リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第八十四話 変わること

 特に問い詰めることはせずにシュテル達と再び暮らすことになった翌日。

 学校に行く前に朝食の用意をしていると、リビングに見知らぬ人の気配がした。

 

「……おやおやぁ?」

「えっと、おはようございます」

 

 この前に死闘を演じ、昨日その事を謝ってきた張本人がそこにいた。

 のんきにあいさつされるが、俺は知らない人がいる事実に、手に持っている包丁を取り落しそうでやばい。

 そこに丁度良く、シュテルが手伝いのためか台所に入ってきてくれた。

 

「シュテル、あの子は……」

「説明いたしませんでしたか? あれは闇の書のシステムで、砕けえぬ――」

「いや、そこじゃない」

 

 その説明はアリシアから聞いた。そういう事ではなく、そのシステムがなぜこんなところに当たり前の用にいるのかという事だ。

 

「……彼女も、居場所がないのですよ」

 

 シュテルは少しだけ思案した後、問いただしたいことが理解してくれたのか、そう答えた。

 納得する内容ではなかったが、俺は諦観のまま五人目(一機と四人と言った方が正しいか)の入居者に、ため息とともに受け入れることになった。

 

 

 

 

「おはよ、龍一」

「あ、えっと……」

「なに戸惑ってるのよ!」

 

 アリサのあいさつにどもることで答える。

 久しぶりに会うと、コミュ障は友人関係でもすぐに口をつむぐようになってしまう。まさにその典型例だった。

 

「おはよう、龍一君」

「あ、おはようすずか」

「ちょっと! なんですずかのときは普通なのよ!」

 

 まあこの前お世話になりましたし。

 わざわざそんな地雷を口にすることなく、俺はあいまいな笑みを浮かべて誤魔化した。

 

 少し遅れて、魔王たちが教室に入ってきた。

 

「おはよう!」

「おはよう」

「おはよー」

 

 しばらく会わなかった三人のあいさつに、俺はついつい見知った顔にかぶせて挨拶を返した。

 

「ああ、おはよう」

『え?』

 

 その声はその場にいた五人娘全員から発することになった。

 俺自身、まるで家族のようなトーンで挨拶をしてしまったことに、冷や汗が流れる。

 どちらかといえば、先生をお母さんと呼んでしまったような心境で。

 

「ねえねえ、龍一君、今の……」

「き、気のせいですよ」

「少なくとも、わたしにはその声の質であいさつされる権利があるはずや」

(今のどこかおかしかったのかな?)

 

 フェイトだけわかっていないようだが、ほかの者は声の質がちょっとおかしかったことに気付いているようだ。

 なんとなく出てしまったのは、気が抜けていたのか、あの三人の面影を見てしまったからなのか……

 とりあえず、いつもどおりこの場は逃げることにしておいた。

 

 

 

 

 買い物を済ませて帰路につく。歩いていると、公園に二人の見知った顔があった。

 魔王とシュテル。二人はベンチに座って、どこか神妙な顔をしていた。

 話の内容が気になった俺は、二人からは見られない位置に行って、こっそりと聞き耳を立てることにした。

 

「じゃあ、アースラの戦艦でお世話にならないの?」

「ええ。呼ばれればいつでも駆けつけますから、なるべく居場所は詮索しないでほしいんです」

「うん。そのことに関しては、みんなも許してるからいいんだけど……」

「心配ですか?」

「そうだね……」

 

 話はよくわからないが、シュテルの行き先のことだろうか。

 しかし、仮にも敵にまわっていたシュテルをあっさりと離すとは思えないのだけど。

 

「大丈夫です。私たちにも時間をほしいだけですから」

「話してくれることはないの?」

「これだけは、誰にも言いたくないものですから。それに、知らないことがいいこともあります」

「うん。そこまで言うなら、もう詮索しない」

「ありがとうございます、ナノハ」

 

 こうして聞いている限りは二人の仲は良い方向なのだろう。なんとなく、自分に似ている人を好きになることは無いと思っていたのも、ただの杞憂だったということだろう。

 これ以上の聞き耳は野暮だろう。そう思ってこの場を離れようと、音を立てないよう足を動かした瞬間だった。

 

「エルトリアに行くまでは少しだけ時間がかかるみたいだから、それまでは一緒に遊ぼうよ」

「ええ、時間があれば」

「別れが来る前に、思い出をいっぱい作ろうね」

 

 何を言っているのか、最初は理解が出来なかった。

 

 断片的な情報からだが、そんな中でもきちんと理解が出来たのは、遠いところに行く、そして別れが来る。それだけだった。

 それだけだが、俺にとってひどく心に突き刺さるものへと変化していた。

 

 まわらない思考に、足が止まった。気がつけば二人はもうおらず、太陽も姿を隠していくところだった。

 

 

 

 

 家の扉を開けた。気配からして、もうみんな帰っているのだろう。買い物が遅れたのには謝らなければいけない。

 

「あ、おっそーい!」

 

 レヴィはお腹を空かしているのか、リビングのベッドに寝転んで文句を言ってくる。それに苦笑しながら、キッチンで何か料理をしようとしている王様に近づいた。

 

「なんだ、我は料理中だ。邪魔をすれば貴様の首を間違えて切ってしまうかもしれんぞ」

「……」

「……どうした。どこか様子がおかしいぞ貴様」

 

 反応を示さなかったからか、少し怪訝な表情で振り向く王様。

 それに対し、ガスの調節の所を指す。

 

「王様、それ温度高すぎ」

「なんだと!?」

 

 ハッとした表情で火の元を確認する。

 じっと火の調子を確認しながら調整を加える王様の姿に、いつも通りの安心感が胸中に渦巻いた。

 それにより、纏まらなかった思考が晴れたようにも感じた。

 

(彼女たちがこうして普段を過ごしたいなら、俺はそれに付き合うだけだよな)

 

 思えば、シュテルは俺の事を一切話さずになのはの提案を断っていた。

 いつか別れが来ることが分かりつつ共にいるという事は、その別れまでこの生活を続けていたいという事だろう。

 憶測にすぎないが、なんとなく大きく違う物でもないようにも感じてしまった。

 

「どうした、丸太棒。間抜けな面になっておるぞ」

「王様は普段よりもうちょっと優しくなってもいいと思うんだけど」

「知らんわ」

 

 火の元の調整を終え、俺が話しかける前の状態に戻る王様。

 そのスタンスに、なんとなく笑いを覚えてリビングに行こうとすると、背中に声を掛けられた。

 

「丸太棒、今日は貴様の分もある。王の馳走を食べられることに感謝しろ」

「……ありがと」

 

 それだけを交わし、ソファーに体を沈める。

 柔らかいそれに包まれながらさっきの事を心の中で反響する。

 心境は読み取れないが、王様も決して俺の事を嫌っているわけじゃないということに、感慨深さを覚えたのだった。

 


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