リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第五十四話 不明なり少女

「でだ、お前、記憶喪失ということでいいのか?」

「……」

 

 少女を家に連れ帰って数時間。いまだに少女は積極的にしゃべろうとしない。

 このような質問を何度かしてみるものの、反応は希薄で意味もなしに感じてくる。実際、個人的にこうやって話しかけてもあまり意味はないように感じている。

 

(この子、なんだか説明しづらいんだけど……なんか存在が薄いんだよな)

 

 目にはっきりと映っているし、存在自体はきちっとしているんだけど、どこか空虚なところがある。

 水を抜いた水風船というか、使い果たした後の貯金箱というか……まあ、そんな感じ。

 らちもあかないので、長期戦に備えて作っておいたプリンを冷蔵庫から取り出しにかかる。

 そして戻ってくれば、プリンを一心に見つめる少女。

 

「食べる?」

「……」

 

 何も言わないが、首はしっかりと縦に振る。

 量もあるので、そのプリンは少女に手渡した。

 少女はおいしそうにプリンを食べ、急に頭を押さえだした。

 

「お、おいおい、大丈夫?」

「ぐ……ぅ……」

 

 しばらくすればおさまりはしたものの、プリンを食べてすぐになられると、俺の責任じゃないにしても複雑な心境になる。

 そんな微妙の心境の中、少女はふらりと立ち上がった。

 

「ちょいちょい、どこ行こうというんだ」

「……?」

「いや、不思議そうな顔されても、急に立ち上がったのはそっちだからね」

 

 少女は自分でも自覚がなかったからなのか、少しだけ唸った後に答えた。

 

「どこか、いかなくてはならないような気がしました」

 

 おそらく、俺が今日この子と話した中で一番言語の量が多かっただろう。

 そんなことに多少なりとも驚きつつ、自身も少女と同じように立ち上がって同じ目線に立つ。

 

「それって、記憶を取り戻したってこと?」

「いえ……」

 

 なんとも的を得ない相手である。

 しかし、これが本当に記憶喪失だというのなら、時間がたてば元に戻るのではないだろうか。さっきも何か思い出しそうだったようだし。

 本来なら病院に連れて行くのが一番なんじゃないかもしれないが、いかんせん子供だけだと無理だろう。そもそも、この少女の正体もわからないわけだし。

 

(さて、どうするかな)

 

 問題はこの少女の処遇である。

 このまま放置するというのはさすがに良心が痛むし、なによりこのまま放置は嫌な予感がする。こういう時の勘は当たるので、なるべくその通りにしたいところ。

 それに、山でアリシアが言っていたように、なんなのか確認もしないままというのはとても危険だ。魔力反応も気になるし。

 とりあえずこうして話してみたところ、特に敵意も感じないし悪意すらない。例えてみると生まれたてのひな鳥みたいなものだ。

 そこまで考え、決断する。

 

 ……よし。後悔はきっとしない。

 

「提案なんだが、その記憶が戻るまでこの家に世話になるか?」

「えっ……」

(えぇええええええええええええええ!!?)

 

 アリシアからの音量マックスの念話が来る。

 あまりにもうるさかったので、途中で念話を強制遮断させる。なんか言いたそうに、部屋の隅っこに置いてある鎌のコアがピカピカ光ってるけど知らんぷりしておいた。

 

「ですけど……」

「そりゃ帰る家があるとかならそっちを優先させるけど……そういうものあるのか?」

 

 少女は黙って首を横に振った。

 

「だったらいいよな。いや、決定ということで」

「……」

「……嫌なら嫌とはっきり言ってくれた方がうれしいのだが」

 

 陰口をたたかれたりとか、表に表わされない方がつらいことだってあるんだぞ。

 そう拗ねてみると、少女は慌てるように手を振ってこたえた。

 

「違います……言い方……わからなくて」

 

 見れば心なしか嬉しそうな表情をしているような気がする。

 それを見て、俺は左手を出して言ってあげた。

 

「これからよろしく」

「……よろしく、お願いします」

 

 ……さて、突然だけど俺はいきなり後悔している。

 

(よく考えたら、少女誘拐でさらに監禁になるんじゃねこれ)

 

 なんとなく直感に従っていたらこうなってしまったが、よくよく考えてみると、この少女をこの後どうしようというのだろうか。

 順当に考えると警察に届け出るのが普通だろう。なのに、なぜこうしてしまったのだろうか。

 

(相変わらずその場のテンションに任せること多いよね)

 

 考えていると、急にアリシアから念話が入ってくる。強制遮断もアリシアには意味無いようだ。

 ……あれ、俺デバイスに魔法勝負で負けた?

 

(どうでもいいこと考えない。現実逃避はほどほどにしないと)

(うるせーやい。そんなことわかってる)

 

 アリシアの言うとおり現実逃避はほどほどにしないと、知らないうちに話が進んでいることも多い。

 自分でやったものはしょうがないし、諦めて自分で作った流れに乗ることにした。

 

(とりあえず、いろいろ準備しなきゃいけないな)

(衣食住は大切だもんね)

 

 そうと決まれば倉庫から予備の布団をとってこなきゃいけない。部屋数だけは無駄にあるので、そっちに寝かせるとして……と、そこで大事なことを思い出した。

 

「なあ、名前はわかるか?」

「名前……?」

 

 この少女の名前を聞いていなかった。記憶喪失とはいえ、名前とかそういうことは結構覚えていそうなので、無駄でもとりあえず聞いてみる。

 もし覚えていなかったら、適当な名前つけなきゃな――

 

「……星光の殲滅者」

「!?」

 

 なな、なんか恐ろしいこと言いませんでしか?

 き、気のせいだよねそうだよね。

 恐る恐る、もう一度同じ問いをする。聞き間違えだろうと確信したいがために。

 

「も、もう一度言ってくれないかな?」

「……シュテル・ザ・デストラクター」

 

 あれれ、全然違う名前が返ってきたぞ?

 だが、明らかにさっきよりもましなその名前を聞き、俺はその名前に決めることにする。

 うん、なんか気変わりしてさっきの名前になってもらうとちょっとあれだし。

 

「えっと、俺は龍一。倉本龍一だ」

「龍一……ですか」

 

 口に何度か出してその名前をなじませるようにするシュテル。

 少し変なところもあるが、こういうところがこの子の魅力なんじゃないか、そう思う。

 

 

 それから、二人と一つの生活は始まった。

 


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