リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺 作:500MB
前世、という物を思い出した。
といっても、語ることは多くは存在しない。いや、語りたくないと言った方が正しいか。
ただ、他の人と俺の人生とでは大きくかけ離れているところがあった。
母の声。「あんたなんて生むんじゃなかった」
父の声。「お前はできそこないだ」
先生の声。「もっとみんなと仲良くできないのか」
クラスメイトの声。「あいつには近づかないでおこうぜ」
誰一人としていなかった理解者。それは今の人生とは大きくかけ離れている物だった。
唯一、必要以上にかまわれない分、勉強に力を入れることは出来た。それでも、親は劣等生だと糾弾し、誰からも認めてもらえることは無かった。
しかし、そんな人生でも救われることがあった。入社した会社。そこの同僚。ようやく俺は自分を理解してくれ、かつ理解することが出来る相手を見つけた。
その矢先だった。事故を起こして死んでしまったのは。
事故を起こしたのは俺ではなく、その同僚。飛び出してきた子どもにぶつからないよう、すぐさまブレーキを踏んでハンドルを切る。
それだけのことで、車は壁にぶつかり俺は死んでしまうことになった。
だが、目の前にいるのはなんだ。死んだはずではなかったのか。
なあ、前世の俺よ。
ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、シグナムの四人が上空に集まっている。どこか焦っている様子であるが、見つめる先は皆等しく同じ。
アースラからの命令により、四人は散らばった闇の欠片の駆逐と共に、どこかへ去った砕けえぬ闇の捜索を目的としている。
別件で進んでいるある事が頭にしこりを残すが、四人は戦場という場に立ちそれを感じさせないような立ち振る舞いをする。
「リインフォースとの共闘もここまでとなろう」
「分かっている。せめて戦場の中でなく、見守られながら逝くことを彼女も求めているだろう」
「だから、そのために頑張りましょう」
「ああ、出てくる奴は全員ブチのめすだけだ」
話す内容は決して明るくない。
それがより一層、四人には力を与える原因ともなるが。
「まあ何でもいいや」
「今はこちらを見続けるわけにはいかないですし……」
「そうだな。……早く終わらせるぞ」
「分かっている。我ら、夜天の守護騎士の名に懸けて、主はやてのために」
そうして動き出す、夜天の騎士は帰りを待つ主の姿を思い描いて。
前世の自分と出会い、気がつけば太陽は沈み、周りは闇に覆われていた。
何も会話をし続けていたわけではない。むしろ、結局アイツは少し言葉を吐いただけで、すぐに消えるようにどこかへ行ってしまった。
追いかける気にはなれない。あれを追いかけてしまえば、きっと俺の弱さはすぐに露呈してしまうだろう。
『どうするの、これから先』
目の前の奴は語った。俺はお前の闇の欠片だと、お前の現身だと。俺の言葉は本物だ。今のお前のように偽ることは無いと。
変わったと最初に言われたのは誰だったか。アリシアが言って、俺も同調したのだったか。
「もう一度聞くけど、俺は変わったのかな」
『うん。何度だっていうよ、お兄ちゃんは変わった』
「変わらないこともあって、変わることもあるか……」
天を仰ぐ。夕闇は俺を受け入れるように黒に染まっている。
ふと、念話が届いた気がした。
(ありがとうございました。そして――さようなら)
何時も通り静かで、何時もとは違いどこか熱さを感じさせるその声。信念を貫き通したのだと、親心でないにしても少しの感慨を覚える。
それと同時、虚空が胸に去来した様な気がした。
「くっ、はは……」
『どうしたのお兄ちゃん?』
「いや、また一つ逃げられない理由が一つできてしまったのだと思って」
アリシアに悟られないよう、魔力感知をするサーチを飛ばす。アリシアに頼んで作ってもらったものなので信頼は厚い。
そのサーチは紫の魔力光を捉えることが出来ず、そのまま役目を終えた。
時はほぼ同時間。離れたところで、二人はかちあっていた。
その二人はヴィータと闇の欠片である龍一。
「お前……りゅうか?」
「りゅう? 何を言っているのか分からないな」
目の前の男を訝しげに見るヴィータ。龍一だと思いはしたが、それはあくまで一目見た時の印象であり、実際には顔つきは全然違い、身長も大人のサイズであり、大きく異なった人物像だった。
彼が闇の欠片であるという事実以前に、それが余計にヴィータの警戒心を増幅させる。
(くそっ、なんなんだ一体……)
脳裏の警告が鳴りやまない。あのりゅうだとしても手加減をするつもりだってない。
しかしなぜだろう、このりゅうからは自分と同じにおいがするのだ。
「なあヴィータ、辛い過去ってどうすれば忘れ去ることが出来るんだ」
「……」
「俺は思うんだ、辛い過去なんて一生忘れられないって。ずっと付きまとってくるものだと」
語る内容は、あのヘタレでビビリでなのはたちという友達がいる張本人とは思えない。
それでも今の姿が本物の彼だとしか思えないのだ。
「さらに聞くけど、その辛い過去をどうしても思い出したくないんならどうする」
「何が言いたいんだ」
「やっぱり逃げるしかないよな、その辛い過去から」
意味が分からない。もったいぶったような言葉を止めることは叶わない。
そもそも、こんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。自分たちには使命がある。
ヴィータはグラーフアイゼンの柄を強く握る。そしてそのまま思いきり振りかぶった。
「邪魔だぁあああああああああああ!!」
「そして逃げ切れないのなら……」
偽物とアイゼンの間にプロテクションが張られる。
もちろんそんなことで怯むわけじゃない。押し切ろうとさらに強い力で押し込む。
「俺はどうすればいいんだろうな」
何とも言えない表情が映る。悲しんでいるような、怒っているような、困惑しているような。
だが、そんなことは関係なく戦いは始まる。
目の前のプロテクションが光る。嫌な予感が脳髄を駆け巡り、すぐさま攻撃を中断して離脱した。
「人は変われない! なあ、アリシア!」
『そうだね。フォトンバースト!』
予感は外れることなく、目の前が光に包まれ爆発をする。前に戦った時と違う、本気の威力。
既に距離をおいていたヴィータには爆風の余波が来るだけ。相手は表情を崩すことなくこちらを見据えてきた。
「ったく、デバイスまで闇の欠片かよ」
アリシアなんて言うデバイスは聞いたことないが、デバイスなのに個々の判断で魔法を扱えるその能力はなめてかかれるものじゃない。
正面からやりあうとなると二対一を覚悟しなければならない。
「だが、元がりゅうならばたいしたことは無いはず」
前負けを認めたのはあくまでも本気のバトルじゃないから。そして少なくとも普段は優位を取られるはずもない相手にとられ、悩みがはっきりと表に出てしまったことを自覚させられたから。
今回はそんなことは無い。むしろ自由に戦える。
「全力でたたいてやるからな――!」
カードリッジを装着してブーストをかける。
こんなところで時間を使うわけにはいかない。もうシステムU-Dはいつ動くかもわからない状況だ。しかも、時間を与えることはそのままこちらの不利に繋がる。
「一発で決めてやる……!」
「……」
冷たい目で見つめてくるりゅうの偽物。
何時もの瞳とは大きく違い、そこには暗い表情が色濃く出ていた。
(……もしかしたら、あたしたちと同じだったのかもしれないな)
同情はしても手加減はしない。いくら向こうに理由があったとしても、こっちの都合に関係は無い。
ヴィータはグラーフアイゼンを全力で振りかぶり、闇の欠片に向けて正面から突撃をした――
あらかた闇の欠片を片づけ、四人の騎士は一か所に集まって報告をしあう。
その中で一人、何かを考え込むように難しい顔をしている者がいた。
「どうした、ヴィータ」
代表としてシグナムが声をかける。
ヴィータは一瞬だけちらりとシグナムを見た後、揺れる瞳を隠しシグナムに問いた。
「なあシグナム、あたしたちは過去から進んでいるんだよな」
「……当たり前だ。我らは我が主に未来を貰ったのだから」
聞いてきた理由など気にしないかのように即断する。その姿には迷いなど微塵も見受けられず、ヴィータはなぜだか笑いが込み上げてしまった。
不思議がるシグナムに、なんでもないと首を振って答える。
――逃走も反逆も許されない。自分一人では何もできないなら、誰かに助けてもらうしかないだろ。なあヴィータ、お前は俺とは違うだろ――
それが、彼がグラーフアイゼンの下に敗れ、最後に消えながら遺した言葉だった。