では、第八十七話をどうぞ。
Sideカロ
飛び出してくる文は、私に向かいながら右手の掌を自分の爪で切り裂く。
「血を纏え、血に纏え、血で纏え、血と纏え。何者もの寄せ付けず、他者の血を糧にせよ。されど己の血だけを信じ、己の希望は己の血だけに乗せよ。さあ、謳え、私の血よ」
文の謳が謳われると、右手の掌から流れている血が、洪水の如く流れ落ちていく。
「藍、博麗大結界少し任せるわよ」
「分かっております。お気を付けて」
飛び出してきている文の後ろでは、紫がスキマで誰かと話している。すぐに会話は終わり、紫は自身の前にスキマを出して中に入る。
文はというと、掌から未だに血を流しながらこっちに突っ込んでくる。面白い。何を企んでるか知らないけど、真正面から相手してあげるよ!
腰を落とし、左手を前にだし、右手の拳を引いて構える。これで、一撃は確実に決めれる! そう思っていた。
「ブラッドワールド・フェイクヴァンパイア!」
「ッ!? これは……」
急に体から力が抜けた……これは、なんだ? くそっ! 文への反応が間に合わない!
力が抜けたせいで、構えていた拳を落とし、膝を着いてしまう。その隙に、文は私との間合いを詰めると、思いっきり顔面に蹴りを入れてくる。
「どっせい!」
ッ! 何だ!? 力が上がってる。さっきの力とは比べものにならないぞ? ……まさか、この力が抜けた原因は……!
文に蹴られたせいで私の体は吹き飛んでいく。空中でなんとか体制は直せたけど、力の方が戻らない。なら、今以上の力を出すまで!
「ふんッ!」
「この量は……マズイですね」
更に妖力を捻り出し、私の力に変えていく。よし、これで元には戻った……けど、消費が最初よりも数倍激しい。
こちらの妖力は減る一方だというのに、文の妖力の量は減るどころか増している。やはり、文の先ほどの技は……。
「力の吸収か。面倒な」
「よく気づきましたね。正解です」
チッ。なら早く決着をつけないと。私の残り時間も後二分だし、何よりこれ以上文の力が上がっていくのはマズイ。
「ぺッ!」
さっき蹴られたせいで、口の中に出来た切り傷から血を吸い吐き出す。
紫が気になる所ではあるが、今は文一人狙いでいいか。途中、紫が仕掛けてきたら同時に倒す方向で……作戦決定。行動開始っと!
両手を握って拳を作り、文へ向かって飛び出す。回避なんてさせない。そんな行動を起こす前に殴り飛ばす!
文も避けられない事を理解してるのか、私と同じように拳を作り構える。私が先ほど使ったような構え。
「実は私も、ある程度武術は出来るのですよ」
飛び出した勢いのまま右手の拳を文へ向かって振るう。光速にも届く拳のはず……なのだが、文は完璧に私の速度に合わせてきた。
振るう右手は躱され、左に体をずらしながら、左手で手首の部分を握られる。すぐさま私も文の手首を握って下に引っ張り、右膝を文のこめかみに向かって引っ張った時の勢いのままぶつけようとする。
だが、文は下に引っ張られた自身の体を起こすと、余っている右手で右膝をこめかみに当たる前に受け止めると、上に向かって押してくる。……あ、やば! さっき引っ張った腕が仇になった!
私の右膝が押されると、下半身が上に向かってしまう。しかも、さっき腕を下に引っ張ったせいで、私の上半身は下を向いている。つまり、真っ逆さまに、私は地面に向かってるってわけ。
この勢いで地面にぶつかったら、流石の私でも無理。なので、左手で完璧に受け止める!
地面へと真っ逆さまに落ちてく中、左手を地面に伸ばし、当たる瞬間に曲げて衝撃を逃す。よし、僅かに左手に痺れは残るものの、問題は無い。
まさか、完璧に逃されるとは思っていなかったのか、文は僅かに硬直する。その隙をつき、私は左脚を下から上に振り上げて、文の左肘を折にかかる。しかし――――――
「お待たせ、文」
背中へ急に来た衝撃で、私の目論見は崩され、体が文とは反対方向へと吹き飛ぶ。痛みに耐えながらも、空中で文の方を向いて地面に降りる。
ゆっくりと呼吸をし、改めて正面を見ると、そこには髪を後ろで一括りにし、白い白衣を着てメガネを掛け、両手に白い手袋をはめている紫がいた。
白衣の下は、紫の薄い半袖。下は、え~っと……そう、鏡夜が言ってたしょうーとぱんつ? だっけかな? の青いの。そして、白衣は足元まであり、前は締めていない状態。
色々と気になるところはあるけど、その中で一つだけ特に気になる所がある……なぜ白衣?
「白衣とは……」
「似合うでしょう?」
「似合ってはいますが……何故白衣なのですか?」
「私が白衣を着ている理由は鏡夜が燕尾服で戦ってるのと同じ感じよ」
「意味がわからないのですが」
「いいのよ。そんな事はどうでも」
……鏡夜は職業柄燕尾服を着てるだけだと思うんだけど? 紫の場合は違うんじゃないのかな? ……まあ、いいや。そんなことよりさっさと倒さないと。残り時間ももうないし。
「私の技は解除しなくていいですか?」
「大丈夫よ。この程度なら、問題ないわ」
「この程度……ですか」
短期決戦を仕掛けるため、ありったけの妖力を体から出していく。この状態で後一分程か……いける!
両手の掌に妖力を集めて巨大な球体を作りながら飛び出していく。かなりの速さで色々と削り取られていくが、そんな事は気にしていられない。
「私に合わせなさい」
「了解」
白衣姿の紫は、文の前へと飛び出すと、一直線に私の方へ向かってくる。文は動かずに、紫の後ろで私達の方を見てる。
紫の事だから、何を考えているか分からないけど、今は考えなくていい。今は、紫を潰す事だけを考えろ。
紫との距離が後腕一本といったところで右手を振り下ろす。これで、右手に作っていた妖力の塊が当たればいいが……そう甘くはないか。
振り下ろす右手は紫に当たる前に左手で弾かれ左に流される。……紫って、こんなに動けたっけ?
流された右手はそのままにし、右足で紫の顎を蹴り上げようとするが、その前に紫の肘が腹の傷部分に突き刺さる。
マズイ……今の一撃で腹の傷が開いた。意識が飛びそう……でも、我慢しろ私! 一発入れられたんだから、一発返せ!
飛びそうになる意識を気合で我慢し、紫の顔面を掴む。
「「捕まえた」」
……同時に声が発せられる。私と紫からだ。
捕まえた……だと? 捕まえているのは私……!! そういうことか!
「やりなさい」
「分かっていますよ」
紫の後ろ。そこにいる文は片膝を立て、もう一つの膝を地面に着けると、こっちに向かって指を差してくる。紫の奴、私との自滅を選んできた!
今回の戦いは、あくまで複数対私。紫の方は一人でも残って私を倒せば、紫の勝ちになる。つまり、紫が残っていなくても、私を倒せば紫の勝ちなのだ。
逃げなければいけない! だが、紫の奴が私の腕をガッチリ掴んでいるから離れられない。紫ごと一緒に移動する手段も考えたが、私と紫の足がスキマの中に入り動かなくなる。
どうにかしないといけない。多分、文の放つ技は、この戦いを一気に終わらせるための必殺に違いない。
「一緒に逝ってもらうわよ。カロ」
「紫!!」
振りほどこうとするが、紫は一切力を緩めず、私の腕を握ってくる。
「これで終わりですよ、カロさん」
こちらに向けている文の指の先が光りだす。魔理沙のような膨大な量の魔力を雑に集めているのではない。魔理沙の範囲が広く威力が高い砲撃ではなく、文の場合は範囲を限りなく狭くし、膨大な量の妖力を丁寧に凝縮させているのだ。
アレは、魔理沙の広範囲の砲撃とは比べ物にならない威力になるぞ。こりゃあ、本気でまずいかも。この状態も、後三十秒も無い。
「文ぁぁぁぁああああ!!」
「コンデンステイション・レーザー!」
文の指先の光が一層輝くと、光の光線となり、真っ直ぐと私の胸に向かって飛んでくる。……私、負けたかも。
Side鏡夜
時たまに思うことがある。それは、何故俺がこの世界にいるのかということ。
いや、神の部下のミスによって俺は間違って死に、そのお詫びとして神から三つの特典を貰い、この世界に転生した……というのは分かるんだ。だがよく考えてみてくれ、おかしいとは思わないか?
神の部下のミスとはいえ、たんなる一般人の俺を特典付きで別世界に転生なんて普通させるなんて? いや、それが神のお詫びだと思えば不思議ではないのだが……妙にその部分が気になるんだよな。
部下のミスで死んだのなら、そのままミスを隠し通して俺を死者の国にでも連れていけばいい。だが、神はあえてそれはしなかった。
神の意地や信条か何かで、俺が間違って死んだことを隠し通したくなったのか、はたまた他に何か理由でもあるのか……それは今の俺でも分からない。
それに、もう一つ不可解な点がある。俺の……前世の重要な記憶がないんだ。
何千年も経っていれば、そりゃあ忘れることもあるかもしれない。しかし、女の子を助けて死んだその前の記憶。親友の顔、両親、恋人や学校の先生。そんな重要な記憶を忘れる、覚えていないなんてありえるか?
何か、俺がこの世界に転生した時から何かが起こっている気がする。いや、そもそも俺が死んだ時から既に何か仕込まれたのか……分からん。……そうだ、アイツはもしかしたら何かを知ってるかもな。アイツってのは、度々俺らを襲ってくるローブの奴だ。
……ふぅ、こんな考えを時たまにしてしまう。俺、ストレスでも溜まってんのかな。考えが悪い方向や答えのない考えに行きがちだ。異変が終わったら、ストレス解消に励もう。今は、お嬢様達との計画を……!!
おいおい、こんな時に出てきやがった! 噂をすれば何とやらってか? ……まあいい。丁度お前について考えていた所だ。色々と知ってることを吐いてもらうぞ!
向かう所は……チッ! そこかよ。予定が狂っちまった。このまま行けば……ぶつかるな。
今から突入して、ぶつかる前に行けるか? ……いや、ぶつかったとしても、あの実力があれば俺が行くまでは大丈夫だろう。
お嬢様達の出番が無くなってしまう形になるが、仕方がない。安全第一だ。ここは俺一人で行く。
「待っていろよ! クソローブが!」
Side文
「……ふぅ、終わりましたか」
私の技で心臓を貫かれた紫さんが光の粒子となって消えていく。向こう側にいたカロさんにも私の技は当たってるはずだから、多分これで私達の勝ち……のはず。まあ、心臓を貫かれても死なない存在なら話は別だけど。
……うん、私達の勝ちだ。紫さんの向こう側。そこにカロさんの姿はない。気配も感じない。これは、確実に私達の勝ちだ。
「やれやれ、強すぎですよ、カロさん。五人掛りでギリギリなんて」
でも、私達は勝った。あの馬鹿げた力を持つ……兄さんにも届き得る力を持つカロさんに。五人掛りだったとしても、これは少し誇ってもいいことなんじゃないかな?
「……しかし、遅いですね。いつも勝負が決まれば、すぐに帰れるはずなんですが」
いつもなら、終わり次第すぐに戻れるのだが、今はいつまで経っても戻る気配がない。結界の故障? ……いや、紫さんが戻れたのだから、それは無い。ならばどうして……
「獲物を狩った瞬間こそが、最大の油断を招く……戦いの基本だよ」
「なッ!?」
背後から聞こえてくる声に、驚きながらも振り返る。ありえない! 気配など無かった! この結界にいるはずが……!
「まだまだだね」
振り返ると同時に、小さな何かが私に向かって飛びかかってくる。驚きのあまり、回避が遅れた!
「グッ……」
クソ、喉をやられた! この感覚は……噛みつかれた。急いで喉の傷を両手で抑え止血するが、間に合わない。
私の胸を蹴り、何かが私から離れる。銀色の毛を靡かせて去ったのは、間違いなくカロさん。だが、何故、何故!
「ぐるる!」
ちっちゃいんだ! 大きさはもう小さすぎるくらい小さい。大体一寸程。
カロさんはちっちゃな狼の体から元に戻る。すると、そこにはこれまた小さなカロさんが。大きさは多分、そこら辺の子供くらい。レミリアとフラン辺りですか。
兄さんと肩を並べる程大きいカロさんがこの大きさだと、違和感しかないですね。
「気配を無くすの上手いだろ? これが野生の狩りだ。覚えておくといい。暗殺と言い換えてもいいか……ああ、止血しようと思っても無駄だよ。もう結界が反応するほどに深く傷つけておいたから」
はぁ、私の負けですか。修行不足ですね、私も。
「中々強かったよ。私をここまで追い込むんだからね」
大人しく両手を外し、上にあげる。すると、私の体が光の粒子になっていく。
……ちくしょう、勝ちたかったなぁ。
意外な鏡夜の過去。
感想、アドバイス、誤字、お待ちしております。アンチは勘弁!