リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺 作:500MB
小学校卒業の日。
この日ばかりは海外ばかりでまともに家に帰ってくることの少ない両親も家に帰ってきて、卒業式に保護者として参加していた。
ここ三年間はあっちの仕事が順調以上にまわり過ぎて手を取られていたらしく、帰って来られなかったと嘆いていたのが帰国した昨日のこと。驚くべきは新たな命が誕生していた事だろうか。
日々の環境は変わっていく。
「卒業おめでとう、龍一」
「うん、おめでとう」
卒業式は終わり、校門付近にあふれかえる人達。
話し掛けてきたのは、同じように一人でいたフェイト。
フェイトは俺の首元に手を当てて、不思議そうに尋ねてくる。
「今日もそのマフラーしているんだね」
「今日は特別寒いから、というのは言い訳かな。でも、今日だけは巻いてきたかったんだ」
「確かシュテルが作った物なんだっけ?」
「うん」
一年前にシュテルが置いていってくれたマフラーだ。
きちんと梱包されていて、中に手紙まで入っていた。
その手紙の内容は……何とも恥ずかしいものだったが。
「龍一は家族が帰って来ているんだよね」
「途中で妹がぐずって、急いで家まで帰ったらしいんだけどね。フェイトも?」
「私も少し遅れるって聞いた。母さんとの連絡を取りつけてあげるからって」
「フェイトのお母さん?」
「あ、うん、プレシア母さん。私を引き取ってくれた人達じゃなくて、本当のお母さん」
そう口にするフェイトの顔は少しほころんでいる。
やはり本当の母親と話が出来るのが嬉しいのだろう。
否応なしに、この世界で自分が成し遂げた事の一部を見せつけられているようだ。
しかし、この話題は俺にとっても都合が悪い。手前勝手で申し訳ないが、話を逸らさせてもらう事にする。
「他の皆は? 家族の所?」
「うん。みんな一度は集まるみたいだけど」
どこかで、ということなのだろう。
なんとなく、心が疼くのを感じる。
「ねえ、その集まりに行っても良い?」
「龍一も? こっちから誘うつもりだったけど、龍一が言って来るなんて珍しいね」
「そうかな」
「うーん。そう言われると、最近の龍一は積極的かもね」
一時期、シュテル達がエルトリアへ旅立ってからは落ち込んでいた。それはもう大層。
だけど、王様が残してくれた圧力鍋いっぱいのカレーを食べきる頃にこのままではいけないと思った。
彼女たちが残してくれたものは形に残る物だけでは無かったはず。大切な事も教えて貰っていた。
「なんや、龍一とフェイトが二人て、珍しいなぁ」
「はやて、卒業おめでとう」
「うん、おめでとおフェイトちゃん」
そこで車いすに乗ったはやてが現れた。
車いすをひくのは祝福の風。その顔は涙にぬれて口元を抑えている。
「主の卒業する姿が見れて、感服です……」
ただの親馬鹿……部下馬鹿のようだ。
そういえばはやての足ももう完治気味のはず。この状態ももしかしたら彼女のわがままなのかもしれない。
すると、こちらの視線に気づいたのか祝福の風はこちらに視線を向けてきた。
「なにか?」
「い、いえ、別に」
やはりこの人が苦手なのは相変わらずといったところか。
しかし気のせいかも知れないが、彼女からの態度は初めて会ったときより軟化しているようにも感じる。
そうだとしたら、はやて辺りが手回しをしてくれたのかもしれない。ありがたいことだ。
「はやて、集まる場所は決まったの?」
「わたしの家はどう?」
「はやての家? だって、龍一」
目の前で場所が決まり、向き直って教えてくれる。
目の前で聞いたんだからわざわざパスしなくても良いのに、そう思いながらも頷いて答える。
すると、はやてが驚いたような顔でこちらをじっと見てきた。
「ほお、大人しく来るんか。龍一にしては珍しいなぁ」
「最近はそうでも無いと自分では思っていたのだが、はやてにまでそう思われていたのか」
「しゃあないな。逃げた罪は重いで?」
「う……」
それを言われるとこちらとしては何も言い返せなくなる。
そんな様子の俺にはやては冗談とばかりに笑って答えた。
「ま、ええわ。今日は来てくれるんやろ?」
「もちろん」
「ほんなら、待っとるで。こっちは準備しに帰ろか」
「もっと友人と話していかないのか?」
「その友人をもてなすために早くに帰るんや」
もてなす方として準備があるのだろう。
一応、いつものメンバー以外にそれなりに仲が良かった子もいたのだろうが、基本的にはそのまま上に上がるので、あまり悲しむことではないと思っているのかもしれない。
そのまま立ち去るかと思いきや、少し離れた所で祝福の風が一言二言はやてに何かを伝えてこちらに戻って来た。
それに対して少々身構え気味になるのは仕方がない事だろう。
「龍一、その……」
急に名前を呼ばれたことに驚く。それより、俺に対して何かを口ごもっているのが非常に珍しい。
正直何を言われるのか見当もつかない。フェイトに少し隠れるように移動してしまったのは仕方がないだろう。
「む、いや、仕方がないことではありますが……」
「早く言ってあげないと、龍一がこのまま怯えるだけだと思うよ」
「う、いや、それはその通りですね。では一つだけ言っておきます」
そこで言葉を止め彼女は頭を下げた。
「今の私があるのはあなたのお蔭だと聞いています。礼を言わせてください」
そんな彼女に面を食らう。
「それと貴方は一人じゃありません。困ったときに、頼れる相手が周りにたくさんいるのだから」
それだけ言うと、祝福の風は他に言うことはないと言わんばかりに背を向ける。
流石に困惑する。だが、その言葉は間違いなく悪意はなく。むしろ、今までの態度が何だったのかと思うほどで……
だからなのか、一つだけ、言葉が頭に浮かんだ。
「それは、貴女も含まれますか?」
彼女は振り向かない。肯定も、否定もしない。
だけどそれが彼女の答えなのだろう。むしろ、これが一番の回答なのかもしれない。
思い返せば、はやてと仲直りして以来、彼女……リインフォースが俺に対して害を加えたことなんてなかった。
自分は守られていた。
独りよがりな勘違いかも知れないが、少なくとも俺はそう思っておくことにする。
「そうだ、お前も料理はするのだろう。我が主が待っている、すぐに来い、いいな」
有無を言わせず、背を向けたままいつものような口調でそう告げたリインフォースははやての方へ向かっていく。
はやてはリインフォースに何かを言っているようで、リインフォースは何かを否定しているように見える。あの二人は紛れも無く家族の後ろ姿に見えた。
「じゃあ龍一も早く帰らなきゃ」
「はやてと料理を作るために?」
「うん。私だって龍一の料理を食べたいから」
その言葉は嬉しくあるのだが、フェイトに言われると裏があるような気がしてならない。
本当の料理とか言ったあの時の黒歴史がちらついてしょうがないのだ。
もちろん、気にし過ぎなのかもしれないが。
自室。
二年前まではほとんどみんなが集まるリビングの方にいたが、一人暮らしのような形になってからはほとんど自室で過ごしていた。
いまだにあそこは昔一人でいたのが馬鹿らしくなるほど広く感じてしまうのだ。
「じゃあアリシア、行ってくるよ」
当たり前かもしれないが、あの後アリシアは自分の下にいてくれていた。
大きな爆弾を抱え込んでいるような状況であるが、アリシアとしてはフェイトを見守りたいし、俺も今更本当に一人に戻ったところで辛いだけである。
『ちゃんとみんなと連絡先を交換するんだよ?』
「お母さんじゃないんだから」
『でも、もしこのままだと本当に疎遠になっちゃうから。せめてフェイトだけでも連絡を繋げるようにしてね』
「フェイトだけって方が逆に難しいんじゃないかな」
荷物の確認をする。
向こうに行って料理をするなら、と思ったけど必要な物は少なかった。
最近はこういうことも少なくないため、エプロンなどは向こうに置いてあったはず。材料もあちらで間違いなく準備しているので、こちらで用意するものなど一切ないのだ。
『ねえお兄ちゃん』
「なに?」
『みんなと出会えてよかった?』
「みんなに、か……」
得たものはあったし、失ったものもあった。
結局避けたかった事件にも巻き込まれたわけで、それによって利益も不利益も被った。
でも、なんだろうか、これまでを振り返ってみると。
「悪くはないね」
『お兄ちゃんは素直じゃないんだから』
今回もアリシアはお留守番だ。
いつか、いつになるかわからないけれど、皆にアリシアのことを話せる日が来たらいいな、そう考えながら自室に繋がる扉を閉めた。
はやての家につく。
料理も滞りなく進んで、呼んだなのはやフェイト、アリサやすずかが集まった。
小学校とはお別れというのに、浮かぶのは笑顔ばかり。
そもそもお別れ会ではないのだから当然なのかもしれない。みんなにとって中学校でも会うメンバーなのだから、
「龍一、面白いもんみせたる」
なんとなく傍観者の気分になって外から眺めていたら、はやてがわざわざこちらに駆け寄ってきて笑顔を見せてきた。
「えっと、笑顔?」
「ちゃうよ。えっと、シャマル」
「はい、ここです」
シャマル先生が別の部屋から顔を出してきた。
何かを隠すように胸に手を当てて、俺に見えない角度ではやてへと受け渡す。
なにかを見せたいだけなら別に隠す意味はないと思うのだが、自分でサプライズをしたいということなのだろう。
「じゃん、リインフォースⅡや!」
「リインフォース……ツヴァイ?」
開かれた手に存在していたのは睡眠中の小さいリインフォース。
いや、知っているリインフォースではないようにも見える。なんというか寝ているとはいえ纏っている雰囲気からして違う。
「うーん……むにゃむにゃ」
ついつい突いてしまったが、小さいリインフォースは少し唸るだけですやすやと眠り続けている。
そもそも何故見せて来たのかいまいち理由が分からなく、答えを求めるようにはやてをみつめる。
「これはわたしのリンカーコアを複製して作った、オリジナルのユニゾンデバイスなんや」
「は?」
説明を求めたらもっと意味の分からない内容が飛び出て来た。
「あ、意味わからんか。そうやなぁ、とりあえず私の家族の末っ子ってことやな」
「それはそれで端折りすぎだと思うけど」
でも、ここにも末っ子として新たな命が誕生していたことに何とも言えない感情が湧きあがる。嫉妬、ではない。この感情は……そう、羨望だ。
彼女がこの暖かい家族の一員になれる事に対して羨望の感情を込めてゆっくりと頭を撫でる。
「えへへ……」
眠っている。でも、その表情は嬉しそうに綻ばしていた。
そうだった、そういえばそろそろ聞いておかなくちゃならない。
俺はつい昨日親に頼んで買ってもらった携帯電話を取り出す。そうして、みんなに聞こえるような声で言った。
「連絡先、教えてほしいんだ」
お別れ会と言えない、ただのパーティーも終わりに近づいている。
俺は先ほどのゲームによって火照った体を冷やすために、外に出て沈みゆく太陽を眺めていた。
「龍一くん」
誰かが同じように出てきたみたいだ。
その声はここにきてよく聞いた事のあるもの。振り向くことなく、その人物を告げる。
「なのは、どうかしたの?」
「うん、私もちょっと暑かったの」
隣に立ち、同じ方向を見つめるなのは。
昔はこんな状況でも恐ろしくて逃げ回っていたことを考えると、やはり自分は変わったのだと実感する。
今思えば、何に恐れていたのか……いや、それもすべては記憶によるものだったのだろう。転生前と、この地に来てから流れてきた記憶。
しばらくそうしていると、いつの間にかなのはがこちらの方を向いていることに気付いた。
「ねえ、一つ聞いても良いかな?」
「答えられることなら」
「もしかして、龍一くんって」
そこでなのはは一度口をつぐむ。
口ごもっている訳では無い。ただ、何かを取り出そうとしている。
いまいちピンとこない俺は特に急かすわけでも無く、落ちていく夕日から目を逸らしてなのはを見ながらじっと待つことにした。
「うん、これ。これを知ってるかな?」
なのはの手にあるのはボロボロになったリボン。
そういえば、一時期からリボンを変えた事に気付いていた。ただ、それは大けがを知らずの内にしていた時で、特に追求することはなかったが。
でも、こうして差し出されてみると、なんだかどこかで見た事ある物にも感じる。
……なんて、今更の話。
覚えていた。これは昔なのはだと知らずにプレゼントした物だと。
なのはは期待するような目で見ている。もしかすると、俺があのときの男の子だって気付いているのかもしれない。
でも、本当に今更の話だ。
「知ってる。けど、答え合わせは必要ないでしょ」
もしなのはが本気でこのリボンを渡した人を探しているのならば、もっと早くに聞いていただろう。
でもわざわざあれから何年もたち、俺と出会ってからリボンの話題なんて一切しようとしなかった。
正直、答えは出ているようなものだ。
「そう、だね」
そう言って、なのははまた大切そうにそのリボンをどこかにしまう。
しかし彼女はそれを付けることはないのだろう。
もちろん、すでにボロボロになっているというのもある。だがそれ以上に、彼女はここからさらに躍進しようとしている現状、これまでの心残りを過去としておきたいはずだ。
もちろん、本当のところは分からない。しかし、付けることがないということには確信を持っていえる。
「あともう一つ聞いても良いかな」
「一つじゃなかったの? 別にいいけどね」
「……なんだか、今日の龍一くん、変だった」
「変?」
「なんだか、お別れみたいな言い方だったの」
そうだっただろうか。自分としてはいつも通りだったと思うのだが。
もしかすると、卒業という言葉で過剰に反応してしまっていたのかもしれない。
勝手な心配をかけた事に対して少し申しわけなく思っていると
「だって、中学校になっても一緒だよね? 私達は管理局のお仕事で忙しいかもしれないけど……」
その言葉に対して、どうして自分と温度差があったのか気付いてしまった。
笑えるような、それとも皆が少し抜けていることに驚きを浮かべるべきか。
少し悩んだ末に、正面から素直に伝えることにした。
「中学校は男女別々だよ」
その言葉に対して、徐々に驚愕の表情に変わっていく。顔が赤く見えるのは、何の要因によるものか。
次に何をするのかと思えば、なのははすぐさま部屋の中に戻り、大声を張り上げて今聞いた事をみんなに伝聞し始めた。
もしかしたらこのパーティーはお別れ会という形になるのかもしれない。お別れ会と言っても、別の学校に行くだけなんだけれども。
男女の仲なので、いつまでも、という訳にはいかないのかもしれない。それでも、この縁を繋げるため自分は努力をしていくつもりだ。
――直接伝えることができませんでした。
シュテルが書いた手紙の初めの一文はそう書かれていた。
今まで楽しかったこと、実は内心悲しかったこと、表情に出なかったが驚いた事。手紙には自分が感じたことが素直に吐露されていた。
書き殴った文章もあった。誰かが追加したような文章もあった。紛れて書いたと思われる王様の文字もあった。
最後の手紙としてはぐちゃぐちゃといえる。でも、それは今まで感情を出そうとしなかった者による最後の言葉だった。
そんな手紙の最後にはこう締めくくられていた。
――また、いつか会いましょう。
他の人からするとなんでもない手紙。
でも、自分にはこんな内容でも涙を抑えることが出来なかった。
また、別にユーリが書いたと思わしき手紙もあった。
――この世界に生れ落ち、良かったと思いましたか。
――私は、良かったと思います。
彼女の答え。それはあの日の夜に願った言葉。
自分はこの世界に生まれたくはなかった。彼女たちの輪の中に入りたくはなかった。
そう、なかったのだった。
でも、多くの人達と出会い、新たな家族と出会い、別れを経験した。
その中に楽しさがなかったわけが無い。
彼女たちと出会ってからの数年間は間違いなく最高の年月だった。
だからこそ。
「今はしっかりと言えるよ」
この世界に来て、良かったって。
ここまで閲覧していただきありがとうございました。