リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺   作:500MB

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第四十四話 待ち人来る

 意識が戻る。

 起き上がって周りを見れば暗闇。だが、暗闇のはずなのに自分の姿はしっかり見える。どうやら、ただの暗闇というわけではないようだ。

 

 落ちた時の事を思い出す。

 まっさかさまとなった先は、あの銀髪の女性の元。奇しくも、落ちる前に考えたことと同じになってしまった。

 そこからは……よく分からない。

 女性に当たるというところで強い光が発生し、気が付けばこんなところで意識を失っていた。

 

「また、巻き込まれでもしたかな……」

 

 今回に限り、確かに少しは自分からかかわろうという気持ちはあった。だが、別にそれを求めていたわけではなかった。

 

「どうせなら、このまま終わってしまっても良かったかもな」

 

 気が付けばこうして事件に巻き込まれているという状況、自分としては直したいところ。

 状況判断するにも、周りは暗闇でそれ以上の事は分からない。

 敢えて説明するというのなら、ここは魔法に関係する空間であることは間違いない。

 

「起きたか」

 

 突如目の前に現れた銀髪の女。

 先ほどまでいなかったというのに、どうやってここに来たのだろうか。

 ……いや、ここが普通の場所でないとするのなら何もおかしくない。つまりここは、この女の庭……というところだろう。

 

「俺を殺すのか」

 

 庭みたいなところだとするなら、この場を離れても無駄だろう。

 こんな生き残るすべが思い浮かばない状況で、目の前の女に媚を売っても意味がないことも分かっている。

 そう考えて、あきらめの気持ちで目の前の女性から目をそらさず問う。

 女性は息を詰まらせたように一度息をのんだ。

 

「……貴様、怖くないのか」

「……なにが」

「こんなわけのわからない場所で死んで、何を知ることもなく人生が終わる」

「確かに……な」

 

 逃げる前にヴィータが言っていたことには気になることが多すぎた。

 はやてについて。ヴォルケンリッターについて。この女について。

 おそらく明るい答えが返ってくるものではないが、渦中に巻き込まれて何もわからず死ぬというのは確かに嫌だ。

 

「だけど、教えてはくれないんだろう?」

 

 女は答えを返さない。正解なのだろう。

 ならばどうしようもない。できることもなにもない。

 

「あ、ちょっと待て。一つ言い残したことがあった」

「言い残したいことだと? なんだ、命乞いか」

 

 こいつがはやてと関係あるというのなら、最後に一つだけ言っておきたかった。

 はやて自身に俺は恨みなんてないから。伝えたかった懺悔の言葉。

 

「はやてに伝えてくれないか。『誕生日おめでとう。そして、ごめんなさい』って」

 

 はやての事は嫌いじゃなかった。むしろ、好きな部類に入る。

 自分の弱さのせいとはいえ、闇の書さえなければ俺たちは本当は今も笑い合っていられたんだろうか。

 

「ちっ、目の前に迫る死を恐れぬとは……子供らしくないやつだ。まあいい、おとなしく死ね」

 

 そりゃあ、一度死んでいるからな――

 

 

 

「ダメや!!」

 

 暗闇の中、一つのききなれた声が響いた。

 それに驚き動きを止めたのは俺だけでなく、拳を俺の目の前に突き出している女もだった。

 そんな両者が動きを止めるほどの人物。

 

 それは、はやて以外にありえなかった。

 

「なんで、争いあうんや……わたしは、そんなこと求めてないのに……」

 

 女の時と同様に、いつの間にか横に立っていた。

 悲しそうに顔を伏せるはやて。

 なんでこんなところにいるのか、そしてなんで立っているのか。

 

「はや……て?」

 

 迷い謎に包まれた俺は、恐る恐る手を伸ばす。半年たった今でも変わってない、その少女に向けて。

 その手はがっしりと両手に包まれた。当の本人によって。

 

「龍一、会いたかったんやで?」

 

 泣きそうな顔で無理矢理笑顔を浮かべて告げる。

 その笑顔は罪悪感をありありと受けるものであり、ついまぶしくて目をそらしてしまった。

 

「……主は、それでいいのですか。この男をそう簡単に許して」

「許すんやない。わたしは元々龍一を恨んでおらんからな」

「それは、この男が主の苦しみを何も知らぬまま、のうのうと生きるという事ですよ」

「龍一は、家族やからな」

 

 俺は驚く。

 まさかいまだにはやてが俺の事を家族だと思ってくれているとは思っていなかったから。

 

「はやて……ごめん、ごめんな……」

「そんなん、こっちのセリフや。こんなことに巻き込んでしもーて、すまんな」

 

 こんなこと?

 そういえば、考えても見れば闇の書を中心にして物語は進んでいる。

 今謎ばかりが頭の中に思いうかぶこの状況、はやてなら知っていることがあるんじゃないか?

 

「はやては今の現状、どうなっているのか知っているのか?」

 

 その言葉を聞いて、はやての顔は急に青く染まった。

 様子は尋常じゃない。何か恐ろしいものでも見たような……

 

「そう、そうや……わたしのせいで……みんな……」

「主! ええい、どけ小僧!」

 

 女性は俺を押しのけてはやてを落ち着かせようとしている。突き飛ばされた俺は、はやての様子をじっと見つめた。

 ぶるぶると震えて、何かの恐怖に陥っている。

 わたしのせいで……もしかすると、いや、おそらくはやてはこの女性がやってきたことを見てきたのだろう。それも、自分の視点のように。

 

「シグナムも……シャマルも……ザフィーラも……お見舞いに来てくれたみんなも……」

「主! しっかりしてください!」

「ヴィータだって……なあ龍一……」

 

 徐々に消え失せていく眼の光。

 

「龍一、あんたはわたしのせいで親が消えることを恐れていたんやろ?」

「なにを……」

「だからわたしに龍一の家族の事を教えてくれへんかった」

「ち、違っ……」

「そして龍一も……消えた」

 

 虚ろになりつつある瞳が俺を視る。

 その眼から読み取れる情報は虚空。

 

「わたしの周りにいる人って、みんないなくなるんやろか」

 

 問いてきているはずなのに、その答えは自分の中では決まっているようにみえる問い方。

 

「そんなことはありません主! 私はずっとそばに……!」

「最後には、わたしもろとも……やろ」

「……っ!」

 

 図星をつかれたように、女性は唇をかんで後ずさる。

 

「確かにそれだと、ずっと一緒にいることになるんやろな。あともう少しの間だけやけど」

「いつから、気付いていらっしゃったのですか。闇の書が主を巻き込むことを」

 

 よく分からない会話が入る。

 どうやら、はやての足が動かなかったり病気が重くなっていったのは、闇の書のせいらしい。

 そして、いままでヴォルケンリッターが蒐集していたのは、闇の書が完成すればはやての病気も治るかもしれない、そんな数少ない可能性に賭けたのだそうだ。

 その賭けは、失敗したらしいが。

 それどころか、何者かに襲われてヴォルケンリッターのうちヴィータを除く三人は蒐集されてしまった。ヴィータが蒐集されなかったのは、三人まででページが埋まったかららしい。

 周りを害し、自分は何もできないという状況にはやては悲しんだ。そしてその悲しみを感じ取った闇の書の中の人格である目の前の女性は、その悲しみを感じ取り反逆に走った。

 

 その何者かを含めた管理局の奴らに力を見せつけた後、一番大きな感情を締めていた俺を殺すために。

 それが余計に悲しみを増幅するとは知らずに。

 

「……」

 

 複雑なところである。

 結局、ここまで追い詰めてしまったのは他の誰でもなく俺。

 あの明るいはやてが無くなったのは逃げてしまった俺のせい。

 

 ……だめだろそれは。家族を、親友を悲しませるのは。

 

「……はやて!」

「龍一……?」

 

 言いたいことはまとまったわけじゃない。だけど、ここで何かを言わなければ、はやては消えてしまう。そんな予感がした。

 

「俺はいる! ここにいる!」

「な、なんや、この人と同じように同情してくれとんのか?」

「違う! 俺はお前のもとに帰ってきたんだ!」

「え……」

 

 自分で何を言っているのか分からない。

 あんなことをしてしまった俺に、こんなことを言っていい権利があるのかすらわからない。

 だけど、今更でも、訳が分からなくても、このまま大切な友達であり、もう一つの家族であり、親友でもあるはやてをを失うのはとてもつらかった。

 

「これから先、はやてのもとにいる! もう二度と黙って離れることなんてない!」

「そ、そんなんわからんやろ。何いうてん」

「絶対だ! 約束する」

「……や、やめい」

「信用してくれるまで、俺は何度でもいう」

「やめてや……」

「俺だってはやてのことを大切に思っている! だから、はやてともっと過ごしていたい!」

「やめてっ!」

 

 はやてが叫び声を上げ、嗚咽を漏らす。

 はやての目は涙であふれていた。

 

「そんなん言われたら……期待してしまうやろ」

 

 俺ははやてのそばに近寄り、所在なさげにしていた手を取りぎゅっと握る。

 

「期待じゃない。ほら、こうして俺ははやての手を握っている。帰ってきて、はやてに触れられる距離にいるんだ」

「龍一……」

 

 はやては俺に飛びつき、存在を確認するかのようにしっかりと抱きしめた後、声を上げて泣き出した。

 


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