リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第七十九話 終わりの一日

 ――危険です! 今すぐ……今すぐこの町から――

 

 リビングでくつろいでいると、念話が聞こえた気がした。

 聞いたことのない声。誰なのか判断する前に、まるで気のせいと言わんばかりにすぐに念話は途切れる。

 周りを見渡しても、いるのは同じようにくつろいでいるシュテルとレヴィだけ。王様はテレビ画面に向かって怒声を飛ばしている。

 

「どうかしたのですか」

 

 その様子に何かの心配を感じたのか、シュテルがそう問いかけてくる。

 俺は気のせいだと断定し、なんでもないと一言告げるだけにした。

 

 

 

 

 はやての家に遊びに行く。

 あんまり気が進まないのはいつもの事。だが、今日に限ってはシグナムと祝福の風がいないらしく、精神的に楽である。

 ちなみに、そのことは昨日買い物先で出会ったシャマル先生から聞いた。だからこそ行くのであるが。

 

「はやてー、いるー?」

 

 インターフォンを鳴らして、声をかける。

 しばらくじっとしていると、玄関の方のカギを開ける音がする。おそらく入っていいという事だろう。

 

「お邪魔します」

「おう、ゆっくりしてけ」

 

 出迎えたのはヴィータ。珍しいと思っていると、それに気づいたヴィータがどこかもの寂しそうな顔をして答えた。

 

「はやては今いないぞ」

「そのようだけど……何かあった?」

「なんでもない。りゅうは知らないほうがいいかもしれないしな」

 

 そんな風に言われてしまっては何も口を出すことが出来ない。余計なことにつっこんだばかりに起こった出来事も、少なくはないのだから。

 

 結局その後は気にせずに過ごすことにした。

 その日のうちに戻ってこないはやてに首をかしげながら。

 

 

 

 

 帰ってこないはやての代わりにご飯を作っていたら遅くなってしまった。シャマル先生を厨房に入れないのが一番疲れたという事実もあるし。

 ドアに手をかける。しかし、ガチャガチャと鍵が閉まっている事実を告げるだけで、その扉が開くことは無い。

 鍵は閉めて出て行かなかったはず。少しの疑問に襲われるが、防犯できちんと閉めたのだとあたりをつけ、一応持っていた鍵で扉を開ける。

 

「ただいまー」

 

 返事はない。家の中が暗い。人の気配がしない。

 鍵をかけてどこに行ったのだろう。アリシアなら知っていると考え、ソファに置きっぱなしのはずのアリシアを探す。

 ソファの上には変わりなくアリシアがあった。しかし、どこか様子がおかしい世にも思えた。

 

「アリシア?」

 

 声をかけるも返事が無い。無視をしているのかと勘繰るが、それにしてもおかしい。アリシアはそんなことをするような奴じゃないし、嫌なことがあれば含みを持たせつつ非難の言葉を出すはずだから。

 

「……スリープモードか? あるかわかんないけど」

 

 なんて冗談を言ってみる。

 しかし、一人きりの家、謎の機能停止、こうでもないとやっていられない。

 しばらくアリシアをぺちぺち叩いていると、機能停止から復活したのか薄く念話が届いた。

 

「おーい、アリシア」

『…………た…』

「うん? もうちょっとわかりやすく頼む」

『み……どこ………ちゃった』

 

 聞き取りづらい状況が続く。

 念話のサーチがずれているのかと思い、改めて直してみる。ずれているとは言っても、ラジオじゃないのでこっちから念話をかけるだけだが。

 

「アリシア、おーい」

『みんながどこかにいっちゃった!』

「えっ!?」

 

 アリシアのいつもじゃ考えられない切羽詰まったような声。その焦り方は、いつしかのアリシア母と争った時の様子に似ていたようにも思う。

 

『みんな、でていっちゃった。我らにはやらなければならない事があると言って……』

 

 やることがある。

 その言葉で思い出すのは彼女たちがマテリアルという構成体であり、砕けえぬ闇の復活のための存在だったこと。

 あれから時も過ぎた。彼女たちに幸せでなくとも普通の生活を送らせていたと自負できる。だが、そんなことをお構いなしに砕けえぬ闇は復活を求めているというのか。

 

『わたしの機能を一時的に止めた後、そのままさよならって……』

「くっ」

『お兄ちゃん……』

 

 アリシアが言った通り止めるべきなのだろう。もうお前たちは自由なのだと伝えるべきなのだろう。たとえ、それが勝手な思い込みだとしても。

 もちろん、それは自己満足に過ぎない。だけどこのまま放っておくのは間違いなく不味いことになる。

 

『もしかして、怖いの?』

 

 逡巡していると、アリシアが優しく語りかけてくれる。

 闘いの恐怖、人に頼られない不信、そして足りない力。それらすべて分かっているかのようなアリシアの一言。

 

「……まだ、怖い」

 

 口から出た言葉もまた、正直な本心だった。

 逸る気持ちが空回りし、アリシアとの間に何とも言えない空気が漂う。

 その空気を破ったのはアリシアだった。

 

『いいんじゃないかな、放っておくのも』

 

 見捨てるような一言だが、その声の質から失望は見られない。

 

「どういうこと……?」

『いままでは逃げられないような状況だった。でも、今回は違う。すでに管理局は行動を始めているらしい。放っておけば管理局の人たちが否応に無く止めてくれる』

「管理局が動いてる……」

『今回動けば、それはもう自分から介入したことになってしまうんだよ』

 

 前回シュテルがいなくなった状況とは違う。あの時ははっきりとした危険は感じられなかったし、行った行動も追っかけただけともいえる。

 しかし今回は管理局も動き、危険なことをしているのだという事は火を見るよりも明らか。こんな状況で介入を選択するのは、自分から巻き込まれに行ったという事実が浮き彫りになってしまう。

 

「……」

 

 行かない……行きたくないという気持ちが大きく膨れ上がる。

 その選択をしても誰も恨まないという。ならば、選ぶまでもないのではないか。

 

「……なあ、前に俺は変わったって言ったっけ」

『うん』

「それが、この選択か」

『変わらないってことも、悪い事じゃないんだよ』

 

 慈しむような声。俺はその日、これ以上外に出ることなく一日を終えた。

 

 

 

 

 終わりとはいったい何なのだろうか。

 アリシアの母の事も終わったと言い難い話だし、闇の書なんかはいまだに残留している。シュテル達など、いままさに動いている。

 結局、俺が関わった事件は何も解決などしていなかった。

 

「逃げて……なぁ」

 

 一日明け、昨日聞こえてきた謎の念話。この町から逃げて、だったか。

 もしかしてあれはこのことを指していたのではないだろうか。シュテル達が動き、そうして管理局が動く。

 

『管理局はまだ本格的には動いてないみたい。というのも、なのはやフェイトがこの世界にいなかったからなんだけど』

 

 そうアリシアは教えてくれた。

 昨日動いていなかったとしても、今日動かない保証はない。さっさとこの町から出るのが正解なのかもしれない。

 

「シュテル……」

 

 逃げてしまえば二度と捕まえることは叶わないのかもしれない。

 何の前置きもなく、シュテルがよく猫に好かれていたことを思い出す。

 猫は逃げればもう捕まらない、なかなか近いものだ。

 

「どうせ予定はない……なら、事件が終わるまでの間どこか行くか」

『お兄ちゃんがそうするのなら、反論はしないよ』

 

 心なしかアリシアの声も明るくない。

 どういう状況にあるのか分からないが、逃げることはシュテル達を見捨てると同様。それを感じているからかもしれない。

 

「なんだか決心がつかないな……」

『でも、お兄ちゃんは逃げることを選んだんだよね』

「そうだけど……」

『それでいいんだよ。お兄ちゃんはヘタレなところがあるからお兄ちゃんなんでしょ』

「全く嬉しくない言葉をありがと」

 

 こんな口ぶりでも、アリシアは俺を励ましてくれているのだろう。

 背中を押してくれるやつもいる。こんなところでうじうじせずに、俺は逃げへの一歩を踏み出した――

 

 

「久しぶり」

 

 

 ――そいつを見るまでは。

 


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