リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第五十九話 猫の憂鬱

 ご飯を作る途中のこと。鍋をかき混ぜて調味料を入れようとしたとき、準備し忘れてたことを思い出した。

 

「シュテル、そこの砂糖とってくれ」

「……」

「シュテル?」

 

 見てみると、どこかボーっとしているシュテルの姿。

 外に出してから、こうして上の空になることが多くなった。

 何か別のものを見ているというか、軽く夢遊病になっている気さえする。

 

「……ふー」

「ふわっ」

 

 呼んでも返事がないので、耳に息を吹きかけてみる。

 予想通り驚きとともに上の空を戻り、ぶつけてくる非難の視線。

 

「突然したのは悪かったが、そっちもなんだか上の空だったぞ」

「え? あ、そうだったのですか。すみません」

「いや、包丁持ってる時じゃなきゃ、別段困ることもないけどさ」

 

 あ、いや、鍋かき回さなきゃいけないときとかはダメか。揚げ物とかも……やっぱ料理中に上の空はご法度。

 と、話が頭の中でそれそうになったのを抑え、再び目の前のシュテルに気をつけてみる。

 普段からこんな放心するわけじゃなかったんだが……やはりずっと家は気が滅入るのだろうか。

 

「……ねえシュテル」

「なんでしょうか」

「ご飯を食べたら、散歩しに行こうか」

 

 シュテルは頷いた。

 

 

 

 

 あたしリーゼロッテ。

 ちょっと所用でこの管理外世界に再び戻ってきたんだけど、さっそくアリアが迷子になりました。

 

「アリアー、どこにいるのー?」

 

 念話をしようかと思ったけど、なるべく魔法は使わないようにと言われているので、なるべく念話使用は避けたいところだった。というのは建前で、めんどくさいだけだったりする。

 しかしこのままだと念話使うことになるかなーなんて考えていたところ、どこからか猫の声が聞こえてきた。

 

(そうだ、猫に聞けば分かるかもしれない)

 

 猫になることができるあたしとしては、猫社会の広い情報網は侮れないものに感じていた。

 

「ええと、声はこっちの方……」

 

 近くの角を曲がったところ、たしかにそこには猫が群がっていた。

 一人の少女の足元に。

 

「えっと……」

「うわ、今日は猫が多いな」

 

 よく見れば、少女の横には男の子もいる。二人は猫の多さに驚きつつ何とかといった風に前に進んでいた。

 しかし、あたしはその猫一団の中に見知った猫を見かけ、過ぎ去ろうとした足を止める。

 

「あ、アリア」

 

 さして特徴的でもない猫。しかし、さすがに姉妹となれば見分けくらいつく。

 なんだか、ノリノリで女の子に飛びつこうとしている姿を見ると、平和になったのだという感慨と同時に、立場が落ちたという悲しみが湧く。間違えた、堕ちただ。

 

「あんなことをしているアリアを見るのもしょうがないし、迎えに行きますか」

 

 ということなので、二人の少年少女に話しかける。

 

「ちょっといいかな君たち」

「なんでしょうか」

「えっ、あ、はい?」

 

 少女の対応に、戸惑ったような少年の対応。

 まあ、いきなり知らないお姉さんが話しかけたのだから、少年の方が正しい反応か。

 

「そこの猫ちゃんなんだけど――」

 

 といいかけ、ふとあることに気付いた。

 少年の姿をどこかで見かけたことがあるのだ。

 そう、いつだったか……たしかよくみたことがあるような……

 

「要件は手短にお願いできますか?」

「え? あ、ごめんね」

 

 思い出しにかかっていたところで、少女に要件をせかされた。

 見れば少し面倒そうにしている。確かに目の前で悩んでいるのも相手にとって迷惑だろうということで、手早く用件を済ませることにする。

 

「そこの猫ちゃんなんだけど、実はうちで飼ってる猫ちゃんなのよ」

「そうですか」

「だから返してくれないかなーって」

「いいですよ。元から勝手についてきているだけですから」

 

 アリア……本当なんでついていってるのよ。

 アリアの趣味に戸惑いを感じつつ、あたしは猫の集団の中にいるアリアを抱き上げた。

 そこで、なんだか様子がおかしいことに気が付いた。

 

「あら、アリアったらマタタビ嗅いでる」

 

 ハーメルンのようについて行ってたのは酔ってたからか……なんて、今更言い訳材料が出てきたところで何とも言えないけど。

 さて、これで用件は済んだので、とっとと用事を済まして帰ることにしよう。

 

「じゃあね、二人とも」

「はい」

「えと……その、一ついいであうか?」

「あうか?」

「か、噛みまみた! ……ああもう、その猫耳ってなんですか!?」

 

 まくしたてるように聞いてきたのは、猫耳のこと。

 はじめ頭を心配するような目線を送っていたが、隣の少女も頭に目線を送っているのに気づき、それにつられて頭に手を当てる。

 その時触れるぴょこぴょこする何か。

 

「……あ、変化し忘れてた」

「変化?」

「あ、いえいえ、なんでもないわよ! これはつけ耳、つけ耳なの!」

「はあ……」

 

 怪訝そうに空返事。

 なんだろう、こっちが逆に心配そうに見られてる……ああ、どれもこれもあのマスターのせいだ。嫌いじゃないけど。

 これ以上追及されるのも嫌なので、この場をそそくさと離れることにする。

 

「じゃ、じゃあね」

「はあ」

 

 ふう、変身しなおさなきゃいけないな……少し前までによくなっていた仮面の男で行こうか。

 ん? 仮面の男……何か引っかかる。あの男の子に関係したことのような……

 

「あ」

 

 そういえば、八神はやての監視をしていた時によく見かけたのがあの子だったことを思い出す。

 一度だけ言葉を交わした……そう、確か関わるな、だったっけ。

 

「……そうか、あの子も被害者なんだね」

 

 大人たちの――もちろんあたしたちも含む――勝手な都合によって人生を左右されてしまった少年。

 あのことはすでに管理局でも事後として扱われている。だけど、あのように人に対して対話しづらい性格になったのも、あたしたちのせいかもしれない。

 

「……とりあえず、帰る前に菓子折りでも届けておこう」

 

 あの少年の家はすでにつかんである。

 とはいえ、今まで決して使うことがなかった情報なので、知っているのはあたしとアリアだけだが。

 あの子、本当に八神はやての家に行かなくなったからなぁ。後悔はしていないが、かわいそうな子だと思う。

 

 そういえば、隣にいた少女は誰だったのだろうか。

 まあ、どうでもいいか。あの非難めいた目もわすれたいし。

 

 

 

 

「ところでシュテル、なんでお前は猫にそんなにまとわりつかれるんだ?」

「さあ、なんででしょうかね」

「……それにしても、さっきの女の人はなんだったのだろうか」

「ああいうのをコスプレっていうんですね」

「……」

 

 どこでそういう情報を覚えてくるのだろうか。

 


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