感があるとするならば、その場の空気だろうか。
各々の表情は基本的に何時も通りではあるが、どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。
「エグザミアの永久回路を使えば……」
「ふん、やつは穴が開いた風船みたいなものだ。いくら永久回路を使ったところで、その分だけ魔力が抜けていく。奴だけで循環しなければ意味が無い」
「そう、ですよね」
ユーリの提案も、ディアーチェの言葉によって防がれてしまう。
そして、それからまた、誰も口を開くことが無くなり沈黙がこの場を包む。
『……それって誰の事?』
そんな中、三人でない声がどこから聞こえて来た。
「アリシアさん……」
『もしかして私の事忘れてた? えー、ひどーい』
「たかがデバイスが何の用だ」
『たかがって酷いね。まあいいや。三人が話しているのは、祝福の風の事でしょ』
「ええ、そうですけど……」
確認するようなアリシアの声に、シュテルは肯定で返す。
このデバイスの事を良く知らないディアーチェは、デバイスごときが何を気にしているか掴むことが出来ない。それゆえ、少し苛立ちが混ざったように鋭い視線を向けた。
「祝福の風はもう治らん。それは貴様でもわかっているだろう」
『治すのは、確かに無理だね。修復してしまったらまたナハトヴァールが復活しちゃう』
「ふん」
それみたことか、とでも言うようにディアーチェは鼻を鳴らす。
しかし、まだ続きがあるのか、アリシアはまだ口を出すことをやめようとする様子は無い。
「……なにか、方法があるんですか?」
『そうだね。でも、一つだけ、約束して――』
エグザミアの永久回路。そして、一般的には無きものとして扱われているジュエルシード。そのどちらもが、この世に存在してはいけないほどの力が秘められているロストロギア。
使い方では人を殺す毒になる。しかし、それは使い方次第ではどんな病にも効く万能薬になる。
その日の夕方、シュークリームを買いに翠屋に行ったが、高町たちとばったりとあってしまい、なんだかんだでつき合わされた龍一がヘロヘロになりながら帰ってきた。
「ただいまー……」
鍵は開いている。家にシュテル達が居るのかと思い、何の警戒も無く扉を開ける。
そして、そこでバッタリと会ってしまう。そう、おそらく彼にとってこの世で最も恐ろしい人物と。
「お前は……」
「げっ、祝福の風!?」
余りの驚きに、逃げる事も出来ず後ずさるだけ。
相変わらず眼の眼光は鋭く、まるでこちらを射殺そうとするかのような感じさえ受ける。
しかし、その後ろでユーリがひょっこり顔を覗かせてきた。
「リインフォースさん、経過に何かおかしなことがあれば、また教えてください」
「はい、もしこれでどうしようもなかったとしても、私は一生懸命になってくれた恩を忘れませんから」
「も、もう、そう言う事言うのは止めて下さい」
自分相手では絶対に出さないような、柔らかい声色。優しそうな笑みを浮かべユーリに応対する姿は、一種の親近感さえ覚えるほどだった。
(そういえば、一応同じ書に存在していたんだっけ)
なんだかんだと通じるところもあるのだろうと、一人納得する。
とりあえず、いつまでも祝福の風の前に居るのは寿命が縮まる思いなので、急いでその場を離脱しようと家の中に入る。
「待て」
予想通りではあるが、祝福の風に止められてしまう。
腕を掴まれ、逃げる事が許されない状況。恐る恐る顔を向けると、怒気の気配は見受けられないが、訝しむような視線を向けていた。
「貴様はそれでいいのか」
「は、はい?」
「貴様自身気付いているのだろう、彼女たちが、普通の存在では無い事を」
当たり前だろ、と口に出そうとした瞬間、気付く。
そういえば、祝福の風にも魔法が使えるという事は知られてなかったか。
だったら、出来る対応は限られてくる。肯定も、否定もしてはいけない。俺は魔法の事を知らなかった設定で行かなくてはならないからだ。
「ふ、普通の存在ではない? どういうこと?」
「……ならば、いい」
この返答で満足したとは思えないが、これで許してくれるらしい。掴んでいた手を離され、逃げるように俺はその場を離れる。
リビングに移動すると、そこにはシュテルと王様が少し疲労がうかがえる表情でソファに座っていた。
「な、なにかあったのか?」
「ええ、まあ」
「丸太棒には関係ない」
王様は相変わらず辛辣だが、シュテルの様子を見る限り、聞かなくても良い事なのだろう。
そんな二人を見て、なんとなく今日は精のつく食べ物でも作ってあげようと、そう考えたのだった。
「ただいまー!」
「あ、レヴィ……すみません」
「えっ、どうして謝るのさ?」
丁度同じくして帰ってきたレヴィに、龍一を除いた三人が微妙な表情をしたのはよく分からなかったが。